看護職新規採用者の臨床能力の評価と能力開発に関する研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200201268A
報告書区分
総括
研究課題名
看護職新規採用者の臨床能力の評価と能力開発に関する研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成14(2002)年度
研究代表者(所属機関)
明石 惠子(三重大学)
研究分担者(所属機関)
  • 中川雅子(三重大学)
  • 中西貴美子(三重大学)
  • 水谷良子(三重大学医学部附属病院)
  • 別所幸子(三重大学医学部附属病院)
  • 鳥井信子(三重大学医学部附属病院)
  • 川野雅資(三重県立看護大学)
  • 森田孝子(信州大学)
  • 鵜飼カヨ(亀山市立医療センター)
  • 前山和子(三重県健康福祉部)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 健康安全確保総合研究分野 医療技術評価総合研究
研究開始年度
平成14(2002)年度
研究終了予定年度
平成15(2003)年度
研究費
3,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
新卒看護師の看護実践に関して、臨床実践能力の高さを求める医療機関と知力の形成を重視する基礎教育機関との間には大きなギャップがある。新卒看護師のリアリティショックや職場適応も問題となっており、臨床現場は、彼らの臨床実践能力を伸ばすための教育方法や内容に苦慮している。このような状況をふまえた本研究の目的は以下の3点である。①新卒看護師の臨床能力の修得状況を明らかにする。②新卒看護師に対する教育の実態を把握して教育上の課題を明らかにする。③新卒看護師の臨床能力開発に向けて、新卒看護師教育ガイドラインおよび新卒看護師の自己能力評価指針を作成する。
研究方法
新卒看護師の臨床能力の修得状況に関する研究では、平成14年度の新卒看護師を対象として、郵送法による質問紙調査を行った。質問紙は回答者の背景および臨床能力に関する質問からなり、後者の具体的内容は次の通りである。①看護技術達成度:バイタルサイン、清拭、移動移送、罨法、採血、導尿、気管内吸引について看護技術実践の6つの視点21項目に対する現在の状況を「未経験」、「できると思われる」、「できないと思われる」のいずれかで回答を求める。②看護過程に対する自己効力感:看護過程に必要な要素20項目について、現在どの程度うまく実施できそうだと思っているかを質問し、11段階で回答を求める。また、看護過程に関して、できそうだと思ったり、自信をなくしたりするきっかけとなった出来事についての自由記述を求める。③社会的スキル:社会的スキルを測定するKiSS-18を用いて病院以外での他者との関係を質問する。KiSS-18は18項目の質問から成り立ち、「いつもそうだ」から「いつもそうでない」の5件法で回答する。また、患者・家族、同僚との関係についても、KiSS-18とほぼ同様の質問項目を作成して回答を求める。さらに、患者・家族あるいは同僚との関係で困った場面とその処理に関する自由記述を求める。調査期間は平成14年10月1日から10月25日までで、新卒看護師の就職6ヶ月後の状況を調査した。なお、調査対象に対しては、研究目的および方法、研究への自由参加、個人データの管理方法等について書面で十分に説明して研究への参加を依頼し、返信をもって研究参加への同意であると見なした。
新卒看護師に対する教育の実態と課題に関する研究では、新卒看護師の教育担当者を対象として、まず、郵送法による質問紙調査を行った。質問紙は①平成14年度新卒看護師の背景、②新卒看護師の雇用状況、③新卒看護師の教育体制、④新卒看護師の教育上の課題と対処、⑤新卒看護師教育に関する支援、⑥施設の背景などで構成されている。調査期間は平成14年10月1日から10月25日までであった。次に、具体的な教育方法や教育上の困難さを調査するために面接調査を行った。質問紙調査の回答が得られた施設の中から規模や地域性を考慮して対象を選び、半構成的面接を行った。調査期間は平成14年12月1日から平成15年1月31日までであった。なお、いずれの調査対象に対しても、新卒看護師への調査と同様の説明を行い、研究参加への同意を得た。
新卒看護師の臨床能力開発に関する研究では、上記の新卒看護師の臨床能力の修得状況と教育の実態と課題に関する研究の結果をもとに新卒看護師教育ガイドラインと新卒看護師の自己能力評価指針を検討した。
結果と考察
新卒看護師の臨床能力の修得状況に関する調査では532人の回答を得た。就職6ヶ月時点の看護技術達成度は、全体的に「できる」との回答であったが、経験が限られる技術、身体的侵襲を伴う技術の達成度が低く、教育背景による差が見られた。看護過程に対する自己効力感は、患者の全体像を意識して十分に考えなければならない項目で低く、教育背景による差もあった。自己効力感を高める要因として成功体験や他者からの評価、低下の要因として失敗体験や先輩の否定的態度、ジレンマに伴う不安や緊張が明らかになった。社会的スキルは、患者・家族よりも同僚との関係で低く、年齢が若いほど低かった。新卒看護師が対人関係を円滑にするためには、患者や家族に対する感情処理やストレスを処理するスキル、同僚に対する初歩的なスキルと高度なスキルを身につけることの必要性が示唆された。また、これら3つの臨床能力の間には有意な正の相関があった。
新卒看護師に対する教育の実態と課題については、質問紙調査では108施設、面接調査では32施設の協力を得た。9割近くの施設が新卒看護師の教育に組織的に取り組んでいたが、採用者の少ない施設ではそれが難しいようであった。また、教育担当者から見た課題として、新卒看護師側には学生から社会人・組織人への役割移行、看護専門職者としての実践能力や自己管理能力などの不足、教育側には系統的な教育の企画・運営、教育の質などに関する問題があげられた。さらに、医療の高度化・複雑化のなかで、看護職のより専門的な能力への期待が高まっている現実に反して、看護師の定員割れと新卒看護師の未熟さが看護力低下に拍車をかけていることも伺えた。このような現実において、教育ガイドラインや他施設・教育機関との交流の機会を望む声も多く、臨床看護師研修を含む組織外部からの支援に対する希望も多かった。
新卒看護師の臨床能力開発については、まず、新卒看護師教育のガイドラインとして、新卒看護師に対する系統的な教育内容を網羅した『新卒看護師教育ガイドライン試案』(以下『教育試案』)、新卒看護師の教育に困ったときに使用する『新卒看護師教育:困難対策試案』(以下『対策試案』)の2つを提示した。『教育試案』では、「新卒看護師の資質向上」に必要な事項を①組織で働く専門職業人としての資質、②看護実践能力、③自己実現とし、新卒看護師に必要であると思われる教育内容を示した。また、新卒看護師教育の基盤として必要な「教育の質向上」および「教育環境の整備」についても言及した。『対策試案』では、新卒看護師が抱えている問題として、専門職に期待される行動の不足、他者との関係形成が困難、看護技術が未熟、看護過程展開能力の不足、感受性の不足、自己管理力の不足、の6つを取り上げ、その対策としての教育方法を中心に羅列した。
次に、新卒看護師の自己能力評価指針を検討した結果、次の示唆が得られた。看護技術については、①何をどこまでできればよいのか達成目標を明確にする、②新卒看護師と教育者とが共通の達成目標をもつ、③達成目標は具体的な行動や思考内容で示す。看護過程については、客観的な評価が困難な臨床能力であるため、①達成度ではなく、自己効力感について一連の看護過程の要素を評価する、②看護過程の各項目は具体的な行動や思考内容で示す。社会的スキルについては、単独では信頼性のある評価が得られにくいと考えられるため、①看護技術達成度の評価の中に取り入れる、②患者・家族との関係だけでなく、同僚との関係についての社会的スキルを達成目標に取り入れる。これらの指針をもとにして看護技術達成度および看護過程についての自己評価表を作成した。前者の例として血圧測定を取り上げ、看護技術実践の6つの視点と認知・情意・精神運動の3領域を考慮し、社会的スキルの要素も盛り込んだ68項目からなる自己評価表を作成した。後者については、看護過程の展開に必要な要素20項目をもとに、さらに具体的な質問項目を設定して54項目からなる自己評価表を作成した。
本研究の成果は、新卒看護師の教育ガイドラインとしての『教育試案』と『対策試案』、ならびに、新卒看護師の自己能力評価指針と自己評価表(血圧測定)・自己評価表(看護過程)を提示したことである。前者の教育ガイドラインに示された内容は、病院の規模や機能によっては実施が困難な項目や不必要な項目があると考えられるので、各施設が状況に応じて、教育内容・教育方法等を取捨選択して活用することが望まれる。その上で、それぞれの試案に示された教育内容や教育方法の有効性を検討する必要がある。後者の自己能力評価に関しては、評価の場面や時期・回数などの使用方法の検討、自己評価表の信頼性と妥当性の検証、さらに、評価結果の活用方法の検討を行う必要がある。
結論
新卒看護師の就職6ヶ月時点の臨床能力の修得状況、ならびに、教育の実態と課題に関する調査によって、新卒看護師の教育における問題が明らかになった。それをふまえて新卒看護師の臨床能力を開発するための方略を検討し、教育ガイドラインおよび自己能力評価指針・自己評価表を作成した。

公開日・更新日

公開日
-
更新日
-