気管支喘息の難治化機序の解明と予防・治療法の開発に関する研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200300657A
報告書区分
総括
研究課題名
気管支喘息の難治化機序の解明と予防・治療法の開発に関する研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成15(2003)年度
研究代表者(所属機関)
森 晶夫(国立相模原病院臨床研究センター)
研究分担者(所属機関)
  • 高橋 清(国立療養所南岡山病院)
  • 庄司俊輔(国立療養所南福岡病院)
  • 相沢久道(久留米大学医学部第一内科)
  • 柳原行義(国立相模原病院)
  • 藤沢隆夫(国立療養所三重病院)
  • 大田 健(帝京大学医学部内科)
  • 永井博弌(岐阜薬科大学)
  • 烏帽子田彰(広島大学公衆衛生学講座)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 免疫アレルギー疾患予防・治療研究
研究開始年度
平成15(2003)年度
研究終了予定年度
平成17(2005)年度
研究費
20,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
喘息難治化の機序解明と、有効な治療・予防法の開発は、喘息診療分野の最大の課題といえる。平成12~14年度の厚生科学研究「気管支喘息の難治化の病態機序の解明と難治化の予防・治療法開発に関する研究」(主任研究者 森 晶夫)では、厚生省免疫異常ネットワーク研究協力施設の参加も得て、難治性喘息の今日的診断基準を確立し、現在の我が国における実態、病態、治療内容を把握した。メカニズムの面からは、高用量ステロイド投与にかかわらず持続する炎症反応を確認し、T細胞、好酸球レベルでの難治化機構を明らかにした。責任候補分子として、IL-5、IL-13、costimulatoryなT細胞表面分子、細胞外マトリクス等を同定した。これらの難治化機序を踏まえ、治療・予防法として結実する目的に、責任分子の機能異常とリモデリング、標的臓器過敏性とのさらに詳細な関連の解明を目指す。森、庄司、柳原、藤沢、烏帽子田らは、主として分子・細胞学的研究を担い、T細胞、平滑筋細胞、B細胞、好酸球につき、in vitroで炎症細胞のシグナル伝達を解析し、難治性喘息が通常の喘息と異なるプロセスをさらに詳細に特定する。一方、森、相沢、高橋、永井らは、これまでに多くのノックアウトマウス、トランスジェニックマウス、分子標的薬、特異抗体を活用した喘息、アレルギー炎症モデルの実績を有するので、in vitro研究チームの知見をin vivoの喘息モデルで検証することで、難治化因子の意義を明らかにし、治療法として確立をめざす。また、大田、烏帽子田らは、喘息難治化に関連する遺伝子多型を見いだしているので、診断法として確立し、予防をめざす。難治性喘息を臨床オリエントかつ分子生物学の手法で追究することで、世界に先駆けて難治化機構を解明しその制御を実現したい。
研究方法
1)森らは、難治性喘息に多い非アトピー型喘息の起因アレルゲンを同定し、抗原特異的治療法を開拓する目的に、T細胞サイトカイン産生を指標とする遅発型喘息反応誘導抗原診断法を樹立し、特にIL-5およびIL-13産生と喘息反応との関連につき解析した。
2)柳原らは、ヒスタミン受容体(HR)、システイニルロイコトリエン受容体(CysLTR)およびムスカリン受容体(MR)の各サブタイプとToll様受容体(TLR)ファミリーの遺伝子発現をPCR法で、タンパク発現をFACS、Western blotで、これらの受容体シグナルによる細胞内Ca2+の濃度をFluoroscanで解析した。また、polyI:Cの刺激によって発現誘導される遺伝子群について、GeneChip解析した。
3)相沢らは、132例の気管支喘息症例につき、ATSの重症喘息診断基準を用いて、病歴、環境因子、合併症、スパイロメトリー、末梢血所見、IgE値の点から調査した。発作受診した症例の末梢血中MMP-2、MMP-9、TIMP-1を測定した。
4)藤澤らは、細胞外基質蛋白、ヒスタミンが、エオタキシンによる好酸球遊走に与える影響につき、各種接着分子に対する抗体、各種ヒスタミン受容体アゴニスト・アンタゴニストを用い解析した。ヒスタミン受容体の発現をリアルタイムPCR法にて定量した。ロイコトリエンおよびIL-5、GM-CSF存在下での好酸球における線維化促進サイトカインTGF-β、IL-11、IL-17の遺伝子発現をリアルタイムPCR法にて定量した。
5)庄司らは、ラミニン、フィブロネクチンおよび平滑筋細胞自身の培養上清中に存在するヒト気管支平滑筋細胞遊走活性につき解析した。産生されるプロテアーゼをゼラチンザイモグラフィーにより測定した。
6)高橋らは、JGL'98基準の難治性喘息23例を臨床指標の面から、治療抵抗性の強い炎症病態を有する難治群(Burning type)と、過去の不充分な対応によるリモデリングの結果、呼吸機能と薬剤反応性が低下した難治群(Burn out type)の2群に分類し、リンパ球の活性化、サイトカイン産生をFlow cytometryとELISA法により解析した。気道上皮細胞とリンパ球、好酸球、樹状細胞(DC)との相互作用につき難治例のPBMCと気道上皮培養細胞を用いて解析した。末梢血幹細胞由来の高純度培養好塩基球のアポトーシスをFlow cytometryで解析した。
7)大田らは、喘息モデルでのIGF-1、IGF-BP3産生について、遺伝子発現をリアルタイムPCR法で、蛋白発現を免疫染色で検討した。喘息患者の気道局所でのIGF-1の発現を免疫組織染色で検討した。
8)永井らは、サイトカイン遺伝子ノックアウトマウスまたは中和抗体を用いた喘息モデルを解析した。気管・気管支および肺実質を含むサンプルを採取し、DNAマイクロアレイにより、抗原曝露による変動遺伝子ならびにステロイド投与による変動遺伝子群を解析した。
9)烏帽子田らは、品川区五反田、牧丘地区において、気管支喘息、アトピー性皮膚炎、花粉症のうちのいずれかの疾患を有する罹患同胞対52対を対象として、分子疫学を実施した。候補感受性遺伝子は、染色体3p21.3に位置し、相互が近接するCCRケモカインであるCCR1、CCR2、CCR3、CCR5、CCXCR1とした。
結果と考察
1)アトピー型喘息では、ダニアレルゲンに反応したIL-5、IL-13産生が高値であるが、IgE抗体が検出できない非アトピー型喘息症例においても、ダニ、カンジダアレルゲンに反応しIL-5産生が誘導される症例群を見いだした。実際に、これらの抗原吸入負荷に反応して、即時型反応を欠く遅発型喘息反応が惹起された。RAST、ヒスタミン遊離、皮内反応が陰性であることから、IgE抗体の関与は否定された。IL-5産生がみられず、IL-13産生のみ誘導される症例群では、喘息反応は観察されなかった。難治性喘息の症例登録調査より、大部分が非アトピー型に分類されることが明らかになったが、T細胞IL-5産生を指標として、非IgE依存性喘息反応の原因抗原をin vitroで診断しうることを明らかにした。
2)培養気道平滑筋細胞は、タイプII IL-4R、TLR3、H1R、H2R、H4R、CysLT1、CysLT2、M1R~M5Rを発現していた。CysLT1とM3Rの発現はIL-4、IL-13によって増強され、M3Rの発現はpolyI:Cの刺激によっても増強された。LTD4、Achによる細胞内Ca2+レベルの上昇は、IL-4、IL-13、poly I:Cにより増強されたが、ヒスタミンによる細胞内Ca2+レベルの上昇には影響なかった。発現増強されたCysLT1とM3Rの機能は、各々の特異的アンタゴニストによって抑制された。PolyI:C刺激によって、約650種類の遺伝子が誘導され、特にMAPキナーぜ系、NF-_B系、STAT系の遺伝子群が強く誘導されていた。
3)ATSの重症喘息診断基準に合致する症例は15例 (11.4%) であった。難治群では非難治群に比し、成人発症、ペット飼育、慢性副鼻腔炎/鼻茸の合併、アスピリン喘息の合併が有意に多く、スパイロメトリーでは、FEV1/FVC、β2刺激薬に対する反応が有意に低かった。常に気道狭窄が持続し、気管支拡張剤で改善しないことが窺われ、気道リモデリングの存在が示唆される。末梢血中MMP-9値は、喘息発作時に有意に増加し、緩解時に正常化することが明らかになり、リモデリング進行の要因と考えられた。
4)ラミニン、IV型コラーゲン、ファイブロネクチン、フィブリノーゲンは単独では好酸球遊走活性を有さないが、エオタキシンによる遊走を著しく増強した。それぞれ抗αM、αL、α4インテグリン抗体で抑制された。ヒスタミンはH4受容体を介して、好酸球遊走を誘導し、エオタキシンと相加作用を示した。IL-5、GM-CSFはH4受容体発現、ヒスタミンによる遊走を増強した。また、LTD4は好酸球のTGF-β発現を誘導したが、、IL-5・GM-CSFの存在下でさらに増強された。ステロイドでは抑制されず、CysLT1拮抗薬でのみ抑制された。
5)気管支平滑筋細胞培養上清中に産生されるプロテアーゼ活性は時間依存的に増加し、特に120、58及び54kDaの3種類のゼラチナーゼの活性増加を認めた。一方、細胞外基質、細胞培養上清により遊走する気管支平滑筋細胞はプロテアーゼ活性の増加を示さず、遊走活性との相関は見られなかった。気道平滑筋細胞はプロテアーゼを産生し、細胞外基質を切断すること、自ら細胞外基質を産生することで、平滑筋の肥厚に関与する可能性が考えられる。
6)難治症例の臨床的特徴は、成人発症の非アトピー型喘息で、長い罹病期間とアスピリン喘息等の合併症を有し、不充分な日常管理が問題であった。難治症例の一部でCandida抗原に対するIL-5、IL-13の産生が亢進しており、末梢血中TARC高値、Candida抗原に対するPBMCからのTARC産生亢進を示すBurning typeが存在した。好塩基球のアポトーシスは、DEXで濃度依存性(10-6~10-9 M)に誘導され、逆に高濃度のIL-3 (0.5~5 ng/ml)で抑制された。
7)マウス喘息モデルで、IGF-IおよびIGF-I作用の制御に関連するIGF-IBP3発現は特異抗原依存性に増強した。IGF-Iは気道上皮細胞およびマクロファージにより産生された。喘息死症例の病理組織で、気道上皮細胞および浸潤細胞にIGF-I蛋白発現を認めた。血清中IGF-Iは喘息患者で高い傾向を認めた。
8)抗原曝露4時間後、Achに対する気道過敏性は認められたが、BALF中の炎症性細胞の増加は顕著でなかった。24時間後、気道好酸球増多、気道過敏性認めた。ステロイドは、気道過敏性を有意に抑制した。ジーンチップ解析では、4時間後の時点で、生理食塩水吸入群に比しOA吸入群において2倍以上変動し、かつステロイドにより2倍以上変動した遺伝子数は646であった。また、24時間後では、661遺伝子が同定された。4時間後では、気道炎症に比較的依存しない遺伝子群が、24時間後では気道炎症に依存する遺伝子群が含まれるものと推測される。
9)CCR2のVal64Ile、Asn260Asn (T860C)、CCR3のTyr17Tyr (T51C)の3つの多型は、連鎖不均衡にあった。喘息単独、花粉症単独および喘息+花粉症の間でのZir scoreを調べたところ、喘息単独に対して喘息+花粉症においてこれらの多型におけるZir scoreが高いことが示されたが、花粉症単独に際しても、喘息との合併ほど高い値ではないものの、比較的高い値を呈した。
結論
本研究班によって抗原レベル、免疫細胞レベル、好酸球レベル、リモデリングの諸要因が解析された結果、1)IL-5産生テストは、「T細胞アレルゲン」同定法として有用であること、また、遅発型喘息反応は、即時型とは独立した、細胞性免疫に依存したアレルギー反応と考えられること、難治性喘息の特徴であるT細胞レベルのステロイド抵抗性はシグナル伝達制御により解除できること、2)重症化要因の相違点に基づきBurning typeとBurn out typeに大別できれば、より具体的な治療法・予防法が可能となること、3)喘息のコントロール不良は気道リモデリングを促進し、喘息の難治化の原因になること、4)組織破壊に伴って遊離する細胞外基質蛋白が好酸球浸潤を増強し、増悪に関与すること、また、即時型反応のメディエータであるヒスタミンが好酸球浸潤を制御すること、5)気道リモデリングに関与する好酸球由来のTGF-βが、ロイコトリエンの制御を受けること、6)IL-4、IL-13はCysLT1とM3Rの発現を増強することにより、またウイルス由来のdsRNAはM3Rの発現を増強することにより気道反応性の亢進に関与すること、7)気管支平滑筋細胞はプロテアーゼ産生・放出を行い、細胞外器質を消化するが、細胞外器質の断片は平滑筋細胞の遊走を促進すること、8)気道過敏性関連遺伝子には、気道炎症に依存する遺伝子群と、比較的依存しない遺伝子群が含まれること、9)IGF-Iが、気道リモデリング、炎症に重要な因子であること、10)CCR2、CCR3の遺伝子多型は、花粉症の合併によって喘息の発症を促す、あるいは重症化を引き起こす可能性があること、が明らかになった。

公開日・更新日

公開日
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更新日
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