遺伝子医療の基盤整備に関する研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200200334A
報告書区分
総括
研究課題名
遺伝子医療の基盤整備に関する研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成14(2002)年度
研究代表者(所属機関)
古山 順一(関西看護専門学校 兵庫医科大学名誉教授)
研究分担者(所属機関)
  • 奥山虎之(国立成育医療センター)
  • 黒木良和(神奈川県立こども医療センター)
  • 左合治彦(国立成育医療センター)
  • 千代豪昭(大阪府立看護大学)
  • 福嶋義光(信州大学医学部)
  • 藤田 潤(京都大学大学院医学研究科)
  • 古山順一(関西看護専門学校)
  • 松原洋一(東北大学大学院医学系研究科)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 子ども家庭総合研究
研究開始年度
平成14(2002)年度
研究終了予定年度
平成16(2004)年度
研究費
10,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
遺伝子医療の健全な発展を促す基盤(人材、施設,情報等)整備を行うことが本研究の目的である。
研究方法
1.臨床遺伝専門医制度のフォローアップ ; 1)臨床遺伝専門医制度委員会に主任研究者が顧問として参加した。2)分担者会議に臨床遺伝専門医制度委員会委員長の参加を求め専門医制度の現況解説を受けた。3)臨床遺伝専門医の研鑽組織〔臨床遺伝研究会〕を支援した。4)欧米の臨床遺伝専門医制度の文献調査および関係者を招聘して直接聴取した。
2.遺伝性疾患の自然歴とトータルケアに関する研究;班会議およびインターネット利用によるオンライン会議を通して、共同調査すべき疾患を選定し、研究協力者別の担当疾患を決定した。共同調査書式を各協力者で作成し共同調査を開始する。自然歴調査への患者・家族の参加に際しては、十分なインフォームドコンセントをとり、個人の尊厳とプライバシー保護を徹底させた。
3.認定遺伝カウンセラーの養成と資格認定制度に関する研究 ; 分担研究班のなかに、1)認定システムと認定制度規則の作成チーム、2)大学院専門課程の教育コースに関する調査チーム、3)認定研修会の運営に関する調査チーム、4)遺伝カウンセラーの社会的認知と医療システムに関する研究チームを作ったうえで作業を進め、全体会議で他の分担班の意見を聞いたうえでさらに検討を重ねる方法をとった。
4.遺伝子医療実施のための情報整備に関する研究 ; 平成9年度厚生省心身障害研究(青木菊麿班長)において本分担研究者が考案し、平成10年度に公開したインターネットのサイト、いでんネット(http://www.kuhp.kyoto-u.ac.jp/idennet/)の遺伝相談施設情報、遺伝子検査・遺伝子治療情報を含むニーズの高い遺伝医療情報のデータベースを整備・更新した。インターネットの別のサイトgenetopiaに公開している各種遺伝性疾患に関する説明、患者サポートグループ情報、遺伝カウンセリング事例集を充実させ、ともに班のホームページ(http://iden.jp)として提供した。個人情報、遺伝情報の管理状態を、大学、研究所、病院等について調査し、問題点を明らかにする。(倫理面への配慮) : 実際に個人を対象に研究を行うわけではなく、倫理的な問題は生じない。ホームページへの公開は了解を得た場合だけに限定した。また、遺伝情報の管理状態調査の内容に個人情報が含まれないよう配慮した。
5.遺伝子診療部活動状況とその問題点に関する研究 ; 遺伝子解析をすでに研究・診療の場面で行っていると考えられる特定機能病院を中心に80の大学病院と5つの国立医療機関を対象としてアンケート調査を行った。調査内容は 1)各診療科とは独立した遺伝子医療部門(遺伝子診療部、遺伝カウンセリング室あるいはそれに類似した組織)が設立されているか、2)設立されている場合にはその実態と課題は何かについてである。
6.産科診療における遺伝カウンセリング体制の構築に関する研究 ; 分担研究者と研究協力者による作業部会を編成し、2回の会合、e-mailによる意見交換を行い、アンケート調査表を作成した。主な質問事項は回答者の 1)バックグラウンド 2)遺伝カウンセリングの活動内容と体制 3)出生前診断の内容 4)産科・不妊・婦人科診療の内容、などである。この調査表を日本産科婦人科学会専門医でありかつ臨床遺伝専門医である85名に郵送した。
7.わが国における稀少遺伝性疾患診断システムの構築 ; 稀少遺伝性疾患に対する遺伝子検査を提供していると思われる全国の主要な研究室・施設を選びだし、分担研究報告の別紙資料に示す調査票を送付した。調査対象選出にあたっては、過去数年の日本人類遺伝学会、日本先天代謝異常学会、日本遺伝子診療学会における関連演題発表施設およびインターネット・ホームページの「いでんネット」掲載の遺伝子検査提供施設を参考とした。
8.遺伝子診療センターの基盤整備に関する研究 ; 国立成育医療センター関連部門(遺伝診療科・放射線診断科・高度先進検査室)によるワーキンググループを作り、会合を定期的に開催し、臨床診断、画像診断およびDNA診断を有機的に連携させる骨系統疾患の包括的診療支援体制の構築について検討した。また、研究協力者の意見を随時とりこむため、班会議およびインターネット利用によるオンライン会議を開催した。
結果と考察
1.臨床遺伝専門医制度に関する研究 ; 1)移行措置により認定された専門医は426名(うち日本人類遺伝学会・臨床遺伝学認定医であったもの349名、日本遺伝カウンセリング学会・遺伝相談認定医師カウンセラーであったもの31名、両者であったもの46名)。新制度による平成14年度の臨床遺伝専門医認定試験に合格して認定された専門医は26名、計452名の臨床遺伝専門医が誕生した。2)分担研究班において臨床遺伝専門医制度委員会委員長より学会認定制協議会が専門医認定制協議会(2001・4・1より)へ移行した経緯、2つの別々の認定医制度が専門医制度として統合された理由、専門医の役割と認定の条件についての解説を受けた。また、現在研修中の専門医候補の医師は335名であり、研修施設については40施設が2005年3月31日までの暫定研修施設、新しい専門医制度研修施設として認定を受けている施設は2施設であることが報告された。3)臨床遺伝専門医の研鑽組織である臨床遺伝研究会の第2回臨床遺伝研究会学術集会(福嶋義光大会長)は平成14年11月16日名古屋市立大学医学部で開催された。4)米国の臨床遺伝専門医学会・American College of Medical Geneticsの前会長、Ralph Rodney Howell博士(子ども家庭総合研究推進事業の外国人研究者招聘による研究者)を招聘して、米国のMD Clinical Geneticsとそれらのメンバーが組織する米国の臨床遺伝専門医学会についての講演の機会を設けた。現在研修中の専門医候補の中にすでに受験資格のあるものが79名含まれており、研修終了者が全員が受験するとは限らない。今から4年後の専門医の更新には、5年間に取得すべき学会等の参加、論文執筆等による聡単位数が100単位以上、ただし適切な遺伝医療の実践30単位取得が必須とされている。臨床に従事していない専門医はこの条項で更新が不可能になると予想され、4年後には臨床に従事している文字通りの臨床遺伝専門医集団となることが推定される。米国の臨床遺伝専門医学会は多彩な事業を行っており日本の臨床遺伝専門医制度も有益な先達の業績を日本流に咀嚼して導入しなければならないと考える。
2.遺伝性疾患の自然歴とトータルケアに関する研究 ; 遺伝性疾患の中で発生頻度が高く、生命予後が良好な疾患のうち、奇形症候群ではDown症候群、Prader-Willi症候群、Angelman症候群、Sotos症候群、Noonan症候群、Williams症候群、Kabuki make-up症候群、Rubinstein-Taybi症候群、de Lqange症候群の9疾患、染色体異常では4p-症候群、5p-症候群、22q11.2欠失症候群の3疾患、先天代謝異常では糖原病Ia型、尿素サイクル異常症の2疾患、計14疾患を選定した。自然歴調査のための疾患別調査用紙を作成した(分担研究報告の資料として添付)。Prader-Willi症候群については研究協力者の永井がすでに日本人患者の自然歴を報告しているので、37名の患者を対象に成長ホルモン補充療法を実施し、身長年間伸び率と身長標準偏差スコアの変化、最終身長の改善、肥満度の軽減について検討した結果、成長ホルモン補充療法は有効と判定された。Rubinstein-Taybi症候群については,研究協力者の所属する病院に受診中または定期的医療管理を受けていたRTS25症例の観察期間平均12.7年の診療記録に基づいて自然歴が検討され、ライフサイクルを念頭に入れた生涯にわたる医療管理が必要であることが判明した。また分担研究者はDown症候群の個別最終身長予測を行い、最終身長と標的身長が有意に相関する事実を明らかにした。発生頻度が高くかつ生命予後が良好な疾患について、自然歴とそれに基づく健康管理の標準的ガイドラインを作成することは、遺伝医療の充実・普及に有効で、患者・家族のQOLの向上に資するものである。
3.認定遺伝カウンセラーの養成と資格認定に関する研究 ; 遺伝カウンセラーを誕生させるためには、養成機関、指導者資格、認定試験の受験資格、認定試験の実施方法などが問題となるが、分担研究班では以下に示す基本方針が纏まった。1)大学院専門課程の遺伝カウンセラー養成コース(専門コース); 遺伝カウンセラーの養成は大学院修士課程に設置された遺伝カウンセラー養成専門コースで行うことを基本とする。認定遺伝カウンセラーとしての認定には、
遺伝カウンセラーが備えるべき要件として知識・技術・態度などが一定のレベルに達していることが必要がある。2)研修会を利用した養成コース(養成研修コース); 遺伝カウンセラーの養成機関は大学院修士課程に限定するのが理想であるが、専門コースの開設が現時点で極めて少ない現状では大学院教育を経ないで資格を取得できるコースの設置も考慮すべきである。詳細は分担研究者の報告に述べた。3)遺伝カウンセラー指導者の認定 ; 遺伝カウンセラーの養成にあたっては実際に遺伝カウンセリングを指導できる指導者が必要である。詳細は分担研究者の報告に述べた。これらの基本方針に基づいて、認定制度による遺伝カウンセラー資格認定制度案(分担研究報告書に添付)が作成された。
4.遺伝子医療実施のための情報整備に関する研究 ; サーバを交換し、新しい班のホームページを作成した。多くの国内の大学・センター等に遺伝子診療部的な部門が作られている状況を反映させるために、いでんネットへの登録施設等173施設に手紙を出し情報の更新・新規登録を要請した。無回答の69施設については電話で確認中である。遺伝子検査データベース(大学等の研究施設で行われているもののみ)には481の検査が登録公開されている。遺伝子治療学会と共同で2001年国内の遺伝子治療臨床研究開発状況のアンケートを行った。これをまとめ、一部をいでんネットに公開した。いでんネットにリンクしている東京医大小児科のサイト及びgenotopiaで、事例集等の内容を改訂・追加した。遺伝相談施設データベースは本人がホームページの画面上で内容を更新するようになっているが、未更新例がかなりあり実状にそぐわなくなっていた。電話で最新状況を確認し更新中である。遺伝子検査の情報も、責任者がホームページの自分の登録内容を更新できるようにしてある。こちらは実際にかなり更新が行われているが、検査の未登録者が多い。2000年に遺伝子治療のはじめての成功例がフランスから発表されたが、2002年にこの時の11例中2例から白血病が発生し、レトロウイルスを用いた遺伝子治療研究がストップしてしまった。このようなニュースの提供を含め、国内の遺伝子治療研究情報を集積した公的なサイトが必要である。個人情報、遺伝情報の管理は、2001年の倫理指針の施行以来注目を集めているが、具体的にどのように行っていて、どのような問題が生じているかという解析は不十分である。本研究により、まずゲノム・遺伝子解析研究の実施者に対する教育が不十分であることが示唆された。
5.遺伝子診療部の活動状況とその問題点に関する研究 ; アンケートを依頼した85施設中58施設(回答率68.2%)から回答を得た。その内、すでに遺伝子医療部門が存在している施設が25施設、計画中である施設が21施設、あわせて46施設であった。遺伝子医療部門を設立する計画のない施設は12施設のみであった。まだ回答が寄せられていない施設にも確実に遺伝子医療部門が存在しているところが最低8ヶ所はあるので、これらを足し合わせると合計54施設ということになり、我国においても急速に遺伝子医療部門が立ち上がりつつあることがわかった.次年度はすでに設立されている遺伝子医療部門の実態と課題について,調査内容を詳細に検討し、遺伝子医療の基盤整備に求められる課題を明らかにする予定である。
6.産科診療における遺伝カウンセリング体制の構築に関する研究 ; 現在、回答を回収中である。今後アンケート調査結果を詳しく解析し、我国の産科診療における遺伝カウンセリング体制の構築に向けて具体的な提言をしていきたい。
7.わが国における稀少遺伝性疾患診断システムの構築 ; 中間集計の時点で178回答(回収率59%)があった。その結果、以下のような項目が注目される:1)検査対象疾患数は、のべ569件(126施設)であった。2)遺伝子検査提供施設の90%は、検査費用を研究室で負担している。3)診断サービス提供の中止を考えている研究室が、26%存在する。4)検査提供施設の43%では、すでに診断サービス提供を中止してしまった検査が存在した。5)診断サービスを中止した検査を別の施設や検査会社に移管したものは、31%だけであった。6)診断サービスの継続に当たって、費用負担を現状でよいと考える回答は4%に過ぎず、高度先進医療の適用、健康保険収載、受益者負担を望む回答が多かった(各62%、44%、38%、複数回答可)。また、施設・人員についても現状でよいと考える回答は6%だけで、全国ネットワーク構築による役割分担、中央検査センターの設立、民間検査会社への移管を望む回答が多かった(各60%、44%、33%、複数回答可)。今回の調査で、稀少遺伝性疾患に対する遺伝子検査を提供する施設の多くが、それを維持していくために苦悩している実態が明らかとなった。詳細は分担研究報告に記載した。
8.遺伝子医療センターの基盤整備に関する研究 ; 1)遺伝性骨系統疾患の包括的遺伝子診療システムの構築;骨系統疾患の包括的診療支援体制の構築に向けて、分担研究報告の図に示すような診療支援体制を構築した。すなわち遺伝診療科と放射線診断部が協力して臨床診断と画像診断から疾患を絞込み、必要に応じて遺伝子解析を行なえる体制を整備した。2)臨床遺伝に関する多施設共同研究について考慮すべき課題;研究協力者の緒方ら(国立成育医療センター)は、成長障害の適切な診断および治療法の開発を目的とし、成長ゲノムコンソーシアムを結成した。これは多施設共同研究体制のモデルである。研究分担報告書に概要が述べられている。国立成育医療センターは、臨床診断・画像診断・遺伝子診断をひとつの施設で自己完結的に行なえる数少ない医療機関のひとつである。ほとんどの医療施設では、そのすべてを一施設で行なうことは困難であり、それぞれの専門施設を結ぶネットワークが必要となる。とくに、コンピューターネットワークを活用することは、利便性、簡便性、経済性などを考慮するともっとも望ましいものであるが、一方では個人の診療情報の漏洩などの問題があり、プライバシーへの配慮を十分に行なう必要がある。次年度では、とくに、双方向性の情報交換におけるコンピューターネットワークの問題について検討し、安全でかつ有用な遺伝子診療システムの構築を目指す予定である。
結論
遺伝子医療を担当する人材に関わる研究では、先行の研究班により設立された臨床遺伝専門医制度による専門医が平成14年度に452名誕生した。遺伝医療のパートナーとなる遺伝カウンセラー制度に関しても制度規則案が作成され遅くとも平成17年4月1日の制度発足に向けた詰めの作業が進行中である。遺伝子医療の拠点となる遺伝子診療部やセンターも調査によれば問題を抱えながら着実にその数を増している。遺伝子医療を支える研究に関しては、遺伝子医療実施のための情報整備は確実に進行しているが、一方稀少遺伝性疾患に対する遺伝子検査の多くが存続の危機にさらされている。本研究は3年計画の1年目を終了した。8課題のうち臨床遺伝専門医制度のフォローアップは平成15年度で課題を完結し、出来れば平成16年度は遺伝カウンセラー制度のフォローアップの課題に移行できることを望んでいる。

公開日・更新日

公開日
-
更新日
-