特定疾患に対する自己免疫モデル開発に関する研究

文献情報

文献番号
200200730A
報告書区分
総括
研究課題名
特定疾患に対する自己免疫モデル開発に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成14(2002)年度
研究代表者(所属機関)
天谷 雅行(慶應義塾大学)
研究分担者(所属機関)
  • 西川武二(慶應義塾大学)
  • 小安重夫(慶應義塾大学)
  • 山村 隆(国立精神・神経センター)
  • 田中 勝(慶應義塾大学)
  • 石河 晃(慶應義塾大学)
  • 桑名正隆(慶應義塾大学)
  • 松井 稔(東京大学医科学研究所)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 特定疾患対策研究
研究開始年度
平成14(2002)年度
研究終了予定年度
平成16(2004)年度
研究費
25,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
(1)自己抗原ノックアウトマウスを用いた新しい方法により実際の病態にできるだけ近い自己免疫モデルマウスを作成し、作製されたモデルマウスを用いて、自己免疫疾患の発症機構および病態の解明、治療法評価系の確立、疾患特異的的治療法の開発をする。
研究方法
(1)尋常性天疱瘡モデルマウスの作成 水疱形成機序の解明のために、天疱瘡モデルマウスの脾細胞より、表皮細胞間接着障害活性を持つモノクローナル抗体の作成する。
(2)シェーグレン症候群モデルマウスの作成 C57BL/6バックグラウンドのアセチルコリン受容体M3-/-マウスを、M3タンパク質を遺伝子導入によって発現する同系のリンホーマ細胞株EL4を用いて免疫する。免疫したM3-/-マウスの脾臓細胞をC57BL/6バックグラウンドのRag2-/-マウスに移植することによってM3に対する自己免疫反応を誘導する。唾液腺あるいは涙腺を病理学的、免疫学的に詳細に検討する。
(3)自己免疫性神経炎モデルマウスの作成 ミエリンP0+/-マウスの胸腺におけるP0の発現量と、自己免疫性神経炎発症の関係を解析する。ヒト慢性炎症性脱髄性多発神経炎におけるP0遺伝子の塩基配列解析を行う。
(4)自己免疫疾患に対する治療法評価系の確立 天疱瘡モデルマウスは6ヶ月以上にもわたり安定した自己抗体産生が認められるため、ステロイド、種々の免疫抑制剤を現行のプロトコール通り投与し、投与法による有効性の差異を検討する。
(5)末梢抗原に対する免疫寛容獲得機構の解明 天疱瘡モデルマウスより作成した抗Dsg3モノクローナル抗体を産生するハイブリドーマ細胞より抗体遺伝子のcDNAを単離し、自己反応性B細胞トランスジェニックマウスを作成する。
(6)抗原特異的免疫抑制療法の開発への基礎実験 Dsg3-/-マウス所属リンパ節および脾臓由来のT細胞をin vitroでDsg3により刺激する。限界希釈法によりT細胞クローン株を樹立し、その中からDsg3に特異的に反応する株を選択する。
結果と考察
(1)尋常性天疱瘡モデルマウスの作成 天疱瘡の表現型をもつモデルマウスより、8クローンの抗Dsg3 mAb(AKシリーズ)を単離した。得られたAK mAbのハイブリドーマ細胞をRag2-/-マウスの腹腔に接種したところすべての抗体において、in vivo で表皮細胞表面への沈着を認めた。しかし、AK23ハイブリドーマを接種したRag2-/-マウスのみおいて、接種後約7-10日で被毛の脱毛が認められ、病理学的に硬口蓋粘膜で尋常性天疱瘡に特徴的な、基底層直上の水疱形成が認められた。他のmAbでは、十分な腹水の貯留が認められたのにもかかわらず、これらの表現型は認められなかった。さらに、これらのAK mAbのエピトープ解析を行った。Dsg3とDsg1の種々のスワッピング分子、および点突然変異分子を用いた免疫沈降法により、AK23のエピトープはDsg3のアミノ酸V3、K7、P8、D59に存在することが示された。他の、疾患を明らかに誘導しないAK mAbは、Dsg3細胞外領域中央部あるいはC末の膜に近い領域を認識していた。カドヘリンの結晶構造から、AK23のエピトープ(V3, K7, P8, D59)は、これらDsg3特異的接着面を形成するアミノ酸に一致していた。分子上の病原性ホットスポットを直接的に障害することは、細胞接着におけるデスモゾームの役割や、天疱瘡における水疱形成の分子機構の解明への重要な手がかりとなる。さらに、病原性あるいは非病原性の抗Dsg3 mAbは角化細胞の増殖や分化を研究する上で重要なツールになるものと考えられる。治療においては。Dsg3上の病原性ホットスポットの解明は天疱瘡の抗原特異的血漿交換療法や抗原特異的B細胞除去などの標的療法の開発に有用であると考えられる。
(2)シェーグレン症候群モデルマウスの作成 7回膜貫通型タンパク質であるM3の細胞外ドメインであるN端部位を含むGST融合タンパク質を作製した。M3ノックアウトマウスにリコンビナント抗原にて免疫したところ、ELISA法によって抗M3抗体の産生が検出された。免疫した脾臓細胞をrag-2ノックアウトマウス1頭あたり5 x 107の脾臓細胞を移植したところ、6週後にレシピエントマウスの唾液腺の一部にリンパ球の浸潤が観察された。今後は自己抗体の誘導と細胞性免疫の誘導の両面から検討する。細胞性免疫反応の誘導にはDNAワクチン法を応用し、M3に対する自己免疫反応の誘導を、液性免疫、細胞性免疫の両方から目指したい。
(3)自己免疫性神経炎モデルマウスの作成 ミエリンP0 蛋白(P0)は末梢神経ミエリンの主要構成蛋白で、その遺伝子変異はヒトCharcot-Marie-Tooth病(CMT)の原因となる。P0-/-マウスは早期発症ニューロパチーを発症するのに対し、P0+/-マウスは生後6-9ヶ月でヒト慢性炎症性脱髄性多発神経炎(CIDP)に類似した炎症性神経炎を自然発症した。我々は、P0+/-マウスではP0に対する免疫寛容が破綻していることを明らかにし、その原因は胸腺P0発現低下に伴うP0反応性T細胞のnegative selectionの欠陥にあることを示した。また、臨床的にCIDPと診断される患者の中に、P0の遺伝子変異を伴う症例を見いだした。これらの研究結果は、自己免疫疾患の発症と自己抗原遺伝子変異の新たな関係を示すものである
(4)自己免疫疾患に対する治療法評価系の確立 天疱瘡モデルマウスを用いて、Predonisolone、Dexamethasone、Cyclophosphamideの3種の薬剤の評価を施行した。Predonisoloneの効果はマウスでは乏しく、Dexamethasoneが、臨床症状を改善させ抗体価を下げ、生存率を上げることが確認された。Cyclophosphamideを投与したマウスは、抗体価は下がるものの、臨床的改善をあまり認めなかった。
さらに、天疱瘡モデルマウスを用いて抗CD40L抗体の予防的効果を評価した。移植後の血中抗Dsg3抗体価の推移をELISA法により測定したところ、移植14日後にコントロール群では抗Dsg3抗体産生を確認し、その後も抗Dsg3抗体産生は継続したのに対し、抗CD40L抗体投与群においては66日間の観察期間を通じて抗Dsg3抗体産生は著しく抑制されていた。さらに抗CD40L抗体投与マウスの口蓋粘膜上皮において上皮細胞間へのIgG抗体の沈着および病理組織学的にPVに特徴的な基底層直上での棘融解は認められなかった。コントロール群では移植2週間後から口腔内水疱による摂食障害が原因と考えられる体重減少が認められたが、抗CD40L抗体投与群においては体重減少だけでなくPVモデルマウスに特徴的な休止期脱毛も認められなかった。以上より、天疱瘡モデルマウスは種々の治療評価系に有用である可能性が示された。
(5)末梢抗原に対する免疫寛容獲得機構の解明 AK7のH鎖及びL鎖の可変領域を持つトランスジェニックマウスが作成された。トランスジェニックマウスでは、B細胞の割合の若干の減少を認めたもののDsg3に反応性を示すIgMa陽性のB細胞を骨髄のみならず、末梢リンパ臓器である脾臓およびリンパ節に認めた。さらに、これらのトランスジェニックマウスの口蓋にはIgMaの沈着を認めた。さらに、血中にもDsg3に特異的な抗体を分泌していることも認められた。
末梢抗原に対するB細胞のトレランスは未だ議論の多いところである。今回Dsg3に対するトランスジェニックマウスを作成したが、今までの議論によるとおそらくclonal deletionを受けるかanergyが誘導され自己反応性のB細胞は脾細胞中に認めれらないと考えられたが、両鎖のトランスジェニックマウスにおいては脾細胞中にDsg3と反応するB細胞が認められ、血中抗体価も陽性であり、口蓋にも抗体の沈着が見られた。これらのことから、Dsg3反応性B細胞では、あきらかな免疫寛容による反応性の制御が認められない可能性が示唆された。今後、Dsg3-/-マウスとの交配を行いDsg3存在下、非存在下におけるDsg3反応性B細胞の動態を比較検討し、Dsg3に対するB細胞免疫寛容獲得の機序をさらに解析する予定である。
(6)抗原特異的免疫抑制療法の開発への基礎実験 バキュロウイルスを用いて発現させたrmDsg3および大腸菌で発現させたrmDsg3-1~9はいずれも1 mg以上を精製した。免疫したDsg3-/-マウスで、脾臓を用いた場合いずれのT-STIM(tm)濃度でも安定してrmDsg3に対するT細胞の反応が得られた。これらの反応はマウスMHCクラスIIに対するモノクローナル抗体の添加により抑制された。ただし、膝窩リンパ節、鼡径リンパ節ではrmDsg3に対するT細胞の反応は検出できなかった。今回いくつかの免疫培養条件で低いながらもマウスDsg3に対する特異的なT細胞の反応が得られた。今後これらスケジュールを用いて限界希釈法によりマウスDsg3特異的なT細胞クローン株の樹立および解析をめざす予定である。
結論
自己免疫性皮膚疾患である尋常性天疱瘡のモデルマウスより、疾患誘導性、非誘導性のモノクローナル抗体を単離することができ、in vivo においてDsg3と結合できるIgG抗体はすべて等しく水疱形成を誘導するわけではなく、病的活性が異なることが明らかにされた、さらに、それらの抗体の三次元エピトープを比較検討したところ、疾患誘導性のモノクローナル抗体は標的抗原であるデスモグレイン3分子の機能上重要なカドヘリン接着面に結合し、疾患非誘導性のモノクローナル抗体は機能上重要でない領域に結合したことが示され、自己抗体により疾患誘導性の強度が異なるのは、エピトープの違いにより少なくとも部分的には説明できることが明らかとなった。モデルマウスを用いた解析により、天疱瘡の水疱形成分子メカニズムの一端が解明されたことになる。5つあるムスカリン性アセチルコリン受容体のうちM2及びM3受容体ノックアウトマウスおよびダブルノックアウトマウスが作成され、コリン性の平滑筋収縮の生理的意義に関して新たな知見が得られた。さらに、M2及びM3受容体ノックアウトマウスの脾細胞移植によりシェーグレン症候群モデルマウスの作成が試みられており、期待できる結果が得られている。末梢神経ミエリン主要蛋白であるP0蛋白は、Charcot-Marie-Tooth病の責任遺伝子となっているが、P0+/-マウスではP0に対する免疫寛容が部分的に破綻しているため、慢性炎症性脱髄性多発神経炎に類似した炎症性神経炎を生じることを明らかにした。さらに、慢性炎症性脱髄性多発神経炎患者の中に、実際にP0遺伝子の変異があることを明らかにした。モデルマウスを用いた治療評価系として、ステロイド療法の効果を検討するとともに、抗CD40リガンド抗体が予防的投与により著明な効果を示すことが明らかにされた。さらに、天疱瘡抗原蛋白に特異的に反応するB細胞トランスジェニックマウスが作成され、Dsg3特異的B細胞はトレランスによる除去を回避している可能性が示唆された。また、抗原特異的治療法の開発に向けて、天疱瘡抗原反応性T細胞の単離が試みられている。3年計画の1年目として準備を整えることができ、次年度以降のさらなる成果が期待される。

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