フタル酸/アジピン酸エステル類の生殖器障害に関する調査研究―発達期ないし有病時暴露による影響評価―(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200200947A
報告書区分
総括
研究課題名
フタル酸/アジピン酸エステル類の生殖器障害に関する調査研究―発達期ないし有病時暴露による影響評価―(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成14(2002)年度
研究代表者(所属機関)
渋谷 淳(国立医薬品食品衛生研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 渋谷淳(国立医薬品食品衛生研究所)
  • 西原真杉(東京大学大学院農学生命科学研究科)
  • 福島 昭治(大阪市立大学大学院医学研究科)
  • 白井 智之(名古屋市立大学大学院医学研究科)
  • 九郎丸正道(東京大学大学院農学生命科学研究科)
  • 江崎 治(国立健康・栄養研究所)
  • 長谷川隆一(国立医薬品食品衛生研究所)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 健康安全確保総合研究分野 食品・化学物質安全総合研究
研究開始年度
平成14(2002)年度
研究終了予定年度
平成16(2004)年度
研究費
28,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
フタル酸/アジピン酸エステルは食料品の包装材及び医療用具等のプラスチック製品の可塑剤として広く利用され、特にフタル酸ジエチルヘキシル(DEHP)の使用量が多い。ヒトへの曝露として弁当類の製造過程での手袋からの溶出によるDEHPの高濃度曝露が近年問題となり、乳幼児では玩具の長時間に及ぶmouthing行動によるフタル酸ジイソノニルの口腔内溶出が懸念されている。これらの化合物の毒性として現在問題になっているのは精巣毒性と生殖・発生毒性であり、その活性本体は代謝産物であるモノエステル体であると考えられている。その毒性発現の機序に関しては分子的な証明は乏しく、精巣毒性の感受性には種差の存在する可能性が指摘されている。また、精巣毒性に関しては幼弱な時期で感受性が高く、ヒト新生児ではグルクロン酸抱合による解毒が未発達であることから、これらの解毒・排泄機構が成人のそれと異なる可能性がある。よって、脳の性分化の臨界期に曝露された場合、未熟な精巣からのテストステロン・サージの阻害による脳の性分化障害が生じ、性成熟後での性行動障害が懸念される。更に、肝臓や腎臓の基礎疾患がある場合、これらの化合物の体内動態に影響を与える可能性が高く、モノエステル体による影響の増強する可能性がある。本研究では、これらのヒトへの影響評価上問題となる不確実性要因の解明を目的として、精巣と発達期毒性に焦点を絞り、周産期や基礎疾患存在下での曝露影響に関するin vivo評価、精巣毒性についての感受性種差と分子メカニズムの解析、及びこれらについての文献調査を行う。
研究方法
In vivo評価研究においては14年度はフタル酸ジブチル(DBP)について解析を進め、種差やメカニズムに関する研究については毒性作用の最も強いDEHPの活性本体であるモノエステル(MEHP)を用いた。周産期曝露影響評価では、妊娠ラットを用いDBPを20、200、2000、10000 ppmの4用量で妊娠15日目から生後21日目まで混餌投与し、各種in life parameterの検索を行い、投与終了時と11及び20週目に児動物を解剖し、内分泌関連臓器を採取し重量を測定した。また脳の性分化影響については、まず脳の性分化臨界時期における視床下部内側視索前野での性分化障害の指標遺伝子群の探索を目的に、メタカーン固定・パラフィン包埋切片からのマイクロダイセクション法を利用した解析法の開発に着手し、回収した微量のtotal RNAの増幅効率とマイクロアレイ解析での発現忠実性の検討を行った。それとは別にDBP曝露を受けた生後3日の児動物で、視床下部における性分化関連遺伝子(granulinとp130)の発現を解析した。基礎疾患による修飾作用については、薬物により肝ないし腎障害を負荷したラットを用い、被検物質による精巣障害への修飾作用を検討した。肝障害の誘発にはチオアセトアミドを選択して4週間腹腔内投与し、DBPを500、125、31.25 mg/kgの用量で同時期に連日経口投与を行った。腎障害に関しては葉酸を5週間皮下投与した後、DBPを1200、5000、20000 ppmの用量で4週間混餌投与した。感受性種差に関する研究では、14年度はラット種を対象として解析を進め、 in vivoでは若齢ラットにMEHPを5日間連続経口投与して精巣の形態変化を観察した。In vitroでは分離したセルトリ細胞にMEHPを1x10-6から100μM
の濃度範囲で添加し、24時間後に光顕観察した。分子メカニズム研究では、ライディッヒ細胞のコレステロール代謝に対するMEHPの作用を検討するために、マウス由来のMA-10細胞での脂質滴の蓄積をNile blue染色で確認し、同時に細胞中のコレステロール値を測定した。文献調査として、発育期曝露による生殖系への影響並びに種差あるいは曝露時期による感受性に関して、文献の収集・解析を行った。倫理面への配慮として、投与実験は経口投与が主体であり、その屠殺はエーテルないしネンブタール深麻酔下で大動脈からの脱血により行ったため、動物に与える苦痛は最小限にとどめた。また、動物飼育、管理に当たっては、各研究所、大学の利用規程に従った。
結果と考察
DBPの周産期曝露の結果として、投与終了時にDBPによる精巣毒性を反映した精巣重量の低下を認めた。これら雄性児動物で肛門・生殖突起間距離の短縮、乳頭・乳輪の出現等の変化を認め、精巣障害によるテストステロン・サージ阻害がその原因として考えられた。雌では春期発動の遅延、下垂体重量の低値、性周期異常等、今まで報告のない生殖機能影響が検出された。以上については、病理組織検索結果を待って総合的に評価する。メタカーン固定・パラフィン包埋組織を用いた網羅的遺伝子発現解析法の確立を図ったところ、回収したtotal RNA 50 ngについて2回のin vitro転写によりmRNAを50万倍に増幅すること、増幅RNAのマイクロアレイ解析では比較的忠実性の高い発現データの得られることが判明し、今後脳の神経核での性分化障害に関する発現クラスターの同定を進める。DBP曝露児動物での視床下部におけるgranulinやp130遺伝子は、全ての用量で雌雄ともに発現低下を示して脳の性分化影響が示唆されたが、用量反応性に問題を残した。基礎疾患による修飾作用の検討では、肝及び腎障害モデルともにDBPの最高用量群で臓器障害による精巣毒性の増強が明らかとなり、肝障害ないし腎機能低下によるモノエステル体の血中濃度の上昇が原因の一つと考えられ、そのメカニズム試験を予定している。感受性種差に関する研究では、ラット種を用いた場合、in vivoではMEHPの1000 mg/kg/day群で精細胞の強い変性・脱落が確認され、今後精巣への最小毒性濃度を決定すると同時に、他の動物種でも検討を進める。また培養セルトリ細胞にMEHPを添加した結果、濃度依存性に変性細胞の増加が確認され、ラットでのセルトリ細胞傷害濃度が求められた。MA-10細胞を用いた分子メカニズム研究では、細胞内コレステロール量は、hCG刺激がある場合に10-8~10-5MのMEHP濃度で増加傾向を示したが、hCGがない場合には10-6M及び10-5Mで明らかに増加した。これをhCG刺激の有無で比較すると10-6M及び10-5Mの濃度でhCG刺激によりコレステロール量が減少し、MEHPのコレステロールあるいはステロイド合成経路での作用が示唆された。今後マイクロアレイ等を用いた責任遺伝子の解析を進める。文献調査研究において、フタル酸エステルの生殖系への毒性発現として、周産期曝露影響は抗アンドロジェン作用、卵巣影響はエストラジオール合成抑制作用、若齢動物での精巣影響はセルトリ細胞の機能障害によることの確認データが得られた。前二者はPPARαを介したげっ歯類特異的な作用と判断される。精巣影響に関してはPPARγとの説があるが、その証明はされていない。一方、霊長類に対しては離乳後の長期曝露によっても精巣毒性は発現しないが、霊長類のセルトリ細胞に対する直接作用に関する検討が望まれる。発達期神経毒性に関しては今後の研究の進展が待たれる。アジピン酸エステルについては軽微な生殖毒性は認められるものの、フタル酸エステルに比べるとかなり弱い。
結論
In vivo評価研究のうち周産期曝露影響評価として、今年度はDBPを検討した結果、雄性児動物では精巣障害によるテストステロン・サージ阻害に起因した変化を検出すると共に、今まで報告のない雌での生殖機能に対する影響を示唆する結果が得られた。またメタカーン固定によりパラフィン切片中の微量のRNA分子を高い忠実性をもって増幅することに世界で初めて成功し、視床下部視索前野
での性分化指標遺伝子の探索に道が開かれた。一方、DBP曝露例の視床下部での性分化関連遺伝子の発現変化から脳の性分化影響が示唆されたが、用量反応性を認めず今後の課題となった。基礎疾患による修飾作用をDBPで検討した結果、肝障害下ないし腎機能抑制状態においてDBP精巣毒性の著明な増強が証明された。感受性種差の解明に関する研究ではラット種を検索し、MEHPによるセルトリ細胞影響濃度と経口投与での精巣影響用量を求めた。メカニズム研究ではMEHPによるライディッヒ細胞のステロイドホルモン合成経路への影響が示唆された。文献調査研究では、フタル酸エステルについてはDEHP及びDBPの研究が主で、周産期曝露影響、若齢げっ歯類の精巣毒性、霊長類での精巣毒性感受性等に関する確認データが得られた。アジピン酸エステルに関しては軽微な生殖毒性が報告されているのみである。

公開日・更新日

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