保育が子どもの発達に及ぼす影響に関する研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200200398A
報告書区分
総括
研究課題名
保育が子どもの発達に及ぼす影響に関する研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成14(2002)年度
研究代表者(所属機関)
網野 武博(上智大学)
研究分担者(所属機関)
  • 安梅勅江(浜松医科大学)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 子ども家庭総合研究
研究開始年度
平成13(2001)年度
研究終了予定年度
平成15(2003)年度
研究費
5,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
今日、子ども家庭福祉の分野においてこれほどまでに保育ニーズへの対応が強調され、保育改革がすすみつつあるにもかかわらず、保育が子どもの発達に及ぼす影響、とりわけ0歳からの保育や長時間保育が及ぼす影響については、子育て観に基づく主観的見解が多々みられ、おおむね社会的通念としては、これらの保育がもたらす否定的影響に関する論が多くみられた。我々は、長年保育所保育のメリット、ディメリットに関し多面的にアプローチを続けているが、とくにいわゆる母性神話、三歳児神話の根源にある母性イコール実の母親の絶対性に重きを置くパラダイムが、一般的な見解はおろか専門的見解の中にも客観的、科学的見解を凌駕して主張されていることに注目してきた。
このため、0歳からの保育や長時間保育の影響をより客観的に、総合的に把握して、この問題に関する課題と展望を示すとともに、実の母親とともに社会的親の典型である保育所の保育者が日々子どもとのかかわりを通じて及ぼしている影響を真に捉え直して、子どもの発達に貢献する保育所の役割と課題をあらためて明確にすることが、保育政策の重要な課題であると考え、本研究をすすめてきた。
研究方法
分担研究1「保育効果に関する縦断的研究」(分担研究者 網野武博)では、2年間にわたり、保育が子どもの発達に及ぼす影響に関する先行研究、国内39点、国外98点、計137点を発達の諸側面から検討した。保育が子どもの心理的な発達に及ぼす影響を捉える観点として、先行研究では保育の状況(保育の始期・期間・時間、保育環境、保育の質、家庭環境との関連など)、子どもの発達の側面(アタッチメント・認知・行動など)のそれぞれについて様々な変数がとりあげられ、相互の関連性が検討されてきた。本年度は、保育状況の多様な側面ごとに主な先行研究の結果をとりあげ、これまでに得られた知見をまとめ、考察した。
また、就学前における保育経験とそれについての認知が、思春期、青年期、成人期における愛着(アタッチメント)の発達、社会情緒的発達、また子育てや保育についての意識と行動とにどのように関連しているかを明らかにし、各発達段階における保育の影響について検討を加えることを目的として、アンケート調査の実施と分析を今年度から開始した。調査は、子ども用、保護者用に分けられ、調査対象は、7614人、回収数は、5018人(有効回収率65.9%)、内訳は子ども2755人、成人・保護者2263人であった。本年度は、子どもを対象とした調査のうち、0歳からの保育を経験した対象者を含む中学生から高校生までの2638人の回答を分析した。内容は、<乳幼児期における養育・保育経験><保育経験についての認知><愛着の発達><親子関係の認知><社会情緒的発達・行動><子育て観・保育観・性別役割観>等に関するものである。
分担研究2「夜間に及ぶ長時間保育に関する5年間追跡実証研究」(分担研究者 安梅勅江)は、長時間保育(11時間以上)が子どもの発達に及ぼす影響について、追跡研究を実施しているものであり、初年度に引き続き、各年の追跡結果をまとめた。対象は、全国の認可夜間及び併設昼間保育所87園の保護者及び援助の担当保育専門職であり、最初に調査した1988年(調査対象1924名)を基準年としている。本年度は、3年後の追跡調査であり、分析対象は485名であった。本研究の特徴は、11時間を超える長時間保育を子どもの発達への影響変数のひとつに加えていること、子どもの「発達」を評価基準とし、発達への影響要因を複合的に検討していることである。子どもの発達に影響する育児環境、保護者の状況などの要因を加え、その中で長時間保育がどの程度の影響力をもつかを追跡している。
結果と考察
分担研究1国内外の文献研究(2):保育の開始時期が子どもの発達に及ぼす影響をめぐっては、いわゆる三歳児神話などの通説を中心に、早期からの保育経験に対して否定的な見解が1980年代を通して一般的であった。しかし、その研究手法を含めアタッチメントにおける保育効果の是非をめぐる論争が展開された。その後も、0歳からの保育をはじめ、保育開始時期の相違による保育効果についての統一的な見解は得られておらず、開始時期よりも、関連する多様な要因の影響が大きいことが示唆された。したがって、今後、保育開始時期による保育効果に関する研究では、母親・保育者とのアタッチメント形成に重要な敏感性・応答性をはじめとする様々な要因との関連を考慮した、より精緻な研究が必要であると結論された。
保育時間の長さが発達に及ぼす影響についても、保育開始時期と同様に、受けた保育の質と家庭環境による影響が大きいことが示されている。
以上のように、「保育の質」が重要な要因になっていることが、先行研究により示されているが、保育の質の定義は研究によって異なり、一義的に述べることは難しい。これまでのところ、特に子どもの心理的発達に関する研究の文脈において保育の質をどのように捉えるかについては、その重要性を指摘する研究の多さに反して、詳細な検討はあまりなされていない。保育の質は、大きく構造的要因と機能的要因の二つに分けられるとされる。前者は保育者と子どもの比率・設備(家具やおもちゃ)・保育者のトレーニングといった「保育環境」ともよべる比較的統制可能な物理的・制度的側面であるのに対し、後者は保育者の敏感性・暖かさ・モチベーションといった主に保育者の資質に関する心理的側面である。機能的要因については、NICHDの縦断調査においては「保育の特徴」のひとつとして扱われ、問題行動、認知・言語能力、就学レディネス、母子関係・愛着関係との関連が示されているように、直接的な発達への影響を検討したり、これのみを「保育の質」として捉えている研究も多い。構造的要因については、その直接的な影響、機能的要因と構造的要因の関係について、今後さらに比較・検討が必要である。また、保育の質を、すべての文化に共通する一義的解釈を求めるのではなく、その国・社会の実状に沿った、より精緻な検討が求められると言え、我々の研究においても、第3年度において、これをさらに検討していきたいと考えている。
0歳からの保育が子どもの発達に及ぼす影響に関する研究:今回の結果を分析したところ、乳幼児期の母親の就労の有無や保育経験によって、思春期、青年期における発達、行動上の相違や特徴はとくにみられず、国内外の文献研究とほぼ一致する結果がみられた。具体的にみると、親子関係の発達、仲間関係における適応、自尊心の発達との間に概ね有意な差はみられなかった。
しかし、意識面においては0歳からの保育経験を持つグループが他のグループと異なる特徴がいくつかみられた。つまり保育についての一般的評価、養護性の発達において、有意な相違がみられ、とくに、早期からの保育経験や女性の就労が発達に及ぼす影響を肯定的に受けとめる意識、そして子どもに対する受容的、情愛的意識は注目される結果であった。また、0歳からの保育経験と、3歳以降からの保育経験による、意識や発達・行動上の相違も重要な点として指摘される。とくに意識にみられる子育て観、保育観、性別役割観は、自分の受けた保育経験が思春期、青年期においてストレートに反映されていることは重視される。
分担研究2:運動発達、社会性発達、言語発達について担当保育士が評価した結果を分析し、3年後の子どもの発達に関連する要因についてオッズ比を求めたところ、発達上のリスクの有意な関連要因として、「保育時間」はいずれの分析でも有意な結果はみられなかった。子どもの発達に関連する要因としては、<対人技術>では「一緒に買い物に連れて行く機会が乏しい」、「きょうだいがいる」、基準年の運動発達がゆっくりである」、<粗大運動><理解>では「基準年の運動発達がゆっくりである」場合に、発達上のリスクが有意に高かった。また、すべての変数を投入した多重ロジスティック回帰分析の結果からは、<粗大運動>では「本を読み聞かせる機会がめったにない」、「基準年の運動発達がゆっくりである」、<対人技術>では「きょうだいがいる」の場合に、発達上のリスクが有意に高かった。これらのことから、子どもの発達保障として、家庭環境を含めた子どもに対するかかわりの質的向上への働きかけの重要性が示唆されている。
結論
近年保育ニーズの中でも非常に重視されている0歳からの保育、長時間保育という、とくに子育て支援の対応が求められる保育サービスに関して、単にその是非を論じるのではなく、また単に保護者のニーズに応じてこれらの保育サービスを広げていくのではなく、子どもの発達に直接的に多大な影響を及ぼす「ケアの質」、つまり家庭における養育の質、保育所における保育の質を機能的に、構造的に十分に配慮しながらすすめることが重要であると、考察することができる。

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