サル及びマウス脳完全長cDNAの分離とその細胞・個体での機能解明のための供給方法等に関する研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200200427A
報告書区分
総括
研究課題名
サル及びマウス脳完全長cDNAの分離とその細胞・個体での機能解明のための供給方法等に関する研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成14(2002)年度
研究代表者(所属機関)
橋本 雄之(国立感染症研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 平井百樹(東京大学大学院新領域創生科学研究科)
  • 菅野純夫(東京大学医科学研究所)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 ヒトゲノム・再生医療等研究(ヒトゲノム分野)
研究開始年度
平成12(2000)年度
研究終了予定年度
平成14(2002)年度
研究費
70,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
ヒト全塩基配列解読後もゲノムの遺伝子部分の確定とその機能解明のために、完全長cDNAクローンを分離し、それらを細胞や個体で発現できる形として、産物の機能、発現制御等の研究の資源とすることは必要である。 本研究ではヒト材料からでは分離しにくいcDNAをサルから得ることにより、サルcDNAを未知ヒト相同遺伝子探索のためのリソースとするとともに、ヒトに近いモデル動物としてヒト遺伝子との比較解析による遺伝子進化と機能予測のためにサルcDNAのカタログ化をめざす。さらに、従来からのマウスcDNAとあわせて、バンクを通じてDNAマイクロアレイ等の形で供給するシステムを検討することを目的とする。比較ゲノム手法によりヒトホモログの生体機能を推定し、ヒト疾病関連遺伝子の同定から機能解明、さらにその疾病の成因解明そして診断、治療に結び付く研究の発展に資することが期待される。
研究方法
1)サル脳 各部の7組織(頭頂葉、側頭葉,前頭葉、後頭葉、脳幹、小脳皮質、 延髄)及び精巣,さらに今年度は肝臓を加えて、各組織からオリゴキャップ法により作製したcDNAライブラリーから、細胞発現用プロモーター付きベクターに組み込んだcDNAクローンを総計100,000個、今年度3万個を分離し、96穴プレートのアレイにして凍結保存する。2)クローンからDNAを調製し、自動DNAシークエンサーを用いて年30,000個(3年間で9万個)の部分塩基配列を決定する。ホモロジーサーチの自動プログラムを利用して、既知ヒトcDNAとの相同性や新規性等を調べ、その結果をデータベース化し、バンクから供給可能とする。3)新規のクローンについては年約1,000個(3,000/3年)を目途に全長塩基配列を決定するとともに、組織での発現解析や染色体ごとのヒトゲノム配列との比較と蛍光インサイツハイブリダイゼーション(FISH)法によるヒト染色体への配置を行い、対応するヒト新規遺伝子分離の基盤とする。4)入手困難であったチンパンジー組織が入手できたので、適宜チンパンジーcDNA配列比較も加えてヒト既知mRNAと比較することにより、遺伝子の配列保存・進化から、その機能予測を試みる。5)既に分離して配列決定したマウスおよびカニクイザル脳cDNAクローンを用いて、重複の少ないセットアレイを作製する。それをもとに共同研究としてcDNAマイクロアレイを作製する。
(倫理面への配慮)
カニクイザルは国立感染症研究所サル需給調整委員会で審議され、殺処分せざるをえなくなったものを霊長類センター研究員との共同研究という形で分与を受けた。チンパンジー組織は三和科学所有で自然死したものから、同所倫理委での議を経て分与を受けた。
結果と考察
1)カニクイザル脳7領域(頭頂葉、側頭葉,前頭葉、後頭葉、脳幹、小脳皮質、 延髄)および精巣について、オリゴキャップ法により作製した完全長cDNAに富むライブラリーからcDNA各々5,000-1万クローンを分離し、96穴プレートで凍結保存した。自動DNAシークエンサーを用いて上記の順に11419, 8736, 13074, 5598, 3211, 11443, 5313および10701の 計70,000個の5'端塩基配列を決定し、ホモロジーサーチの自動プログラムを利用して、既知DNA配列との相同性や新規性等を調べ、その結果をデータベース化して、バンクから供給可能とした。全クローンの5'端配列をもとにクラスタリングを行い、23,000クラスターとその代表クローンの一覧表を作成した。2)これらから新規 cDNAクローン約3,000を選び、その全長塩基配列を決定して、2,050配列を公共データベースに登録した。そのうち、一定のORFを持つ823クローンについて、そのコードするタンパク質想定などの解析を行った。それらにはヒトゲノムシークエンス上に配置され、ヒト新規遺伝子として登録できるもの約500クローンが見出された。さらに、精巣由来cDNAで全長配列を決定した400クローンについて、cDNAマイクロアレイを作製して組織での発現解析を行い、75個の精巣で非常に高く発現している遺伝子を明らかにした。3)413個のヒト神経疾患関連遺伝子に対応する配列を検索し、54遺伝子について全長塩基配列を決定し、ヒトとの配列比較を行い、進化的に保存・変異しているアミノ酸と疾病成因に関わるアミノ酸との関連を探った。4)薬剤の毒性試験をcDNAマイクロアレイを用いて行うために、薬剤応答遺伝子発現の多い肝臓cDNAライブラリ-を新たに作製し、2万個のクローンを分離して、その5'端配列を決定した。5)カニクイザルの脳7領域、心臓、腎臓、肝臓とチンパンジー大脳、小脳、肝臓、皮膚由来完全長cDNAライブラリーから単離したカニクイザル約4万、チンパンジー約1万クローンの5'端配列について、ヒト既知mRNAに対応する配列、各々約4千、約2千種を検索・選定した。1遺伝子に対し複数のクローンが対応したカニクイザル734種、チンパンジー226種の遺伝子についてコンセンサス配列を決定し、精度の高い配列データベースを構築した。それらから両種に共通の遺伝子133種を選び、ヒトmRNA配列と比較したところ、5'-UTR領域はヒト-カニクイザル94.2%、ヒト-チンパンジー98.8%、CDS領域はヒト-カニクイザル98.0%、ヒト-チンパンジー99.6%、アミノ酸ではヒト-カニクイザル98.8%、ヒト-チンパンジー99.7%という相同性が見られた。一方、転写開始点についてみると全体的な傾向として、ヒトでコンパクトな転写開始点の分布を示す遺伝子は、カニクイザルでもコンパクトであり、広い分布を示すものは、広い傾向であった。しかし、約15%の遺伝子で食い違いが起こっている事を確認した。この結果は遺伝子配列比較がヒトの進化、疾病遺伝子成因の研究に有用であることを示す。
全ゲノム塩基配列が決定されても完全長cDNAクローンを分離・集積していくことはゲノム塩基配列中の発現する遺伝子部分、エキソンを確定していくのに必要であり、また、酵母や線虫などの全塩基配列が決定されている生物の相同遺伝子を求めるのに利用できる。実際、ヒト染色体DNA配列情報との相同性解析を行い、新規ヒトcDNAの分離が可能となった。さらに、細胞での発現による機能解明に用いることができることからポストシークエンスプロジェクトを進めるリソースとして重要である。今年度は、肝臓を対象に5'端部分配列の解析をおこなった。薬物代謝等を考えると肝臓は重要な臓器であり、そこで発現する遺伝子を得ることは重要である。また、ヒトでは既知の遺伝子配列でもカニクイザルで解っていないため、それらの5'端配列決定によって得られるデータは、進化論的観点からも貴重なものである。
結論
カニクイザル脳 各部および精巣、肝臓から完全長cDNAに富む9万クローンを分離・保存した。それらの5'端塩基配列を決定し、既知DNA配列との相同性や新規性等を調べ、データベース化してバンクから供給可能とした。新規 cDNAクローン約3,000について、その全長塩基配列を決定して、2,050配列を公共データベースに登録した。そのうち、約500クローンについて特定ヒト染色体上に新規遺伝子として見いだし、ヒト相同遺伝子のポジショナルクローニングの情報とした。カニクイザルの脳7領域、心臓、腎臓、肝臓とチンパンジー大脳、小脳、肝臓、皮膚由来cDNAライブラリーから単離したカニクイザル約4万、チンパンジー約1万クローンの5'端配列について、各々約4千、約2千種のヒト既知mRNAに対応する配列を検索・選定した。それらのうちから両種に共通の遺伝子133種を選び、5'端配列をヒトmRNA配列と比較したところ、アミノ酸にしてヒト-カニクイザル98.8%、ヒト-チンパンジー99.7%という相同性が見られた。また、全体的に見れば、転写開始点の分布状態についても類似が見られたが、約1割の遺伝子で分布状態の変化が見られた。今後の全長決定による配列比較により、遺伝子進化からヒトの進化を探ること、遺伝子の差異から疾病の成立要因を探ることの有用性を示した。

公開日・更新日

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