高血圧の予防診療法の医療技術評価研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200201353A
報告書区分
総括
研究課題名
高血圧の予防診療法の医療技術評価研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成14(2002)年度
研究代表者(所属機関)
長谷川 敏彦(国立保健医療科学院)
研究分担者(所属機関)
  • 猿田享男(慶應義塾大学医学部)
  • 斎藤郁夫(慶應義塾大学保健管理センター)
  • 今井潤(東北大学医学部)
  • 田中繁道(手稲渓仁会病院)
  • 鈴木一夫(秋田県立脳血管研究センター疫学研究部)
  • 上島弘嗣(滋賀医科大学福祉保健医学講座)
  • 馬場俊六(錦秀会阪和第二泉北病院内科)
  • 坂巻弘之(財団法人医療経済研究・社会保険福祉協会医療経済研究機構)
  • 大野ゆう子(大阪大学)
  • 松本邦愛(国立保健医療科学院政策科学部)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 健康安全確保総合研究分野 医療技術評価総合研究
研究開始年度
平成14(2002)年度
研究終了予定年度
平成15(2003)年度
研究費
3,600,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
高血圧の合併症である脳卒中や虚血性心疾患、さらには腎不全等の疾病管理を、それに関連する糖尿病、高脂血症、肥満、ストレスや種々のライフスタイル関連で捉え、最も効果が高く効率の良い予防及び診療の技術を同定するための医療技術評価を行うことを目的とする。今日、循環器疾患は金銭面においても障害面においても最も日本国民の大きい疾患であり、高血圧はその中でもこれら関連疾患の核となる疾患である。高血圧の診療のみでも多量の医療費が費やされている一方、これまでの研究で脳卒中患者の30-50%は高血圧治療中から発生している。この研究により高血圧並びに高血圧関連疾患の最適な予防診療法が判明し、全体としての医療費の削減と診療効果の向上がもたらされることを目指したい。
研究方法
1)高血圧と関連疾患の現状分析(1)日本人の高血圧の現状-1980、1990、2000年の循環器疾患基礎調査を用い、高血圧旧定義によって高血圧者数を推計した。30歳以上男女別5歳階級のサンプルを算出し、日本人人口に割り戻した。新定義を用い、軽症高血圧や正常高値についても同様の手法で推計した。(2)診療の現状-推計高血圧人口のうち、旧・新定義で血圧が管理されている人口の割合を算出した。(3)コホート分析-1984年~2000年の服薬の有無と血圧実測値を用いて高血圧を定義し、10年単位で出生コホート別に国民栄養調査の服薬有無と高血圧既往との関係の動向を見た。(4)白衣高血圧分析-2000年の循環器疾患基礎調査では2回の血圧測定が行なわれており、第一回目を測定値、第二回目を真の値として、2×2表を作り、偽陽性・偽陰性を計算した。(5)リスクと高血圧-2000年の循環器疾患基礎調査を用い、高血圧の既往の有無により分類し、既往無しの者については高血圧の重症度、既往有りの者については治療の現状にしたがって性・20歳階級別に集計し、高コレステロール血症、肥満、更には両者の有無の割合を分析した。2)専門家アンケート調査-高血圧の専門家・日本高血圧学会の臨床系の評議委員156名にアンケートを配布した。質問項目数は40で、あるべき高血圧診療の内容とシステム及び日本の高血圧の現状についての専門家の意見を抽出した。3)予防治療法の評価(1)かかりつけ医分析-1995年の国民生活基礎調査と国民栄養調査のリンクデータを使用し、40歳以上で降圧剤を服用中の者を対象とし、高血圧管理状況とかかりつけ医の有無との関連やかかりつけ医療機関の場所と管理状況の関連を検討した。(2)Homed BP評価-家庭血圧の臨床薬理的価値と医療経済への効果を実証する目的で家庭血圧を用い、インターネットを介した大規模介入試験、HOMED-BP研究を立案し、実施する。(3)薬物利用の評価-脳卒中発症における血圧の役割について、三段階の方法で解析し、現在最も効果がある脳卒中予防方法を提示する。 (4)WHO/EIP・CEAレビュー-最近WHO/EIPで開発されたPopModによる高血圧治療の費用対効果分析の結果を検討した。4)数学モデル(1)マルコフ連鎖モデル-血圧と脳卒中に焦点をあて、要素を要因相関図にまとめ、生活習慣改善介入による高血圧患者数、血圧コントロールによる脳卒中罹患と死亡を数値化し評価するマルコフモデルを作成した。データは国民栄養調査、秋田県脳卒中登録データを用いた
。(2)システムダイナミクスモデル-システムダイナミクス理論を用い、性・10歳階級別に正常血圧群、軽症高血圧群、中等症以上高血圧群の3状態から構成される人口動態モデルを構築した。各群から循環器疾患発症、死亡へ推移する確率をリスク倍率として設定し、逆問題的に軽症高血圧、中等症以上高血圧の正常群に対するリスクを推定した。(3)コホート・モデル-出生コホート10年毎にグループ化し、国民栄養調査を用いて1975~2000年の高血圧やその他のリスク疾患の割合が算出可能である。そのコホートの脳卒中死亡数も算出可能であり、コホートグループ間のリスク分布と死亡数の割合により、モデル化が可能である。5)慶應義塾コホート-15~18歳の健康診断成績とその後30年又は50年後の健康状態の関連を検討することを目的として、1950~1975年度慶應義塾高等学校卒業生15926人の在学中の健康診断成績及び現在の健康状態についてアンケート調査を行った。6)費用対効果分析と診療モデル-日本国全体としての脳卒中の予防実績を検討し、1300万人の高血圧治療の負担を直接・間接費用で推計した。副作用や誤診に関する専門家意見より負担も推計した。
結果と考察
1)(1)1980年に約1700万人であった30歳以上の高血圧患者は、2000年には2500万人に増加した。未発見者は500万人強で、20年間絶対数は変わっていない。(2)治療を受けた者のうち管理されたものは、1980年の680万人のうち280万人から、2000年には1390万人のうち870万人(62%)に改善した。治療のコンプライアンスや高血圧管理が今後の大きな課題である。(3)高血圧者の割合は年齢階級とともに増加しているが、男女ともに特にコホート毎の変化は認められない。高血圧者の危険因子としての肥満を見ると、女性では年齢効果以外のコホート効果は認められなかったが、男性では戦後生まれ以降、出生コホート毎に肥満が増加しつつある。(4)偽陰性は2.1%、偽陽性は23.5%で、かなりの数に上った。大迫データを結果、偽陰性が高く10数%、偽陽性は20%であった。(5)既往のある者を見ると、高コレステロール血症も肥満も高血圧の重症度が上がるに伴い高い傾向を示した。肥満と高コレステロール血症の両方が合併している割合はあまり変わらず、肥満が高コレステロール血症や高血圧と関連が高いことを示唆した。2)2000年日本高血圧学会高血圧ガイドラインによる新しい高血圧分類についての賛成は98.5%で、高血圧治療の脳卒中予防に対する有効性は、40-49%が最も多かった。3)(1)かかりつけ医の有無は高血圧管理状況と有意な関連を示さなかった。診療所と比較して大学病院など大きな病院の方が有意に管理良好であることが明らかとなった。(2)2001年5月~2003年3月に500人の医師が1700人の患者を登録した。降圧薬のランダム化、降圧レベルのランダム化の均一性が証明された。(3)過去の脳卒中発症の推移は高血圧の関与が極めて大きいこと、高血圧治療は十分な降圧がなされず、専ら薬物療法に依存すること等がわかった。(4)いわゆる集団アプローチは、個人アプローチに比べて、コストは低いが有効性も低く、ターゲットを決めた個人アプローチが最も有効であるという印象を得た。4)(1)マルコフモデルにより、各状態の患者数がシミュレーションでき介入方法によるアウトカム評価だけでなく、平均余命、死亡率などをアウトカム指標とした費用-効果分析に結びつけることが可能と考えられた。(2)今後50年間の人口動態シミュレーションを行い将来推計人口の動態と類似した基本モデルを得た。(3)団塊世代約1800万人について、その血圧分布と死亡数の変化、ならびにリスク分析を行なった。今後、世代間の分析が必要と考えられる。5)健康状態があまり良くない者は、65歳頃までは比較的一定であったものが、65歳以上になると急増し、70歳台では数10%になった。高脂血症の者は、年齢に関わらず15%程度であった。高血圧であると言われたことのある者は、若い時に数%であったものが次第に上昇し、70代で10%を超えた。6)診療におけるコンプライアンスを向上させ、治療効果を高めることが最も費用対効果が高い戦略と考えられる。確定診断法導入により、
白衣高血圧の治療を減少させることが政策課題であるといえる。診療システムとしては、家庭血圧等によって確定診断する施設を選定し、治療は診断施設ではない施設が継続するといった高血圧診療体制が望ましい。
結論
今年度の研究の結果、定量的な分析によっても高血圧が日本国民にとって最も大きな負担をもたらしていること、そして重篤な合併症を生むことが判明した。高血圧対策のためには、総合的な政策が必要で、治療のためのガイドラインのみならず、コメディカルを含めた人材や財源の確保、そして治療結果の追跡システムが必要なことが判明した。診療の問題点としては、血圧の管理率が低いことで、それは診断されたものの追跡の不十分さや治療へのコンプライアンスの問題である可能性が高いことが示唆された。診療による副作用や死亡、更には白衣高血圧による高血圧の誤診、それに引き続く不必要な診療は、大きな課題である。このたび開発された数学モデルによって、種々の政策の詳細な費用対効果分析が必要と考えられる。

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