輸入動物が媒介する動物由来感染症の実態把握及び防御対策に関する研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200200619A
報告書区分
総括
研究課題名
輸入動物が媒介する動物由来感染症の実態把握及び防御対策に関する研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成14(2002)年度
研究代表者(所属機関)
吉川 泰弘(東京大学大学院農学生命科学研究科)
研究分担者(所属機関)
  • 本藤 良(日本獣医畜産大学獣医学部)
  • 田中義枝(厚生省成田空港検疫所)
  • 内田幸憲(厚生省神戸検疫所)
  • 神山恒夫(国立感染症研究所獣医科学部)
  • 宇根有美(麻布大学獣医学部)
  • 森川 茂(国立感染症研究所外来性ウイルス室)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 新興・再興感染症研究
研究開始年度
平成12(2000)年度
研究終了予定年度
平成14(2002)年度
研究費
24,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
ニパウイルス感染症、ウエストナイルウイルス感染症、SARSなど国際的に感染症の発生が増加する傾向がみられ、各国ともその防疫体制の確立に努力している。動物由来感染症に関しては、わが国ではこれまでエキゾチックアニマルなどが無検疫で輸入されており、危機管理対応の難しさが懸念されている。平成12年感染症法の改正に伴いサル類のエボラ出血熱、マールブルグ病を対象とした検疫並びにネコ、キツネ、アライグマ、スカンクを対象にした狂犬病の法定検疫が開始された。さらに平成15年3月にはペスト感染のリスクから、プレーリードッグの輸入禁止措置がとられた。本研究班の輸入動物調査結果を受けて平成13年からは、財務省が貿易税関統計に12種類の哺乳類を新たに組み込むことになり、リアルタイムで動物輸入実態を把握することが出来るようになった。15年度からはマウスとラットも追加された。本研究班では、輸入動物由来感染症について基盤研究を行うとともに、将来の行政対応を考慮し、実態調査を行い、動物由来感染症のリスク評価、防御のため診断・予防システムの確立をはかるべく研究を進めている。
研究方法
研究方法と結果:本研究班では、輸入動物が媒介する動物由来感染症の実態把握及び防御対策に関する研究を進めている。①財務省貿易統計では哺乳類だけでも年間約120万頭が輸入されているが、この統計だけでは十分な情報は得られない可能性がある。輸入動物由来感染症の流行を防止する方策として、その流通実態を把握し、特定の動物において感染症流行の恐れを生じた場合は、輸入業者から国内の販売業者や飼育者に至る経路を遡って調査し、感染防止措置等を講ずることが必要である。そのため、日本へ輸入される動物のデータベースを作成することを目的に開発した「輸入動物データベース用入力ソフト」を用い、試行試験を行い、このソフトの実用化に向けての課題を把握した。試行試験では輸入されたほ乳類180件約5頭分の情報が送付され、ソフトには関税統計では得られない細かい分類の動物について、輸入目的、繁殖・野生の別、健康証明書の有無、到着時死亡の数等の情報が得られた。
②1類感染症やその他ヒトに感染する恐れがある感染症を媒介する動物で成田空港から輸入された齧歯類の内,愛玩用ハムスターについて動物由来感染症であるペスト,腎症候性出血熱,リンパ球性脈絡髄膜炎,およびレプトスピラ抗原および抗体価の保有調査を行なった。チェコ,台湾および国産のハムスター150頭について実施した。その結果,腎症候性出血熱,リンパ球性脈絡髄膜炎,およびレプトスピラ抗原および抗体価の検査はすべて陰性であり、これらの繁殖されたペット用ハムスターが比較的クリーンであることが明らかにされた。また捕獲された野鼠についても病原検索を進めた。
③仮性結核菌(Yersinia pseudotuberculosis)は、種々の動物とヒトに感染し疾病を生じる人畜共通感染症の病原体である。国内の6つのリスザル施設においてエルシニア症の集団発生が見られたので、これらのケースについて病原学的・病理学的調査を行った。またリスザルのKlebsiella pneumoniae (K.p) による髄膜炎、咽頭炎の集団発生を疫学的および病理学的に検索した。原発施設より口腔検査で陰性の1頭の雌を繁殖用として他の施設に移動したところ、同居の他のリスザル2頭がK.p症を発症した。このことから、リスザルはK.p のキャリアーになり、これを介して感受性を有するサルに水平感染することが明らかにされた。
④4全国港湾地域のネズミ族にハンタウイルス(HFRSウイルス)感染が継続的に発生している中、人への感染実態を検証するため、血液透析患者の血清抗体検査及びアンケート調査を行い、『時間 ? 場所 ?人』の関連性につき疫学的検証を行った。愛知県、大阪府、兵庫県、岡山県、広島県の31病院、1382名から協力が得られた。その結果、血液透析患者の居住・勤務地とネズミのHFRSウイルス抗体陽性地域は強く関連性がみられ、発生時期も近似しているものと思われた。
⑤5霊長類に関してはBウイルスの鑑別診断、潜伏感染の解析を実施した。三叉神経節でのウイルスゲノムの検出、潜伏ウイルスの遺伝子発現に関して、分子生物学的および形態学的解析を進めた。Bウイルス抗体陽性カニクイザル10頭と20頭の2郡を検査したところ、それぞれ
50%、35%でウイルスゲノムが陽性であった。しかしこれらの個体の白血球ではウイルスゲノムは陰性であり、また神経節ではウイルス蛋白の発現は見られなかった。このことから本疾患によるウイルスの再活性化は低い可能性が示唆された。
⑥4類感染症のブルセラ症に関してPCR,リアルタイムPCR法を確立し、B.abortus,B.canisの検出が可能か否か検討した。翼種目については、コウモリ由来ウイルス感染症が世界的に問題となっているため、翼種目に由来する感染症の疫学的解明のための基礎技術開発を進めた。その結果mtDNAの解析結果からa)大翼手亜目と小翼手亜目は同一の起源から分岐したと考えられ、b)霊長類や食虫目から進化したと言う説を支持するものではなく、偶蹄目や奇蹄目、食肉目と同じ起源を持つと考えられた。c)ヒナコウモリ上科群から小翼手亜目の各分類群が分岐し、d)大翼手亜目はキクガシラ、サシオコウモリ上科群と共通の祖先から分岐したと考えられた。e)ルーセットオオコウモリは大翼手目の中で最も早く分岐し、アフリカから東アジア・オーストラリアに広がった可能性が考えられた。また抗血清を作成しオオコウモリIgGと他動物種IgGの抗原エピトープについて検討した。交差性は5?20%までの低い値を示したのに対し、翼手目では、大翼手亜目・小翼手亜目共に95%以上の高い値を示した。また、近縁種と考えられている霊長目や食虫目とは、翼手亜目としての分岐に比べかなり以前に分岐したと考えられた。オオコウモリから腎臓を無菌的に摘出し、0.25%トリプシンPBSで細胞を分離し経代培養した。条件検討として0,1,2,5,10%FCS-DMENを用いて条件検討を行った。また、一部を用いてPrV, CPIVの感受性について評価した。
⑦クリミア・コンゴ出血熱(CCHF)の流行地である中国新疆自治区で1966?88年の間に分離されたCCHFウイルス遺伝子の分子系統学的解析から、この地域のCCHF流行地には、少なくとも3種類のCCHFウイルスが存在することを明らかにした。また、CCHFウイルス中国分離株のS-RNAの塩基配列から得られる分子系統樹は,M-RNAの配列から得られるものと同様であった。このことは型間でRNA分節の入れ替えによるreassortant virusが容易には出現しないことを示唆する。また1966年と2001年に分離されたウイルスのS-RNA遺伝子全長の配列の比較から、35年間にウイルス遺伝子の変異がほとんど起きないことも明らかになった。
結果と考察
考察:感染症新法に新しく動物由来感染症が組み込まれるまでは、医学部でも獣医学部でも動物由来感染症を対象とする教育・研究は十分なされて来なかった。従って、この分野の感染症に関する研究・情報ネットワークは、それまで全く欠落していた。本研究班では新感染症法で検疫対象となった霊長類を対象に「サル類の疾病と病理に関する研究会」を平成12年に組織した。また平成13年には広く医師、獣医師、行政あるいは地方の公衆衛生官などを対象にネットワークを確立すべく「ヒトと動物の共通感染症研究会」を発足させ、14年には「爬虫類・両性類の疾病に関する研究会」を組織して、小動物獣医師を含め第1回の研究会を発足させた。こうして、この分野の感染症の流行調査と情報収集が可能になった。本研究班におけるウイルス出血熱の診断法確立やブルセラ症の診断法、翼手目の分岐と分布に関する研究の様な基盤的研究、輸入動物の国内流通に関する行政的研究、HFRS感染の疫学や動物園サル類の疾病疫学研究、Bウイルスの潜伏感染状態の解析などの研究は、それぞれの分野の研究において指導的役割を果たしている。
また、これらの成果は各研究会、獣医学会、小動物獣医師会、獣医師会、実験動物学会、霊長類学会や公開講座等多くの特別講演やシンポジウムで紹介されて、各研究会のHPでも紹介されている。さらに感染症新法の見直しのあたり、本研究班で進められたリスク分析のためのデータ、及び手法は法改正に当たって有効に利用された。
結論
本研究班では本年度、齧歯類由来感染症、特に輸入ハムスターに関する血清疫学検査を実施した。ペットとして輸入されるハムスターのリスク評価を行うためのデータとして、広範囲な病原体に関して調査を進めた。霊長類に関してはBウイルスの鑑別診断、潜伏感染の解析を実施した。三叉神経節でのウイルスゲノムの検出、潜伏ウイルスの遺伝子発現に関して、分子生物学的および形態学的解析を進めた。動物園を中心にリスザル、爬虫類の感染症とヒトへの感
染の可能性について検討を進めた。エルシニアなどの動物由来感染症病原体のアウトブレイクケースに関して調査した。また主要な齧歯類由来感染症である腎症候性出血熱(HFRS)ウイルスに関しては捕獲野鼠及び腎透析患者抗体保有状況の検索を進めた。ウイルス出血熱に関してはアフリカのエボラ出血熱、アジアのレストン株、マールブルグウイルスの鑑別診断法の確立、中国新疆ウイグル地区でのクリミアコンゴ出血熱の疫学調査を進めた。 またイヌブルセラ症、コウモリの基盤研究を開始した。このほか、行政研究の一環として、危機管理対応のための国内動物流通及び輸入動物トレーサビリティ確保のためのコンピュータソフトウェア開発を進めた。

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