出生率回復の条件に関する人口学的研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200300014A
報告書区分
総括
研究課題名
出生率回復の条件に関する人口学的研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成15(2003)年度
研究代表者(所属機関)
河野 稠果(麗澤大学)
研究分担者(所属機関)
  • 速水融(麗澤大学)
  • 黒須里美(麗澤大学)
  • 金子隆一(国立社会保障・人口問題研究所)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 行政政策研究分野 政策科学推進研究
研究開始年度
平成15(2003)年度
研究終了予定年度
平成17(2005)年度
研究費
5,400,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
日本の低出生率はいぜん続き、現在の合計特殊出生率(以下TFRと略称)は1.3の水準にある。出生率がはたして人口置き換え水準に回復できるかどうかは、重大な国民的関心事である。本研究は二つの視点から出生率の回復の条件を明らかにしようとする。第1は歴史的視点に立って、欧米諸国における1930年代の人口置き換え水準以下の低出生率からの回復の経験を学ぶことであり、第2は人口統計学的分析方法・モデルを用いて複雑な出生力変動のメカニズム・要因の一端を明らかにし、世代間の相対的経済的地位あるいは出生コーホートの相対的大きさと出生率変動の関係を論ずるイースタリン仮説等の応用を通じて、将来の日本の出生率回復の条件あるいは可能性を探ろうとするものである。
研究方法
A.歴史的研究
1)本プロジェクトの欧米諸国出生動向と背景に関する研究方法は、多くは文献研究である。特に今回は3年継続研究の初年度であるので、研究のアプローチは踏査的である。
2)日本の明治・大正期における研究として、国勢調査以前の年齢別女子現住人口を得るために、人口調査および府県別統計書から、正確・妥当と考えられる統計資料を作成した。
3)戦後の日本の出生率と女性の労働力参加に関する国勢調査年次の都道府県別データを基に、女性就業とTFRの関係の分析を行い、相関関係を考察した。
B.現代日本の出生力計量分析
1)ミクロデータによる夫婦出生行動の世代分析として、本研究では『出生動向基本調査』の9~12回夫婦調査の情報を用い、初婚どうし夫婦の出生順位別出生確率を目的変量とするロジスティック回帰モデルによって、初婚年齢との関係を比較的精密に再現し、晩婚化と夫婦の出生確率、平均出生子ども数との関係を学歴・妻の就業等を考慮して定量的に調べた。
2)出生率の時系列データ分析においては、年齢別の賃金データには厚生労働省の『賃金構造基本調査』を用い、子育て世代である25-29歳と近似的に親世代と考えられる50-54歳の所得上昇率の比を算出し、さらに年齢別の就業率の相違を考慮し分析した。
3)ミクロデータによるイースタリン仮説の検証として、出生動向基本調査の7~12回夫婦調査を用いて、夫と妻のきょうだい数と子ども数の関係について比較分析を行った。また、主要な社会経済属性の代理とされる学歴を限定した比較分析を合わせて行った。
結果と考察
A.歴史的研究
歴史的に見て、ヨーロッパ・北米の多くの国々で一度だけ出生率が置き換え水準以下に低下し、その後すべて回復した時期がある。それは1930-1940年代である。その要因・背景は何かを調査した。
1)スウェーデンのケース
スウェーデンでは出生率が1930年代前半に1.7まで下がった。この低下、反騰には三つの要因が考えられる、すなわち①経済の悪化そして回復、②それに反応しての結婚、出産(特に第1子)の延引とその回復、③そして人口・家族政策である。スウェーデンの場合、経済的影響が最も重要である。経済の回復と共に、社会的に人々が安心して子どもを持てる意識が醸成されることが肝要である。
人口政策の効果はどうか。スウェーデンは当時三つの主要な人口政策を行った。それは①結婚資金の貸与、②出産援助、③低所所得者に対する住宅政策である。出産援助受給者数の増加と出生数の増加は密接に相関しているが、この法律が施行された1938年に、すでに出生率は増加に転じ始めており、政策の効果は薄いと学者は論ずる。
2)オーストリアのケース
オーストリアの場合は政治的な要因が大きく関連している。1930年代に出生率は置き換え水準以下に低下したが、1938年のドイツとの併合以後に反騰に転ずる。オーストリアは長らく不況と失業に悩んでいたが、併合を契機としてドイツの大企業進出による雇用拡大を通じて失業問題が解決し、生活水準が向上するのではないかと、一時は大いに期待された。その結果出生率は1940年には2.75まで上昇するが、その後第2次世界大戦勃発によってふたたび低下する。
3)イギリスのケース
イギリスで1930年代にTFRが1.8まで低下したが1940年代にかけて急速に回復した背景には、結婚が増えたこと、平均初婚年齢が低下したこと、そして戦時においても有配偶出生率が増加したことが指摘される。1949年の王立人口委員会の報告は、1930年代の不況期と比べて実質世帯所得が1940年代に増加したこと、幼い子ども達に対する保育サービス体制が整い、特別の食料配給が行われるようになったこと等を挙げている。
4)日本のケース
歴史的研究として同時に日本の出生率の歴史的転換を研究した。まず、明治末期から大正期にかけて横浜のような大都市において出生率が低下し、TFRが置き換え水準近くになっていた。何故このような低水準が起こり、そしてその後上昇したかについて関連人口統計の整備を行った。
欧米諸国においては、これまで女性の労働力率は出生率に対してマイナスの関係にあったが、最近その関係が逆転している。日本の場合では、女子労働力率とTFRは1965・1970年には負の関係にあったが、1975年以後やはり逆転している。しかし日本の女子労働力率と出生率の関係の逆転については、欧米の場合と事情は異なり、その背後に比較的農村的で保守性の強い県は、女性の労働力率もTFRも高いという事情がある。
B.現代日本の出生力計量分析
本年度の研究成果は次のとおりである。
1)第1に、近年夫婦出生率には低下がみられ、それは1990年前後に20歳代後半から30歳代前半で始まり、さらに30歳代後半へも広がりながら90年代半ばへと継続したことが判明した。しかし2000年前後になると、この減少は若い層で緩やかになっている。
第2に、妻のコーホート別にみた場合、1960-64年生まれの世代では20歳代後半から夫婦出生率が低下しているが、その後にある程度の産み戻しがみられた。1965-69年生まれでは、この20歳代後半からの出生率低下が一層大きくなっていて、ある程度産み戻しがあっても、それ以前の出生レベルに復帰するには困難と予想される。
2)次に、時系列データによるイースタリン仮説の応用・検証を行った。この時系列研究の特徴の一つは、出生順位別の分析を行ったことである。興味深い研究結果は、出生順位により経済変動の影響を受ける程度が異なるという点であろう。第1子の場合は所得上昇との関連で2002年でも高い相関があったが、第2子以上になると相関は非常に弱くなっている。1990年以降では、経済的要因が第2子出生に対し影響しなくなったのではないかと考えられる。
3)ミクロデータによるイースタリン仮説の検証
第3は父母のきょうだい数と出生子ども数の分析で、これはイースタリン仮説の日本で初めてのミクロデータによる検証である。イースタリン仮説が妥当ならば、きょうだい数の多さは親と比べ相対的に所得を低くすると考えられるため、完結出生児数が小さくなることが予想される。過去の出生動向基本調査を累積した分析の結果、夫妻共にきょうだい数1人、4人、8人以上で子ども数が多く、2人、6人で少ないという特異な変動パターンが示された。一般にきょうだい数や子ども数は所得や社会階層と密接に関連しているために、学歴をコントロールしてそれらの関係を調べた。その結果、学歴を限定した場合でも、やはり以上の特異なパターンが出現することが分かった。以上は単純なイースタリン効果の適用に対する反証となっている。
結論
第1年度の成果についてはすでに記したところであるが、以下改めて結論を述べたい。
1)出生率回復の歴史的研究
北・西ヨーロッパにおいて出生率が1930年代の人口置き換え水準以下に低下した後1940年代に回復したのは、結婚コーホートの出生率が変化したのではなく、経済不況および戦争によって延期された結婚・出産のキャッチアップによるところが大きい。スウェーデンとイギリスの場合、不況による結婚の延期、出産の遅延が好況の到来と共に取り戻され、その勢いで結婚年齢が低下し第1子出生率の上昇が認められる。さて人口政策の影響はどうであったかというと、スウェーデン・イギリスでは共に効果は判然としない。
2)日本の夫婦出生行動の世代分析
本年度の分析は、1980年代末からの低下の実態とそれに対する晩婚化、高学歴化の効果を計量し、世代によって異なる夫婦出生行動の変化を考察した。妻が1960年以降生まれの夫婦においては、晩婚化、高学歴化効果を取り除いてもなお夫婦出生行動変化による出生低下(3~4割)が見られるようになり、少子化は新しい局面に入りつつあると思われる。
3)イースタリン仮説の検証
マクロな時系列分析によれば、第1子の出生率に対してイースタリン仮説は比較的よく当てはまる。ミクロデータによるわが国におけるきょうだい数と出生子ども数の関係に関する単純なイースタリン効果は見出しにくい。しかし、それらの間には、統計的に有意な特異なパターンが検出された。今後このパターンの詳細な分析により、相対所得と出生力の関係に関するイースタリン仮説の修正、あるいは新たな効果の発見が期待される。

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