HIV感染症の動向と予防モデルの開発・普及に関する社会疫学的研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200300568A
報告書区分
総括
研究課題名
HIV感染症の動向と予防モデルの開発・普及に関する社会疫学的研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成15(2003)年度
研究代表者(所属機関)
木原 正博(京都大学)
研究分担者(所属機関)
  • 橋本修二(藤田保健衛生大学)
  • 和田 清(国立精神・神経センター)
  • 小野寺昭一(東京慈恵会医科大学)
  • 木原雅子(京都大学)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 エイズ対策研究
研究開始年度
平成15(2003)年度
研究終了予定年度
平成17(2005)年度
研究費
95,120,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
わが国の、①HIV感染症流行の現状・将来動向、②個別施策層に対する有効な予防介入についてのエビデンスを示し、有効かつ効率的な行政施策の発展に資する。
研究方法
(1)HIV/AIDSの発生動向解析に関する研究:2002年末までのエイズ発生動向調査データを用いて、2002年末時点のHIV、AIDS数を推計し、報告数と比較した。また、わが国のHIV/AIDS流行の特徴を検討するために、HIV/AIDSサーベイランス情報の国際比較を行った。HIV感染者に対する質問調査により、医療費以外の自己負担状況を調査した。HIV検査者の特徴を把握するために、131保健所の受検者を対象に質問票調査のデータを分析した。(2)個別施策層のHIV感染動向に関する研究:検査や質問票調査などによって各種集団(薬物乱用・依存者、STD患者)のHIV/STD陽性率・行動を調査し、経年変化を検討した。(3)個別施策層の予防介入に関する研究:個別施策層(若者、滞日外国人)に対するポピュレーション戦略の予防介入研究(準実験的デザインによる社会[地域]・集団[学校]・個人[家庭]レベルで多媒体を用いた予防介入研究)を実施・評価した。また、ハイリスク戦略の予防介入研究の準備として、①HIV感染者への予防支援対策を開発する目的で、HIV感染者に対する質問票調査に基づいてコンドーム使用意図・行動に関する構造方程式モデルの構築を行うとともに、医療関係者への質的研究を実施した。また、CDCの開発した個人レベルの介入法である予防的ケースマネージメントによる予防介入研究の準備として人材育成を行った。
結果と考察
(1) HIV/AIDSの発生動向解析に関する研究:①2002年末のHIV 12000人、AIDS 2000人で、生存感染者は合計14000人と推計した(外国国籍と凝固因子製剤感染者を除く)。②サーベイランス情報の国際比較により、他先進諸国(AIDS減、HIV感染は減ないし横ばい)に比べ、わが国ではAIDS減少が見られないこと、過去3年間のHIV報告にしめる30歳未満割合が、英米加より10%以上大きいことを示した。③HIV感染者170人への質問調査により、感染から感染認知までの期間は長く、認知から受療までの期間は短いこと、AIDS患者で発症前に検査を受けた人は20%であることを示した。また、④感染者の治療に伴う自己負担額(中央値)は、医療費4000円、交通費640円、民間療法1000円であることを示した。⑤全国5079例のHIV検査受検者のデータを分析し、24歳以下、リピーター、不特定多数との性的接触経験者の割合の中央値が、それぞれ22%、25%、39%で、都会でリピーターが多いなど、地域間格差が大きいことを示した。
(2) 個別施策層のHIV感染動向に関する研究:①覚醒剤乱用者・依存者については、全国6施設311名の新規入院者において、HCV感染率、過去1年間の回し打ち、あぶり、風俗での性交、風俗以外での性交の経験者割合は、それぞれ、40.1%、28.5%、55%、53%、17%であり、過去7年間の間に、HCV感染率、回し打ち経験、風俗・風俗外での性交経験の割合は全て減少傾向で、あぶりは、ここ数年来高止まりであることを示した。②STD患者については、関東、北海道、大阪の12施設を受診した302名(男81、女45、セックスワーカー[SW]135)を調査した。無料検査の提供により、検査希望者は41名から299名に増加した。HIV抗体陽性者はなく、クラミジア、淋菌のPCR陽性率は、男15%, 14%、女16%、7%、CSW10%, 5%で、SWでむしろ低目であった。性行動調査には267名が回答し、コンドーム常用者は、男16%, 女20% であった。
(3)個別施策層の予防介入に関する研究:<ポピュレーション戦略型予防介入>①若者:昨年度に続き、A県全域を対象としたソーシャルマーケティングに基づく予防介入を実施した。地域ベースではA県下10の全保健所、学校ベースではA県下33高校(34%、人数>5500)、A県C市の全22 中学校(人数>7000)が参加した。質・量的形成調査に基づき、簡潔で地域性があり、かつクラミジア、中絶を主内容とする名刺大パンフや大小ポスターを開発し、コンビニ、カラオケ等地域の隅々に配置した。学校ベースでは、独自のビデオ、パワーポイント教材に基づく「モデル授業」を開発し、教師・保健師に対する研修を実施した。研修を受けた教師・保健師によるフルモデルの予防授業は、7高校7中学で、一部の教材を用いた準モデル授業は、10高校7中学で行われ、通常性教育・無授業の学校(対照群)は、高校15中学4であった。介入効果は3ヶ月の介入期間の前後の質問票調査で測定した。対照群に比し、モデル授業・準モデル授業群では、知識、コンドーム使用意図・行動の大幅な上昇・改善が生じたが、性行動の活発化は生じなかった。性規範は変化しなかった。また、地域啓発密度(ポスター・パンフ配布数/単位人口)別に高校生の知識、意図、行動を比較したところ、密度に比例した違いを認めた。また、02、03年の介入前データの比較により、A県では、男女ともコンドーム使用率が約10%上昇し、性規範の変化も生じるなど、ソーシャルマーケティングに基づく地域啓発が予想を超える影響を持つ可能性が示唆された。また中学生性行動調査では、大半が高校生のセックスを容認していること、低学年ほど性情報への曝露年齢が低下しているという憂慮すべき実態が判明し、中学校時代の予防教育の重要性が強く示唆された。②滞日ブラジル人:コミュニティベースでは、ブラジル保健省と共同開発したポスター、名刺大パンフ、テレビスポット(3ヶ月間)、新聞広告等による集中的な全国予防啓発を実施した。その結果、知識の変化は僅かで、行動面では偶然変動以上の変化は観察されなかった。コンドームのマーケティングでは、文化的に適切なコンドームを開発し、全国のブラジル雑貨店に配置を依頼すると共に、全国宣伝を行った。2002年10月に事前調査,2003年5月に効果評価を行った。コンドームの認知や販売は増加したが、購買行動の促進効果は顕著ではなかった。学校ベースでは、2つのブラジル人学校で、ワークショップ(WS)形式と講演形式の介入を実施し、WSで効果が大きいことを示した。<ハイリスク戦略型予防介入>①HIV感染者:HIV感染者170名の調査から、74%が性的に活発で、うちコンドーム毎回使用者は48% にとどまることが判明した。さらに共分散構造分析にてコンドーム使用意図・行動に関連する心理構造を分析した結果、「自分のSTI予防への積極性」が中心的重要性を持つことを示し、予防支援モデル開発の重点を示した。また、医療者への質的調査により、医療者は感染者のセクシュアルヘルス支援の必要性を感じつつも、不十分という認識があることを示し、それに関連する数々の要因を抽出した。②予防的ケースマネージメント(PCM): PCMの理念と方法の咀嚼に基づき、全国で研修を行い、10名のマネージャーと3名のスーパーバイザーを育成し、次年度からのパイロット研究実施の準備を完了した。
以上の結果から、わが国では他の先進国に比べて若者における流行度が大きいこと、保健所でのリピーター対策が必要であることが示唆され、またSTD 患者研究では、一部の一般女性でSWよりSTD侵淫度が高い可能性、無料検査提供でHIV受検を大きく促進できる可能性が示唆された。また、ポピュレーション戦略型予防介入研究では、若者で性行動の活発化・若年化がなお持続していること、ソーシャルマーケティングによる地域レベル介入がかなりの効果を持つことが示唆され、また、中学・高校モデル授業が、性行動を活発化させることなく、知識・態度・行動を有意に変化させることを示し、若者の予防に現実的展望を拓いた。一方、滞日ブラジル人の予防介入では、緻密に開発した長期全国キャンペーンが十分な効果を発揮し得なかったが、これは、従来の世界エイズデー前後程度のキャンペーンの限界について警鐘をならす結果となった。ハイリスク戦略型予防介入研究では、HIV感染者の性行動や関連する心理構造、医療者側の問題点を分析がすすみ、またPCMの移植が完了したことから、次年度以降の予防支援モデル開発の準備が整った。
結論
わが国のHIV感染流行の特徴を示し、予防介入の限界や可能性に関する重要なエビデンスを蓄積した。HIV流行は今後本格化するため、有効なモデルの全国普及・施策化が急がれる必要がある。

公開日・更新日

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