化学兵器に関するデータベースの作成と危機管理マニュアルの策定に関する研究

文献情報

文献番号
200201365A
報告書区分
総括
研究課題名
化学兵器に関するデータベースの作成と危機管理マニュアルの策定に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成14(2002)年度
研究代表者(所属機関)
杉本 侃(財団法人日本中毒情報センター理事長)
研究分担者(所属機関)
  • 吉岡 敏治(大阪府立病院救急診療科部長)
  • 池内 尚司(大阪府立病院救急診療科医長)
  • 奥村 徹(順天堂大学総合診療科講師)
  • 黒木由美子(財団法人日本中毒情報センター施設長)
  • 田村 満代(財団法人日本中毒情報センター係長)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 健康安全確保総合研究分野 医療技術評価総合研究
研究開始年度
平成14(2002)年度
研究終了予定年度
平成15(2003)年度
研究費
5,950,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
本研究の目的は化学兵器の基本的な毒性情報を網羅した独自のデータ・ベースを整備することと、わが国で対策の遅れている化学兵器による緊急事態に対応するための危機管理マニュアルを策定することである。
研究方法
平成12年度からスタートした課題に加え、今年度は前述の目的にそって以下の4分担研究を行う。
1.化学兵器テロ対応に関する診断・治療情報ツールに関する研究:インターネット上の情報を基本として、化学兵器テロ、化学災害、中毒に関しての診断、治療情報ソフトを収集し、実際に試用する。
2.化学兵器災害に対する"医療機関用クリニカルパス"の作成に関する研究:昨年度に作成した管理者用クリニカルパスと実働者が使用する部門別パスを補足し、流動的な情報の掌握を容易にするために、時系列に応じて部門別のco-pathwayを作成する。
3.化学災害が発生しやすい化学物質の毒性情報に関する調査とデータ・ベースの作成:化学兵器以外の化学災害が発生しやすい化学物質について検討し、化学兵器データ・ベースと同様に、基本的な毒性、症状、治療などの中毒情報に加え、化学災害時の初期隔離、除染法、廃棄法、災害症例などを含む化学災害対応用の中毒情報データ・ベースを作成する。
4.化学兵器に対する解毒剤に関する調査とデータ・ベースの作成:プラリドキシムヨウ化メチル(PAM)、硫酸アトロピン、ジメルカプロール、亜硝酸アミル、亜硝酸ナトリウム、チオ硫酸ナトリウムの解毒剤6種類について、詳細データ・ベースと緊急時に活用する「概要版」を作成する。
多くの国家機関が化学兵器や集団化学災害に関連する情報を公開しており、その詳細は各分担研究報告書に譲るが、特に頻用した資料は、700頁に及ぶ膨大なものであるDepartment of the Army による Textbook of Military Medicine シリーズのMedical Aspect of Chemical and Biological Warfare(1997)と、 US Army Medical Research Institute of Chemical DefenseによるMedical Management of Chemical Casualties Handbook(1999)である。
結果と考察
結果:1.化学兵器テロ対応に関する診断・治療情報ツールに関する研究:有料、無料の医療用ソフトが数百のレベルで存在する。手帳サイズの情報機器であるハンドヘルドデバイス(personal digital assistant:PDA)で、医療現場で活用できる代表的なものを以下に掲げる。前2者はNBCテロ対策や中毒の専用ソフトで、後者は救急医療のソフトであるが、化学兵器や中毒に関する情報も豊富に収載されている。
(1)Arkansoft (http://www.geocities.com/arkansoft/)
(2)HyperTox (http://www.hypertox.com/)
(3)Palmtop Emergency Physician Information Database:PEPID (http://www.pepid.com/)
2.化学兵器災害に対する"医療機関用クリニカルパス"の作成に関する研究:部門は災害担当責任者、通信担当者、事務担当者、医療従事者、薬局の5分類とし,事務部門のみ除染施設設営班と、物品準備班のサブカテゴリーを設けた。各部門が把握すべき必要な情報を発災直後と患者来院以降の2カテゴリーに分類し、一頁型のco-pathwayを作成した。その内容は分担研究報告書に譲る。
3.化学兵器以外の化学災害の起因物質に関する調査とデータベースの作成:集団化学災害の国内事例572件と国外事例2955件を検討した結果、一酸化炭素と煙(smoke)は別として、その発生頻度、規模、重症度から、化学兵器と同様の対策が必要な物質としてアンモニア、塩素、クロルピクリン、水酸化ナトリウム、トルエン、フロン、ホスゲン、硫化水素を選定した。これら8化学物質について化学兵器データ・ベースと同様、化学物質の基本的な毒性、症状、治療などの中毒情報に加え、化学災害時の初期隔離、除染法、廃棄法、災害症例などを含む化学災害対応用の中毒情報データ・ベースを作成した。
4.化学兵器に対する解毒剤に関する調査とデータ・ベースの作成:6種類の解毒剤、プラリドキシムヨウ化メチル(PAM)、硫酸アトロピン、ジメルカプロール、亜硝酸アミル、亜硝酸ナトリウム、チオ硫酸ナトリウムについて、詳細データ・ベースと緊急時に活用する「概要版」を作成した。
考察:個々の化学兵器のデータ・ベースの整備や病院災害マニュアルの策定、クリニカルパスの作成にあたり利用した主たる資料は、インターネットを介して得た米軍のMedical Aspects of Chemical and Biological Warfare、FEMA、CDCの危機管理に関する情報と、1999年に米国で開催されたシンポジウム、Poison Centers and Nuclear, Biological and Chemical Terrorist Event Preparation and Response で紹介された「中毒センターが参考にすべき文献:Journal Articles References on Nuclear, Biological and Chemical Agents of Terrorism」、さらにはPOISINDEXRや既存の単行本である。特に米軍機関より公開されている情報はup-to-dateで、実践的、詳細かつ広範囲に及ぶものであり、極めて有用であった。わが国にはこのような情報はないが、サリン事件等の経験がまとめられた資料は内容が具体的で、多くの示唆に富むものであり、クリニカルパスの作成には有用であった。
化学兵器テロ災害は希有なものゆえ、発災後の対応は不確実な結果になりやすい。医療機関の想定される必要行為を単に羅列する方法では不確実性を解消できないので、クリニカルパスの作成は有効な手段である。昨年度は全経過を網羅したクリニカルパスを"管理者用パス"と、各組織の実働者が使用する実施内容を確認する"部門別パス"に分けて作成した。これを報告した日本救急医学会では好評を得たが、細部にわたる項目を一覧式で表現することは困難で、その解消のため、各部門毎に、さらにco-pathwayを作成した。クリニカルパスの成否は実践により評価されるが、今後は化学災害を想定したシミュレーションで活用し、さらに実効性のあるパスとする必要がある。
これまでに整備した主要な化学兵器7系列22種類と一部の農薬・工業用品に加え、今回作成した重要な集団化学災害を発生し得ると考えられた8化学物質の化学災害対応用中毒情報データ・ベースが完成した。これにより化学兵器テロおよび化学兵器以外の化学災害に対し、より迅速にかつ正確に対応することが可能となった。なお、解毒剤については、上述のデータ・ベースの治療法の項目に個々に収録されているが、解毒剤自身のデータ・ベースはなかった。今年度に、その入手法や調整法、使用上の注意、取り扱い上の注意、評価等、解毒剤の特性を考慮したデータベースを作成したことにより、より一層的確に、緊急事態に対応できるものと考えている。
本研究によりわが国独自の化学兵器に関する基本的な危機管理マニュアルの骨格が完成した。現在、最終目的である化学兵器以外の集団化学災害にも対応できる普遍的な「化学兵器等危機管理マニュアル」の出版に向けて、執筆中である。
結論
昨年度までに整備した主要な化学兵器7系列22系列に加え、化学災害の発生頻度と規模から、重要な化学災害が発生しやすいと考えられた8化学物質の化学災害対応用中毒情報データ・ベースを整備した。また補完的データ・ベースとして、解毒剤6種類についてのデータ・ベースを作成した。これにより化学兵器テロおよび化学災害に対し、より迅速にかつ正確に対応することが可能となった。
化学兵器災害における医療機関の対応を、組織構成、各組織責任者の役割分担、必須確認事項について、通常災害との違いを明確にしつつ,時間軸を元にco-pathwayを活用したクリニカルパスを作成した。
特殊災害(NBCテロ)に対する公開されている診断・治療情報ツールは、ほとんどが米国版であるが、これらは緊急事態に十分に対応しえるもので、わが国でもPDA版情報ソフト(personal digital assistantと呼ばれる手帖サイズの情報機器用のソフト)を開発すれば、発災現場、医療現場で化学兵器等危機管理マニュアルを支えるものとなる。
以上の結果と、昨年までに検討した除染や個人防御装備の基本、発災現場での鑑別診断と対応、医療機関での早期鑑別チェックリスト、検知紙の使用法、トリアージ基準や類型別治療指針等、わが国独自の化学兵器に関する危機管理マニュアルの骨格が基本的には完成できた。なお、昨年度は9月に、米国同時多発テロが発生し、各方面からの要望によって、これまでに作成したデータベースを広域災害・救急医療情報システムや(財)日本中毒情報センターのホームページに収載した。今後もイラク戦争等で化学兵器が使用されれば、作成した「化学兵器等中毒対策データベース」を直ちに公開する予定である。

公開日・更新日

公開日
-
更新日
-