地方保健医療行政機関における健康危機管理の在り方についての実証的研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200201091A
報告書区分
総括
研究課題名
地方保健医療行政機関における健康危機管理の在り方についての実証的研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成14(2002)年度
研究代表者(所属機関)
藤本 眞一(県立広島女子大学生活科学部人間福祉学科)
研究分担者(所属機関)
  • 小窪和博(岐阜県東濃地域保健所)
  • 織田肇(大阪府立公衆衛生研究所)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 健康安全確保総合研究分野 健康科学総合研究
研究開始年度
平成13(2001)年度
研究終了予定年度
平成14(2002)年度
研究費
10,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
健康危機管理に関しては、我が国に限っても、阪神淡路大震災以来、化学物質による無差別殺傷事件、腸管出血性大腸菌感染症の集団発生、集団への毒物混入事件、最近では乳製品への黄色ブドウ球菌混入事件、火山活動による避難、殺意を持って小学校に進入し、教員・生徒を殺傷する事件のPTSD対策やアメリカ合衆国同時多発テロ後の炭疽菌騒動など、厚生行政に分類されるか否かにかかわらず、国民生活に直接影響を与える事件・事故がここ数年多発している。地方保健医療行政機関も、その本来の所管業務にかかわるものだけでなく、所管にとらわれず、あらゆる健康危機に的確に何らかの形で対応していく能力が国民から期待されている。そこで都道府県・指定都市・保健所設置市の本庁や、その出先機関である保健所を主体とした健康危機管理対応の在り方について研究することを本研究の目的とした。
研究方法
今年度は最終年度でのあるので、1.我が国の保健所の組織および事務権限に関して、総合的に考察した。また、健康危機管理に関する権限等を明確に探求するため、2.法理論面から、地域健康危機管理担当行政機構の在り方を、我が国行政の「委任」・「専決」等の制度、専門技術分野の実務行政組織に関して研究した。次に、3.保健所が使用する健康危機管理チェックリスト作成の試みとして、昨年度作成した「保健所で使用するチェックリスト」を見直し、完成させた。また、4.健康危機管理における地方衛生研究所の役割に関する研究として、昨年度の研究をさらに発展させた。
結果と考察
1.我が国の保健所の組織および事務権限に関する一考察:保健所を設置する全国123県市区のうち、112県市区から回答(回収率91。0%)があった。結果は以下に述べるとおりである。都道府県では、47都道府県のうち31府県の保健所が他の出先機関と統合されていた。その組織名称は様々であった。市・区では、 7市1区の保健所しか統合されていなかった。都道府県型の統合組織での統合組織の長は、医師82人、事務吏員150人、技術吏員4人であった。統合組織のあるところの「電話での問い合わせ時の対応」と「対外的な文章を発送するときの名称」は、電話での対応には統合組織名を使用し、文章を発送するときは、特には指定していないのがほとんどであった。県市区別に委任状況を見ると、ほとんどの県市区では保健所長への委任が多く、統合組織のある県市区の環境保全関係以外の条項についての統合組織の長への事務委任は、4県2市でみられ、一部の権限で2県でみられた。専決については、各県市区で異なるが、2県9市8区は全く専決をしていなかった。法規を各条項別に見ると、「権限を首長のまま」にしている権限や「保健所長・統合組織の長委任」にしている権限は、法令の種類により様々であった。これらについて考察する。保健所と福祉事務所の組織統合については、市区ではあまり進んでいなかったが、都道府県では31府県で、組織統合があり、約7割を占めている。これは今後、保健所を単独の組織として考えることにあまり意味がないことを意味する。統合形態としては、「ミニ県庁型」の組織統合が流行するものと予想される。また、統合組織の長から見た保健所長の位置付けから、健康危機発生時に、敏速な対応ができるのか疑問が残る。さらに、「○○保健所」と名乗らない「保健所」もあり、重大な問題があると考える。次に首長事務の委任状況についてであるが、交通遮断のような健康危機管理において社会生活全般に影響を及ぼす、特に重大な権限と考えられるものは、ほとんどの県市区において「
権限が首長のまま」であり、首長が総合的に判断を下すべきである。一方、食品衛生法の営業の許可などの現場で処理した方が実際に迅速機敏に対処できる権限は、出先機関(保健所又は統合組織)で対応すべきであると考える。また、統合組織を作ってしまったならば、各県市区において、出先機関に委任し直すべき権限は、基本的には統合組織の長へ委任し直すべきである。2.我が国行政における「委任」「専決」等の制度と専門技術分野の実務行政組織-地域健康危機管理担当行政機構の在り方を中心として-:現代の行政は、国民主権と法の支配の理念下において展開されている権限と責任の体系である。その実体は、戦前期からの独仏型行政官庁理論の下においては、各行政官庁が上下一体となった権限の枠組みを持ち、天皇の官吏が無定量の義務をもってこれを支える関係にあった。戦後、現行憲法の体制下において、新行政組織制度、新公務員制度の枠組みにより、英米型の行政機関理論の影響が増大し、単位組織を担う各職位、職級の官職の実務権限と責任を明確化する方向が提起されたが、その実務への移入は十分ではなかった。現代の行政は、時代の変化に即応して、第一に総合性と整合性、第二に合理性、効率性と高いレベルの専門技術性、第三に明確な責任性を付与されなければならない。とりわけ、地域公衆衛生行政は優れて現場的な守備範囲と職能を持ち、また、科学技術の進歩が早く、専門技術的に高度なレベルの行政の対応が求められる典型的な分野の一つである。その実務体制整備の必要性は、わが国社会におけるグローバル化、地域社会における広域化、市民のライフスタイルの多様化等により、今日、一層高まっている。従って、その今後に関しては、権限の十分実質的な移譲と人的物的な体制整備及びこれを前提とした適切な権限と責任の体制を確立することが必要である。このところの現場機関における統合機関化の動向については、行政運営における総合化、効率化の一つの傾向としては理解できないではないが、一般に、県レベルのような広域統括機関においては総合的視点に立った指導調整が、また、保健所レベルのような現場責任機関においては機能の専門的な質とその機敏な即応性の発揮が重視される。従って、統合機関化の具体的な実施に関しては、再編後の現場責任機関においても職能の高度な専門技術的レベルを維持し、且つ、即時即応型の権限と責任の体制を引き続き明確にすることが不可欠の前提条件とされるべきである。3.保健所が使用する健康危機管理チェックリスト作成の試み: 今年度は、昨年度試作したチェックリストを、多くの保健所長に内容を精査してもらった。その結果、様々な問題点が指摘された。それらの指摘に基づき、昨年度のチェックリストを修正し、改良を重ね、完成版を作成した。4.健康危機管理における地方衛生研究所の役割に関する研究:(1)検査マニュアルの検討・整備:今年度は、新たにボツリヌス菌の検出法、アンモニアおよび準揮発性有機化合物類(SVOCs:殺虫・防虫剤、殺菌・抗菌剤、可塑剤、難燃剤等)の分析法、生体資料中の有害物質については、尿中砒素、血中シアン、尿中水銀、血中有機溶剤(トルエン、キシレン、トリクロロエチレン、ジクロロメタン)、および、有機溶剤の尿中代謝物、赤血球中のコリンエステラーゼ活性等の測定法について検討した。(2)健康被害危機事例に対応した疫学調査マニュアルの作成:感染症や食中毒、有害物質汚染など多くの分野で、疫学は重要な位置を占める。また、潜在している集団発生の早期発見には、広域的なサーベイランスの継続が重要な役割を果たす。今年度は、先行研究を踏まえ、わが国における事例発生を想定して、ケースコントロールスタディの実証が可能となるような疫学調査マニュアルの作成とリスク要因に関する質問票の作成を試みた。(3)健康被害などに関する「相談・問合せデータベース・システム」の構築:健康被害に関連して、住民・事業所・行政機関などの相談・問合せが地方衛生研究所に持ち込まれる。それらの事例を記録・収集・データベース化し、イントラネット上で稼働する相談・
問合せデータベース・システムの構築を試みた。
結論
主任研究者の他、ふたりの分担研究者及び研究協力者により、様々な分野で、健康危機管理に関する知見が集積された。健康危機管理の拠点である保健所の位置付けと権限のあり方等について一定の情報を集積し、行政における組織のあり方、権限付与のあり方について詳細に考察した。また、実務レベルでは、ボツリヌス菌の検出法、アンモニアおよび準揮発性有機化合物類(SVOCs:殺虫・防虫剤、殺菌・抗菌剤、可塑剤、難燃剤等)の分析法、尿中砒素、血中シアン、尿中水銀、血中有機溶剤等の検査マニュアルを作成し、あるいは保健所で使用すべき健康危機管理チェックリストや健康被害危機事例に対応した疫学調査マニュアルを完成させた。また、イントラネット上で稼働する相談・問合せデータベース・システムを構築した。これらの研究を総合的に活用することにより、保健所や地方衛生研究所、あるいは地方自治体本庁等、地方保健医療行政機関における健康危機に対応するために有用な情報提供ができた。健康危機管理の基本は、「備えあれば憂いなし」が基本であり、当該研究成果が、住民のために積極的に活用されることを期待したい。

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