エストロゲンによる周生期脳インプリンティングを中心とした、個体レベルでの核内受容体シグナル検出系の確立(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200200787A
報告書区分
総括
研究課題名
エストロゲンによる周生期脳インプリンティングを中心とした、個体レベルでの核内受容体シグナル検出系の確立(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成14(2002)年度
研究代表者(所属機関)
石塚 真由美(北海道大学)
研究分担者(所属機関)
  • 藤田正一(北海道大学)
  • 数坂昭夫(北海道大学)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 萌芽的先端医療技術推進研究(トキシコゲノミクス分野)
研究開始年度
平成14(2002)年度
研究終了予定年度
平成16(2004)年度
研究費
4,200,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
生体は農医薬品、環境汚染物質の多くに対して、特に周生期に高い感受性を持っており、この時期の外来化学物質への曝露は不可逆的な毒性影響を引き起こすことが懸念されている。中でも内分泌撹乱化学物質としてエストロゲン作用を持つ化学物質への曝露は、周生期ステロイドホルモンによる脳インプリンティングを阻害し、正常な性分化を撹乱することが報告されている。周生期における脳インプリンティングには、アロマターゼによるテストステロン→エストラジオールの変換が不可欠である。しかし、この時期に生成された脳エストロゲンの標的因子は不明な点が多い。また、多くの医薬品・環境化学物質に関して、神経培養細胞を用いた曝露実験では、神経細胞に対する毒性影響は検出することができるが、周生期における脳インプリンティングへの影響や、シトクロムP450(CYP)などの薬物代謝酵素による生体内代謝、ホルモン受容体の発現や活性化機構の臓器別の違いを考慮した、in vivoでの環境化学物質の毒性を検出することはできない。そこで、本研究では、エストロゲン結合サイト下流にレポーター遺伝子を結合し、ゲノムに導入することで、エストロゲンによる転写活性化を個体レベルで検出することができるトランスジェニック動物を作成し、エストロゲンの周生期における生理的機能解明と共に、in vivoで医薬品・環境化学物質の毒性影響を検出する系を確立することを目的とした。また、環境化学物質の標的遺伝子群のスクリーニングや行動解析を行い、環境化学物質が周生期脳に与える影響を明らかにする。
研究方法
エストロゲン受容体結合サイトにレポーター遺伝子lacZを連結したコンストラクトを導入したトランスジェニック動物を作成する。また、実験動物を用いて、周生期の環境化学物質曝露を行い、発現が変動する遺伝子のスクリーニングや行動解析の経時的変化から、環境化学物質曝露が脳の発達に及ぼす影響を調べる。妊娠6日目からビスフェノールA(5mg/L)濃度で飲料水に混ぜ、ラットに毎日経口投与した。生後1日目でラット新生仔の匹数を調整し、生後7日目から、自発運動量および探索行動量の測定をSCANETを用いて定期的に行った。変動遺伝子のスクリーニングは、妊娠ラットを250ug/kg濃度でビスフェノールAに曝露し、生後7日齢のラット脳RNAをcDNAマイクロアレイ法によって解析した。
結果と考察
レポーター遺伝子としてルシフェラーゼおよびLacZ遺伝子を組み込んだベクターを作成し、トランスジェニック動物の作成に最適なERE(estrogen response element)配列の連結数や、EREの種類などを検討する。ERE配列については、プロゲステロン受容体やビテロジェニン上流域のエンハンサー領域に位置するEREを中心に、in vivoでレポーターアッセイを行う際にどの配列が最も適しているのかについて検討を行った。エストロゲン受容体結合配列をプロモーター・エンハンサー領域にもつ遺伝子は、プロゲステロン受容体やビテロジェニンが報告されている。しかし、ヒト・プロゲステロン受容体上流域EREは、エストロゲンだけではなく、他ホルモンによっても転写活性が上昇することが分かった。一方、ビテロジェニンEREを1×、2×、3×、4×、5×配列連結させたところ、MCF7を用いたレポーターアッセイにおいて、3×EREで最も高い転写活性を示した。現在、3×ERE-laxZにTKプロモーターを連結させたカセットを用いて200個の前核期卵に導入し、トランスジェニック動物を作成している。また、胎生仔期や新生期仔は、神経細胞が分化し、神経ネットワークを形
成する重要な時期である。したがって、この時期の内分泌撹乱化学物質への曝露は、ステロイドホルモンによる脳インプリンティングを阻害し、正常な性分化や性成熟後の性行動を撹乱することが懸念される。そこで、本研究では、胎生仔期・新生仔期のラットに低濃度の内分泌撹乱化学物質ビスフェノールAに曝露し、脳の発達や行動に対する影響を調べた。ビスフェノールA曝露群では、オス・メスともにeyelid-openingの早期化が観察された。また、生後7日目の視床下部重量について、ビスフェノールA曝露群とコントロール群との間に差は見られなかったが、小脳重量はオスで有意に減少していた。SCANETを用いた運動量の測定から、胎仔期・新生仔期のビスフェノールA低濃度曝露によって、新生仔期のオスラットでは自発運動量が増加することが分かった。しかし、メスでは自発運動量に変化がなかったため、ビスフェノールA曝露によって、この時
期の運動量の性差が消失することが明らかとなった。また、性成熟期の49日齢では、オスラットの自発運動量及び探索行動が減少することが明らかとなった。この減少は、その後、agingにともなって消失することも明らかとなった。メスでは、ビスフェノールAによる自発運動量及び探索行動の変化は観察されなかった。ビスフェノールA曝露によって新生児期に小脳重量の増加に変化が見られたため、新生仔から脳(小脳)を採取し、RNA抽出を行って、コントロール群とビスフェノールA曝露群の脳(各4匹分をpool)において発現量に差のあるmRNAをマイクロアレイ方で解析した。ビスフェノールA を曝露した生後7日目の新生オスラットの小脳において、発現量が減少する遺伝子は、約50種、発現レベルが上昇する遺伝子は約120種が同定された。今回の解析では、ビスフェノールA 曝露によって、小脳に発現するG蛋白質α及びβサブユニットの発現量が増加していた。αはGi(inhibiting)に比べ、Gs(stimulating)蛋白の発現量が顕著に増加していた。また、神経伝達物質受容体の中で、ドパミンD2、D4受容体、ニコチン性やムスカリン性アセチルコリン受容体の発現量も増加することが示された。ビスフェノールA曝露のオスラット小脳では、カルモジュリン発現量は顕著に減少していた。ラットグリア由来細胞やPC12細胞において、カルモジュリン機能の抑制が、アポトーシスを誘発することも報告されている。従って、ビスフェノールA曝露で周生期の神経細胞の正常な分化・発育に影響がある可能性が考えられた。一方、ビスフェノールA曝露によって、生後7日目の小脳では、アポトーシスを誘発するbaxなどの遺伝子発現が増加していた。初代小脳培養細胞(グリア細胞)では、ビスフェノールAの曝露によって細胞増殖が抑制されることが示された。従って、この時期の環境化学物質への曝露は、正常な脳神経の発達に影響を与える可能性が明らかとなった。
結論
今年度の結果から、周生期におけるビスフェノールA曝露は、低濃度でも、小脳発達や成熟後の行動に影響を及ぼすことが分かった。また、今年度で得られたコンストラクトを用いてトランスジェニック動物を作成している。これを用いて、予定通り、エストロゲンの周生期における生理的機能解明と共に、in vivoで医薬品・環境化学物質の毒性影響を検出する系を確立することができる。

公開日・更新日

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