寝たきり予防を目的とした老年症候群発生予防の検診(「お達者健診」)の実施と評価に関する研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200300198A
報告書区分
総括
研究課題名
寝たきり予防を目的とした老年症候群発生予防の検診(「お達者健診」)の実施と評価に関する研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成15(2003)年度
研究代表者(所属機関)
吉田 英世(東京都老人総合研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 金 憲経(東京都老人総合研究所)
  • 新名正弥(東京都老人総合研究所)
  • 古名丈人(東京都老人総合研究所)
  • 杉浦美穂(東京都老人総合研究所)
  • 権藤恭之(東京都老人総合研究所)
  • 湯川晴美(國学院大学栃木短期大学)
  • 石崎達郎(京都大学大学院)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 長寿科学総合研究
研究開始年度
平成14(2002)年度
研究終了予定年度
平成16(2004)年度
研究費
18,061,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
高齢期での不健康寿命を増大させる原因として老年症候群があげられる。これは高齢者に特有にあらわれ、しかも必ずしも病気という訳でもない、しかし日々の「生活の質(QOL)」を障害するような状態をいう。特に地域高齢者において問題となる老年症候群のなかには転倒(骨折)をはじめ、失禁、低栄養、閉じこもり、睡眠障害、ウツや軽度のボケ(認知機能低下)そして生活機能低下(生活体力の全体的な衰え)などが代表的な状態である。これらの老年症候群は日々の生活において健康度を低下させ、自立を阻害し、生活の質(QOL)を著しく損なうとともに容易に要介護状態となることは明らかであり、これらの早急な対策が必要となる。このような観点から、我々は高齢者の健康長寿を目的とした「お達者健診」を開発し実施することを企画し実施した。これまでの健診(検診)は主として中高年齢層を対象として、生活習慣病を対象として、早期発見、早期治療を目的として行なわれている。わが国はこのような全国民を対象とする効率的な健診システムを発展させ実施してきたことが、国民の健康の総合的な改善と向上に結びついてきたという誇るべき実績がある。このこと自体は高く評価すべきであり、今後とも一層受診率を向上させ、疾病把握のために感度と特異度を上げ、精度へ高い検診が行なわれるべきことは明白である。しかし、高齢期の健康と生活機能の維持、そして生活の質(QOL)の向上のためには、現在の疾病だけを対象とする検診だけは不十分である。高齢期には日々生活での障害要因を早期に発見し、早期に対処し、健康を維持するための、新しい健診システムの構築が必須の状況となっている。「お達者健診」では、罹患率の高い慢性疾患についてもチェックするが、より重点的な取り組みとして、転倒、失禁、低栄養、生活体力低下、軽度の認知機能の障害やウツ、睡眠障害、口腔内清潔と咀嚼能力の保持などについて、詳細な検査によるスクリーニングを行なうことを目的としている。「お達者健診」によって、ハイリスク高齢者を抽出した後、彼等に対しては「転倒予防教室」6ヶ月間のプログラムによる下肢筋力を中心とした体づくりや失禁経験者には3ヶ月間の骨盤底筋トレーニング教室に参加をうながしている。また低栄養(アルブミン値≦3.9g/dl)の高齢者に対しては、地域で調理設備のある施設を利用し、「お達者料理教室」を開催している。軽度の痴呆(MMSE≦23)の方々には痴呆予防の取り組みに参加して頂く、といったようなプログラムを用意し、少しでも老年症候群を抑制し、少しでも長く、健康長寿を目指す取り組みを展開している。
研究方法
調査対象者、すなわち「お達者健診」対象者は東京都板橋区在住の70歳以上の在宅高齢者である。対象者は板橋区の協力を得て板橋区内5ヶ所にある老人保健福祉施設「ふれあい館」登録者および住民基本台帳から無作為に約2000名を抽出し、その方々に「お達者健診」についての主旨と重要性について説明するとともに参加呼びかけを行なった。「お達者健診」は平成14年10月21日から12月20日まで(実施23日間)において行なわれた。「ふれあい館」登録者では受診率93.9%、また住民台帳抽出者では受診率84.8%が実際に受診し合計1784名を対象とした。「お達者健診」は対象者を会場に招待して医学的健康調査および面接聞き取り調査を実施した。「お達者健診」の実施にあたっては
、受診者1人あたり1.5時間から2時間ですべての調査が終了するよう、会場内の安全と導線に配慮し会場設営を行なった。調査項目の概要は以下のとおりである。(1)身体計測(身長、体重、体脂肪)、(2)血圧測定(安静時、座位、2回測定)、(3)採血(血算、血清総コレステロール、血清アルブミン等)、(4)心電図、(5)動脈硬化測定(ABI, ba-PWV)、(6)骨密度測定(DXA法による前腕骨密度測定)、(7)口腔内診察(咀嚼圧測定含む)、(8)身体機能(通常および最大歩行速度、膝伸展力、手伸ばし試験、ペグボードテスト、握力等)、(9)面接聞き取り調査(個人属性、生活機能としてのADL、I-ADL、健康度自己評価、転倒、失禁、食品摂取頻度調査、認知機能、うつ傾向、外出頻度、社会参加状況等)。
平成15年度はこれら「老年症候群」のなかで特に転倒(骨折)予防、失禁予防、低栄養予防および生活機能低下予防等についての身体活動や体力向上を基本とした介入プログラムを可能な限り無作為割り付け介入試験の方法によって実施した。さらに85歳以上超高齢者については、招聘型の介入プログラムの実施が困難な場合があるため、在宅介入プログラムを実施し、心理機能および運動機能両側面からの閉じこもり予防を含めた検討を行った。
結果と考察
平成15年度に実施された介入効果の科学的検証では、可能な限りを目的とした対象者を2群にランダムに振り割ける(測定項目等は全て2群間に有意差は生じない)無作為割り付け介入試験とした。介入群に対しては重篤な基礎疾患のない者に対しては、転倒、失禁、低栄養、ウツ、生活機能低下の各項目の発生予防のための介入プログラムを実施した。
1)転倒予防教室については6ヶ月におよぶ筋力トレーニング、バランス能力の向上、および歩行能力の改善を目指し、さまざまなプログラムを提供した。内容はストレッチを中心とする基本体操から始まり、自体重負荷運動、ダンベル・セラバンド等の補助具を用いた運動、さらにプログラム後半では易しいレベルの太極拳なども取り入れ、下肢筋力やバランス能力の改善と(総合的な能力である)歩行能力の向上を目的とした。非介入群については初回調査後に一般的な転倒・骨折予防のパンフレット等の配布にとどめた。介入群については6ヶ月間の体力向上と転倒防止の取り組みを終了した後も隔月の割合で転倒予防教室に参加してもらい、基本的筋力やバランス能力を測定するとともに、それら維持向上に向けて予防体操の定着とADLの拡大を支援した。介入終了後6ヶ月後、12ヶ月後、18ヶ月後、24ヶ月後に転倒および骨折(特に大腿骨頸部骨折)の有無や健康状況およびADLやI-ADLの変化等について聞き取り調査によってフォローし、両者間での転倒や骨折の発生率を比較検討し、介入群で有意に転倒が抑制されていることを明らかにした。
2)失禁ハイリスク者に対しては、やはり無作為割り付け介入試験としている。骨盤底筋強化運動プログラムを用い1週間に1回×3ヵ月、または2週間に1回×6ヵ月間の失禁予防教室を開設した。症例(失禁のタイプ)によっては東京都老人医療センター婦人科外来による治療を受けて頂いた後に、筋力強化のためのプログラムを提供した。
3)低栄養ハイリスク者については、管理栄養士による月1回の栄養指導と調理教室の開催および自治体との協同により配食サービスを提供する。栄養指導および調理教室の開催にあたっては、単に対象者に調理方法を教えるのではなく、食事の献立にあった食品の購入(およそ500円程度を目途とする)、調理、会食、そして後かたづけという日常の生活にのっとったすべての作業について、栄養士らと一緒に行うことを基本プログラムとしている。
4)生活機能低下ハイリスク高齢者については、無作為割り付け介入試験とし基本的には軽度~中等度の体操プログラムを集中的(1週間に2回、1回60分×6ヶ月)に実施する他、集団でのボールゲームやペクボード、豆運び、8字歩行、Up&Go、指タッピングトレーニングなど生活体力向上運動プログラムを取り入れ、6ヵ月のプログラムによる改善を目指した。この場合我々の開発した「日常生活機能行動指標」(FMS)を用い、日常生活にのっとった体力作りを基本プログラムとしている。
5)生活機能低下傾向にある者のうち、特に85歳以上の閉じこもり傾向を有する者については在宅での介入プログラムを実施する。介入の基本は、ボランティアと対象者が過去の経験などについて会話を行うという「談話ボランティア」である。期待される効果としては、①対象者に対する支持的な会話により、低下しつつある対人的活動意欲を高める、②回想法的手法により、対象者の感情面、認知面での改善を促す、③定期的なプログラムの施行により、対象者の生活リズムならびに睡眠覚醒リズムの改善を促す、の3点である。また、ストレッチや散歩などの軽い運動も組み合わせた身体的介入プログラムも同時に実施する。6ヶ月間の介入を行い効果を評価することを現在行っている。
結論
いずれも地域高齢者において介護状態へと導かれやすいと考えられる5つの項目について、今回の「お達者健診」受診者についてハイリスク高齢者に対し、さまざまな介入プログラムによる対策を行い、有効性への評価と検証を行ない、転倒あるいは失禁に対しては無作為割り付け介入試験によって、その有効性が確認された。今後は他の老年症候群に対しても同様の手法により科学的エビデンスを積重ねるとともに、自治体や保健所(センター)等で実施できるようマニュアル作成につとめる。

公開日・更新日

公開日
-
更新日
-