社会福祉サービス利用契約の法的研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200300045A
報告書区分
総括
研究課題名
社会福祉サービス利用契約の法的研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成15(2003)年度
研究代表者(所属機関)
岩村 正彦(東京大学大学院法学政治学研究科)
研究分担者(所属機関)
  • 倉田聡(北海道大学大学院法学研究科)
  • 丸山絵美子(専修大学法学部)
  • 嵩さやか(東北大学大学院法学研究科)
  • 中野妙子(名古屋大学大学院法学研究科)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 行政政策研究分野 政策科学推進研究
研究開始年度
平成14(2002)年度
研究終了予定年度
平成16(2004)年度
研究費
35,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
本研究は、社会福祉サービス利用のために、利用者と当該サービス提供事業者との間で締結されることになる社会福祉サービス利用契約をめぐる法的諸問題を、比較法的観点も取り入れ、法政策的観点および法解釈論的観点の両面から検討し、今後の法解釈、制度運営および法制度設計の指針を得ることを目的とする。介護保険の実施までは契約による福祉サービスの提供は法的分析の視野の外にあった。しかし、介護保険法により高齢者介護サービスは契約方式化し、また障害者福祉サービスも支援費制度の導入により契約方式に移行する。介護保険法制や新しい社会福祉法制によって、契約によるサービスの利用については一定の法的枠組みが整備されたが、その理論的支柱となる基礎的な法理論の蓄積は必ずしも十分ではない。契約方式の下における利用者保護のあり方、既に発生し、また今後生じうる法的紛争の類型、紛争が生じた場合の紛争処理のあり方等については、検討すべき論点が多く、その解明を試みる。また、これらの問題の考察に有益と思われるものの、これまで必ずしも詳細が明らかではない主要国の法制度を調査・研究し、わが国の法制度との比較法的な考察を行うことによって、契約方式への移行によって発生する様々な法的問題に対処するための法制度設計・法政策の構築を試みる。
研究方法
主任研究者および分担研究者が、研究協力者の協力も得つつ、担当する領域について、本研究全体を通しての基礎作業として、関連する文献・資料の収集を実施した。ただ、福祉サービス利用に関する法制度やそれに関する法制度、およびその基礎となる各種の法制度(民法一般の制度等)については、国内での入手が必ずしも容易でないこともあり、海外調査の際に現地で入手するといったことに努めた。実務の状況や行政の施策の動向の把握については、聞き取り調査の方法によることとし、これについては社会福祉法人の実務家、および介護保険の苦情処理の担当者などから聞き取り調査を行った。主要国の福祉サービス利用の法制度に関する研究については、上記の文献・資料の収集と検討のほか、海外での現地調査の方法によった。今年度は、ドイツおよびフランスについて、現地での聞き取り調査および文献・資料の収集作業を実施した。以上の聞き取り調査等の結果については、主任研究者・分担研究者・研究協力者の参加した研究会において、調査に赴いた分担研究者が報告をし、それぞれの法制度の特徴、わが国の法制度との比較等について討論を行った。
結果と考察
今年度行った比較法的な検討からは、つぎようなことが明らかになったと言える。まず、ドイツとの比較からは、ドイツは、現物給付方式を採用していることもあって、被保険者と介護事業者との間の契約内容形成の自由があまり認められない仕組みである。この点で、被保険者と介護事業者の私的自治を原則とする日本とは決定的に異なる。また、ドイツでも現物の保険給付と自費の介護給付との混在が認められているものの、ドイツでは自費の介護給付についても交渉代理権が介護金庫に吸収され、介護サービスの対価に関しては、ほぼ当事者である被保険者が直接、決定する余地が狭められている。付加給付の選択給付については、被保険者と事業者との形成自由が認められているが、付加給付と保険給付の境界決定が大綱契約に委ねられ、しかも付加給付の実施要件が法により厳格に定められていることから、実際はほとんど機能していないように思われ、おそらく日本の保険外給付の方がドイツよりも広く認められ
ているように見受けられる。ドイツの介護保険法では、報酬の面でかなり細かい決定がなされている一方、提供されるサービス内容の方にはあまり関心が払われていない。サービス供給という債務の内容は具体性を欠くのに対し、介護報酬の支払いという債務の内容はかなり詳細に具体化されている。これは、日本の介護保険実務の関心のあり方と異なる。在宅給付については、おそらくドイツの方が介助行為の類型化が進んでおり、個別に報酬額が決定されていることから、その報酬の中で何をどうするかという点を議論する余地が少ないからであろう。他方、施設給付については、日本とドイツの間に大きな違いはないといってよいだろう。しかし、ドイツにはサービスの具体化にあたってホーム法の規律、とりわけ規則の共同決定が大きなウエイトを占めているところが日本とは異なっている。
つぎに、フランスについては、在宅サービスは、実施主体が分立しており、サービス利用の法律関係が必ずしも統一的に整備されているわけではない。今回実地調査を行った地方公共団体によるサービスについても、契約にもとづいてサービスの提供が行われるが、サービス提供方式には派遣方式(高齢者が介護者を派遣する団体と契約し、介護者の派遣を受ける)と委任方式とがあり、多くは派遣方式を採用している。しかし、いずれの場合でも、公的な介入(地方公共団体による後見的監督)がサービスの利用についてあるためか、契約そのものの内容はそれほど豊富ではない。また、実際にも、わが国の介護保険で問題になるような付加給付をめぐる問題や介護事故をめぐる問題は、実務レベルではほとんど意識されていないようである。契約にもとづいてサービスを提供する場合には、痴呆等によって行為能力の低下・喪失の見られる高齢者が問題となるが、フランスでは、成年後見制度が発達してよく利用されており、あまり問題としては意識されていない。他方、老人ホームについては、消費者保護の見地から、勧告という形で、かなり詳細な契約内容への法的介入(その効果は弱いものではあるが)が行われ、その一部は、社会福祉・家族法典にも採り入れられている。老人ホーム入所契約と在宅介護サービス契約に関する法的規制のあり方の差は、契約に対する行政の介入の仕方の違いによるものと推測される。
このほか、スウェーデンについては、昨年度からの研究を補完して、社会福祉の法制度の一般的枠組みについての検討を深めた。
結論
比較法的な見地から指摘できるのは、ドイツの場合には、介護サービスが契約にもとづいて提供されるとはいえ、現物給付方式をとるために実際には契約内容設定の自由の幅が狭いということである。フランスの場合には、在宅介護についてはサービス提供主体が多様であるため、統一的に捉えがたいが、行政主体のサービス提供の場合については、契約の内容はあまり豊富ではない。これに対して、老人ホームについては、私的自治に委ねられていることもあって、消費者保護の見地から勧告という公的介入が行われているところが特徴といえる。昨年度のスウェーデンの検討とも合わせて包括的な考察を行い、社会福祉サービス契約についてのわが国の特徴を把握し、今後の制度設計を考えることがこれから検討すべき重要な論点である。

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