室内汚染微量化学物質の生体モニタリングと健康影響との関連に関する研究

文献情報

文献番号
200200951A
報告書区分
総括
研究課題名
室内汚染微量化学物質の生体モニタリングと健康影響との関連に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成14(2002)年度
研究代表者(所属機関)
内山 巌雄(京都大学大学院)
研究分担者(所属機関)
  • 嵐谷奎一(産業医科大学)
  • 川本俊弘(産業医科大学)
  • 村山留美子(京都大学大学院)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 健康安全確保総合研究分野 食品・化学物質安全総合研究
研究開始年度
平成14(2002)年度
研究終了予定年度
平成16(2004)年度
研究費
24,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
今日、わが国の住環境は従来の開放型家屋から、欧米型の閉鎖型に移行し、また各種新建材の利用、調理・暖房用の各種燃料器具の使用、家具、家庭用品及び有機溶剤などを含む床研磨剤やその他の住宅用合成洗剤の利用があり、開放型家屋時代に比べ微量化学物質による室内汚染が増大してきており、室内環境汚染と人の健康影響について関心が高まってきた。しかし、環境中に微量に存在するこれらの化学物質の健康影響評価を行い、有効な対策を立てるためには室内環境中の濃度測定にとどまらず、生体中の当該微量化学物質濃度を測定し、それを応用した疫学調査が急務であると考えられる。
本研究は我々が開発した手法により、ベンゼン、トルエン、ホルムアルデヒド等の生体試料中(尿中、赤血球付加体)の濃度と室内環境中濃度を測定して、より精確な暴露アセスメントを行うと共に、対象者の症状と体内濃度との関連を検討する。また、分担研究者が開発したAldh2ノックアウトマウスを用いてアセトアルデヒドを例とした化学物質に対する感受性の違いや有害性の検討を行い、いわゆる個体差を科学的に解明する。
研究方法
1. 屋内の化学物質の発生源の一例として初年度はドライクリーニング剤の成分、ドライクリーニング済み衣類含有成分及びドライクリーニング作業場の化学物質濃度を測定した。ドライクリーニング剤として最も良く使用されている石油系溶剤をジクロロメタンで希釈し、GC/MSを用いてVOCsの定性・定量した。次にドライクリーニング済み衣類を大型のデシケータ中に24時間放置し、揮散したVOCsを活性炭チューブに捕集、CS2で脱着後、GC/MSで測定した。またドライクリーニング作業場のVOCs、NO2、アルデヒド類をそれぞれパッシブ法にて24時間放置捕集し、それぞれ化学分析を行った。
2. 夏期と冬期、一般家庭を対象にして典型的な室内汚染物質について調査した。すなわち、VOCs、NO2、及びアルデヒド類をそれぞれに対応するパッシブサンプラーを室内(台所、居間、寝室、屋外)に設置し、24時間放置後、それぞれの化学物質を化学計測した。また同時に個人曝露濃度を求めるため、ボランティアに同様のパッシブサンプラーを装着し、計測した。
3. HCHOの生体内濃度を推定するため、5,5-ジメチル-1,3-シクロヘキサンジオン(デメドン)を用いる方法について検討し、HCHOに高濃度に曝露する解剖実習を行っている医学部学生の血液中濃度測定を試みた。
4.尿中ベンゼン、トルエン、キシレン、パラジクロロベンゼン等の分析は、ダイナミックヘッドスペース-キャピラリーGC/MS法にて行った。ヘッドスペース導入装置にはパージ&トラップシステム(VOC-100、DKKエンジニアリング製)を用い、パージガスにはHeを用いた。ガスクロマトグラフ質量分析計にはGCMS-QP2010(島津製作所製)、カラムにはキャピラリーカラム(Ultra Alloy UA-502)を用いた。装置及び手法の改良によって、ベンゼンの定量下限値は50ng/Lから24.3ng/lとなり、一般環境中のベンゼンを吸入している住民の尿中のベンゼン濃度が測定可能になった。
5.東京都の調査と協力し、東京都下3地区の新築マンションに入居した家族のうち、協力の得られた18世帯の成人から1日2~3回の尿の提供を受けた。同時にVOCのパッシブサンプラーをつけてもらい、VOCの個人曝露量を推定し、屋内濃度、個人曝露濃度、尿中濃度の関連を検討した。
6.Aldh2 -/-マウスのAldh2酵素欠損を確認するためウエスタン・ブロット法および酵素活性測定を実施した。また、Aldh2 -/-マウスとAldh2 +/+マウスを以下の検査で比較した。(1) 血液生化学検査  (2)各臓器のHE組織染色検査、CYPs等(Aldh1, Aldh2, Cyp1a1, Cyp2e1, Cyp4b1)の免疫組織化学検査 (3) ウエスタン・ブロット法による肝のCyp蛋白量発現量(Cyp2e1, Cyp2b1)の検査
7.Aldh2 -/-マウスにおけるアセトアルデヒド動態を検討した。すなわち生体内アセトアルデヒド測定法を確立した後、エタノール投与し、中間代謝物であるアセトアルデヒド体内濃度を測定し、Aldh2 -/-マウスおよびAldh2 +/+マウスを比較した。
8.アセトアルデヒド腹腔内投与によるLD50量を求めた。株式会社パナファーム・ラボラトリーズ 安全性研究所(熊本県宇土市)に委託しLD50検査を実施した。アセトアルデヒドの調製および使用前後の濃度確認は、分担研究者自身が産業医科大学にて実施した。
結果と考察
1.典型的な家庭内の化学物質の放出量の推定と季節変動の検討(分担研究 嵐谷)
初年度はドライクリーニング剤の成分分析及びドライクリーニング済み衣類含有成分、及びドライクリーニング作業場の化学物質の種類及び発生量を計測した。ドライクリーニング済み衣料からは石油系クリーニング剤に含まれるノナン、デカン、ウンデカンの放出を認めた。次に夏期と冬期に一般家庭を対象にして、代表的化学物質(VOCs、NO2、HCHO)濃度を計測した結果ベンゼンを含む約20種類のVOCsを検出した。オクタン、ノナン、p-ジクロロベンゼンが比較的高値で、ベンゼンは室内に比べ屋外が高値であった。また、VOCs、NO2濃度は暖房を用いる冬期が夏期に比べ高値であった。また個人曝露量では、暖房器具を用いる事により、これらの物質は高値を示した。さらにホルムアルデヒドの生体内濃度を求めるため、デメドンを用いるHCHO-Hb付加体量を求める方法を確立した。
2. 新築マンション入居者の尿中VOC濃度の測定(分担研究 内山、村山)
東京都郊外3地区の新築マンション3棟の住民のうち本人の承諾を得て、測定希望のあった18世帯の10~60歳代の34名(男性12名、女性22名)を対象とし、VOCの個人曝露量及び尿中濃度を測定した。尿中ベンゼン濃度は喫煙者が非喫煙者に比して有意に高値を示し、喫煙がベンゼン曝露に対して大きな要因になる可能性があるものと思われた。p-ジクロロベンゼンについては、3世帯が室内環境指針値を超えており、そこに住む人の個人曝露量も同様に高い値を示した。尿中のp-ジクロロベンゼン濃度は個人曝露濃度と良く相関し、室内環境指針値を超える部屋で生活している人は有意に高い値を示した。その他のトルエン、キシレン等については、調査したマンションがこれらの物質の使用を制限していたこと、24時間換気システムがついていた事などから特に高い値は示さなかった。これらの結果から、尿中のVOCの濃度と室内濃度、個人曝露量、症状を比較することにより、シックハウス症候群や化学物質過敏症の診断やメカニズムの解明に役立つことが示唆された。
3. Aldh2ノックアウトマウスを用いた個体差の解明(分担研究 川本)
Aldh2ノックアウトマウス(以後Aldh2 -/-マウスと記述)は、Aldh2蛋白の発現を認めず、コントロールマウス(C57BL/6Ncrj、以後Aldh2 +/+マウスと記述)と比べ肝臓でのチトクロムP450 2b1 (Cyp2b1)、およびCyp2e1蛋白発現量が多い。血液生化学検査値に有意な差は認めなかった。また、全身臓器における組織学的・免疫組織化学的検討で差は認めなかった。Aldh2 -/-マウスはAldh2 +/+と比べ、自由摂取ではエタノール摂取量が有意に少なく、エタノール強制投与では血中アセトアルデヒド濃度が有意に高値となった。さらにアセトアルデヒド腹腔内投与で、Aldh2 -/-マウスのLD50は雄567mg/kg、雌587mg/kg、Aldh2 +/+マウスのLD50は雄602mg/kg、雌598mg/kgであった。Aldh2 -/-マウスはAldh2 +/+マウスに比べ、アセトアルデヒド感受性が高いことがわかった。
マウスにおいてAldh2酵素の欠損によりCyp2e1および Cyp2b1蛋白発現量が変化していた。ヒトにおけるALDH2多型は、ALDH2の基質となる環境化学物質に対する感受性相違の原因となるのみならず、ALDH2不活性がCYP2E1の発現量に変化を与え、CYP2E1の基質となる環境化学物質に対する感受性に2次的に影響を与える可能性がある。今後の検討が必要だと考える。
結論
これまでの施策がある程度有効に機能しているが、建材のみでなく住まい方によるその他の化学物質汚染や、戸建て住宅では注意が必要である。また微量化学物質の体内濃度、室内濃度、個人曝露量と症状を検討することにより、シックハウス症候群等の診断、メカニズムの解明に役立つことが示唆された。またldh2ノックアウトマウスを用いた個体差の解明も期待される。

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