思春期やせ症の実態把握及び対策に関する研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200200375A
報告書区分
総括
研究課題名
思春期やせ症の実態把握及び対策に関する研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成14(2002)年度
研究代表者(所属機関)
渡辺 久子(慶応義塾大学医学部)
研究分担者(所属機関)
  • 福岡秀輿(東京大学大学院)
  • 徳村光昭(慶應義塾大学保健管理センター)
  • 長谷川奉延(慶応義塾大学医学部)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 子ども家庭総合研究
研究開始年度
平成13(2001)年度
研究終了予定年度
平成15(2003)年度
研究費
5,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
現代のスリム志向を背景に、近年思春期やせ症(神経性食欲不振症 anorexia nervosa:以下AN)が増加し低年齢化している。本症は内面のストレスや葛藤をこころで感じ、表現し、解決するかわりに、食べる、食べないことへのとらわれに転化しながら、心身の機能を障害していく病気である。戦後わが国の経済的繁栄の陰で市民生活のストレスが増し、ほっとできる家庭や温かく親身な学校が失われたことによる社会病(social morbidity)ともいわれる。一旦罹患すると最も死亡率の高い難治性の心身症となるため、有効な予防治療対策が急務である。特に小学校の高学年から中学、高校にかけて発症するAN(以下若年発症AN)は、育ち盛りに栄養障害に陥り、低身長、ニ次性徴の遅れ、卵巣子宮の発育障害、脳萎縮、骨粗鬆症などの広汎な発達障害と臓器障害を生じる。このまま放置すれば21世紀の少子・高齢化社会の女性と家族のQOLにまで深刻な影響をもたらす懸念がある。本研究は若年発症ANの有効な予防・早期発見治療のための包括的対策システムの研究を目的とする。平成14年度は全国調査を行い、「健やか親子21」の保健水準の指標である<<1-4 15歳の女性の思春期やせ症(神経性食欲不振症)の発生頻度の減少>>のためのベースライン調査を行う。また若年発症ANの病態を解析し、病初期の身体兆候を明らかにし、早期発見治療につなげる。欧米でかつて思春期の女子100人に1人とされてきたANは、近年世界的に増加が指摘され、英国ロンドンでは15人に1人と報告されている(Lask,B.1996)わが国でも調査はいくつかあるが、十分な実証性を伴うものはまだない。そこで我々は、発育に対する社会心理的ストレスの影響をよく反映するといわれる成長曲線を用いる早期診断法を提案する。これはLask, Bらの提案する若年ANの診断基準「成長期にもかかわらず体重増加が停滞ないしは減少すること」と同じ基本的視点にたち、成長データの悪化を成長曲線で解析する方法である。その子の成長発達学的に規定される自然な成長曲線が、身体疾患がないのに下降する場合は、社会心理生理的ストレスが疑われる。成長曲線から1チャンネル以上の体重下降の持続は、成長発達に有害な「不健康やせ」といえる。「不健康やせ」が持続ないしは進行する生徒において、身体疾患とその他の心身症が否定され、ダイエットやスリム志向が認められる時、思春期やせ症の初期が強く疑われる。平成13年度には、パイロット研究として、集団構成要素の明確で身体疾患の除外された、生徒の行動やスリム志向が常時把握できる高リスクモデル校を研究した。その結果成長曲線、徐脈などの初期徴候、行動異変などのデータから発症を早期に捉えることができた。平成14年度は全国頻度調査を実施し、病態解析をさらに進める。
研究方法
本年度は平成13年度の研究結果「平成13年度厚生科学研究(子ども家庭総合研究事業)報告書(第3/7)」p195-233を踏まえ、以下のように全体研究と分担研究を実施する。全体研究では、本班の研究方法を研究者全員で詳しく吟味し、分担研究を支える。具体的には本症の発生頻度に関する全国頻度調査の方法を全体で討論し、若年発症ANの包括的対策システムにそった啓発用小冊子を作成する。分担研究では以下の課題について研究する:1.思春期やせ症の実態把握に関する研究(分担研究者 渡辺久子):1-A女子中高生における思春期やせ症の全国頻度調査(渡辺、南里、田中)、1-B思春期やせ症における成長曲線の解析(渡辺、崔)。2.思春期やせ症の生体リズムとフィットネスに関する研究(分担研究者 徳村光昭)2-A徐脈と自律神経機能不全の解明(徳村、福島)、2-B再発例における運動時心迫数の研究(徳村)、3.思春期やせ症の骨発育障害に関する研究(分担研究者 福岡秀輿)3-A骨発育の研究(福岡、石飛)、4.思春期やせ症の思春期発育障害に関する研究(分担研究者 長谷川奉延)4-A最近20年間における潜在的思春期やせ症の頻度(長谷川、井ノ口)、4-B早期診断された思春期やせ症の治療成績(長谷川、井ノ口、堀)。
結果と考察
[全体研究]:若年発症AN包括的対策システムを提案した。啓発用小冊子「思春期
やせ症の予防と早期発見のために」(A4版 8ページ)を作成した。また成長曲線による予防・早期発見を、広く小児科医、学校保健、母子保健の専門家に働きかけた。[分担研究]:成長曲線を用いた「不健康やせ」と思春期やせ症の全国定点頻度調査を実施した。全国10地域の中学高校一貫校の高校3年生女子(n=1409 ) を対象とし、小学校1年からの身長・体重データにもとづき成長曲線を作成し、本症の予備軍ないしは初期兆候とみなせる「不健康やせ」と思春期やせ症の中学3年と高校3年の頻度を調査した。その結果中学3年生の「不健康やせ」は2.0%―9.9%(平均5.5%),高校3年生の「不健康やせ」は9.8% ―20.9%(平均13.2%)であった。思春期やせ症の有病率は中学3年生で5名で0.52%、高校3年生では27名で2.3%であった。中高6年間の累積発症率は2.3%であった。13年度のパイロット調査同様、中学3年の「不健康やせ」群は有意に高校3年時に「不健康やせ」群であった。「不健康やせ」状態が継続し、悪化しながら思春期やせ症の確立した病像に発展していくことが示唆された。本症の入院患者の成長曲線を解析すると、顕著にやせるまで待たず、「不健康やせ」の認められる時点で診断をすれば、半数以上が入院の必要のない軽い段階で治療できることが示された。成長曲線を用いて学校保健の現場で早期発見する手順を提案した。若年発症ANの病態研究の結果は以下のとおりであった。思春期やせ症の再発例の睡眠時心拍数と自律神経機能をホルター心電図で検討すると、再発時には、回復時に消失していた徐脈と自律神経機能の概日リズムの不明瞭さが再び出現することがわかった。脈拍数による思春期やせ症の早期診断・再発診断の研究で、運動時および安静時心拍数の経時的変化と臨床経過の関係を解析したところ、病状が再燃した症例の最早期の異変として、運動時の心拍数の増加不良が認められた。このケースでは病状がさらに進むと徐脈が出現した。若年発症ANにおける骨量を規定する因子の研究では、本症の骨量は健常群に比べて低下を示し、骨密度(BMD)はエストロゲン値よりもむしろBMIと強い相関を示し、栄養状態の管理の重要性が示唆された。早期診断された思春期やせ症の治療成績の研究では、重症化する前に診断治療されたケースの治療経過は良好であった。
結論
「思春期やせ症の実態把握と対策のための研究」班の研究2年度の成果は以下のとおりである。1)全国定点頻度調査の結果、全国10地域の高校3年女子(n=1409)の「不健康やせ」の頻度は9.8%?20.9%(平均13.2%)、思春期やせ症の頻度は2.3%と判断され、思春期やせ症とその予備軍が全国的に存在することが判明した。2)予防・早期発見・早期治療は急務であるが、成長曲線で「不健康やせ」を見落とさずに追うことで、約半数以上のケースが早期発見できる。また病初期に発見し治療を開始すれば経過は良好であることが示唆された。学校保健における早期発見のための手順を提案した。3)本症が進行した時に認められる副交感神経優位と徐脈が、本症の再発早期のまだ体重があまり減少していない時にも認められることがわかった。また再発の最早期にはまず運動時の心拍数の増加不良が検出され、ついで徐脈が出現し、これらは体重減少よりも早くに認められることがわかった。再発の最早期の身体指標の可能性がある。4)本症の骨代謝機能の推移はBMIとの相関が強く、本症はとりわけ栄養管理が肝腎であることが示唆された。成長曲線の活用や脈を測ることは、子ども自身が親、教師や医師の指導のもとに実施できることである。本症がこのような身近な身体兆候への注意深い関心により予防・早期発見のできる可能性が強く示唆される。平成15年度の研究では、全国的に母子手帳に記入されている成長曲線を、20歳まで延長し、脈を測ることや食行動の項目を加味した個人健康データにしていく方法を、小児科、学校保健、母子保健の協力を得て研究する予定である。

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