食品に由来するE型肝炎ウイルスのリスク評価に関する研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200300110A
報告書区分
総括
研究課題名
食品に由来するE型肝炎ウイルスのリスク評価に関する研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成15(2003)年度
研究代表者(所属機関)
宮村 達男(国立感染症研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 武田 直和(国立感染症研究所)
  • 李 天成(国立感染症研究所)
  • 高島 郁夫(北海道大学)
  • 恒光 裕(動物衛生研究所)
  • 福士秀人(岐阜大学)
  • 阿部 賢治(国立感染症研究所)
  • 田中 智之(堺市衛生研究所)
  • 栄 賢司(愛知県衛生研究所)
  • 大瀬戸光明(愛媛県立衛生環境研究所)
  • 近平 雅嗣(兵庫県立健康環境科学研究センター)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 行政政策研究分野 厚生労働科学特別研究
研究開始年度
平成15(2003)年度
研究終了予定年度
平成15(2003)年度
研究費
15,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
E型肝炎ウイルス(HEV)が豚、牛、めん羊等に感染することは従来から指摘されていたが、2003年4月に国内においてシカ肉の生食によるE型肝炎患者が発生し、その直接的因果関係が証明された事例が明らかとなった。一方、E型肝炎患者から検出されたHEV遺伝子と構造が極めて類似したHEV遺伝子が、農場で飼育されている豚の血液から検出されており、豚のHEV汚染実態調査を実施したところ、出荷時期の豚糞便からもHEV遺伝子が検出されることが判明してきており、ヒトへの感染源として豚の関与の可能性が指摘されている。
E型肝炎については、患者の診断体制が未整備のため、その発生の実態は把握されていないが、日本人の抗体保有率は5%程度といわれているものの、感染原因は確認されていない。これらの状況を踏まえ、喫緊に判明した食肉に由来するE型肝炎感染のリスクについて、これを評価し、当面の安全対策を講ずるため、食肉として利用される家畜等の抗体、ウイルスの分布調査を緊急に実施する。
研究方法
(1)動物血清等
国内のイノシシ167頭からの血清、北海道網走管内と群馬県尾瀬で捕獲されたそれぞれ21頭のシカ血清、北海道旭川市旭山動物園で飼育されているエゾシカ8頭からの血清、北海道大学大学院獣医学研究科公衆衛生学講座に保管されていたドブネズミとクマネズミ血清120例、1990-2003年に31農場で採取されたブタ血清計1077例、60農場由来のウシ血清計400例、3農場由来のイノシシ血清83例、国内5地域で2000年~2002年にかけて捕獲された野ネズミから採取された血清507匹分、ミャンマー、ヤンゴン市内で捕獲したドブネズミの血清100例、2003年~2004年、紀伊半島の紀南地区で狩猟されたイノシシ9頭、シカ2頭由来血清、およびカモシカファームで採取された新鮮便1検体、堺市内で捕獲されたドブネズミの血清61検体、愛媛県,香川県および岐阜県で捕獲されたイノシシの血清30例、馬事公苑において乗馬に用いられているウマの血清100例、2003年~2004年に長野県南部で捕獲されたイノシシの血清2例、シカ血清4例、愛知県東部で捕獲されたイノシシの血清15例、カモシカ血清1例、愛知県東部で捕獲されたイノシシの血清27例、シカ血清8例、愛媛県内で2000年~2002年に捕獲された野生タヌキの肝臓を対象とした。
(2)抗体検出ELISA
精製したVLPsを抗原として98穴マイクロプレートをコーティングした。動物血清をこのマイクロプレート上で2倍階段希釈し、イノシシ血清には抗ブタIgG-HRPを,ウマ血清には抗ウマIgG-HRPないしProtein G HRPを用いた。基質OPDの吸光度を測定し、カットオフ値を示す最高希釈倍数の逆数を血清抗体価とした。抗体保有率の測定には被検血清は200倍希釈して使用した。
一部の血清材料で非特異反応が確認されたため、今回使用した被検血清はいずれも抗原固相化ウエルと抗原非固相化ウエルの両方と反応させ、両者のOD値の差を正味のOD値として表した。
(3)RT-PCRによるHEV遺伝子の増幅
E型肝炎検査マニュアルに従いHEV遺伝子の検出を行った.First PCRにはHEV-F1およびHEV-R2プライマーをSecond PCRにはHEV-F2およびHEV-R1を用いた.PCR産物はSecond PCR 後に1.5%アガロースゲルにて電気泳動を行い,常法によりエチジウムブロマイド染色後に増幅断片の移動度を陽性対照と比較した.
(4)組換えバキュロウイルスを用いたHEV中空粒子(VLPs)の作製
構造蛋白領域ORF2のN末端から111アミノ酸を欠失した領域をRT-PCR法で増幅し、常法どおり組換えバキュロウイルスを作製した。Tn5細胞に感染後、電気泳動による54K蛋白の確認と電子顕微鏡による中空ウイルス粒子の観察によってVLPsの発現を調べた。VLPsは濃縮・精製後ウサギで抗血清を作製した。
(5)シカ免疫血清の作製
VLPs 100μl (1mg/ml)にフロイントコンプリートアジュバント5mlを加え十分混合したものを筋肉内に数カ所接種した。2週間後に同様にして第2回目の免疫を行った。さらに第3回目の免疫として、2週間後に同量のVLPsにインコンプリートアジュバンド5mlを加え十分混合したものを筋肉内に接種した。その1週間後に全採血した。
結果と考察
動物の抗体保有率のまとめ
(1)イノシシ
・ 国内で採取された血清167頭からIgM抗体は全く検出されなかったが、77頭(46%)がIgG抗体陽性であった。地域間に抗体保有率に有意な差が認められた。
・ 3農場からの83例では51例(61.4%)がIgG抗体陽性であった。
・ 紀伊半島の9頭からは抗体が検出されなかった。
・ 愛媛県,香川県および岐阜県で捕獲されたイノシシ30頭のうち5頭 (17%)がIgG抗体陽性であった。
・ 長野県、愛知県のイノシシ44頭では1頭のみ (2.3%)がIgG抗体陽性であった。
(2)シカ
・ 国内120頭のシカはIgG抗体が全て陰性であった。
・ 北海道のシカ21例中3例、群馬県のシカ21例中4例は他の血清よりも明らかに高い吸光度を示し、陽性である可能性が示唆された。
・ エゾシカ8例は陰性であった。
・ 紀伊半島のシカ2例は陰性であった。
・ 長野県、愛知県のシカ12頭からは抗体、ウイルス共に陰性であった。
(3)ブタ
・ 31農場中30農場(97%)にHEVの浸淫が確認された。HEV陽性豚農場での抗体陽性率は4-5ヶ月齢で100%を示し、抗体価(OD値)も4ヶ月齢で最も高かった。一方、母豚の抗体陽性率ならびに抗体価は肥育豚に比べて低かった。年代別ならびに地域別での抗体陽性率や抗体価に違いは認められなかった。以上の結果より、HEVはわが国のブタ集団に高率に浸淫しているが、陰性農場も存在すること、ブタでの主な感染時期は1-3ヶ月齢であること、ブタでの感染は最近急増したのではないことなどが明らかとなった。
(4)ウシ
・ 血清400例中26例(6.5%)に抗体が検出されたが、それらの抗体価は低かった。一部のウシにHEVあるいはHEV-like virusの感染が起こっている可能性が示された。
(5)ウマ
ウマ血清100検体中1検体 (1%) が陽性であった。
(6)ラット
・ 北海道内の6地区で得られたドブネズミ(102例)とクマネズミ血清(18例)のうちドブネズミの7例(38.9%)が吸光度0.5以上の高い価を示し、E型肝炎ウイルス感染が示唆された。
・ 日本のドブネズミ114/362(31.5%)及びクマネズミ 12/90(13.3%)でIgG抗体が陽性であった。オキナワハツカネズミ41匹、アカネズミ12匹、ハツカネズミ2匹では全例陰性であった。ドブネズミにおける抗体陽性率は、体重と共に増加した。一方ミャンマーでは、ドブネズミ76/100 (76%)でIgG抗体陽性を示した。
・ 堺市内で捕獲されたドブネズミの血清61検体は全て陰性であった。
動物からの遺伝子検出をまとめた
(1)シカ
・ 国内のIgG抗体陰性血清120例からランダムに20頭を選択し、HEV遺伝子を調べたが、全て陰性であった。
・ 愛知県のカモシカ1頭は陰性であった。
・ 長野県、愛知県のシカ12頭は陰性であった。
・ 兵庫県、京都府の市販肉6検体について検査したが陰性であった。
・ 兵庫県の29頭のシカの肉、肝臓、血液、直腸宿便について調べたが、すべて陰性であった。
・ 紀伊半島のカモシカ便1検体は陰性であった。
(2)イノシシ
・ 香川県由来の4検体がPCR法により陽性対照と同様の断片長を示す遺伝子断片が得られたが、これらの検体は抗体検索ではいずれも陰性であった。
・ 愛知県で捕獲された1頭の糞便及び血液からIV型HEVが検出された。ウイルスが検出されたイノシシは1歳と若く、抗体が見られなかったことから、感染初期であったものと思われる。
・ 平成16年1月に和歌山紀北地方で捕獲されたイノシシ1頭から・型HEVが検出された。
(3)ウマ
・検索した100 検体すべてに増幅産物は認められなかった.
(4)タヌキ
・愛媛県内で2000年~2002年に捕獲された野生タヌキの肝臓30例は全て陰性であった。
(5)ラット
・ミャンマーではドブネズミ76/100(76.0%)でIgG抗体陽性を示したが、このうちの3例の肝組織から、PCR法にてRNA陽性所見が観察された。
シカ標準血清の作製
3回免疫後の抗体価をr-HEV-VLPを用いて測定すると50,000倍以上の値を示した。陰性抗原に対しては明らかに低い反応を示したことから、標準血清として有効と考えられた。
Genotype 4 HEV VLPの抗原性
Genotype 4 VLPを作製した。この粒子を用いたELISA法によって、genotype 1、genotype 3、およびgenotype 4のHEV感染患者血清からIgG、およびIgM抗体を検出した。Genotype 4 VLP もELISAによるE型肝炎の診断に有用であった。Genotype 1 の VLPに対する単クローン抗体を作製した。単クローン抗体を用いた解析の結果、genotype間には抗原性の異なるエピトープが存在し、一部のエピトープは立体構造に依存することが明らかになった。
E型肝炎検査マニュアルの作成
RT-PCRによる遺伝子検出、抗体ELISA、および抗原ELISAについて記述した。
結論
抗体調査からイノシシ、ブタ、ウマ、ウシ、ラットがHEVあるいはHEV-likeに感染している可能性がある。しかし、抗体陽性のシカはみられなかった。イノシシ、ブタ、ラットからはHEV遺伝子も検出された。ウマ、ウシ、シカからは遺伝子が検出されなかった。検査マニュアルを作成した。

公開日・更新日

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