不安全行動の誘発・体験システムの構築とその回避手法に関する研究

文献情報

文献番号
200201426A
報告書区分
総括
研究課題名
不安全行動の誘発・体験システムの構築とその回避手法に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成14(2002)年度
研究代表者(所属機関)
臼井 伸之介(大阪大学大学院人間科学研究科)
研究分担者(所属機関)
  • 篠原一光(大阪大学大学院人間科学研究科)
  • 神田幸治(名古屋工業大学)
  • 中村隆宏(独立行政法人産業安全研究所)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 健康安全確保総合研究分野 労働安全衛生総合研究
研究開始年度
平成14(2002)年度
研究終了予定年度
平成16(2004)年度
研究費
12,800,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
労働災害を防止するためにはヒューマンファクターへの対策を構築することが危急の課題となっている。しかし人間はエラーをおかすものという見解が今日広く認識され、その観点からの安全教育が徹底されているにもかかわらず、ヒューマンファクターに起因する類似の労働災害が繰り返されていることも事実であり、ここに新たな視点からの対応策を考慮する必要がある。そこで本研究は不安全行動を誘発する事態を実験的にシミュレートし、作業員の不安全行動をパーソナルコンピュータベースの比較的簡便な設備を用いて自ら体験させる、すなわち人間はどのような事態でどのような心理的状況になりエラーをおかすのかを観念としてではなく経験として体験可能とするシステムを開発することを目的とする。研究の初年度は、1)労働災害事例の分析からいかなる個人の心理的事象が災害発生に関与しているのかを実証的に明らかにすること、2)ヒューマンエラーの主要な発生要因である「精神的負荷(メンタルワークロード)」、「注意の偏り」について、従来の研究を整理し、次年度予定している実験システムの構築の基礎的資料とすること、3)違反行動が生起する背景条件を具体的に記述したデータの内容分析から、違反行動の発生機構について検討すること、以上3点を目的として研究を実施した。
研究方法
次のA~Dの4グループにより、以下の方法によって研究を行った。A.心理的事象に関連する事故事例の抽出と災害要因の検討: 実際に発生した事故事例について、いかなる人間の心理的事象が災事故発生に関与したのかを明らかにするため、その調査記録内容を分析した。分析対象は、平成12年の主として建設・機械作業中に発生した死亡労働災害の調査記録書191事例である。分析では事故の発生要因となりうる13の心理的事象(気づきの遅れ、急ぎ・焦り、思い込み、注意の偏りなど)をあらかじめ選定し、各事例についてこれら要因のいずれが関与しているかを、複数の研究者が判断した。B.メンタルワークロードの基礎的理論と測定技法: エラーが発生する一つの要因として、課題を行うための処理要求が作業者の用いうる注意資源の限界を超えてしまうというメンタルワークロードの問題がある。ここでは、メンタルワークロードに関して、これまでの研究の中で用いられてきた定義や、メンタルワークロードを説明する上で不可欠な注意研究の諸知見、および実際の測定法について概観することを目的として研究を実施した。測定法に関しては、今後の研究で用いられる行動的手法および主観的手法について重点的に概観した。C.注意の偏り現象に関する理論的機制及び諸側面の分類化: 事故やヒューマンエラーの直接的要因として、作業者の不注意があげられることが多い。その不注意とは、覚醒レベルの低下などにより、注意そのものが払われていない状態に加えて、何か別の対象に注意を払っていたがために、結果的に不注意とされる場合も数多い。そこで特に後者の注意の偏り(attentional bias)現象の理論的メカニズム、人間の諸機能との関係、発生の規定要因、対策可能性について、文献等から整理し、次年度予定している実験課題、実験方法選定の基礎的資料とした。D.違反行動の発生条件に関する調査研究: 本研究では、違反行動である作業の省略がいかなる状況性で発生するかを明らかにした臼井(1999)のデータを再分析した。研究では作業員の急ぎ、面倒感、思い込みという3つの心的状況性がどのような作業状況性で発生するのかを明らかにするため、約3,000の具体的記述デー
タをKJ法により分類し、違反行動の発生機構、およびその防止策について検討した。そして得られた結果は、今後予定している違反行動誘発実験の実験課題、実験方法選定の基礎的資料とした。
結果と考察
A~Dの各グループにより、以下のような成果を得た。A.心理的事象に関連する事故事例の抽出と災害要因の検討: 分析対象とした191事例中80事例(41.9%)について、心理的事象との関連が認められた。特に事故発生と関連の強かった事象として、「気付かない(72.5%)」「思い込み(47.5%)」「省略(38.8%)」「注意の偏り(37.5%)」「急ぎ・焦り(27.5%)」「注意の損失・利得(25.0%)」があった。また事故の型、経験年数、職種との関連を検討したところ、特に経験年数では、20-30年のベテランで省略要因と関連が強いこと、経験1年未満と30年以上では、認知的負荷および気づきの遅れ要因との関連がともに強いことなどの特徴的結果が得られ、今後の実験実施に有益となるデータを得た。B.メンタルワークロードの基礎的理論と測定技法: メンタルワークロードの測定技法について、その種類と対象となる主作業との適合性についてまとめた。その主たる測定技法は副次課題法(二重課題法)、主観的測定法、生理的測定法である。主観的測定法については、特にNASA-TLXとSWATに関して、各尺度の説明文、得点化の手続き等について詳しく説明するとともに、本研究課題での利用可能性について検討した。さらにエラー防止策の一環としてのメンタルワークロードへの対処法について4つの観点からまとめた。
C.注意の偏り現象に関する理論的機制及び諸側面の分類化: 本研究ではまず、注意の偏りという心理事象を理論的に説明する構造理論と資源理論について詳細にレビューした。そして人間の注意の偏りを感覚器官、すなわち視覚、聴覚、運動器官別に分類・整理し、さらに注意の偏りを生起させる個人の主体的要因、すなわち集中、構え・予期、精神的負荷、熟練度などとエラー発生の関係性について明らかにした。以上の人間の注意の偏りを考慮したエラー防止策として、「注意特性の認識・理解」、「メンタルモデルの構築補助」、「安全な現場設計」の3つの観点からまとめた。D.違反行動の発生条件に関する調査研究: 分析対象は急ぎの具体的発生条件として箇条書きで記述された1,225の回答事例、面倒の発生条件として記述された1,004事例、思い込みの背景条件として記述された940事例である。分析の結果、急ぎの背景条件としては、作業遂行上、常に付随する「基本的時間圧力要因」、外部環境側に人間を急いだ気持ちにさせる「外部環境要因」、何らかのトラブルによる時間ロスを取り戻そうとして時間的に圧力が加わる「時間ロス要因」、人間関係など他者との係わりの中に潜む「第三者関連要因」が主要な要因としてあげられた。面倒感が発生する主要な背景条件として、安全作業にかかる労力が、本作業にかかる労力に比べて相対的に高い時に生じる「安全手段比重要因」があげられた。また「距離移動要因」「作業物非所持要因」のように、何か作業に必要な物が手元になく、それを取りにある程度距離を移動しなければならない場合にも面倒感が生じ、その結果として作業省略が発生する可能性があることが明らかになった。思い込みの主たる背景条件として「作業経験の問題」があった。豊富な作業経験は円滑な作業遂行には必要不可欠であるが、その反面誤った思い込みを引き起こす主要な人的要因になることがわかった。
結論
事故調査データの分析から、事故は「気づかれない」「思い込み」「注意の偏り」「急ぎ・焦り」等の心理的事象と関連性が強いことがわかり、これら要因を次年度実施予定のヒューマンエラー誘発実験の誘発要因とすることとした。またメンタルワークロード、注意の偏り現象の基礎的理論・測定法およびその対応策を再整理した結果、および作業省略の主たる背景要因である急ぎ、面倒感、思い込みの発生条件を再分類した結果は、次年度予定しているヒューマンエラー・違反行動誘発事態の実験構成に活用することとした。 本研究は、労働災害およびヒューマンエラー・違反行動と実験心理学的知見や手法を融合するものであるが、このような研究は国内外でほとんどなされておらず、本年度実施した研究は、今後実施する不安全行動誘発・体験システムの構築の重要な基礎的データとなる。

公開日・更新日

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