HIV-1遺伝子を広域に持つ新規SHIVとサルを用いたエイズ治療薬開発の研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200300552A
報告書区分
総括
研究課題名
HIV-1遺伝子を広域に持つ新規SHIVとサルを用いたエイズ治療薬開発の研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成15(2003)年度
研究代表者(所属機関)
井戸 栄治(京都大学ウイルス研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 伊吹 謙太郎(京都大学ウイルス研究所)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 エイズ対策研究
研究開始年度
平成15(2003)年度
研究終了予定年度
平成17(2005)年度
研究費
12,500,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
エイズ治療については、この数年の間にHAART療法などが開発され、光明が見えたかに思えた。しかし、この療法では確かに延命はできるものの、高価な薬剤を大量に摂取し続けねばならず、副作用の問題や投薬を止めれば新たにウイルスが再増殖し始め、しかも通常の薬剤では抑えることができないという多剤耐性株の出現の問題、さらには治療中の免疫系再構築の間に既存の日和見感染症が悪化するいわゆる免疫再構築症候群などの問題が指摘されている。治療薬自体の開発が押し進められるべきであることは言うまでもないが、種々の治療薬の最適な組み合わせの探索を始めとして、他の抗ウイルス活性物質あるいは免疫システム自体を活性化する薬剤との併用など、従来試みられていない実験的療法の開拓が強く要望されている。しかしながら、人を対象としてそのような治療効果が保証されない、場合によっては症状増悪のリスクが否定できない実験的治療を安易に試みることは倫理的に許されない。そこで本研究では、先ず、前臨床の基礎研究として、人に近い動物であるサルを用いてエイズ治療法を実験的に開拓する系を確立することを目的とする。次にその系を用いて、種々の薬剤や新たな治療法の効果判定を行い、人のためのより良い治療法を提示することを最終目標とする。
研究方法
人への治療法として提示するためには、薬剤の標的がエイズの病原ウイルスHIV-1そのものであることが望ましい。ところがHIV-1は、ヒト以外にはチンパンジーなど一部の例外を除いて、通常の医学実験用のサルには感染しない。そこで我々は、HIVに類似のサルウイルス(SIV)とHIV-1とのキメラウイルス(SHIV)を作成し、これとサルを用いてエイズの病態を研究してきた。しかし、従来サル感染実験に用いられたSHIVは、主にenv遺伝子とその周辺付属遺伝子のみがHIV-1由来で、その他はSIV由来であるものに限られていた。これでは人への治療薬の効果判定に適してはいない。なぜなら、市販されているウイルス複製阻害剤の中には、AZTのようにレトロウイルス全般に効く薬剤もあるが、NNRTIのようにHIV-1のpol遺伝子産物を特異的に標的としているものも多いからである。そこで我々は、pol遺伝子がHIV-1由来である新規のSHIVを作成することにした。研究開始初年度は、1)HIV-1のprotease(PR)を持つSHIV(SHIV-pr)のアカゲザル感染実験とPR阻害剤の効果判定、2)polのRTとINT領域及びenvをHIV-1由来にしたSHIV(SHIV-rti/3rn)の作成とサル感染実験に重点を置いて研究を行った。
結果と考察
1) HIV-1のprotease(PR)を持つSHIV(SHIV-pr)のアカゲザル感染実験とPR阻害剤の効果判定
SHIV-prは、クローン化されたSIVmac239株のゲノムに、HIV-1 NL432株のPR遺伝子を組み込んだウイルスである。このプロウイルスプラスミドを培養細胞にトランスフェクションすると、Gag蛋白質は親株と同じように切断され感染性のウイルスを産生することが分かった。105 TCID50 のSHIV-prをアカゲザルに静脈内接種したところ、血中ウイルス量は接種後2週目で105 copies/ml 程度にまで上がり、その後103?104 copies/mlと低いながら半年以上の長期に渡りウイルスを産生し続けることが明らかとなった。さらにこのサルからウイルスを含む血漿を新たなサルに継代したところ、ウイルス量も安定して105 copies/ml程度の持続感染状態になることが判った。次にこれらのサルにPR阻害薬カレトラ(ロピナビルとリトナビルの混合カプセル)の中身を水に懸濁して4週間毎日経口投与(1カプセル分/日/頭)したところ、試みた3頭いずれも103 copies/mlあるいはそれ以下に血中ウイルス量が減少した。対照的にSHIV89.6pが感染しているサルの場合、薬剤投与の効果は全く見られなかった。
2) polのRTとINT領域及びenv全体をHIV-1由来にしたSHIV-rti/3rnの作成とサル感染実験
これまでにRTとenv全体をHIV-1由来にしたSHIV-rt/3rnがサルに感染することは、我々がすでに報告している(J Gen Virol, 2003)。今回はよりHIV-1由来の領域を拡大することを目指して、それに加えてpolのインテグレ?ス(INT)の領域もHIV-1由来にしたSHIV (SHIV-rti/3rn) を作成した。しかし、このウイルスはcell lineでは増殖するものの、アカゲザルPBMCでの増殖が微弱で検出限界に近かった。そこでサルのcell lineであるHSC-F細胞で約半年間パッセージを繰り返し、再度感染増殖能を調べた結果、アカゲザルPBMCでの増殖が良くなっていることが判明した。このサル細胞馴化ウイルスをアカゲザルに接種したところ、ピークのウイルス量は104?106 copies/mlとなり、抗体応答、PCRの成績からサルに感染することが明らかとなった。
SHIV-pr感染サルのカレトラ投与実験において、ウイルス量が顕著に下がったことは、本SHIVとサルを用いて、PR薬剤の in vivo 評価が現実に可能であることを示している。一方、SHIV89.6pに対して同薬剤の効果が見られなかったことは、それに含まれているPR阻害剤がHIV-1用に開発されていることから不思議はない。ただし、PR阻害剤はin vitroの実験に関する限り、HIV-2やSIVなどの2型のウイルスにもある程度は効くと言われている。SIVのプロテアーゼを持っているSHIV89.6pが何故多少とも反応しなかったのかは不明である。酵素レベルでは阻害されても、ウイルスになると薬剤に対して反応しにくくなるという特質が現れた可能性も考えられる。
なおサルに薬剤を投与する実験は、動物が相手であり、味が苦い、においがするなどの理由により、サルが受けつけないことがあることを学んだ。なるだけ人に近い条件下で薬剤評価を行うために、注射によらず経口投与に限りたいと考えているが、今後薬剤によっては投与方法の改良も必要と考えられた。
SHIV-rti/3rnのサル感染実験でHIV-1由来の領域を一段と拡大できた。馴化の際にどのような変異が起こったのかを解析してみたところ、ゲノム全体で9ヶ所核酸配列が変わっていた。いずれもアミノ酸置換を伴う変異で、その大半(7ヶ所)はenvに生じていた。予測していたintegrase部分には変異はなく、サル細胞種特異性を獲得したというよりは、感染吸着侵入レベルでウイルスの性能がアップしたものと考えられた。
いずれにせよHIV-1由来の遺伝子領域を拡大した新規SHIVが、サル個体内で感染増殖することが分かった点は大きな前進である。現時点では未だ増殖力が弱いものも、今後 in vivo継代などにより、さらに強いものに改良できるであろう。何よりも、現在世界で使用されているどのSHIVよりもHIV-1に近いウイルスとサルによる新しい動物モデル系ができたことに意義があると考えている。
結論
まだ研究の第一段階であり、結論を出すのは早すぎると思われる。しかし、少なくとも当初計画の実験は比較的順調に進行しており、SHIV-prがサルに感染することが明らかとなり、薬剤に反応したウイルス動態を見せたことは、本SHIVとサルの系が開発中のPR薬剤の評価に有用であることを示している。またINTがHIV-1由来であるSHIV-rti/3rnが同じくサルに感染することが明らかとなったことは、現在開発が進められているインテグラーゼ阻害剤の評価にも使えると同時に、よりHIV-1に近いウイルスとサルによる新しい動物モデル系が完成する道が開けたものと考えられる。

公開日・更新日

公開日
-
更新日
-