医科学研究用リソースとしてのカニクイザルの基盤高度化に関する研究

文献情報

文献番号
200300376A
報告書区分
総括
研究課題名
医科学研究用リソースとしてのカニクイザルの基盤高度化に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成15(2003)年度
研究代表者(所属機関)
寺尾 恵治(国立感染研・筑波霊長類センター)
研究分担者(所属機関)
  • 向井鐐三郎(国立感染研・筑波霊長類センター)
  • 吉田高志(同)
  • 山海直(同)
  • 明里宏文(同)
  • 藤本浩二((社)予防衛生協会)
  • 小倉淳郎(理化学研究所)
  • 吉川泰弘(東京大学・農学部)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 ヒトゲノム・再生医療等研究(ヒトゲノム・遺伝子治療・生命倫理分野)
研究開始年度
平成15(2003)年度
研究終了予定年度
平成17(2005)年度
研究費
50,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
21世紀の重要な厚生労働科学研究として、脳・神経科学、長寿科学、新興再興感染症制圧、遺伝子治療、再生医療、ゲノム創薬などが注目されているが、これらの先端技術の開発研究および有用性・安全性評価では優れた動物モデルの開発が不可欠である。なかでも、サル類は解剖、生理、代謝、免疫などのシステムがヒトと類似していることから、最も有用なモデル動物とみなされている。一方、分子生物学の進展により複雑な生体反応を細胞レベル、タンパクレベル、遺伝子レベルで解析することが可能になりつつある。特にポストゲノムプロジェクトとされる研究領域では、これら分子レベルの情報を基にした新しいアプローチが必要であるが、サル類では分子レベルでの解析基盤技術並びにリソースの整備が遅れている。本研究では、21世紀の医科学研究用リソースとしてのカニクイザルの基盤高度化を目的として、個体レベル、細胞レベル、遺伝子レベルでの汎用性の高いリソースの整備と質的向上を目的とする。
研究方法
主として国立感染症研究所・筑波霊長類センターで繁殖育成されたカニクイザルとアフリカミドリザルを対象として研究を行った。
血清疫学調査では、年齢の異なるカニクイザルから採血した血清を用いて蛍光抗体法およびELISA法により抗体の検出を試みた。貧血、下痢、体重減少を呈した2頭のカニクイザルの末梢単核球からSRV/Dを分離するとともに、gag遺伝子の配列を決定し、遺伝子診断用のプライマーを設計した。
効率的な核移植クローン作成技術の開発を目的として、マウスを用いて異なったドナー細胞による核移植を行った。アフリカミドリザルの顕微受精技術を検討するとともに、得られた受精卵の内部細胞塊からES細胞の樹立を試みた。効率的な卵子採取法として、グリセリン溶液に溶解したFSH処理による採卵を試みた。Herpesvirus saimiriを各種霊長類の末梢リンパ球に感染させ、各種霊長類の末梢リンパ球の不死化を試みた。
遺伝子レベルでのリソースとして、家系の明らかな第二世代の個体の末梢血白血球から定法に従って核DNAを抽出し、ライブラリーとして凍結保存した。
汎用性の高い基盤技術として、二波長X線骨密度測定装置を用いてカニクイザルの肥満度を客観的に評価する測定法を検討した。光感受性色素(ローズベンガル)を静脈内投与した後、光ファイバーで光照射することにより、大脳新皮質内の任意の領域に虚血を作成する条件を検討した。
結果と考察
繁殖育成コロニーの微生物学的清浄度を血清学的にモニタリングした結果、HBV、SVV、SIV、STLVの4種のウイルスについてはすべての個体が抗体陰性であり、当該ウイルスについてSPF状態が維持されていることが確認できた。SRV/D陰性個体を隔離して確立したSRV-SPFパイロットコロニーにおけるEBV、SFV、CMVの抗体陽性率には人工保育群と実母保育群で著しい差が認められ、SPF化における早期離乳と隔離飼育の有効性が実証された。下痢、貧血、体重減少を示す2頭のカニクイザルから分離したSRV/D株のgag領域の塩基配列は既知のSRV/D株と79.3?81.2%程度の相同性を示すことから、既知のSRV/Dとは異なる新しいSRVであると判断した。SRV/D筑波株のgag領域を特異的に検出するプライマーを開発し、血漿、唾液からのSRV/Dゲノムの検出を試みた結果、Nested PCRにより2コピーまで高感度に検出できることが明らかとなった。これにより、血漿、唾液からのSRV/Dゲノム検出が可能となったことから、本法を血清診断法と併用して56頭のSRV/D陰性育成ザルを選抜・隔離し、SRV/D-SPFパイロットコロニーを確立した。収容した56頭について、EBVに対する抗体調査を行ったところ、出生直後から人工保育されたサルでは、抗体陽性率が実母保育群に比べて著しく低く、人工保育(早期分離)がSPFコロニー作出に有効であることが判明した。今後はSPFザルの選抜時期、飼育形態、定期的モニタリングシステムを含めて効率的なSPFコロニー作出・維持法を検討する必要がある。
サルでの核移植クローン技術開発に資するため、マウスを用いて成体幹細胞および生殖細胞をドナー細胞として体細胞移植を行った。G0細胞である造血系細胞は高率に2-cellに発生したが、その後の発生低下が顕著であった。一方、胎齢10.5日のマウス始原生殖細胞をドナー細胞とした核移植クローンで産児を得ることに初めて成功し、ドナー細胞選択の方向性を明らかにした。4頭のアフリカミドリザル雌から採取した75個の卵子のうち35個(47%)が成熟卵であった。その一部について顕微受精を行い3個が拡張胚盤胞に発生した。胚盤胞から内部細胞塊を単離し、フィーダー細胞上で継代培養したところ、霊長類のES細胞に特徴的な扁平コロニーが形成されたことにより、これまで報告のないアフリカミドリザルのES細胞樹立の可能性が示唆された。グリセリンに溶解したFSHによる卵胞発育誘起により、ミドリザルおよびカニクイザルから回収された平均卵数はそれぞれ、20個/頭、50個/頭であり、そのうち成熟卵の割合はそれぞれ30%と40%と本法により比較的高率に良好な卵が回収されることが判明した。サルへの応用が可能なマウスでの核移植クローンに用いるドナー細胞の選択に関わる知見とサルでの効率的な成熟卵回収技術の開発を融合して、効率的で安定した体外受精、体外培養技術の確立をめざす。mitogenで活性化した末梢単核球にHerpesvirus saimiri(HVS)を感染させることにより、1ヶ月程度で不死化細胞が樹立でき、培養一年後も安定した増殖を示した。HVSで不死化した細胞株の表面マーカーを解析したところ、細胞株はいずれもCD3陽性Tリンパ球であり、活性化マーカーや共刺激分子を強く発現していた。カニクイザルと同様な方法でアカゲザル、タマリン、チンパンジー由来の細胞株の樹立に成功した。異なったサル種で正常な機能を示す細胞株が樹立されれば、細胞を用いたサル種の選択が可能となり、実験に使用する個体数を最小とすべきという国際的合意と合致する。
霊長類センターの繁殖育成コロニーのカニクイザルで家系の明らかな第二、三世代約100頭から核DNAを抽出し、DNAバンクとして凍結保存した。cDNAライブラリーおよびBACライブラリーとともに遺伝子レベルでのリソース整備体制が整いつつある。
繁殖育成コロニーの生理学的モニタリング技術として、肥満度測定法を開発した。体重を指標とした場合には64.5%が正常、12.3%が境界型、23.2%が肥満と判断された。5?10歳、11?15歳、16?20歳のそれぞれの年齢群で肥満個体の占める割合は、8.3%、31.9%、47.6%と年齢の増加に伴って急激に増加した。ローズベンガルを静脈内注射し、光ファイバーで光照射した部位に梗塞巣が生じた。梗塞巣中心部にはニューロンは存在せず、TUNEL陽性のアポトーシスを生じている細胞が多数検出された。ミクログリアの活性化も顕著で、特にBrdU陽性の活性型ミクログリアの出現が特徴的であった。血管性痴呆症は高齢化社会にとって重要な疾患であることから、優れた虚血モデルの開発が望まれていた。今年度確立した脳内の任意の部位に安定した虚血を作成する技術を応用することにより、脳梗塞の治療・予防法の開発のみならず、サルを用いて小動物では不可能な脳の高次機能に関する研究を推進することが可能となる。
結論
筑波霊長類センターの繁殖育成コロニーではHBV、SVV、SIV、STLVの4種のウイルスについてはSPF状態が適正に維持されていた。SRV/Dウイルスの分離に成功し、遺伝子診断による高感度・特異的ウイルス検出系を開発するとともに、SRV陰性カニクイザルをスクリーニングして60頭規模のSPFパイロットコニーを確立した。
雌ザルからの効率的な成熟卵回収法を確立し、アフリカミドリザルの顕微受精に初めて成功した。HVSを用いて広範な霊長類不死化細胞ライブラリーの整備に着手し、カニクイザル、アカゲザル、チンパンジー、タマリン由来のT細胞株を樹立した。サル類を用いた医科学実験を支援するための汎用性の高い研究基盤技術として、肥満度測定法と大脳新皮質の任意の領域に虚血を作成する技術を開発した。

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