高齢者の脳血管障害の予防と進展防止を目的とした漢方薬による治療法の開発

文献情報

文献番号
200200287A
報告書区分
総括
研究課題名
高齢者の脳血管障害の予防と進展防止を目的とした漢方薬による治療法の開発
課題番号
-
研究年度
平成14(2002)年度
研究代表者(所属機関)
嶋田 豊(富山医科薬科大学医学部和漢診療学)
研究分担者(所属機関)
  • 小林祥泰(島根医科大学)
  • 三潴忠道(飯塚病院)
  • 後藤博三(富山医科薬科大学)
  • 長坂和彦(諏訪中央病院)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 長寿科学総合研究
研究開始年度
平成12(2000)年度
研究終了予定年度
平成14(2002)年度
研究費
5,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
本研究は高齢者の脳血管障害の予防や進展防止に対する漢方薬の臨床効果を研究し、同時に基礎的研究で漢方薬の作用機序を明らかにすることにより、最終的に高齢者の脳血管障害に対する漢方薬による治療体系の確立を目指している。以下に本研究の本年度の具体的な目的を項目ごとに列挙する。
1. 無症候性脳梗塞に対する桂枝茯苓丸の効果
無症候性脳梗塞患者の精神症状(認知機能、やる気、うつ状態)、自覚症状等に及ぼす桂枝茯苓丸を主とする和漢薬長期治療の効果を明らかにする。
2. 脳血管障害に対する漢方薬の有効性の作用機序
a. NO donor誘導神経細胞死に対する釣藤鈎の保護作用: 培養神経細胞を用いてNO donor誘導神経細胞死に対する釣藤鈎の保護作用を明らかにする。
b. 脳血管障害患者の高次機能に対する漢方薬の効果に関する研究: 脳血管障害後の認知機能障害に対する釣藤散の効果を、事象関連電位P3の変化を指標として明らかにする。
c. 老化に対するお血病態の関連および駆お血剤の影響についての研究: 代表的駆お血剤である桂枝茯苓丸の血液凝固線溶系に対する影響についてソノクロットを用いて明らかにする。
d. 自然発症高血圧ラット(SHR)摘出胸部大動脈のフリーラジカル誘発収縮反応に対する桂皮エキスおよびケイヒアルデヒドの血管収縮抑制効果: SHRの摘出血管を用いて、桂皮のxanthine/xanthine oxidase(X/XO)誘発収縮に及ぼす影響と、収縮時のthromboxan(TXA2)産生に対する影響を明らかにする。
e. 脳卒中易発症自然発症高血圧ラット(SHR-SP)の血液レオロジー因子及び血管機能に対する釣藤散の効果: SHR-SPを用いて、釣藤散の血液レオロジー因子、血管内皮機能に及ぼす効果を明らかにする。
研究方法
以下に、項目毎に列挙する。
1. 無症候性脳梗塞に対する桂枝茯苓丸の効果
無症候性脳梗塞患者190例に対して桂枝茯苓丸(KB)エキス製剤を主体とした和漢薬治療を行ない、改訂長谷川式簡易知能評価スケール(HDS-R)、Apathy scale(やる気スコア)、Self-Rating Depresion Scale(SDS:うつ状態スコア)を評価し、健常高齢者群との比較、桂枝茯苓丸を1年間6ヶ月以上服用していたKB-A群と6ヶ月未満のKB-B群に分けた検討、自覚症状、血圧に及ぼす効果を検討した。
2. 脳血管障害に対する漢方薬の有効性の作用機序
a. NO donor誘導神経細胞死に対する釣藤鈎の保護作用:培養小脳顆粒細胞にNO donor(SNP、SIN-1)を一定時間添加し、同時に釣藤鈎エキス及びその画分を添加し、MTT法によってそれらのNO donor誘導神経細胞死に対する保護作用を検討した。
b. 脳血管障害患者の高次機能に対する漢方薬の効果に関する研究: 脳卒中発症後、認知機能障害を来した10例を対象に釣藤散7.5g/日を12週間投与し、その前後で事象関連電位P3(標的刺激に対するtarget P3および新奇刺激に対するnovelty P3)を高解像度脳波記録装置により記録した。同時にMini Mental State Examination (MMSE)、語想起検査、Zungの抑うつ度尺度(SDS)を評価した。
c. 老化に対するお血病態の関連および駆お血剤の影響についての研究: 高齢者のお血病態患者を対象に桂枝茯苓丸を12週間投与し、ソノクロット分析装置を用いてActivated clotting time(ACT)等の凝固系、及びプラスミノーゲン等の線溶系に及ぼす影響を検討した。
d. SHR摘出胸部大動脈のフリーラジカル誘発収縮反応に対する桂皮エキスおよびケイヒアルデヒドの血管収縮抑制効果: SHRの胸部大動脈を使用し、マグヌス法により桂皮及びケイヒアルデヒドのX/XO誘発血管収縮、phospholipase A2(PLA2)誘発血管収縮、thromboxane B2(TXB2)産生に対する影響を検討した。
e. SHR-SPの血液レオロジー因子及び血管機能に対する釣藤散の効果: SHR-SPを蒸留水を与えたコントロール群と0.3%釣藤散エキスを溶解した水を与えた釣藤散群の2群に分け8週間投与し、血圧、血清NO代謝物、過酸化脂質、血液粘度、赤血球変形能、マグヌス法による血管弛緩反応を測定した。
結果と考察
以下に、結果及び考察の概略を項目毎に列挙する。
1. 無症候性脳梗塞に対する桂枝茯苓丸の効果
1年以上継続して和漢薬治療を行なっている無症候性脳梗塞患者190例が対象となった。和漢薬治療により精神症状が改善し、中でもうつ状態(SDS)は主に桂枝茯苓丸による和漢薬治療を3年間継続していた群で健常高齢者群の経過に比べて有意に改善した。和漢薬治療の年毎の経過では、知的機能(HDS-R)及びやる気(Apathy Scale)でも開始時に比べて改善がみられる評価時点があった。自覚症状の各項目でも頭重感と頭痛で開始時に比べて改善傾向がみられた。また、桂枝茯苓丸が高血圧を改善する可能性を示す成績が得られた。以上より、無症候性脳梗塞患者において桂枝茯苓丸を主体とした和漢薬治療が有用である可能性が示唆された。
2. 脳血管障害に対する漢方薬の有効性の作用機序
a. NO donor誘導神経細胞死に対する釣藤鈎の保護作用: NO donor誘導神経細胞死を釣藤鈎エキスは容量依存的に抑制し、フェノール画分とアルカロイド画分も抑制効果がみられた。釣藤鈎のNO donor誘導神経細胞死に対する保護作用が示唆された。
b. 脳血管障害患者の高次機能に対する漢方薬の効果に関する研究: 釣藤散投与により、MMSEスコアーと語想起数はともに有意に増加した。Target P3の潜時は薬剤投与後有意に短縮し、反応時間も短縮した。Novelty P3の振幅は有意に増加し、その頭皮上分布がより前方に移動した。以上のことから、釣藤散は脳血管障害後の認知機能障害を改善させることが示唆された。
c. 老化に対するお血病態の関連および駆お血剤の影響についての研究: ACTは投与前に比べて投与4週後に有意に延長し、8週後、投与後12週後も有意な延長は持続した。プラスミノーゲン値は、投与前に比べて投与4週後に有意に上昇し、8週後、12週後も有意な上昇は持続した。桂枝茯苓丸は凝固因子の活性を抑え、線溶系を活性化し、血栓形成傾向を改善する効果があることが示唆された。
d. SHR摘出胸部大動脈のフリーラジカル誘発収縮反応に対する桂皮エキスおよびケイヒアルデヒドの血管収縮抑制効果: SHRの摘出大動脈におけるX/XOによる血管収縮反応は桂皮エキス及びケイヒアルデヒドによって抑制され、TXB2濃度は増加が抑制された。PLA2による血管収縮反応はケイヒアルデヒドで抑制され、TXB2濃度の増加も抑制された。桂皮及びケイヒアルデヒドはTXA2産生抑制を介して血管保護作用を有する可能性が示唆された。
e. SHR-SPの血液レオロジー因子及び血管機能に対する釣藤散の効果: 血圧は釣藤散群はコントロール群に比べて有意に低かった。釣藤散群は8週後の血清NO代謝物が高い傾向がみられ、血清過酸化脂質は有意に低く赤血球変形能も有意に優れていた。内皮依存性血管弛緩反応は釣藤散群が有意に大きかった。SHR-SPにおける釣藤散の脳卒中発症予防効果の可能性が示唆された。
結論
無症候性脳梗塞に対する桂枝茯苓丸を主とする和漢薬の長期投与の効果の検討によって、うつ状態等の精神症状に対する有効性が示された。また、脳血管障害に対する漢方薬の有効性の作用機序に関する基礎的研究によって、桂枝茯苓丸の血栓形成傾向改善作用、桂皮の血管収縮抑制作用、釣藤散の血液レオロジー改善作用、血管内皮機能保護作用、釣藤鈎のNO donor誘導神経細胞死に対する保護作用等が明らかとなった。

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