高次脳機能障害診断のための経頭蓋磁気刺激による誘発脳波計測システム等の開発

文献情報

文献番号
200300766A
報告書区分
総括
研究課題名
高次脳機能障害診断のための経頭蓋磁気刺激による誘発脳波計測システム等の開発
課題番号
-
研究年度
平成15(2003)年度
研究代表者(所属機関)
山内 繁(国立身体障害者リハビリテーションセンター研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 中島八十一(国立身体障害者リハビリテーションセンター研究所)
  • 上野照剛(東京大学医用生体工学)
  • 三木幸雄(京都大学放射線科)
  • 鎗田 勝(日本光電)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 身体機能解析・補助・代替機器開発研究
研究開始年度
平成15(2003)年度
研究終了予定年度
平成16(2004)年度
研究費
95,500,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
本邦では、器質的脳疾患により高次脳機能障害をもつに至った患者が毎年約7万人発生している。その原因疾患は脳血管障害、頭部外傷、低酸素脳症が3大要因となっている。この障害者の診断上の難点は高次脳機能を客観的に、また個別に診断・評価を可能にする神経生理学的方法がないことにある。例えば頭部外傷による高次脳機能障害者が累積で100万人を数える米国では、MRIなどの形態学的画像診断で陰性とされる症例が30%あり、これらの症例を適切に診断・評価する検査法の開発が本邦でも待たれている。この事実は、このような障害者を対象として医療・福祉サービスを提供するための統一的な診断・評価の実施を困難にする。近年全国的な拡がりを見せている、これらの障害者が医療・福祉サービスを適切に受けられていないとする主張の一因はこの点にもある。そこで統一的な診断・評価の実施を可能にするために、TMSによる誘発脳波計測システムを開発する。
高次脳機能障害の診断で求められている内容には2種類あり、高次脳機能障害の原因となる器質的脳病変の有無についての診断と、高次脳機能障害の各症状の重症度に対応した神経機構損傷の程度についての診断である。さらに検査法としては、全国的にどこでも実施できることと、個別診断が可能であることが求められている。PET、MEGは装置が大掛かりであり、全国的な普及は将来に待たねばならない。またfMRIを加えて、それらの検査法の現状は個別診断が可能であるとは言い難い。TMSによる誘発脳波では、設備にかかる経費と運用に必要なスタッフ数はPET、MEG、fMRIと比較して最も小さい。また、検査に課題を課す必要がないことで、得られる結果に患者あるいは障害者の「やる気」により左右される可能性はない。まして詐病について考慮する必要がない。さらに高次脳機能障害の主要な病変部位である脳の白質の機能を明確にすることができる点でPET、fMRIより優れる。また、拡散テンソルMRI法による画像診断はそれ自体が高次脳機能障害診断に有用であるばかりでなく、TMSによる誘発脳波の記録を解剖生理学的に根拠あるものにし、病理学的結果について有力な支持を提供する。
高次脳機能障害者については、その診断・評価を容易にかつ全国的に共通化できることの要望が、医療と福祉の現場で高まっている。現状では検査結果の施設間での比較検討ができず、同じ患者または障害者が異なる施設で診断・評価を受けると異なる結果となる可能性がある。そこでTMSによる誘発脳波が客観的な診断を提供すれば、高次脳機能障害を有する者が全国で統一的かつ適切に医療と福祉サービスを受けられるようになる。 
研究方法
主任研究者山内繁はすべてを統括する。
1.健常者でのTMSによる誘発脳波の基礎データ蓄積(中島)
・高次脳機能障害診断に必要な前頭葉起源及びそれに関連する誘発脳波の記録とその証明
・TMSによる誘発脳波に混入する生体由来のアーチファクトの検証
2.磁気刺激装置の開発と動物実験を含めた生体への影響の研究(上野)
・低ノイズ磁気刺激コイルの設計・試作
・ラットを用いた磁気刺激の生体影響の調査
・海馬におけるLTP(長期増強現象)への影響の検討
3.高次脳機能障害の画像診断と大脳線維連絡の画像解析のための基礎的研究(三木)
・ファントムおよび健常者を用いた、拡散テンソル画像法の至適撮像条件の確立
4. 磁気刺激に対応可能なマルチチャンネルの誘発脳波計の試行的作成(鎗田)
・記録時間帯の決定とそれに応じた磁気刺激ノイズの除去の確認
・増幅器の設計ならびに作成
倫理面への配慮:大前提として、すべての研究は所属する施設の倫理委員会の承認を経て実施される。
TMSについては、日本神経科学学会研究倫理委員会:「ヒト脳機能の非侵襲的研究」の倫理問題等に関する指針を遵守する。被験者及び保護者・関係者から、口頭ならびに文書にてインフォームドコンセントを徹底し、被験者または保護者・関係者が納得し自発的な協力を得てから実施する。また被験者には、検査時間や無用な苦痛を与えないように配慮する。被験者の個人情報等に係るプライバシーの保護ならびに如何なる不利益も受けないように十分に配慮する。
すべての研究について、結果の公表については検査承諾と同様に被験者及び保護者・関係者から、口頭ならびに文書にてインフォームドコンセントを徹底し、承諾を得る。また、個人が特定できないように格別の注意を払う。
東京大学で実施される動物実験については、東京大学の動物実験委員会の承認を経て、動物実験における指針を遵守して行う。
結果と考察
中島はTMS(経頭蓋磁気刺激法)による誘発脳波成分のうち、健常者について経脳梁的誘脳波N13成分と中潜時誘発脳波N100成分について検討を行った。N13成分については、側頭筋及び眼輪筋の筋電図の重畳を見ることから、同筋電図を同時記録することにより、独立した脳波成分として記録・解析が可能であることを示した。N100成分については、入力経路と振幅及び潜時に影響与える因子が検討された。その結果、入力経路については、三叉神経と聴神経の刺激に伴う誘発成分ではなく、大脳皮質の直接磁気刺激により誘発される成分であることが確認された。また、この成分は磁気刺激の強度の増大により振幅が増大する一方で潜時は変化しなかった。また、前頭葉の認知活動により振幅が増大するが潜時は不変であった。したがって外因性成分と内因性成分としての両面の性質をもつことが明らかにされた。そこで高次脳機能障害を診断するための磁気刺激誘発脳波の指標として用いられることが示された。
上野は、経頭蓋磁気刺激、特に高頻度磁気刺激の安全性の検討、および生体影響をラットを用いて調べた。経頭蓋磁気刺激は、運動機能検査、脳神経の可塑性、脳機能部位の同定、さらには、神経疾患への治療への応用など多くの分野に用いられるようになってきたが、その生体への影響に関してはまだわからないことが多い。本研究では、磁気刺激の安全性の検討、さらには、治療への応用を目指して、脳損傷モデルラットに及ぼす高頻度経頭蓋的磁気刺激の効果について組織化学的な解析を用いて、黒質および海馬における影響を検討した。その結果、ラットにおいてMPTPにより海馬CA3で神経細胞変性がみられることが組織化学的手法により明らかとなった。また、MPTP脳損傷ラットでは、磁気刺激により損傷を受けた神経細胞を回復させる効果、損傷の影響を軽減する効果、および神経細胞保護効果を示すことが組織化学的手法により明らかとなった。このように、経頭蓋磁気刺激は、脳神経疾患の治療への応用の可能性あることがわかった。
三木は1.5T及び3Tの静磁場強度を持つMRI診断装置にマルチチャンネルコイルを導入し、脳の拡散テンソル画像を撮像した。拡散テンソル画像解析ソフトウェアを用いて大脳の神経線維束描出を行うとともに、拡散テンソル画像の至適撮像条件を検討した。マルチチャンネルの導入および至適撮像条件の決定によって、歪みの少ない良好な画質の拡散テンソル画像の撮像が可能となった。3T装置は、1.5T装置に比べ、より細い神経線維束の描出が可能であることが明らかになった。高次脳機能障害を来す種々の疾患における神経線維連絡の病理を明らかにすることが期待される。
鎗田はTMS(経頭蓋磁気刺激)による誘発反応を観測し、記録時間帯の決定とそれに応じたノイズ除去の確認をすることを目的とする。我々はTMSから放射される電磁障害を除去する脳波測定システムの8チャンネル実験モデルを試作し、実験を行なった。TMS直後5msから脳波反応を測定することができた。このアーチファクトフリーアンプを用いて3つのレベルの刺激強度で刺激を行いTMSによる誘発反応を測定することができた。誘発反応の幾つかのコンポーネントが刺激後9ms、20ms、50msにおいて現れた。小脳刺激後9msにおいて大きな誘発反応が観測された。これら反応の振幅は刺激強度に相関があった。右上肢運動野への刺激では、反応波形に明確なピークは観測できなかった。後頭葉刺激では他の部位への刺激に比べ、Cz、Fzへの誘発反応の伝播が見られた。これらの実験の結果、記録時間帯は刺激直後5msから500ms程度とすればよいことが明らかとなった。
山内は主任研究者として以上をすべて総括した。
結論
磁気刺激による誘発脳波を記録するために、中島はヒトにおける誘発脳波の記録を可能にし、その一般的性質を明らかにした。上野は動物実験を通じて、磁気刺激の安全性の確認とともに治療の有効性の確認のための実験を実施した。鎗田は磁気刺激による誘発脳波を効率良く記録することを可能にする実験機を作成した。以上から磁気刺激による誘発脳波の臨床応用に向けて、基礎的研究がなされた。三木は拡散テンソルMRI画像の研究を通じて、神経線維連絡を描出することを可能にした。

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