表皮自然免疫機構の解明とその皮膚アレルギー治療への応用(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200300663A
報告書区分
総括
研究課題名
表皮自然免疫機構の解明とその皮膚アレルギー治療への応用(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成15(2003)年度
研究代表者(所属機関)
佐山 浩二(愛媛大学医学部)
研究分担者(所属機関)
  • 一條秀憲(東京大学大学院薬学系研究科)
  • 菅井基行(広島大学大学院医歯薬総合研究科)
  • 橋本公二(愛媛大学医学部)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 免疫アレルギー疾患予防・治療研究
研究開始年度
平成14(2002)年度
研究終了予定年度
平成15(2003)年度
研究費
17,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
表皮角化細胞は種々のサイトカイン、ケモカイン、細胞成長因子を産生し、アトピー性皮膚炎の発症に重要な役割を果たしていると考えられている。しかし、その作用機序については十分に解明されておらず、アトピー性皮膚炎の表皮で分化異常が見られることから、表皮の分化機構が何らかの形で関連しているのではないかと想定されているにすぎなかった。MAPKKKファミリーに属するASK1 (apotosis signal-regulating kinase 1)は表皮細胞内の重要な分化誘導因子であるが、我々はすでに、ASK1を中心とした表皮の分化機構が皮膚におけるMIP3-αおよび抗菌ペプチドの産生を制御し、獲得免疫、自然免疫の制御に重要な役割を果たしていることを明らかにしてきた。すなわち、従来別個と考えられてきた表皮のバリア形成と免疫機能(自然・獲得)の獲得といった、いわば構造的な分化と機能的な分化は、いずれも同じ分化機構が制御することが明らかとなった。アトピー性皮膚炎では表皮バリア障害が見られるが、その原因になっている表皮細胞の分化制御機構の異常が、表皮におけるアレルギー炎症の発症にも関与する可能性がある。また、表皮細胞の産生する抗菌ペプチドの産生もASK1が制御することより、アトピー性皮膚炎の細菌感染にも関与している可能性がある。さらに、アトピー性皮膚炎はTh2優位のアレルギー疾患として知られているが、その研究の中心はリンパ球を中心とする免疫系であり、表皮角化細胞の関与はほとんど検討されていない。本年度は、1) 重層化に伴う表皮分化機構の解明、2) カルシウムによるASK1の活性化機構, 3) 臨床分離黄色ブドウ球菌895株に対する抗菌ペプチドに対する感受性についての検討, 4) 皮膚細菌感染モデルマウスを用いた in vivoにおける抗菌ペプチド機能の解明とアトピー性皮膚炎治療薬としての基礎的検討。以上の4項目に関して検討することを目的とする。
研究方法
1)浮遊培養法を確立し、表皮角化細胞の重層化に伴う分化制御機構を検討する。そのため、まずpoly-HEMAを用いて浮遊培養法をを確立する。また分化マーカーの発現は RPA法を用いて検討する。PI3 kinase 活性は薄層クロマトグラフィーを用いて測定する。2)カルシウムによるASK1-p38経路の活性化機構を検討する。ASK1, JNK, p38 MAPKのリン酸化は抗ASK1, JNK、p38 MAPK抗体および抗リン酸化 ASK1, JNK、p38 MAPK抗体を用いて、Western blotを行い検討した。また、ヒトCaMKII?対する二重鎖siRNAを作成し、細胞にトランスフェクトした。3)臨床分離株895株に対する抗菌ペプチドに対する感受性についての検討を行い、メチシリン耐性度、分離部位、コアグラーゼ型、種々の抗菌剤の感受性等との関連性について検討した。菌株は臨床分離された黄色ブドウ球菌895株(メチシリン耐性菌623株)を用いた。薬剤感受性試験は微量液体稀釈法による最小発育阻止濃度(MIC)を測定した。4)皮膚細菌感染モデルを用いた抗菌ペプチド軟膏の抗菌作用を検討した。まず、皮膚細菌感染の実験モデルを作成した。新生児マウスに黄色ブドウ球菌を塗布し、乾燥させる。その後、一定時間の後、PBS中で超音波を用いて菌を回収し、TSB培地に播種する。24時間後にcolonyをカウントし、colony forming unit (cfu)を算出した。
結果と考察
1) Poly-HEMAでコートしたプレートを用いて培養したところ、角化細胞はほとんど付着せず、浮遊状態で培養できることが明らかとなった。浮遊培養後、分化マーカーの発現をRPA法にて検討したところ、分化マーカーの発現が増強していた。単層培養の条件では、PI3 ki
naseの活性が認められたが、浮遊培養を行うと、PI3 kinaseの活性は著しく低下した。2) ASK1 -/-の細胞では、p38の早期の活性化は低下していた。さらに、ASK1 -/-の細胞にASK1を発現させたところ、低下していたp38の早期の活性化は回復した。さらに、CaMKIIをトランスフェクトしたところ、p38は活性化された。しかし、ASK1-/-の細胞では、p38の活性化は起こらなかった。次いで、カルシウムによるASK1, p38の活性化における CaMKIIの必要性をCaMKIIに対するsiRNAを用いて検討した。その結果、CaMKIIの発現が低下するとカルシウムによるASK1, p38の活性化が低下することが明らかとなった。3) ①合成ペプチドhBD-3 (2?g/ml), CAP18 (1?g/ml) を用いて895株の臨床分離株に対する抗菌力を検討した結果、これらの抗菌ペプチドに対して感受性の高い菌、低い菌等その感受性は多様であった。しかし、高濃度 (10?g/ml)においてはいずれの菌株に対しても抗菌力は認められた。②メチシリン感受性菌(MSSA)と耐性菌(MRSA)について抗菌ペプチドの感受性を検討したところ、MRSAのほうが2つのペプチドに対し低感受性を示す菌株の割合が高い傾向を示した。また、MRSAの中でもメチシリン高度耐性株においてその傾向は著明に認められた。4) 細菌感染モデルマウスを用いて抗菌ペプチド軟膏の効果を検討した。CAP18含有の親水軟膏外用で、cfuは低下した。すなわち、実際の皮膚細菌感染でも抗菌ペプチド含有軟膏は抗菌効果を示すことが明らかとなった。
考察=アトピー性皮膚炎では、表皮の分化異常に基づくと考えられる表皮バリヤー機能の破綻がある。さらに、表皮の分化により、自然免疫、獲得免疫が制御されていると考えられるので、表皮の分化異常はアトピー性皮膚炎の病態の中でも非常に重要な役割を果たしていると考えられる。しかし、従来のアレルギー研究においては表皮の分化と関連づけた表皮細胞内シグナル伝達機構に関してはほとんど研究されていない。その理由として、表皮角化細胞内における分化誘導機構に関しては、PKC の関与が報告されているのみで、詳細が不明であったためと考えられる。ASK1は表皮角化細胞の分化を制御することはすでに明らかにしているが、カルシウムは角化細胞の分化制御に重要であることが明らかとなっていることから、カルシウムによるASK1の活性化機構を検討した。その結果、ASK1はカルシウムによる早期のp38の活性化に必須であることが明らかとなった。さらに、カルシウムによるASK1-p38の活性化には、CaMKIIが必須であることを明らかにした。表皮の自然免疫においても、カルシウム-CaMKII-ASK1-p38の経路が重要な役割を果たしている可能性が示唆された。一方重層化表皮では細胞外基質への接着により分化が制御されている可能性がある。また、PI3 kinaseの活性は細胞外基質への接着により制御されており、PI3 kinaseの活性が分化を制御している可能性があることが明らかとなった。低濃度のhBD3, CAP18の黄色ブドウ球菌に対する感受性は菌株により様々であることが示されたことから、黄色ブドウ球菌は菌株により宿主への感染能力が異なる可能性が示された。MSSAに比較してMRSAはこれらの抗菌ペプチドに対して感受性が低い菌が多く認められたことから、MRSAは種々の薬剤に耐性を示すだけでなく、生体に対する抗菌ペプチドに対しても低感受性を示すことで宿主への感染能力が高いことが考えられた。アトピー性皮膚炎患者の表皮上層ではASK1の発現が低下していることからアトピー性皮膚炎における分化異常にはASK1の発現低下が関与している可能性がある。さらに、抗菌ペプチドも表皮上層での発現が低下しており、アトピー性皮膚炎患者の病変部皮膚における易感染性は抗菌ペプチドの減少が原因である可能性がある。ASK1は抗菌ペプチドの産生を制御することから、ASK1の発現低下により抗菌ペプチドの産生が低下し、易感染性を来している可能性が考えられる。今年度の研究では抗菌ペプチド含有軟膏が皮膚細菌感染に対して有効であることが明らかとなった。
結論
ASK1-p38に加えて、PI3 kinaseも自然免疫の細胞内制御因子である可能性がある。895株の臨床分離株の解析結果から、黄色ブドウ球菌の抗菌ペプチドに対する感受性は菌株により様々であるが、MSSAよりMRSAの方が低感受性を示す菌が多く認められた。抗菌ペプチド含有軟膏は皮膚の細菌感染に対して有効である。

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