小中学校における喫煙防止教育の標準化とその評価(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200201107A
報告書区分
総括
研究課題名
小中学校における喫煙防止教育の標準化とその評価(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成14(2002)年度
研究代表者(所属機関)
簑輪 眞澄(国立公衆衛生院疫学部)
研究分担者(所属機関)
  • 鈴木明(聖学院大学人文学部児童学科健康管理学)
  • 埴岡隆(福岡歯科大学社会歯学部口腔保健学講座口腔健康科学分野教授)
  • 仲野暢子(禁煙教育をすすめる会・喫煙予防教育代表)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 健康安全確保総合研究分野 健康科学総合研究
研究開始年度
平成13(2001)年度
研究終了予定年度
平成15(2003)年度
研究費
8,200,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
未成年者喫煙禁止法施行から100年余を経たが,青少年を取り巻く環境は,宣伝広告,自動販売機などによる喫煙奨励の度合いを強めている。一方青少年のロールモデルとしての日本の成人社会は,たばこに関する健康情報が行政,業界,メディアの力学関係によって,一般の人々に届きにくく,また依存性の所為で喫煙者に受け入れにくい状況が続いている。したがって日本社会の喫煙に対する許容度は,諸外国に比して大きいといえよう。未成年者の喫煙に対する親を含めた社会全般の態度も,無関心,無力感により消極的に流れ,未成年者の喫煙開始年齢は低下し,また未成年者の喫煙が日常化・公然化が広がっている。
文部省は1986年以降,小・中・高等学校と順次「喫煙・飲酒・薬物乱用防止に関する指導の手引き」を作成し,1993年の学習指導要領改訂において,健康教育の一環として「喫煙・飲酒・薬物」をとり入れた。しかしカリキュラムの中に時間的な余裕がなく,また保健担当の教師ですら,これらの専門教育を受けてきていないため,指導者の育成が不十分であり,適切な教材も情報の普及も不足している。
喫煙予防教育はいうまでもなく健康教育の一環であるが,健康教育はその児童・生徒の生きる意欲と気力に大きく関係している。学校の現状は年に一度外部の講師を招いて講演を聴き,その後のフォローが難しい学校も多い一方,喫煙と同時に荒れた学校生活を,教職員と保護者・生徒が協力して立て直す学校も少なくない。健康教育は日常生活に直結した部分が大きく,また精神的な支柱をも必要としている。その意味では,学校の教室で教師と生徒,生徒同士の相互作用を生かし,日常的に喫煙予防教育に利用できるものを求める需要は大きい。
教員が現在行われている公的な現職教育に参加できる機会はごく限られており,民間団体による自主的な研修会の中には,20年来続いているものもあるが2),やはり参加できる人数は全体から見ると僅かである。平成11・12年頃から「健康日本21」地方計画の実施が始まり,衛生局・保健所などが教育委員会・学校と連携して防煙教育のサポートに入っている例も所々に見られる3)。この方面に専門知識を持っている医師・薬剤師が活躍している例も,徐々に生まれている。しかし標準化された教材がほとんどなく,あっても,内容と要求される時間数の多さに,活用できないでいる現状である。
われわれはここに最低1時限の授業の中に,ミニマムな知識と考え方を入れ込み,事前,事後の課題または延長授業によって,さらに展開がのぞめる教材を試作することとした。
今年度の目的は以下の通りである。
喫煙防止教育用CD-ROMの効果の評価:本研究においては,昨年われわれの研究班によって開発された喫煙防止教育用CD-ROMの効果を評価することを目的とした。
「口腔の健康への喫煙の悪影響」の役割についての基礎的検討:口腔はたばこの煙が最初に通過する臓器であり,これまで,口腔の健康への喫煙の悪影響についての科学的根拠が数多く蓄積されてきた。これらの健康影響のうちいずれが未成年者に対する喫煙防止教育に効果的に取り入れうるかを検討した。
小学生向けCD-ROM教材の開発:昨年作成した中学生向けの喫煙防止教育用CD教材に続いて,小学生(中学年と高学年年)を対象とした,教室での授業に役立つCD教材の開発を試みた。
研究方法
喫煙防止教育用CD-ROMの効果の評価:生徒には無記名で,教育の直前と直後の2回の調査を行ない,2回の調査票は同一用紙(表裏)となっている。1回目には,①過去における喫煙防止教育,②たばこに対する関心,③喫煙経験,④家族の喫煙および⑤たばこに対する態度・認識を調査した。2回目には,①教材(CD)の感想および②たばこに対する態度・認識を調査する。喫煙防止教育の評価はたばこに対する態度・認識の変化によって判定し,その変化の程度が①過去における喫煙防止教育,②たばこに対する関心,③喫煙経験および④家族の喫煙によって差があるかも検討した。これらの調査は2002年9月から12月にかけて,全国の中学校の生徒を対象に,授業の前後に無記名の質問紙法でおこなった。有効回答1,366名で,内訳は表1のとおりである。調査の分析にはSPSSを用い,Wilcoxonの順位検定を用いた。
「口腔の健康への喫煙の悪影響」の役割についての基礎的検討:今年は,①総説文献37編に基づく喫煙の口腔への影響と科学的根拠のレビュー,②欧米における教材の事例の収集および③日本における教材の事例の収集を行った。
結果と考察
喫煙防止教育用CD-ROMの効果の評価:その結果,授業前には「とくに知りたいことはない」と回答するものが85%あまりいる。授業後の意識をみると,「大人の吸うタバコの印象」については,すべてのグループで授業後に「よくない」という者が増えているが,それがとくに喫煙経験群に顕著であり,授業前は大人の喫煙にも肯定的であったが,授業後は「たとえ大人でも喫煙はよくない」と意識が変化している。また「未成年の喫煙」に対しても同じような傾向がみられる。「友人からの喫煙の勧め」に関しては,授業前に「少しはできる」から授業後の「絶対できる」に変化した者がわずかではあるが増えている。「友人に対して注意ができるか」という質問に対しても同じような傾向にある。「将来の自分自身の喫煙」に関しては,授業前「わからない」と答えていた者が,授業後に「絶対吸わない」と変化している者が多く見られる。このようにこのCD-ROMを用いた教育では,授業後にタバコに対する種々の認識が望ましい方向に変化し,授業効果が確認された。これが実際の喫煙防止につながるか否かは次の課題である。
「口腔の健康への喫煙の悪影響」の役割についての基礎的検討:こうした科学的根拠に基づく口腔への影響は,多様である。すなわち,口腔がんといった生命に直接関連する疾患のリスクであり,また,歯の喪失,歯周病といったQOLの低下と関連する疾患のリスクであることが実証されている。さらに,喫煙の影響は,歯肉および歯の着色,口臭といった影響,すなわち,目で見えたり,悪臭を感じたりするといった社交に関わる身体影響にまで及んでいる。さらに,最近では,歯周病および乳歯のう蝕と環境たばこ煙との関連性が示されるようになった。
これらのうち,歯肉および歯の着色,口臭といった社交に関わる身体影響は,特に,未成年者にとって身近に感じられる影響であることから,特に,未成年者の心理に影響を及ぼすとの報告がある。また,学童期は乳歯と永久歯の歯の交換期であり,さらに,う蝕の発症が頻発する時期であることから,学童の口腔への関心が高まっており,この時期に,歯の喪失といった口腔の健康への悪影響を示すことの有用性が指摘されている。実際,わが国においては,小・中学校向けの健康教育教材として口腔写真等をもちいて,喫煙の健康影響を啓発するなど,喫煙防止教育への応用事例が認められる。
カナダにおいては,2001年より,画像等を用いてたばこ箱に警告表示を記載することが義務付けられている。この16種類ある警告表示のうち,疾患の画像として口腔および肺がんの2種類の写真が採用されている。米国では,同時期に警告表示が文言でのみ記載されていることに着目し,カナダと米国の高校生を対象として,警告表示の効果についての検証が行われた。その結果,画像により警告表示は,高校生の喫煙防止および禁煙意識の向上に効果があることが判明した。
以上のことから,小・中学生の喫煙防止教育に「口腔の健康への喫煙の悪影響」を用いることの有用性が示唆された。次の段階として,具体的にどのような方法で喫煙の口腔の健康影響を提示できるか,そして,口腔以外の健康への影響の提示方法とどのような形で関連付けができるかを検討し,具体的な表現の提案を行った。
小学生向けCD-ROM教材の開発:昨年作成した中学生向けの喫煙防止教育用CD教材に続いて,小学生(中学年と高学年年)を対象とした,教室での授業に役立つCD教材(小学校用喫煙防止教育用CD-ROM教材「肺はきれいな空気がだいすき」および「タバコって何?」の作成)の開発を試みた。とくに小学生の場合,資料の提示も必要だが,まず体の内部の働きや健康の大切さに関心を持ち,自分で考える姿勢に導くことが重要となる。現場の養護教諭グループの協力を得て,教室での生徒の理解度,参加度,反応を観察し,試行を繰り返しながら,中学年(3・4年生)用と高学年(5・6年生)用の2枚の試作品を完成させた。これらの過程において,中学生用教材の評価結果や,口腔衛生に及ぼす影響の検討結果をも取り入れた。
結論
本年度はこの研究の年目として,①前年度の評価,②口腔衛生の取り込み,および③小学校中学年用および高学年用の開発を行った。結果で述べたように,いずれも順調に進行しており,最終年度である次年度には,①中学生用の手直し,②小学生用の評価と手直しを行う予定である。

公開日・更新日

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