ダイオキシン類標的組織における障害性発現機構の解析(総合研究報告書)

文献情報

文献番号
200200960A
報告書区分
総括
研究課題名
ダイオキシン類標的組織における障害性発現機構の解析(総合研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成14(2002)年度
研究代表者(所属機関)
山田 英之(九州大学大学院 薬学研究院)
研究分担者(所属機関)
  • 手塚雅勝(日本大学 薬学部)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 健康安全確保総合研究分野 食品・化学物質安全総合研究
研究開始年度
-
研究終了予定年度
-
研究費
5,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
ダイオキシン類は、現在、地球規模で注目されている環境汚染物質であり、ヒトを含む生体への影響が懸念されているのは周知の事実である。これまでに実験動物を用いた研究から、ダイオキシン類は体重増加抑制、催奇形性、生殖毒性、肝臓障害および免疫機能低下など多岐に亘る毒性を発揮することが知られている。しかし、そのヒトへの有害性の根拠と程度は意外にもよく理解されていない。ダイオキシン類の毒性発現機構については、これまでに詳細な研究がなされており、その大部分は、細胞の可溶性画分に存在する Aryl hydrocarbon receptor (AhR) の関与が示されている。AhR は受容体型転写制御因子の一つであり、種々の機能性タンパク質の発現を制御しており、ダイオキシン類の毒性は AhR との相互作用を介してタンパク質発現の変動を惹起することによると考えられている。しかし、どのタンパク質の発現変動が毒性に直接関連するかは未だよく理解されていない。従って、ダイオキシン類の毒性発現機構はまだ未解明な点が多く、このような状況から有効な健康障害防止法の構築にも至っていない。このように、ダイオキシン類の毒性発現機構については、その解明に向け今後も多くの研究が必要であり、基礎的な研究成果を基盤として、理論的なダイオキシン類の有害性の定量的把握と効果的な対応の構築が必要であると考えられる。
我々の研究室では、これまでに、ダイオキシン類の毒性発現機構の解明と有効な健康障害防止法の開発に向け、機能性タンパク質の発現量の変化に注目し検討を行ってきた。その結果、ストレス応答性タンパク質である heat shock protein (HSP) 70 が、ダイオキシン類によって誘導され、さらに、ダイオキシン類に対して感受性の高い組織では HSP70 の増加が少ないかもしくは生じないことを明らかにしている。HSP70 等のストレス応答性タンパク質は、生体にとって防御タンパク質の 1 つと考えられており、事実、種々のストレスによって誘発されるアポトーシスに対して防御効果をもつこと等が報告されている。そこで我々は、ダイオキシン類の毒性と HSP70 の発現に注目し、HSP70 誘導剤である geranylgeranylacetone (GGA) を用いて検討を行った。その結果、GGA が、ダイオキシン類の中で最強の毒性をもつと考えられている 2,3,7,8-tetrachlorodibenzo-p-dioxin (TCDD) による体重増加抑制や致死性を軽減することを明らかにした。本研究ではこのような知見を更に発展させ、TCDD の毒性に対する GGA の軽減効果について、次世代への影響も含め検討を行った。また、その毒性軽減機構について明らかにするため、HSP70 の発現状況についても検討を行った。
ダイオキシン類の毒性の中に、発がんプロモーター作用が知られており、その機構にも AhR の関与が明らかとなっている。AhR はほ乳動物の肺に高い発現を示すが、これと関連して、TCDD の長期投与は肺の扁平上皮がん発生を引き起こすことが報告されている。そこで本研究では、ダイオキシン類の肺がんプロモーター作用の機構について、AhR を過剰発現させた肺由来細胞を用いて検討した。
研究方法
1)GGA による TCDD 毒性の軽減とその機構解明:C57BL/6J 雄性マウスに GGA (200 mg/kg、経口投与)を投与したのち、TCDD を 100 μg/kg の用量で経口投与した。TCDD 投与後、上記と同量の GGA を 30 日間経口投与し、毒性の指標として体重変化を観察した。最終投与翌日に臓器を摘出し実験に供した。次に、TCDD の生殖毒性に対して GGA が軽減効果を有するか否かを検討するため、妊娠 C57BL/6J マウスに GGA (200 mg/kg、経口投与)を投与し、次いでTCDD を 20 μg/kg の用量で経口投与した。そののち、妊娠 17 日目まで同量の GGA を経口投与し、妊娠 18 日目に胎仔を摘出し口蓋と腎臓の組織像を調べた。さらに、GGA の TCDD による毒性軽減の機構について検討するため、GGA および TCDD を処理したマウスの各臓器におけるHSP70 の発現量を検討した。
2)ダイオキシン類およびダイオキシン受容体による細胞増殖促進作用:AhR 過剰発現細胞を構築するため、AhR cDNA を発現ベクターにセンス方向で挿入し、リポソーム法にてヒト肺がん A549 細胞にトランスフェクションした。細胞のクローニングについてはネオマイシン耐性を指標に行い、10% 牛胎児血清培地中にて培養を行った。AhR の細胞増殖に対する影響については、DNA アレイ法を用いて解析した。
結果と考察
1)GGA による TCDD 毒性の軽減とその機構解明:C57BL/6J 雄性マウスに GGA および TCDD を投与した結果、GGA は、TCDD による体重増加抑制および致死性を軽減することが明らかとなった。また、GGA 投与 30 日目における検討から、GGA はTCDD による肝肥大や胸腺の萎縮および AhR 依存的な酵素誘導については影響を与えないことも明らかとなった。次に、TCDD の生殖毒性に対する GGA の効果を検討した結果、GGA は口蓋裂に対しては軽減効果を示さなかったが、水腎症の原因と考えられる腎盂の拡張については、その発症頻度および重篤度に対して軽減効果を示すことが明らかとなった。 次に、各臓器の可溶性画分におけるHSP70 の発現量を検討した。その結果、GGA を併用した場合、 TCDD 単独処理と比べて肝 HSP70 のタンパク質および mRNAの発現量が増加する傾向が観察された。その他の臓器については、小腸において、HSP70 のタンパクレベルでの増加が確認されたのみであった。
2)ダイオキシン類およびダイオキシン受容体による細胞増殖促進作用:AhR 過剰発現細胞を用いた検討の結果、AhR の発現量に比例して細胞増殖速度が増加することが明らかとなった。また、細胞を M 期同調し、その後の S 期への移行を検討したところ、AhR 過剰発現株は、コントロール細胞よりも S 期へ移行し易いことも確認された。次に、DNA アレイ法を行ない発現に差異のある遺伝子の解析を行った結果、AhR の活性化が、細胞周期制御に関連した転写因子である E2F の標的遺伝子群の発現を増加させることが明らかとなった。この E2F 依存的転写活性についてさらに検討するため、リポータージーンアッセイを行った結果、AhR の活性化が E2F 依存的転写活性を増加させることが示された。
結論
本研究の結果、GGA はダイオキシン類による体重増加抑制や致死性、さらに暴露した胎仔に見られる水腎症の原因と考えられる腎盂の拡張を軽減することが明らかとなった。また、その毒性軽減機構については、GGA 併用時の肝臓および小腸において TCDD 単独投与時に比べHSP70 の発現量に増加傾向が認められたことから、HSP70 が関与している可能性が示唆された。このことから、当初の予想通り、TCDD 毒性が HSP70 によりある程度消去されることが支持された。
また、AhR 過剰発現細胞は、コントロール細胞に比べ細胞増殖速度が増加し、さらに、細胞周期制御に関連する転写因子である E2F を活性化することが示された。以上の結果から、ダイオキシン類による発がんプロモーター作用には、AhR が、E2F とのクロストークを介して細胞増殖に関与する機構が示唆された。

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