アジア太平洋地域における国際人口移動から見た危機管理としてのHIV感染症対策に関する研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200300571A
報告書区分
総括
研究課題名
アジア太平洋地域における国際人口移動から見た危機管理としてのHIV感染症対策に関する研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成15(2003)年度
研究代表者(所属機関)
石川 信克(結核予防会結核研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 丸井英二(順天堂大学医学部)
  • 吉原なみ子(国立感染症研究所)
  • 鎌倉光宏(慶應義塾大学)
  • 沢崎康(エイズ予防財団)
  • 野内英樹(結核研究所)
  • 吉山崇(結核研究所)
  • 小野崎郁史(ちば県民健康予防財団)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 エイズ対策研究
研究開始年度
平成15(2003)年度
研究終了予定年度
平成17(2005)年度
研究費
10,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
本研究は、アジア太平洋地域においてHIV感染症に対する国際人口移動の影響の検証と、結核を入り口としたHIV流行の実態把握を通じ、今後の危機管理政策への提言を模索することを目的としている。
研究方法
具体的に3項目に沿って3年間の研究を進めている。
1.在日外国人のHIV感染に関する研究; 1.1 外国人人口推計:法務省による出入国管理統計資料を用いて、入国年別、出身国別、入国後滞在年数別に推計する。1.2 母国の成人HIV感染率と1.1で求めた推計人口を掛け合わせ、在日外国人のHIV推定患者数を計算する。1.3 エイズサーベイランス等の患者情報より実際に診療されている患者数と上記推定HIV患者数との比を特にエイズ合併結核に関して、患者発見方法の情報を用いて解釈する。1.4 モデル地域を設定し結核問題とリンクしたエイズ対策について検討する。
2.アジア太平洋地域のHIV疫学と人口移動に関する研究: 2.1 タイ:ミャンマーとの国境問題をエイズと結核コホートを活用して治療脱落率・薬剤耐性頻度の国籍比較より推定する。2.2 カンボジア:国家結核プログラムに登録された全国結核患者中のHIV感染率査と分子疫学手法も併用して国境問題を分析する。2.3 他に重要な中国等の国々に関して、タイ、カンボジア事例の応用性を検討する。2.4旧島尾班の成果であるジェンダー分析の国際人口移動・危機管理分野での応用する。2.5 近隣HIV蔓延国への日本人渡航者のHIV感染リスクの検討する。
3.政策分析とガイドライン素案の作成;3.1 先進国のエイズ、結核等感染症の移民対策、危機管理(アメリカ・カナダ型、イギリス・ヨーロッパ諸国型)政策分析、重症急性呼吸器症候群(SARS)による危機管理体制の変化の動向。3.2 日本の感染症危機管理体制の現状を踏まえたHIV等感染症の国際人口移動に関連した危機管理ガイドライン素案の作成。3.3先進国のエイズ動向(厚労省より追加研究要請)は、鎌倉を中心として、経年的蓄積の上で質的価値が高い英国のHealth Protection Agency (旧称Public Health Laboratory
Centre)のデータを中心に分析し日本のエイズ対策と比較検討する。
結果と考察
1.1-1.2で実施した現在までの単純推計では、年末現在国別登録外国人数から得た200年末滞在者数は、南アメリカ地域、東南アジア・南アジア地域、中東・北アフリカ地域、サハラ以南アフリカ地域からそれぞれ329,510名、286,417名、11,528名、6,860名であった。これらとHIV有病率の積により推計された在日外国人におけるHIV点粗感染者数は合計合計2322人であり、内訳は地域別に東南アジア・南アジア地域が1,128人、南アメリカ地域が709人、と両地域で約80%を占めた。サハラ以南アフリカ地域は入国者数が少ないのに比してHIV有病率が高いために472人と推計され、中東・北アフリカ地域が12人であった。南米B国については地域別の蔓延度に大きな違いを認め、特に来日者における大半が特定の2地域出身であるため調整を実施した。出身州別の文献的記録を元に調整したところ、滞在者中の60%は有病率0.10、30%は0.14、10%は全国有病率と同じ0.7として処理した。すると、全国有病率0.7をそのまま援用した場合と比較して1/3の推定感染者数が得られた。在日外国人HIV粗感染者数推計が大きかった5カ国について出入国・再入国者数から計算した2001年度在日外国人滞在者数を直接に出入国統計から得た年末時点滞在者数と比較したが各国とも20%誤差以内であり、国別粗感染者数比が大きく異なることはなかった。2.2で、カンボジアの1ヶ月の新規登録結核患者2,270 症例のうち、2,240(97.8%)の患者より血清が採取され、HIV陽性率は11.8%であった。ロジスティック分析では、HIV陽性に対する独立した相関因子は、居住地がタイ国境の県(調整オッズ比(AOR)=1.92, 95%信頼区間(CI)1.31-2.79)、沿岸地域(AOR=2.47,95%CI:1.44-4.21)、プノンペン市(AOR=4.63, 95%CI:2.12-6.87)、年齢25~34才(AOR=6.73, 95%CI:3.52-12.88)、塗沫陰性肺結核(AOR=2.55, 95%CI:1.77-3.67)、肺外結核(AOR=1.99, 95%CI:1.36-2.91)と西部国境と海岸部からの国際人口移動の影響が示唆された。吉原は、このHIVの分子疫学分析よりタイ由来の蔓延が起きている事を明示した。3.1.では、本年はシンガポールにおけるHIV感染症対策と重症急性呼吸器症候群(以下SARS)対策を質的に分析することによって、感染症対策を左右する社会的な要因について調査した。分析の結果、HIV対策とSARS対策には2つの特有の共通点が伺われた。1つはHIV感染症、SARSと共に個別の対策委員会が政府レベルにおいて設置されていること。2つは、感染症対策が法律によって強化されていること。しかし政策の実際の内容には大幅な違いが認められた。その違いにはシンガポール国独特の文化や社会的な要因が関与しており、特に今回の
質的分析によって浮き彫りになったのは、「誰が影響されるか」(who is at risk)というシンガポール政府の独特の認識であった。
結論
1.1-1.2で算出されたHIV粗感染者数の推計だけから我が国のHIV感染症の疫学的危険因子として、在日外国人におけるHIV感染者のリスク行動が有意であると結論付けることは難しい。しかし、地域別、国別感染者数の違い、また年齢階級別人口内訳の分析の結果は、外国人国際人口移動の影響を踏まえた感染拡大の防止・対策を実施することの重要性を示唆するものと考えられた。より正確で現実的な推計のためには、①出入国統計から年齢階級別に不法滞在者や不詳出国者数を正しく換算した在日外国人滞在者数、②各国地域別・職業別の在日外国人滞在者数とHIV感染者数、③年齢階級別のHIV有病率などを用いることが望ましいと考えられた。2.2では、カンボジアにおける結核患者のHIV陽性率は高い。しかし、居住地の県によりばらつきがあり、高い地域ではタイ由来の蔓延による人口移動の影響が示唆され、結核治療の転帰にも影響している。モニタリングの継続は不可欠であり、地域的な差異は結核・HIV対策と計画の立案の時点で考慮されるべきである。3.1.では、シンガポール政府がある出来事に対し危機管理政策に踏み切るには、まずそれを危機だと認知することが必要であり、政府が理解する「危機」の基準とはその出来事が社会的、経済的に公衆に対する危機であることが本研究によって判明した。しかし、SARS流行と比較してHIV感染症蔓延のほうが圧倒的に疾病負担は大きく、人口や経済を含めた長期的な社会全体に対する負担も大きいはずである。従って政府の危機管理政策を左右する認知要因、政府の「公衆」の定義、すなわちどのような人間がHIV感染のリスク、そしてどの様な人間がSARS関連コロナウイルス感染のリスクがあると認知されているのか、を追及する研究が更に必要であると思われた。HIVの感染症の蔓延に、国際人口移動の関与が示唆された。結核患者中のHIV感染状況把握を入り口として、HIVの疫学状況を分析する重要性がカンボジア、タイでの事例で示された。その状況を把握して有効な対策をリスクマネジメント(危機管理)の観点から考えるべきで、そのためアジア諸国(シンガポール等)、先進国での政策分析を行った。

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