慢性関節リュウマチに対する鍼灸治療の多施設ランダム化比較試験

文献情報

文献番号
200200286A
報告書区分
総括
研究課題名
慢性関節リュウマチに対する鍼灸治療の多施設ランダム化比較試験
課題番号
-
研究年度
平成14(2002)年度
研究代表者(所属機関)
山本 一彦(東京大学大学院医学系研究科)
研究分担者(所属機関)
  • 磯部秀之(東京大学大学院医学系研究科)
  • 沢田哲治(東京大学大学院医学系研究科)
  • 粕谷大智(東京大学医学部)
  • 代田文彦(東京女子医科大学)
  • 細江久実子(東京女子医科大学)
  • 吉川信(東京女子医科大学)
  • 鈴木輝彦(埼玉医科大学)
  • 山口智(埼玉医科大学)
  • 小俣浩(埼玉医科大学)
  • 藤原久義(岐阜大学医学部)
  • 福田一典(岐阜大学医学部)
  • 赤尾清剛(岐阜大学医学部)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 長寿科学総合研究
研究開始年度
平成12(2000)年度
研究終了予定年度
平成14(2002)年度
研究費
8,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
1.関節リウマチに対する鍼灸治療の有効性と有用性および安全性を、外来にて薬物療法を行っている群を対照とした多施設ランダム化比較試験により検討することを主目的とする2.多施設のランダム化比較試験のプロトコールを完成することで、今後、本邦で鍼灸に関係するランダム化比較試験を行う際の参考となり、デザイン、実施、解析、解釈、報告に役立つことも目的とする。3.関節リウマチは、quality of life(以下QOLと略す)や社会活動性の低下を招き、大きな疾病負担を有している。厚生省の調査によれば骨関節・リウマチ性疾患は脳血管障害と並んで、肢体不自由の主要を占めており、脳卒中、老衰、転倒骨折に続く寝たきりの原因の第4位を占めている。一方、厚生省が毎年行っている国民健康調査によればリウマチ患者の3~10%は医療機関と併せて鍼灸・マッサージの治療を受けており、臨床上疼痛の軽減や可動域の拡大などを認めており、QOL向上に役立っている。しかし、鍼灸の効果についての文献は少なく、多くはその質に問題があると指摘されている。本研究を行うことで、リウマチ治療のプログラムの一つとして位置付ける基礎となることが期待でき、リウマチのQOLの向上に対し貢献できる。4.上述のような多施設のランダム化比較試験が行われば、EBMに具体的な情報を提供することが可能となり、教育効果の向上が期待できる。
研究方法
「関節リウマチに対する鍼灸治療の多施設ランダム化比較試験のプロトコール」1. 対象:外来通院中の慢性関節リウマチ患者;背景因子のばらつきを最低限に抑えるため以下の基準を設けた。(1)通院可能であること(2)対象年齢を20~75歳とする(3)発症後2年以上を対象とする(4)ステロイドの量を10mg/日以上投与されている患者は対象外とする。2. 試験デザイン:(1) 群の構成:以下の2群をもうけ比較する。1) 外来にて薬物療法を行っている薬物療法群(A群)2) 外来にて薬物療法+鍼治療を行っている鍼治療併用群(B群)(2) ランダム割付けランダム化割付けは患者ID番号一桁が偶数の患者はA群、奇数の患者はB群で振り分けを行う。(3)マスキング被験者および施術担当者に対するマスキングは行わない。評価者は医師とし、被験者が何れの群に割り付けられたかについてはマスクされた状態で評価を行う。(4)目標症例:200例 各施設50例(各群25例づつ)(5)試験実施期間:2000年(平成12年)5月1日から2003年(平成15年)3月31日3. 試験スケジュール(1)医師による適応の確認①試験開始時の評価②説明・同意書の確認③QOL質問表の記入の依頼(2)割付け患者ID番号一桁が偶数の患者はA群、奇数の患者はB群で振り分け、B群に関しては鍼治療担当者に連絡、施術担当者が鍼治療を行う。(3)介入(治療法)1) 薬物療法群(A群)は定期的に外来で薬物療法を受ける。試験中の薬物の種類の変更、量の増減については外来担当医師に一任する。(症例報告書に記載)ただし、ステロイドの量が1日10mg以上となった症例は脱落とする。2)鍼治療併用群(B群)は薬物療法は外来で従来通り受け、週1回の鍼治療を受ける。鍼治療はRAの病期別に患者の活動性や機能障害を考慮しながら局所と全身の治療を行う。治療法はあらかじめ当科にて考案した病期別の鍼治療法を参考にして行い、RA 患者の病態に応じて統一した治療法にする。ただし、刺激量
は施術担当者に一任する。3) 観察方法および評価項目(endpoint)評価項目(endpoint)1.ACR活動性指標(アメリカリウマチ学会提唱の活動性指標)および改善基準1)。3. AIMS-2(Arthritis Impact Measurement Scales version2)2)~3)日本語版にてアンケート調査を行う。共に介入(治療)前、介入3ヶ月後、6ヶ月後、9ヶ月後、1年後に評価を行う。4. 中止・脱落(1)中止の場合1) 同意の撤回があった場合2) 他疾患の併発のため試験の継続が困難と判断された場合3) 有害事象の発現のため試験の継続が困難と判断された場合4) プレドニン量が10mg/日以上となった場合5) 手術適応となり入院を余儀なくされた場合(2)脱落の場合:脱落した症例については、手紙・電話などで追跡調査を行い、転帰有害事象の有無などを明らかにし、症例報告書に記載する。5. 倫理面への配慮:被験者への権利保護(1)本試験は日本語版GCP(Good Clinical Practice)にもとづき、試験開始に先立ち患者本人に下記の内容を説明し文書により治療への参加について、自由意志による同意を得るものとする。 (2)その他/原則として各施設の倫理審査委員会において本試験の審議を行う。6. 統計解析(1)2群間の背景因子の比較可能性については、データの性質に応じて、t検定、Mann-WhitneyのU検定、X2検定、Fisherの直接法の中より、適切な方法をとり有意水準はP<0.15とした。(2)主要評価項目のACRコアセットはACR改善基準に基づき評価。(3)ACRコアセットの各項目についてはRepeated Measure ANOVAによる2群間の多重比較を行い、95%信頼区間を求める。(4)QOL評価のAIMS-2質問紙については、Repeated Measure ANOVAによる2群間の多重比較を行い、95%信頼区間を求める。(5)またAIMS-2の各項目の動きの推定を行い95%信頼区間を求める。(6)安全性については有害事象の各群の発現率を算出し、95%信頼区間を求める。なお、データ処理にはSAS Institute社製Stat View for windows version 5およびMicrosoft社製 Excel for windows98を用いた。
結果と考察
結果:1.症例の収集:文書により同意を得られ、ランダムによる割付が行われた。平成14年12月時点で症例はA群(薬物療法群)82例、B群(鍼灸治療併用群)96例で合計178例である。経過中にA群の2例が脱落(1例:来院困難なため、1例:ステロイド量が10mg以上となったため)し、B群の6例が脱落(2例:手術のため、1例:来院困難なため、3例:ステロイド量が10mg以上となったため)した。よって介入12ヶ月時にはA群(薬物療法群)80例、B群(鍼灸治療併用群)90例となり計170例が解析の対象となった。2.背景因子:症例の背景因子は、ほとんどの項目において有意差はみられなかったが、日常生活動作(ADL)において群間のばらつき(P<0.15)がみられた。3.ACRコアセットの改善について(1)圧痛関節数の変化:圧痛関節数は12ヶ月時においてA群が17.5→16.4(93%)へ、B群が18.1→14.5(80%)とB群の鍼灸併用群がコアセット基準の20%以上の圧痛関節数の減少を認めた。ただし9ヶ月時点で両群においてP=0.42と有意差は認められなかった。(2)腫脹関節数の変化:腫脹関節数はA群が9.5→8.4(81%)へ、B群が10.5→8.5(81%)と両群共20%以上の改善はみられず、12ヶ月時点で両群間でP=0.34と有意差は認められなかった。(3)赤沈値の変化:赤沈値はA群が33.4→34.5(102%)へ、B群が32.9→29.6(90%)と両群共20%以上の改善はみられず、12ヶ月時点で両群間でP=0.29と有意差は認められなかった。(4)患者疼痛VAS:患者疼痛VASは12ヶ月時においてA群が6.3→5.4(85%)へ、B群が6→4.8(79%)と鍼灸併用群がコアセット基準の20%以上の改善を認めた。また12ヶ月時点で両群間においてP=0.005と有意差を認め、鍼灸併用群が有意に改善を認めた。(5)患者全体VAS:患者全体VASは12ヶ月時においてA群が5.7→4.5(79%)へ、B群が5.8→3.5(61%)と両群共にコアセット基準の20%以上の改善を認めた。また12ヶ月時点で両群間においてP=0.003と有意差を認め、鍼灸併用群が有意に改善を認めた。 (6)医師VAS:医師VASは12ヶ月時においてA群が5.8→5.2(85%)へ、B群が6.2→4.8(78%)と鍼灸併用群がコアセット基準の20%以上の改善を認めた。また12ヶ月時点で
両群間においてP=0.55と有意差は認められなかった。
(6)ADL:ADLはA群が34.8→29.6(85%)へ、B群が36.5→30.3(82%)と両群共20%以上の改善はみられず、12ヶ月時点で両群間においてP=0.79と有意差は認められなかった。(7)ACRコアセット改善基準による評価:改善基準を満たしている症例(改善例)は、A群80例中8例、B群90例中20例で、2×2カイ二乗検定よりP=0.04で両群間において有意差を認め、鍼灸併用群の方が有意に改善を示した。4. AIMS-2の変化:QOL評価法のAIMS-2はA群が145.2→135.3へ、B群が143.6→117.4と12ヶ月時点において両群間でP=0.001と有意差を認め、B群の鍼灸併用群の方が有意に改善を認めた。(1)各項目の変化①移動能はA群が12.6→11.8へ、B群が11.3→9.4 と両群間において(P=0.001)と有意差を認めるが、開始時の点数に差があるため(P=0.07)有意差としては考えない。②歩行能はA群が11.7→11.3へ、B群が11.4→9.2と両群間において(P=0.008)と有意差を認めた。③手指機能はA群が12→11.1へ、B群が11.1→8.6と両群間において(P=0.001)と有意差を認めるが、開始時の点数に差があるため(P=0.06)有意差としては考えない。④上肢機能はA群が11.7→10.7へ、B群が11.9→9.7と両群間において(P=0.08)と有意差は認められなかった。⑤身の回りはA群が9.7→9.1へ、B群が9.7→8.2と両群間において(P=0.08)と有意差は認められなかった。⑥家事はA群が10.1→9.4へ、B群が9.7→8.7と両群間において(P=0.02)と有意差を認めた。⑦社交はA群が10.7→10.2へ、B群が10.5→9.5と両群間において(P=0.026)と有意差を認めた。⑧支援はA群が10.7→10.2へ、B群が11.2→9.2と両群間において(P=0.37)と有意差は認められなかった。⑨痛みはA群が14.6→13.7へ、B群が14.9→10.4と両群間において(P=0.002)と有意差を認めた。⑩仕事はA群が9.8→9.6へ、B群が10.6→8.5と両群間において(P=0.8)と有意差は認められなかった。⑪精神的緊張はA群が11→9.9へ、B群が10→8.5と両群間において(P=0.001)と有意差を認めるが、開始時の点数に差があるため(P=0.01)有意差としては考えない。⑫気分はA群が9.7→9.3へ、B群が9.1→8.7と両群間において(P=0.02)と有意差を認めた。⑬自覚健康度はA群が3.5→3.2へ、B群が3.4→2.9と両群間において(P=0.007)と有意差を認めた。以上のように両群間において、統計上有意な差でB群の鍼灸併用群に改善を示した項目は「歩行能」「手指機能」「家事」「社交」「痛み」「気分」「自覚健康度」であった。また鍼灸併用群においてAIMS-2質問紙の中に「各項目における患者自身が最も良くなって欲しい」という改善優先度の質問があるが、「良くなって欲しい項目」の上位は「痛み」「移動能」「歩行能」「手指機能」などであった。今回、鍼灸併用群では、それら項目が他の項目と比べ有意に改善を認める傾向であった。考察:1. 鍼灸の臨床研究の背景:Evidence Based Medicine(以下EBMと略す)など医療では科学的な根拠が強く求められ、鍼灸においても世界的には臨床面における科学的な根拠の提示が求められている。鍼灸が正当で有効な治療法として受け入れられるためには、比較対照群を設けた臨床試験で有効性を証明していく必要があるが、本邦において比較対照群を設けた鍼灸の臨床報告は少ない。また、多施設ランダム化比較試験においてはほとんど行われていない。今後、本邦において医療システムの中に鍼灸治療を位置付けていくためには、質の高い臨床研究の結果が求められる。今回の研究は、鍼灸臨床の現場で比較的患者数が多い「関節リウマチ」を対象とした多施設ランダム化比較試験を行い、鍼灸治療の有用性を検討することを目的とした。本研究の特徴は医療機関において東洋医学(鍼灸)を行っている施設で、リウマチの専門外来を持ち、リウマチに対して鍼灸の治療頻度が多い施設である、東京大学医学部アレルギー・リウマチ内科、東京女子医科大東洋医学研究所、埼玉医科大東洋医学科、岐阜大学医学部東洋医学講座の4施設を共同研究とした。これは症例数を多数得ること、施設によるバイアスを減少させる事、鍼灸臨床の質とともに西洋医学的な評価が鍼灸治療と同時に行われていること等の理由から多施設の共
同研究とした。おそらく、このような医療機関において鍼灸の多施設のRandomized Controlled Trial(RCT)の研究は日本で初の試みである。鍼灸の臨床研究としてEBMの情報源となるように計画された、このようなテーマを中心とした研究組織の構築は今までなかったと思われる。2. 鍼灸治療の効果と臨床研究の評価法について:今回、ACRコアセットとAIMS-2を用いて鍼灸治療の効果について検討した。その結果、十分に治療の効果を個々のRA患者さん単位で判定することが可能であり、鍼灸治療の臨床研究でも十分に利用できることが確認された。このACRコアセットはこれまでの治療者による評価に加え、患者自身が評価する項目も重視されており、臨床研究の評価法として信頼性と妥当性があり、感度が高いことが証明されている。またQOL評価法であるAIMS-2質問紙も多施設による共同研究によって信頼性と妥当性が証明されている。鍼灸治療がRAに対し有用性があることを提示するためには、ACRコアセットやAIMS-2のような臨床研究でよく使用されている評価法を用いた評価が必要となる。また介入12ヶ月時の症例の収集についてはA群(薬物療法群)82例、B群(鍼灸治療併用群)96例であり、合計178例と症例収集も比較的順調であり、過去の鍼灸関係の比較試験にみられる症例数が少ないという問題はクリアできそうであった。これは本研究の特徴である医療機関において東洋医学(鍼灸)を行っている施設で、リウマチの専門外来を持つ4施設を共同研究としたことが大きいと思われた。また今回の結果より従来のリウマチ治療に鍼灸治療を併用することで身体機能の低下を予防し、血行や精神的安定も得られ、関節リウマチ患者のQOLに寄与するものと考える。
結論
関節リウマチに対する薬物療法群と薬物療法に鍼灸治療を併用した群とランダム化比較試験を行い、RA活動性指標(ACRコアセット)とQOL(AIMS-2)の変化について検討した。1. ACRコアセットの改善基準を満たした症例はA群(薬物療法群)80例中8例、B群(鍼灸併用群)90例中20例で、P=0.04で両群間において有意差を認め、鍼灸併用群の方8.が有意に改善を示した。2.ACRコアセット項目の圧痛関節数は、12ヶ月時において鍼灸併用群がコアセット基準である20%以上の圧痛関節数の減少を認めた。しかし12ヶ月時点で両群においてP=0.42と有意差は認められなかった。3.腫脹関節数は両群共20%以上の改善は認められず、12ヶ月時点で両群間においてP=0.34と有意差は認められなかった。4.赤沈値は両群共20%以上の改善は認められず、12ヶ月時点で両群間においてP=0.29と有意差は認められなかった。5.患者疼痛VASは鍼灸併用群がコアセット基準の20%以上の改善を認めた。また12ヶ月時点で両群間においてP=0.005と有意差を認め、鍼灸併用群が有意に改善を示した。6.患者全体VASは12ヶ月時において薬物療法群と鍼灸併用群共にコアセット基準の20%以上の改善を認めた。ただ、12ヶ月時点において両群間においてP=0.03と有意差を認め、鍼灸併用群が有意に改善を認めた。7.医師VASは12ヶ月時において鍼灸併用群がコアセット基準の20%以上の改善を認めた。しかし1ヶ月時点で両群間においてP=0.55と有意差は認められなかった。8.ADLは両群共、コアセット基準の20%以上の改善を認めず、両群間においてもP=0.79と有意差を認められなかった。10.AIMS-2によるQOL変化:12ヶ月時点で両群間でP=0.001と有意差を認め、鍼灸併用群の方が有意に改善を認めた。11.リウマチに対する鍼灸治療の評価法は、現時点ではACRコアセットやAIMS-2などのQOL評価が適切と考えられた。以上、鍼灸治療はリウマチ患者のQOL向上に寄与することが示唆され、今後リウマチ治療の中においてチーム医療としての位置付けを担うものと考える。

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