学習障害児の早期発見検査法の開発および治療法と治療効果の研究

文献情報

文献番号
200200341A
報告書区分
総括
研究課題名
学習障害児の早期発見検査法の開発および治療法と治療効果の研究
課題番号
-
研究年度
平成14(2002)年度
研究代表者(所属機関)
宇野 彰(国立精神・神経センター精神保健研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 小枝達也(鳥取大学)
  • 原仁(横浜市中部地域療育センター)
  • 篠田晴男(茨城大学)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 子ども家庭総合研究
研究開始年度
平成14(2002)年度
研究終了予定年度
平成16(2004)年度
研究費
5,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
学習障害は、全般的知能は正常であっても通常の方法では文字が習得できなかったり、通常の環境では音声言語の発達のみが遅い特異的な障害である。われわれの客観的調査では、読み書きに問題がある児童が約5%、音声言語の発達のみが遅い児童が約1%おり、学習障害児が各クラスに一人はいる計算になる。これらの学習障害児は教科学習に遅れを生ずるのみではなく、結果的に自信がなくなることで心理的にも多くの問題を抱えることになり、社会的な問題を生じる可能性がある。就学後に発見される児童の多くは、引きこもりや不登校であったり、すでに失敗の経験が多くあるために自信がなく、全般的知能が正常であるがゆえに自己評価が低いか、またはストレスが蓄積され反抗的になったり、周囲から理解されないために反社会的に成長する場合もある。学習障害児への早期介入は機能障害が軽減されるだけでなく、「こころの問題」や「社会的側面」からも必要性が高いと思われる。したがって、早期に学習障害を検出できるような就学前のスクリーニング検査作成が急務である。学習障害の診断評価は一般に就学後半年か1年経過した後においてなされる。しかし、学習の遅れを防ぐには早期発見が重要であることはいうまでもない。これまで3歳児検診や5歳児において早期発見を試みた研究があるが、基本的には成功していない。その理由として、児童の発達における個人差が大きいことや学習障害を検出するための検査項目が網羅されていなかったことなどが挙げられる。学習障害の出現率は自閉症よりも多く、ADHDとほぼ等しいほど多いにもかかわらず、就学前にはほとんど検出されていないのが現状である。本研究の目的は、就学前に学習障害児を検出できる検査方法を作成することである。また、学習障害検出後の指導教育方法について科学的に検討することである。治療法を開発し科学的に効果測定し、確立することもいうまでもなく重要である。その結果、現在小学校で発見されている学習障害児が就学前に発見され、適切な対応がなされることによって不登校は少なくなり、自己に肯定的な成人として社会に羽ばたくことが可能になり、社会全体が活性化していく方向につながることも期待される成果のひとつと思われる。また、中学校に入学後、英語をきっかけにして学習が嫌いになる児童に対して、認知や教育方法の観点から援助することが可能になるのではないかと思われる。研究初年度は検査法の開発と基準値の作成を目的とした。
研究方法
関東4都県の幼稚園、保育園における1001名の年長児童と、茨城県の公立小学校1年生から6年生までの386名、合計1387名を対象とした。年長児童と小学生では英語圏での検査を参考に、就学前の児童でも可能な認知能力を測定する認知4課題と到達度2課題(音韻想起課題としてのラピッドネーミング課題RAN、音韻認識課題としての単語の逆唱課題、図形の記憶課題としての直後再認課題、ワーキングメモリ課題としての数列の逆唱課題、言語発達課題としての文の聴覚的理解力課題、ひらがな1文字音読課題)から構成される就学前スクリーニング検査を開発し、対象児童に1対1にて実施した。小学生には上記の検査に加えて、音語彙課題、カテゴリ語彙課題、1モーラと単語(ひらがな、カタカナ、漢字)の書き取り課題、レーヴン色彩マトリックスなどを実施した。平成14年6月17日付「疫学研究に関する倫理規定」(文部科学省、厚生労働省)に基づき倫理的配慮を検討した。
結果と考察
年長児童では、ひらがな課題が全問音読できた年長児童(仮名音読可能群)と一問でも誤った児童(仮名未習得群)
とを比べると、全6課題において音読可能群が仮名未習得群に比べて有意に正答率が高かった。各項目間の単相関はいずれも有意だったがパス解析の結果では文章の理解力とかな音読力とは互いに関連を認めない因子であった。小学生では、ひらがな1文字音読課題、図形の直後再認記憶課題、レーヴン色彩マトリックスにおいてつまづきを示す児童が約2割存在した。文の聴覚的理解力課題や単語の逆唱課題では9歳を境に成績の向上が認められた。音韻想起課題としてのラピッドネーミング課題RANは、音韻認識課題や語彙課題因子とも有意に高い相関係数を示していた。学習障害はその国で用いられている母国語によって影響される可能性がある。たとえば、英語では「k」と発音してもc,k,ck,ch,qなどの複数の文字が対応しており、音と文字とが1対1対応しているイタリア語やフィンランド語,アラビア語などよりも文字言語を学習するのに時間と労力が必要である。また、文字学習においては不可欠な音韻の分解抽出は、他の言語に比べて英語がもっとも困難である。ヨーロッパや北米などのアルファベット使用語圏では、その文字言語構造により、読み書き障害を中心とした学習障害児が9-10%と多いため、その国の母国語に対応した学習障害児検出のための検査が作成され、対応策が練られている。しかし、わが国ではまだ客観的な検査法はなく、アンケート法による検出方法のみである。アンケートでは記入者の主観に左右されるため、小学生を対象としたわれわれの調査では、客観的な検査に比べて2倍の見落としがあった。したがって、客観的なスクリーニング検査作成が重要であると思われる。今回、就学前の年長児童を対象とし、認知機能障害を測定し学習障害を予測する目的で開発された本スクリーニング検査では、全課題において仮名音読可能群が仮名未習得群に比べて有意に正答率が高かったことから、6種類の課題から構成された本検査は、少なくとも約6歳時でのひらがなの習得に敏感であると思われた。また、小学生のデータと合わせ、音韻想起課題としてのRANは、読み書き能力の発達を検討する際の総合的な指標として有用であると思われた。各検査項目間の相関はいずれも有意だったが、パス解析の結果、文章の理解力とかな音読力とは独立した能力と考えられ、学習障害の大きな2タイプに対しても鋭敏な検査であることが示されたと考えられた。
結論
年長児童から小学6年生までの1387名を対象に、オリジナルに開発した就学前学習障害スクリーニング検査を実施した。その結果、就学前の児童にとっても小学生にとっても、今の時点での学習のつまづきを明確にする検査であることがわかっただけでなく、年長児童にとっては就学前のひらがな音読力と音声言語の発達双方を測定できる検査であることがわかった。

公開日・更新日

公開日
-
更新日
-