経口細菌感染症の広域的・散発的発生時の実地疫学的・調査手法等の開発に関する研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200300538A
報告書区分
総括
研究課題名
経口細菌感染症の広域的・散発的発生時の実地疫学的・調査手法等の開発に関する研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成15(2003)年度
研究代表者(所属機関)
中村 好一(自治医科大学)
研究分担者(所属機関)
  • 渡辺治雄(国立感染症研究所)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 新興・再興感染症研究
研究開始年度
平成14(2002)年度
研究終了予定年度
平成15(2003)年度
研究費
18,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
1996年及び1997年の貝割れ大根によるEHECO157事例、1998年のイクラによるEHECO157事例、1999年のイカ乾製品によるサルモネラ・オラニエンブルク事例、2000年の加工乳よる黄色ブドウ球菌事例、2001年の牛タタキによるEHECO157事例、韓国産生カキによる細菌性赤痢事例など、経口細菌感染症の広域的・散発的発生が報告されている。これらの事例は原因が究明された事例であるが、原因が確認できない事例が多く存在し、特にEHECについては、毎年遺伝学的に菌株が同一であることが確認されても、原因が究明できない事例が多くみられている。これは、diffuse outbreakの発生から探知までに通常の集団事例と比較して時間を要することから、有症者に対する行動、喫食等の聞き取り調査の遡り期間が長くなり、必要な情報が得にくく、結果的に探知当初の小規模の症例対照研究などの疫学調査が必ずしも成功していないことが原因と考えられる。また近年、EHECについては、PFGEパターンのデータベースが充実し、疫学的分析が可能となっているが、細菌性赤痢等においてはレファレンスデータが十分でないため、地理的、時間的にある程度共通性がみられる特定の経口感染症の患者集団のPFGEパターン一致の疫学的評価が明確となっていない。現在の食中毒統計においては、実際に調査対象となった患者数のみが計上されており、特にdiffuse outbreak、散発事例で発生している患者数が適切に計上されていないため、わが国での経口感染症による患者数の推定がされておらず、公衆衛生上の社会的、経済的影響の評価が困難となっている。このため、本研究ではdiffuse outbreakに際しての実地疫学的調査方法の開発、経口感染症起因菌の遺伝学的疫学指標のデータベース作成、経口感染症患者数の推計手法を開発することにより、事件発生時の迅速な原因究明による被害の拡大防止、経口感染症患者数の推計による公衆衛生上の評価に資するものである。食中毒の原因細菌のDNAの多様性を,食中毒の疫学調査に利用し,汚染の拡大による被害者の発生を未然に防ぐことにある。多様性を調べる方法としてPFGE法が有効なことは世界的に認められており,各菌におけるそのデータベースを構築することにより,現在流行している菌が過去のどの事例の菌と同一かが分かることにより,汚染源調査の一つの資料とすることが出来る。その結果,より迅速に原因物質の同定につなげることが出来る。
研究方法
昨年度は赤痢菌のPFGEデータバンクの構築を主に行ったので,疫学調査に貢献する目的で今年度はそれ以外の菌で食中毒として重要な菌のPFGEデータバンクを作成した。菌の過去,及び現在分離される株を,各地方衛生研究所,および検疫所等から収集する。データベースを作製するために,各菌種500株前後を目標とする。(1)収集した株の遺伝学的マーカの解析を行う。遺伝学的マーカとしては,PFGE型,ファージ型,薬剤耐性型等を行った。(2)解析した株について,分離された地域(推定国),年代別にデータベースを作製し,問題となる流行が起こった時に解析に利用できるようにした。昨年度は医師(全国のデータベースより無作為抽出した3000人を対象)および保健所長(全数調査)に対して食品衛生法に基づく食中毒の届出に関する調査を行った。本年度はこの結果をまとめると共に、このデータをもとにした傾向感染症患者の推計手法について検討を行った。昨年度は(1)諸外国における食中毒、感染症サーベイランスシステムに関する情報収集、(2)内外の食中毒事例における疫学調査方法に関する情報の収集、を中心に研究を実施した。本年度はこれらから得られた結果を統合して以下のような
点に重点を置いて検討を進めた。(3)散発例の情報に基づく地域流行の認知と疫学調査方法、(4)食中毒サーベイランスの情報利用に関する問題点の検討、(5)潜在する地域流行の疫学調査指針の検討。
結果と考察
我が国で過去に分離された腸管出血性大腸菌O26,O111に関してXbaI切断後のPFGE解析のデンドログラムを作成し、データーバンクとした。国内各地での腸チフス・パラチフスの散発事例や、集団発生の解析において、各地からの分離菌株のPFGEパターンの比較を通して、散発事例が同一の菌株に由来するのか、また集団発生は1つ菌株によるものなのかを決めることが可能である。問題となる事例で分離された菌株のPFGEパターンとそれ以前に作成されたデータベース内の過去に分離された菌株間のパターンを比較することで、感染源の遡り調査や疫学的解析に応用することが可能であり、感染拡大の防止や感染源の追求に大いに貢献できると考えられた。サルモネラ感染症、とりわけ薬剤耐性Salmonella TyphimuriumおよびSalmonella Enteritidisに着目してデータバンクを構築した。
食中毒事件届出の現状把握及び届出されない事件数の推計を行った。届出を受ける側である保健所では、実際に届出があった食中毒事件(または患者)数の2~4倍の事件(または患者)数が発生していると判断されていた。しかし、病原体の種類によって、食中毒事件として取り扱われる割合は異なり、わが国における食中毒事件数をより詳細に検討する上では、病原体の種類別事件数を考慮する必要があることが判明した。内外の食中毒事例における疫学調査方法に関する情報を収集することを目的として、医学中央雑誌およびMedlineによる文献検索を実施した結果、食中毒事例における疫学調査方法に関する文献は少なかったが、分子疫学の分野ではPFGE関連の文献がやや多く認められた。米国のCenter for Disease and Prevention Control (CDC)では、公衆衛生従事者への支援・教育・トレーニングを通じてpassive surveillanceの強化、FoodNetやPulsNetなどを充実・拡大してactive surveillanceを強化していることが判明した。一方、英国では、Health Protection Agency(HPA)を新設しサーベイランスシステムの一元化、臨床・検査・社会一般に対する感染症の啓発を行っている。食中毒対策は他の感染症と並び国家的健康危機管理上重要である。その一環としてサーベイランスシステムを支えるインフラの整備・強化と情報提供者への教育・啓発への組織的取り組みの必要性が確認された。食品の遡り調査に関しては、生産業者もしくは輸入業者まで迅速に遡ることが可能である必要があり、そのためには各流通段階での記録の徹底が重要となる。食中毒疫学情報としては、事件の探知から確認に至る初動調査において「情報」に対する的確な対応が重要であるため、これを類型化するなどして粛々と実行できる環境を整えることが有効であることが明らかとなった。食中毒事件を保健所が把握する際の感度を上げるための方法を幾つか挙げて、検討した。その結果、現状の届け出制度のまま、市民と現場の最前線の臨床医が食中毒事件に関する知識を向上させる余地があることを指摘した。市民向けには現状の病因物質別の情報に加えて症状や状況に関する記載を盛り込むことを指摘した。
結論
本研究では、国内では未検討である実地疫学的観点からわが国の少量多品種を摂取する食生活の実態に即した患者の食品摂取歴のインタビュー手法、症例対照研究の際のマッチング手法の検討を行うとともに、わが国の食中毒患者発生状況に即した被害者数の推計手法を検討した。また、わが国での食品工業の高度化、輸入食品の増加等による広域流通食品の増加を踏まえ、これらの食品を原因として発生するdiffuse outbreakに対応可能なわが国独自の遺伝学的疫学指標のデータベース等を検討した。

公開日・更新日

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