社会保障と私的保障(企業・個人)の役割分担に関する実証研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200300022A
報告書区分
総括
研究課題名
社会保障と私的保障(企業・個人)の役割分担に関する実証研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成15(2003)年度
研究代表者(所属機関)
府川 哲夫(国立社会保障・人口問題研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 阿部彩(国立社会保障・人口問題研究所)
  • 大石亜希子(国立社会保障・人口問題研究所)
  • 山本克也(国立社会保障・人口問題研究所)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 行政政策研究分野 政策科学推進研究
研究開始年度
平成15(2003)年度
研究終了予定年度
平成17(2005)年度
研究費
3,200,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
本研究は、社会保障と私的保障とのかかわりに着目し、公私の役割分担を明確にした社会保障パッケージのあり方を以下の4つの視点から考察することを目的としている。具体的な研究テーマは以下の通り。(1)企業年金と公的年金のすみ分けに関する研究、(2)企業による福祉と社会保障の関係に関する研究、(3)公的年金が労働供給に及ぼす影響と所得保障のあり方に関する研究、(4)非正規労働者への社会保険適用に関する分析。
研究方法
第1に、海外の研究動向を把握するために平成15年6月に分担研究者を米国のEBRI他に派遣してヒアリング調査等を実施した。第2に、公的年金に関連したテーマについては、平成15年9月に研究者と行政関係者からなる「公的年金ワークショップ」を国立社会保障・人口問題研究所で開催し、研究成果を発表するとともに内容について議論を行った。第3に、企業負担の実態把握方法について、平成15年6月~16年3月にかけて日本経団連、生命保険文化センター、(株)帝国データバンク、厚生労働省年金局企業年金国民年金基金課などを対象にヒアリングを実施した。第4に、指定・承認統計等の個票データを用い、経済学的手法を用いて個人の行動を実証的に分析した。
結果と考察
(1)企業年金と公的年金のすみ分けに関する研究:研究成果を以下の5つの論文にとりまとめた。「企業組織における企業年金の役割に関する研究」(清水論文)では、日本の確定給付企業年金、確定拠出年金、CB型年金について、労働インセンティブの特徴を整理し、米国の401(K)制度も含めてその異同を考察した。また、給付建ての企業年金が長期雇用を促進し企業内における従業員間の協力行動を促す点に着目して、企業組織のタイプと適合的な企業年金について考察を行った。その結果、①日本の企業年金においては、金利水準の低下が人材の引き留め効果に関する労働インセンティブに負の影響を与えていること、②CB型年金は、労働インセンティブに関して極めて自由度が高いこと、③給付建て年金は、企業内の情報共有や協力が重要な産業等においては、生産性向上に寄与すること、などが明らかになった。「企業財務から見た企業年金」(山本論文)では、企業の財務戦略と企業年金の関係を把握するために、日本政策投資銀行・財団法人日本経済研究所の企業財務データバンクや厚生年金基金事業年報のデータを用い、基金の解散を被説明変数とするProbit分析を行った。その結果、2000年の会計基準の変更は、企業に財務状況を改善しようとする誘因をもたらし、1994年の日本紡績業厚生年金基金の解散以降、漠然と企業年金は企業経営の重荷であるという意識が労使双方に芽生えていることが示唆された。「アメリカにおける私的年金研究の動向」(阿部論文)、「最低生活保障と年金」(阿部論文)では、米国EBRIへのヒアリングやカナダと日本の国際比較から、米国では全体として退職所得に占める私的年金のウエートが高い半面、私的年金への加入率は所得や就労形態、企業規模によって大きな差があること、カナダでは基礎年金部分においてニーズ・ベースの給付を行う一方で、所得比例部分においては私的年金とのミックスによって高齢期の所得保障の充実を図っていることなどを明らかにした。「公的年金における未加入期間の分析」(阿部論文)では、日本の公的年金への未加入期間と時期についての分析を行った。パネルデータを用いて、未加入の期間(年数)や頻度の分析を行った結果、未加入行動は20歳になってからの数年に集中していること、男性の未加入率は20歳前半では女性を上
回るものの、その後大幅に減少し、20歳代後半からは女性の未加入率が男性を上回ること、などが明らかになった。(2)「企業による福祉と社会保障の関係に関する研究」:研究成果を以下の2つの論文にまとめた。「企業による福祉と社会保障の関係に関する研究」(府川論文)では、日本における企業負担の実態を把握するために、福利厚生費の総額・構成・変遷等をめぐる既存の調査・研究結果を検討するとともに、他の先進諸国の経験を踏まえて企業の福祉と社会保障の関係を考察した。分析の結果、現金給与の他に賃金付随コストや福利費も加えると、労働費用は現金給与のおよそ120%になること、現金給与は企業規模別に格差があり、賃金付随コストも企業規模が大きい程、金額・率ともに大きいことなどが明らかになった。「日本における企業負担の実態把握-福祉国家論によるアプローチ」(菊地論文)では、福利厚生費関係の既存調査から、特に企業による居住保障や退職給付の動向を示すとともに、国際的な位置づけをEsping-Andersenらの福祉レジーム論によって考察した。(3)公的年金が労働供給に及ぼす影響と所得保障のあり方に関する研究:研究成果を以下の2つの論文にとりまとめた。「年金改革の財政的帰結」(小塩・大石論文)では、年金改革の財政収支への影響を、機械的効果(高齢者の行動に変化がないという仮定の下で、支給開始年齢の引き上げなど年金制度の変更のみによって発生する効果)と行動効果(高齢者の行動の変化を反映した効果)とに分割して、いくつかの年金改革の財政効果を試算した。その結果、行動効果の大きさは異なる年齢間で相殺され、全体としては限定的になることが示された。「有配偶女性の労働供給と税制・社会保障制度」(大石論文)では、税制や社会保障制度による有配偶女性の就業抑制効果は、20~59歳の有配偶女性全体の4.5~10%に相当する規模になること、パートタイマーやアルバイトとして就労する妻の労働時間の賃金弾力性は、夫の所得をコントロールした上でもマイナスであり、賃金が上昇しても労働時間を短縮して就業調整する傾向にあることなどが明らかになった。(4)非正規労働者への社会保険適用に関する分析:研究成果を以下の2つの論文にとりまとめた。「非正規労働者の社会保険加入と家計の所得分配に関する研究」(安部論文)では、マイクロデータに基づき、女性非正規労働者の社会保険加入形態の分布・労働所得の分布等について検討した。妻の労働収入が所得分配に与える影響については、夫の所得が低い家計で妻が労働収入の高い就業を選択する場合が多くなっていることを明らかにした。また、夫婦の合算収入は、妻がフルタイム就業の家計で最も高くなっていた。「財政収支から見た短時間労働者への厚生年金保険適用拡大の効果」(山本論文)では、第3号被保険者の問題を年金財政収支から考察した。その結果、パートへの厚生年金適用は必ずしも年金財政収支の好転をもたらさないことが明らかになった。
結論
企業は社会保障制度内で事業主負担を担っているのみならず、企業年金をはじめ独自の福利厚生に関する負担をしており、国際競争の観点から企業負担についての関心が高まっている。企業年金についての分析からは、日本では、企業年金のタイプによって労働インセンティブや生産性に与える影響が異なること、厚生年金基金の解散は、売上高伸び率や人件費比率から影響を受けていることなどが示唆された。企業にとっては労働コストのみならず、法人税や退職給付積立金に対する課税等も収益を左右するものであるから、税金も視野に入れて企業の福祉と社会保障を総合的に考えることが次年度以降の課題である。また、公的年金制度は高齢者や女性の労働供給に大きな影響を及ぼしており、制度変更により世帯間の所得分配にも影響が生じる。年金制度の設計に当たっては、労働市場への影響をみる観点や効率性・公平性の観点が重要である。

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