ハンセン病患者及び元患者に対する一般医療機関での医療提供体制に関する研究

文献情報

文献番号
200300079A
報告書区分
総括
研究課題名
ハンセン病患者及び元患者に対する一般医療機関での医療提供体制に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成15(2003)年度
研究代表者(所属機関)
石井 則久(国立感染症研究所ハンセン病研究センター)
研究分担者(所属機関)
  • 中嶋 弘(横浜市アレルギーセンター)
  • 熊野公子(兵庫県立成人病センター)
  • 尾崎元昭(国立療養所長島愛生園)
  • 後藤正道(鹿児島大学大学院)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 行政政策研究分野 厚生労働科学特別研究
研究開始年度
平成15(2003)年度
研究終了予定年度
-
研究費
5,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
ハンセン病療養所外で生活する退所者や元患者、回復者(以下、回復者とする)やハンセン病患者に対する、ハンセン病や後遺症、一般診療に関する医療提供体制の実態を把握し、ハンセン病回復者が安心して偏見・差別無く診療を受けられるための「手引き」を作成することを目的とする。
研究方法
先ずハンセン病患者・回復者に対する診療体制について以下の3項目の情報収集・整理を行った。横浜市医師会員及び大学病院診療科にハンセン病及びその後遺症と一般診療に関するアンケート調査、国立ハンセン病療養所等における外来診療体制に関するアンケート調査、一般市民のハンセン病に関する知識を確認するためにアンケート調査。
次にハンセン病診療、後遺症診療、一般診療に関する回復者向け手引き、医療従事者向け手引き、及びハンセン病診療に関わるネットワークの作成を行った。さらにWHOの出版物「公衆衛生問題としてのハンセン病制圧の最終推進戦略・質問と答・第二版」の日本語訳を行った。
結果と考察
I アンケート
横浜市医師会会員に対するアンケート:横浜市からは380通(47%)、大学からは296通(74%)の返送された。横浜市医師会員の診療経験は3%と低値であった。ハンセン病の治療及び入院経験は全員が無かった。今後、診療について可能な医師は37%であるが、ハンセン病診断については半数の医師が不可能であると回答した。回復者等の来院については不明点について問合せの必要を80%の医師が感じていた。開業医は診療機会がほとんど無く、ハンセン病については他院(大病院や大学病院と考えられる)に依頼する傾向が見られた。このため、ハンセン病の医療、社会的背景などについて医師会などに働きかけ啓発、教育をする必要がある。また、回復者も軽症の病気の時は近隣のクリニックを受診して医師との信頼関係を築いておくと、以後の診療がスムーズに運ぶ。そしてノーマライゼーションを目指すべきである。
大学病院診療科に対するアンケート:大学病院の診療科においては診察経験が20%あり、特に皮膚科では59%と高率であった。皮膚科では約2/3の患者治療経験があった。治療には76%の診療科が可能であると回答した。診断についても相談などを必要とするものの77%が可能であると回答し、入院にも積極的であった。またハンセン病であるために他院へ紹介するのは10%と低率で、病名記載については柔軟な対応が見られた。なお、診療にあたっては不明点を問い合わせる手段が必要であった(83%)。大学病院皮膚科での診察経験は高率であり、患者が一番受診機会のある皮膚科としては当然であるかもしれない。皮膚科をはじめ、ほとんどの診療科では治療にも積極的であるが、ハンセン病及びその後遺症についての知識は不十分であった。多くの医師が「社会啓発と同時に、医療機関へのハンセン病の現況、治療、後遺症などを講演や冊子、医療サイトなどを利用して広めてほしい」と意見を述べている。
ハンセン病療養所関係の施設に対するアンケート:曜日による診療体制は各施設に在籍する医師と診療応援の医師によって種々であった。外来患者に対する診療受入体制は施設毎に対応に差があったので、早急に対応を統一し、患者の混乱を解消すべきである。インテグレーション(統合:他の患者と同じ扱い)は医療内容にも言えることで、「基本治療科」を廃止し「皮膚科」に統一すべきである。
一般市民に対するアンケート:ハンセン病の原因を感染症と答えたのは43%であったが、学生は成人よりも低率であった。また皮膚と末梢神経が主たる病変部位であることを知っていたのは30%のみであった。ハンセン病に関する啓発活動が行われているものの、一般市民レベルでは医学面における知識が不十分である。特に学生に認知度が低いことは、ハンセン病患者が減少している現在、教育の中でも啓発活動が必要であると考えた。
II 手引き等の作成
回復者向け「手引き」は、タイトルを「一般医療機関(病院)受診の手引き」とし、ハンセン病の文言を削除した。内容は一般医療機関の受診に関する情報や、ハンセン病に不案内な一般医師へハンセン病を知らせる方法等、回復者が医療機関を受診する際の参考となる情報をまとめ、平易な記述にした。また回復者や医師によるコラムを挿入し、実体験を語って頂いた。この「手引き」を読んで勇気をもって一般医療機関に行っていただくことを班員一同熱望する。
「医療従事者向け手引き」はハンセン病の知識のない一般医師を対象として、内容はハンセン病に関する基礎知識、診断、治療、後遺症対策、ハンセン病診療に際して注意すべき点、他者への匿秘、啓発等の内容を盛り込んだ。比較的簡単な手引きを目指し、偏見・差別を持たずに一般医療として診療できるように工夫した。
ハンセン病に造詣の深い全国の医師を地域、専門領域などを勘案して「ハンセン病診療協力ネットワーク」を作成した。ハンセン病回復者の診療は、皮膚科が中心になって行うべきで、先ず皮膚科を受診し、皮膚科が中心となりチーム診療を行うことが望まれる。今後の課題として、基幹病院(診療の中心となる皮膚科の部長を指名するなどの方法)を作る、専門科並びに専門領域を明確にする、医師間の連携が分かるような表の作成などが必要になる。また、医師間のネットワークの他に、回復者が診療等について問い合わせが出来る機関・組織として、退所者の会、ソーシャルワーカー、各都道府県のハンセン病担当係、国立ハンセン病療養所などの活用も考えるべきである。なお、ソーシャルワーカーについては、大病院や大学病院などに配属されていることが多いため、身寄りの少ない回復者には有効活用が期待できる。
「公衆衛生問題としてのハンセン病制圧の最終推進戦略」については、日本語訳を完成させた。WHOのハンセン病に対する取り組みの日本語版は、世界のハンセン病の現況が質問と解答形式で分かりやすく解説されており、ハンセン病をインテグレーションするWHOの取り組みが理解可能である。
「手引き」、「ネットワーク」、「WHOの日本語訳」は報告書の資料とすると共に、一般市民、ハンセン病回復者、医療関係者が簡単に入手できるようにインターネットに公開する予定である。
以下に今回の研究で明らかになった問題点、提言等を箇条書きにする
1.回復者に勇気を持って一般医療機関を受診するように啓発する
2.ハンセン病回復者、ハンセン病元患者、療養所退所者などの統一的な呼称を決める
3.医療関係者にハンセン病の医療、歴史及び社会学などの教育・啓発活動を行う
4.市民にハンセン病医学についての教育・啓発を行う
5.ソーシャルワーカーを教育して、回復者の病院、大学病院での診療をサポートするシステムを構築する
6.退所者の会、各都道府県ハンセン病担当係、ハンセン病療養所が一般外来診療のサポートをする
7.ハンセン病療養所での外来患者に対する対応を統一する
8.ハンセン病の医療に関するネットワークを構築する(専門医養成ではなく、皮膚科医を中心としたチーム医療を行う)
9.一度でもハンセン病患者の診療経験のある皮膚科医を拠点として、その医療機関の各専門の医師を取り込み、ハンセン病のチーム医療を立ち上げる
10.「手引き」を早期に発行して回復者に利用して頂く
11.「手引き」を利用する回復者は高齢で目の不自由な人もいるので、大きな活字を使用する
12.「手引き」は数年ごとに改訂する
13.回復者が「ハンセン病」の既往歴を言い出しにくい時のために見開きでカードサイズの「回復者確認カード(仮称)」を発行する
14.ハンセン病療養所にある「基本治療科」は廃止し、皮膚科に統一すべきである。
15.ハンセン病療養所でも保険診療を行うべきである。
結論
ハンセン病療養所入所者の社会復帰の促進や回復者の福祉の向上、ハンセン病の診断・治療・後遺症対策のためには、医療提供体制の充実が急務であることから、アンケート調査と「手引き」の作成を行った。
開業医はハンセン病及び回復者の診療経験はほとんど無く、ハンセン病に対する知識も不十分なので、生涯教育としてハンセン病を繰り返し取り上げていき、知識の向上を図る必要がある。一方、大学病院では各診療科とも診療の対応は可能であるが、ハンセン病に関する知識が不十分であるため、ハンセン病に関する情報の入手が必要であった。また、ハンセン病診療を中心とする施設では、回復者診療を行っているが、診療対応に施設間で差異があり、調整が必要であった。一般市民へのアンケートでは、医学的知識の理解が不十分で、啓発活動の中に医学的な知識の挿入も必要であった。
回復者が安心して一般医療機関を受診できるように「一般医療機関(病院)受診の手引き」、また医療関係者が他の患者と同じように回復者を診療できるように「医療従事者向け手引き」を作成した。さらにハンセン病に造詣の深い医師を「ハンセン病診療協力ネットワーク」として一覧にした。これらの「手引き」を早期に作成完成し、使用・配布することで、回復者が他の患者と同様の医療を享受出来ることが可能になる。なお、ハンセン病医療には患者、医療関係者のみならず、退所者の会、ソーシャルワーカー、各都道府県のハンセン病担当係、ハンセン病療養所などとの連携も必要である。

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