プライマリーヒト肝・腎細胞を用いた薬剤曝露、遺伝子発現に関する研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200200783A
報告書区分
総括
研究課題名
プライマリーヒト肝・腎細胞を用いた薬剤曝露、遺伝子発現に関する研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成14(2002)年度
研究代表者(所属機関)
宮田 直樹(名古屋市立大学大学院薬学研究科)
研究分担者(所属機関)
  • 奥田晴宏(国立医薬品食品衛生研究所)
  • 鈴木孝昌(国立医薬品食品衛生研究所)
  • 須藤哲司(第一化学薬品株式会社)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 萌芽的先端医療技術推進研究(トキシコゲノミクス分野)
研究開始年度
平成14(2002)年度
研究終了予定年度
平成16(2004)年度
研究費
70,920,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
薬物代謝酵素等の活性が維持されているプライマリーヒト細胞を用いて、薬剤の曝露時における網羅的な遺伝子発現解析を行いデータベース化する。薬剤の多様な構造修飾体を用いて遺伝子発現変化を比較する事により、化学物質の構造修飾に伴う遺伝子発現パターンの変化を明らかにし、安全性の高い医薬品の創製につながる構造修飾法の確立を目指す。また、ヒト細胞での遺伝子発現のデータと実験動物でのデータを比較し、動物実験結果をヒトの安全性予測へ外挿するための知見を得る。
研究方法
長期培養可能な非凍結プライマリーヒト肝細胞、凍結プライマリーヒト肝細胞、および、株化ヒト培養肝細胞を用いた薬剤曝露試験系を構築し細胞特性を比較する。特に、プライマリーヒト肝細胞の薬剤曝露時における遺伝子発現解析有用性を検討するとともに、個人差変動に着目し、遺伝子発現解析に与える影響について基礎的な検討を行う。
肝毒性や腎毒性が報告されている薬剤の類縁体を合成し、一連の化合物についてヒト細胞を用いた網羅的な遺伝子発現解析を行い、構造修飾に伴う遺伝子発現パターンの変化を調べる。薬剤としては、2型糖尿病治療薬として有用なグリタゾン類(PPAR-gamma作用薬)、遺伝子発現を制御し新しいタイプの制がん剤として期待されているヒストン脱アセチル化酵素(HDAC)阻害剤、非ステロイド系抗エストロジェン剤であり子宮体癌の発生頻度の増大や肝癌の誘発が知られているタモキシフェンを取り上げた。
ヒト細胞での遺伝子発現のデータと実験動物を用いたデータを比較解析することにより動物実験結果をヒトの安全性予測へ外挿する目的で、薬剤を動物に投与したときの肝臓および腎臓における遺伝子発現を解析する。さらに、生体機能性分子であるタンパク質の発現変化解析手法を確立するために、LC-MS/MS、MALDI-TOF/TOFマスなどを用いたプロテオーム解析への応用技術の開発を行う。
結果と考察
プライマリーヒト肝細胞(非凍結型:2ロット、凍結型:2ロット)、ヒト由来株化肝細胞(HepG2、LI90)の計6種の細胞を用い、まず無処理時の遺伝子発現を、GeneChip U133Aを用いた網羅的遺伝子発現解析により比較した。その結果、無処理の細胞で定常的に発現しておりGeneChipで検出できた遺伝子の総数は、22,283遺伝子部分の解析中8,222~9,872(37%~44%程度)であった。それぞれの細胞種において2倍以上発現の差がある遺伝子を抽出したところ、株化細胞(LI90,HepG2)では、多くの遺伝子の発現量が凍結型や非凍結型とは異なっていた。LI90とHepG2で共通な変化も多く、中でも酵素機能を制御する遺伝子の発現量が大きくなっていた。肝細胞の機能の指標となる薬物代謝酵素関連(第I相および第II相あわせて209)の発現遺伝子数は非凍結型(Lot41:136,Lot42:137)、凍結型(Lot100:143,LotNOG:122)、株化細胞(LI90:81,HepG2:105)の順に少なくなった。非凍結型および凍結型プライマリーヒト肝細胞のロット間の差すなわち由来個体差を、無処理細胞の遺伝子発現量を比較することで解析したところ、ロット間差が大きいということがわかった。また、Lot42を用いてアセトアミノフェン処理した時と無処理の場合の遺伝子発現量を比較した場合、ロット間を比較した時よりも遺伝子発現変動が小さいことがわかり、個体差に基づくロット間変動は遺伝子発現に関して重要な要因になることが明らかとなった。非凍結型細胞は、遺伝子の発現量に関しては凍結型よりも優れているが、実験ごとに同じロットの細胞を用いることが不可能なため、接着型凍結プライマリーヒト肝細胞を用いた遺伝子発現解析系がロット間差を回避しながら様々な薬剤の網羅的遺伝子解析を行い比較する試験系として最適であると結論づけた。
非凍結型プライマリーヒト肝細胞(Lot42)を用いアセトアミノフェン処理時における遺伝子発現変動の経時変化を検討した実験において、無処理の細胞と比較して1/2倍以下あるいは2倍以上に発現変動した遺伝子数を調べた結果、24時間処理以降に発現変動する遺伝子数が多くなることがわかった。さらに詳細に解析した結果48時間、72時間処理で共通に発現が抑制される遺伝子が非常に多く、その内訳は細胞の増殖や維持に関わる遺伝子であった。次に、代表的肝毒性物質に対する遺伝子発現を明らかにする目的で、アセトアミノフェン以外の肝毒性物質としてカルバマゼピン、イソニアジド、四塩化炭素を用いて遺伝子発現変動における共通性ならびに毒性メカニズムに基づく遺伝子発現変化を調べた。実験には、非凍結型プライマリーヒト肝細胞(Lot42)を用いた。各処理時点で遺伝子発現が変化した遺伝子数を解析した結果、48時間処理の時点で多くの遺伝子発現が変化していることがわかった。また、処理時間が長くなるにつれて共通する遺伝子変化が多く見られるようになった。また、最も多くの遺伝子が変動した薬剤処理はカルバマゼピン処理であった。カルバマゼピン処理では、すべての時点で共通して動く遺伝子が見出され、それらの多くが細胞の増殖あるいは維持に関わる遺伝子であることがわかった。また、共通して動く遺伝子の中には比較的初期の処理時点よりアポトーシスに関わる遺伝子の変化が見られた。今回用いた4薬剤はすべて肝毒性を有する薬剤であるが、それぞれ毒性発現メカニズムが異なる。そこで、アセトアミノフェンと他の薬剤処理との比較を行った。その結果、アセトアミノフェンのみで遺伝子発現変動している遺伝子が約30~40%程度あった。すべての処理に対して共通して変動する遺伝子を調べると酵素関連の遺伝子やトランスポーター関連の遺伝子が多く見受けられた。
薬剤の構造修飾が生理作用/毒性と遺伝子発現に及ぼす影響を解析する目的で、グリタゾン類(PPAR-gamma作用薬)とヒストン脱アセチル化酵素(HDAC)阻害剤について、新規誘導体を合成し(PPAR-gamma作用薬として24種、HDAC阻害剤として32種)、生物活性試験(脂肪細胞への分化誘導試験、HDAC酵素活性阻害試験)を行うと共に、網羅的遺伝子発現解析の予備実験を行った。現在、遺伝子発現パターンの比較解析を行っている。タモキシフェンについては、誘導体による遺伝子発現パターンの変動を検討することにより構造と毒性発現の関係を明らかにすることを目標とし、タモキシフェン誘導体の簡易合成法の開発を行い、4工程でタモキシフェンを合成した。今後は生物活性試験ならびに薬剤曝露時の網羅的遺伝子発現解析を行うことにより構造と毒性との相関を明らかにする。
ヒト細胞での遺伝子発現のデータと実験動物を用いたデータを比較解析することにより動物実験結果をヒトの安全性予測へ外挿する目的で、種々の薬剤をマウスに投与したときの肝臓および腎臓における遺伝子発現をガラスマイクロアレイおよびGeneChipを用いて調べた。ガラスマイクロアレイを使った実験で、肝発がん物質であるベンツピレンおよびキノリンを用いて解析を行ったところ、両者に共通して発現の上昇する遺伝子としてBcl-associated death promotorなど数種見つかり、これらが肝発がん性予測のための指標となる可能性が示唆された。また、GeneChipを用いた実験で、腎障害を起こし遺伝子傷害性の示された天然物由来の成分であるアリストロキア酸を用い、標的臓器となるマウス腎臓での遺伝子発現変化を非標的臓器である肝臓と比較した結果、腎臓では薬物代謝酵素を中心として多くの遺伝子の発現が変化していることがわかった。今後は、これらの作用がin vitroでどの程度再現できるかを検討したい。
タンパク質発現の変化という観点から、遺伝子発現データとの比較を行うため、ジエチルニトロソアミン処理した肝臓でのタンパク質発現変化を2次元電気泳動を用いて解析を行った。その結果、発現の上昇または減少する5つのスポットが確認できた。現在、MALDI-TOF/TOF型質量分析計を用いて、該当するタンパク質の同定を試みている。
結論
プライマリーヒト細胞を用いた遺伝子発現解析系の構築を行い、遺伝子発現解析に関する基礎的な検討を行った。細胞の種類として、非凍結型プライマリーヒト肝細胞2種、接着型凍結プライマリーヒト肝細胞2種、ヒト株化細胞(肝がん由来)2種の合計6種を検討したが、株化細胞は、定常状態で発現している遺伝子や薬剤処理に対する遺伝子発現変化がプライマリーヒト肝細胞と大きく異なることから、薬剤による遺伝子発現変化を比較するには適さないことが示された。非凍結型プライマリーヒト肝細胞では、ロット間差が大きく薬剤による遺伝子発現変化を見落とす可能性がある。接着型凍結プライマリーヒト肝細胞は、同一ロットで実験が行えるので有用である。接着型凍結プライマリーヒト肝細胞の培養は困難とされてきたが、今回容易に培養できる方法を獲得することができた。また、接着型凍結プライマリーヒト肝細胞からGeneChipによる解析に十分な量のRNAを確保するための培養条件も確立できた。本年度の研究により、プライマリーヒト細胞を用いる遺伝子発現実験系が構築できた。来年度は、本実験系を用いて薬剤の構造修飾による遺伝子発現の解析、動物実験との相関の解析などの研究を行う。

公開日・更新日

公開日
-
更新日
-