生命科学研究資源基盤としての培養細胞株の収集・保存・供給システムの整備に関する研究

文献情報

文献番号
200300374A
報告書区分
総括
研究課題名
生命科学研究資源基盤としての培養細胞株の収集・保存・供給システムの整備に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成15(2003)年度
研究代表者(所属機関)
水澤 博(国立医薬品食品衛生研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 増井徹(国立医薬品食品衛生研究所)
  • 田辺秀之(国立医薬品食品衛生研究所)
  • 立花章(京都大学)
  • 木村成道(財・東京都老人総合研究所)
  • 原澤亮(東京大学)
  • 許南浩(岡山大学)
  • 安本茂(神奈川県立がんセンター)
  • 田中憲穂(食品薬品安全センター秦野研究所)
  • 執印太郎(高知大学)
  • 嶋田裕(京都大学)
  • 井口東郎(国立病院九州がんセンター)
  • 柳原五吉(国立がんセンター研究所)
  • 永森静志(杏林大学)
  • 小林真一(聖マリアンナ医科大学)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 ヒトゲノム・再生医療等研究(ヒトゲノム・遺伝子治療・生命倫理分野)
研究開始年度
平成15(2003)年度
研究終了予定年度
平成17(2005)年度
研究費
70,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
我々の研究は、収集した培養細胞研究資源を最大限に生かすために必要な研究資源基盤を国内に確立することを目的とし、①主にヒト由来細胞の収集、②収集した細胞の品質の高度化(品質管理)、③細胞保存・管理・提供システムの整備、④細胞株情報提供システムの整備、⑤ヒト細胞の倫理的な取扱方法の確立、の5点が主な研究課題である。当細胞バンクは微生物による汚染の排除と細胞の性状確認の2点を重点研究項目と位置付けた精度の高い品質管理を実施している。
研究方法
細胞バンク基盤整備を目的とした研究の実施にあたり課題内容が多岐にわたるため、研究方法も多彩である。細胞培養を基本的な技術として、分子生物学的研究法、免疫染色法、染色体分析法などの実験法を利用して、培養した細胞を保存すると同時に各細胞の諸性質について検討した。また、細胞バンクの維持管理システムの構築に必要なコンピュータプログラムの研究開発手法を使う。さらに、倫理問題に関係する資料を英国やアイスランドから収集し、国内大学関係の倫理委員会設置の際の助言を行った。
結果と考察
細胞の収集は主に分担研究者により成されている。分担研究者は積極的なヒト細胞株の樹立を実施している。JCRB細胞バンクは、寄託された細胞のマイコプラズマや細菌による汚染や、クロスコンタミネーションを確認して正規登録し分譲に供している。汚染やクロスコンタミネーションを確認した場合は、寄託者の協力を得て除去や原因追及を行い、汚染やクロスコンタミの無い細胞として登録する。細胞の収集は毎年50種類の収集を目標としているが、本年度は40種に止まった。理由は今年度収集した細胞に比較的多くのマイコプラズマ汚染とクロスコンタミネーションが観察されたためであり、除染やクロスコンタミネーションの原因株の解明などに多くの作業が割かれたことによる。収集した40種の細胞は、38種までがヒト由来細胞で主に日本人から樹立されたものである。2種はラットとマウス由来細胞である。また4種の正常二倍体細胞が含まれる。現在、全体で874種の細胞を保存し、ヒト由来細胞(株)は529種、ヒト遺伝性疾患患者に由来するプライマリ細胞33種、ヒト正常組織由来線維芽細胞32種である。これらとは独立に健康人に由来しEBVで形質転換した血液由来細胞を新たに400名ぶんを保存し、過去のものと合わせて1000名ぶんとなった。ヒト培養細胞におけるクロスコンタミネーションについては、平成11年度以降STR-PCR法により約400種の細胞の調査を完了した。今年度新たに100種の細胞についての調査が完了したが、新に8種のクロスコンタミネーションを発見した(累積で25種、収集したヒト細胞の約5%に相当)。細胞の汚染についてはマイコプラズマに注目しクリーンアップを図ってきたが、今年度は新しくシュードモナス属の細菌による汚染を検出した。これは増殖速度が極めて遅く、細胞を汚染していることに気付かない事が多いと考えられるので、さらに迅速検出方法の開発を進める必要がある。これを細胞バンク施設の中で行うのは、他の清浄な細胞に汚染を拡散する恐れもあるので、分担研究者の助けを借りたい。当バ
ンクでの汚染検査はマイコプラズマに集中して実施する。培養ごとに検査を実施し汚染の有無を確認し、汚染が検出された場合は、キノロン系薬剤MC210で除去する。薬剤による微生物汚染除去は通常困難であるため、除去後細胞を30継代に渡り連続的に継代培養し、その経過に沿って汚染検査を複数回繰り返してマイコプラズマの再出現が無いことを確認してきた。これにより、本年度までに50種以上の事例において再出現が無いことを確認したので、この方法によるマイコプラズマ除去を細胞バンクにおける標準的な除去法として採用することに確定した。細胞のクロスコンタミネーションはSTR-PCR法により実施し、その結果得られたデータは暫定的にテキストファイルに記録していたが、今後の本格利用に向けて細胞バンク管理のための主プログラムに連動した新たなプログラムを開発しSTR-PCRデータベース(strdata.dbf)を構築した。昨年度までのデータと合わせて約500種の細胞に由来するデータを入力した。このシステムにより新たに8種の細胞に関するクロスコンタミネーションを確認した。そのうちの1つは、2000年以前に細胞バンク(発酵研究所)で培養したIFO50079:Flow7000であり、利用者からの指摘によるものであった。調査の結果、HeLa細胞のクロスコンタミネーションであることが明らかになったが、STR-PCRシステムの有効性が顕著に確認された事例であった。また、細胞バンク内部においてもクロスコンタミネーションは発生しうることが示された事例でありバンクの培養管理体制のさらなる検討が必要であることを示している。本研究を進める過程で、多種のFlow系統の細胞相互の識別について疑問が生じた。これは正常二倍体細胞として多くの研究者に利用されており、バンクで保有していないものも含めて調査が必要であると考えた。そこで、かつてFlow Laboratoryと業務提携関係にあった大日本製薬の協力を得て9種のFlow系統細胞を調査した。その結果、Flow13000がやはり正常二倍体細胞として知られるMRC-5と同じ細胞であることを明らかにした。また、9種のうち2種が同一のパタンを示したが、この場合はもともと同一人から採取された細胞である可能性もあり、現時点ではクロスコンタミネーションとは確定できなかった。クロスコンタミネーションの有無は、STR-PCR実験により得られた9種のローカスに由来するDNA断片のサイズを測定し、その出現位置の一致の合否によって細胞の相互比較を行う。数百種類の細胞を毎回比較することは殆ど不可能であり、実験結果のピークの出現位置を特定して0と1のデジタルパタンに変換してデータベース化することにした。これにより、個々のヒト細胞の遺伝的同一性をコンピュータ上で比較することが可能になった。このためのデータベースの作成を今年度は実施し、特にデータ入力作業と、クロスコンタミネーションの有無を判定するための基礎データを各ヒト細胞に付属したデータとしてホームページ上に公開することが可能になった。このデータにはさらにDNAシークエンサから得られる画像データも添付してデータの信頼性を高めている。ヒト細胞を利用するにあたっての倫理的課題は多く、独自の調査研究を実施している。特に、英国やアイスランドの事例に関する情報の収集にあたり、倫理的考え方の整理を現在実施しているところである。平成11年度より、ヒトゲノム解析研究における研究倫理に関するガイドラインが各省庁において策定された。当該細胞バンクでは、ヒト細胞を研究資源として扱うことから、その倫理的妥当性についての基盤を確立する必要がある。そのため、海外特に英国の研究資源の取扱い方に関して資料を収集し、分析を行ないながらその動向を各方面に紹介し、倫理委員会の設置等に際しては多くの助言を行ってきた。
結論
細胞バンクは生命科学研究に利用される多くの培養細胞を収集して研究者に提供する事業である。研究結果を学術論文に投稿する際、使用した実験材料は他の研究者からの求めがあれば提供しなければならないとされ、学術雑誌の投稿規程にその旨明記されていることも多い。これは生命科学研究の客観性を保証す
るために必要な一般的理解である。細胞バンクという業務の前提にはこのような科学研究の客観性を確保するという考え方が存在しており、原著の客観的裏付けを取るという意味もある。特に、原著論文とは異なる視点で細胞を調査することになるので、その細胞の妥当性を確認すれば原著の正しさを証拠だてることになるであろうし、逆にクロスコンタミネーション等が発見されれば、それを加味して当初の研究結果の解釈の変更も余儀なくされる。そのため、細胞の性状確認としてのSTR-PCR実験の結果は重大で、ここで誤りが生じると混乱を引き起こすであろう。そのため、細胞バンクにおける品質管理は相当の注意を払って実施されなければならない。結果をデータベース化することはそうした問題に対処する良い手法であると思われる。また、問題が発見された細胞については、1回の実験で結論付けず、樹立者に繰り返しサンプルの提供を要請し、複数回確認してクロスコンタミネーションに関する結論としてきた。このような作業は、生命科学研究が進行し続け、新しい細胞が樹立される限り継続して行わなければならない調査研究である。

公開日・更新日

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