プリオン病関連遺伝子の構造・機能の解明と診断・治療への応用~プリオン類似蛋白遺伝子と疾患感受性遺伝子~(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200200411A
報告書区分
総括
研究課題名
プリオン病関連遺伝子の構造・機能の解明と診断・治療への応用~プリオン類似蛋白遺伝子と疾患感受性遺伝子~(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成14(2002)年度
研究代表者(所属機関)
片峰 茂(長崎大学大学院医歯薬学研総合究科)
研究分担者(所属機関)
  • 堂浦克美(九州大学大学院医学研究院)
  • 堀内基広(帯広畜産大学原虫病研究センター)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 ヒトゲノム・再生医療等研究(ヒトゲノム分野)
研究開始年度
平成13(2001)年度
研究終了予定年度
平成15(2003)年度
研究費
48,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
クロイツフェルト・ヤコブ病(CJD)をはじめとするプリオン病はプリオン蛋白 (PrP)の正常から異常への立体構造変換に起因することが明らかになっている。しかし遺伝的背景の異なる個体においてはプリオンに対する感受性や病理像に違いがあることが判っており、PrP遺伝子それ自身の多型性に加えて既知あるいは未知の幾つかの遺伝子が疾患感受性に関与するものと考えられる。一方、我々は最近、プリオン類似蛋白 (PrPLP/Dpl) をコードする遺伝子の存在を明らかにした。PrPLP/Dpl は構造の類似性からPrPとの機能的関連が予想され、またプリオン病病態に影響を及ぼす可能性が強い。またプリオン複製を制御する宿主因子の存在が想定されているが、その実態は不明である。本研究はこれらプリオン病関連遺伝子(疾患感受性遺伝子とプリオン類似蛋白遺伝子)の構造・機能を解明し、診断治療法の開発に資することを目的とする。
研究方法
(1) Dpl/PrPLPによる神経変性死の分子機構の解析:長崎大学で作製したプリオン蛋白欠損(Ngsk Prnp0/0)マウスに惹起される小脳プルキンエ細胞変性死にはプリオン蛋白(PrPC)の正常機能消失とPrP類似蛋白(PrP-like protein, PrPLP/Dpl)の過剰発現の両者が関与する可能性がある。このことを証明するために、NSEプロモーターあるいはプルキンエ細胞特異的に発現するPCP-2プロモーターの下流にPrPLP遺伝子の翻訳領域を挿入したNSE-PrPLP及びPCP2-PrPLPプラスミドを導入し、Tgマウスを作製した。これらマウスをPrPCの機能は消失しているがPrPLP/Dplを発現しない別系統のZrch I Prnp0/0マウスと交配し、Prnp遺伝子型の異なる(Prnp0/0、 Prnp0/+、 Prnp+/+)のTgマウス系統を得た。
(2) 特発性プリオン病の疾患感受性因子としての補体系分子の検索:九州大学脳研病理教室において剖検により特発性クロイツフェルト・ヤコブ病が確定した19例について検討した。対照として、九州大学遺伝情報実験施設で収集された健常者群の試料から51例を検討した。C3レセプターであるCR1、CR2と、C1qレセプターであるC1qBPおよびC1qRpの蛋白質コード領域をPCR法にて増幅した。clusterinについても、全てのエクソン領域を増幅した。PCR産物を鋳型にしてジデオキシ法でシークエンス反応を行い、CR1のexon19/22/33における一塩基多型については、制限酵素で切断し、断片長多型を調べた。
(3)PrP相互作用因子の探索:組換えマウスPrP(121-231)をビオチン標識しアビジン磁気ビーズに結合させ、PrPアフィニティカラムを作製した。非感染マウス神経芽細胞腫細胞(N2a)と感染細胞で異常型PrPが常時発現しているマウスの神経芽細胞腫細胞(N2aSc)のタンパク質を生合成ラベルした後、細胞抽出液から密度勾配遠心法にてPrPを含むラフト画分を分画した。このラフト画分をPrPアフィニティカラムに結合させた。溶出は段階的に塩濃度を上昇させることによって行い(200、400、600、800 mM NaCl)、得られた溶出液を10% SDSポリアクリルアミドゲル電気泳動によって展開し、感染と非感染細胞間での泳動パターンを比較した。
(4)プリオン感受性・非感受性細胞を用いたプリオン増殖関連因子の探索:マウスPrPをコードする遺伝子断片を挿入した発現ベクターpEF-MoPrPを各種細胞株に導入してネオマイシン耐性細胞を選抜し、PrPC高発現クローンを得た。各種細胞株のプリオン感受性を検討するために、I3/I5プリオン持続感染細胞をPrPC過発現細胞株と共培養してネオマイシン存在下で連続継代することにより感染を試みた。
I3/I5プリオン持続感染細胞を培地組成を変えて培養し、PrPScの産生におよぼす影響をWB法にて解析した。PrPScを産生する細胞株、および産生しなくなった細胞株における遺伝子発現の比較解析は、cDNA固相化マイクロビーズを用いた網羅的遺伝子発現解析法(MPSS)により行った。
結果と考察
(1)PrPLP/Dplによる神経変性死の分子機構の解析:Tg(NSE-PrPLP/Dpl)Zrch I Prnp0/0マウス(n=10)は339±31日で全て小脳失調性歩行を呈した。また、Tg(NSE-PrPLP/Dpl)Zrch I Prnp0/+マウス(n=31)も、435±131日から失調性歩行を呈しはじめた。しかし、Tg(NSE-PrPLP/Dpl)Zrch I Prnp+/+マウス(n=1)は、生後700日経過してもそのような症状を呈しなかった。病理学的検索にて、失調性歩行を呈したマウスでは著明なプルキンエ細胞の変性死が認められたが、Tg(NSE-PrPLP/Dpl)Zrch I Prnp+/+マウスではプルキンエ細胞は正常であった。同様に、Tg(PCP2-PrPLP/Dpl)Zrch I Prnp0/0マウス(n=5)とTg(PCP2-PrPLP/Dpl)Zrch I Prnp0/+マウス(n=23)は、それぞれ277±14日と400±208日から失調性歩行をはじめ、プルキンエ細胞変性も確認された。しかし、Tg(PCP2-PrPLP/Dpl)Zrch I Prnp+/+マウスは、生後約560日経過しても正常であった。
(2)特発性プリオン病の疾患感受性因子としての補体系分子の検索:C1qRpにおいて、P559S、M662V(数字は、アミノ酸通し番号)の二つのアミノ酸置換を伴う遺伝子多型を認めた。P559S多型は、疾患群でS/S 9例(60%)、S/P 3例(20%)、P/P 3例(20%)であり、対照群でS/S 21例(45.7%)、S/P 23例(50%)、P/P 2例(4.3%)であった。両群間でカイ二乗検定を行ったところ、p=0.044で有意差を認めた。プリオン病感染因子の経口的、あるいは血液を介した伝播・発症には、脾臓、リンパ装置など網内系が関与している。C1qもまた、補体システムの一員として腹腔内投与後のプリオン病感染因子の伝播に関与している。今回確認された遺伝子多型は、レセプターの機能部位の提示に関わる領域とされており、レセプターとしての機能に影響を及ぼすことでプリオン病発症に関与している可能性がある。
(3)プリオン蛋白相互作用因子の探索:細胞内環境を考慮し、pH 7.2の条件で結合反応を行ったところ、感染細胞抽出物を供した600~800 mM NaClの溶出画分で約100 kDaのバンドが認められた。一方、非感染細胞の600~800 mM NaClの溶出画分では、約220 kDaのバンドが認められ、プリオン蛋白と結合する感染・非感染細胞間で異なった分子の存在を発見した。
(4)プリオン感受性・非感受性細胞を用いたプリオン増殖関連因子の探索:N2aはI3/I5との共培養によりPrPSc陽性となった。この結果は、共培養によりプリオンがI3/I5からN2aに伝達され、N2aで増殖することを意味している。一方、NOR10、NMuLiおよびG8では、PrPSc陽性とはならなかった。即ち、N2a細胞はプリオン感受性であるが、NOR10、NMuLiおよびG8はプリオン非感受性細胞であることを示唆している。
また、I3/I5はOpti-MEM-10%FBSで維持・培養すると、PrPScは長期に渡り維持されるが、培地をD-MEM-4%FBSに変更すると、PrPScの産生は急速に消失することを見いたした。そこで、Opti-MEM-10%FBSで培養したI3/I5(OP-I3/I5)とD-MEM-4%FBSで培養したI3/I5(DM-I3/I5)の間で遺伝子発現レベルの変化をMPSS法により解析した。現在までに、DM-I3/I5で発現が高い遺伝子のうち、MPSS解析で複数回出現したものが43断片、一回出現したものが38断片、得られている。
結論
(1)プルキンエ細胞でのPrPLP/Dplの異所性発現は、プルキンエ細胞変性死を誘導し、PrPCはPrPLP/Dplの神経変性作用を用量依存性に阻害することが判明した。(2)C1qRp遺伝子において疾患群と対照群とで有意に異なる遺伝子多型を認めた。(3)プリオン蛋白との結合能を有する分子として、プリオン持続感染細胞のラフトに特異的に存在する約100 kDa蛋白質分子1種と存在しない約220 kDaタンパク質分子1種を発見した。(4)4種のマウス株化細胞をプリオン感受性・非感受性に分類した。また、I3/I5プリオン持続感染細胞は培養条件の変更によりプリオン増殖を許容しなくなることから、プリオンの増殖を許容するI3/I5との間で、遺伝子発現の比較解析を行った。これまでに、プリオン増殖を許容するI3/I5細胞で発現が高い、計81の遺伝子断片を同定した。

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