高齢者糖尿病を対象とした前向き大規模臨床介入研究

文献情報

文献番号
200200258A
報告書区分
総括
研究課題名
高齢者糖尿病を対象とした前向き大規模臨床介入研究
課題番号
-
研究年度
平成14(2002)年度
研究代表者(所属機関)
井藤 英喜(東京都多摩老人医療センター)
研究分担者(所属機関)
  • 大橋靖雄(東京大学大学院医学系研究科健康科学・看護学)
  • 柏木厚典(滋賀医科大学内科学第3講座)
  • 山田信博(筑波大学臨床医学系内代謝・内分泌内科)
  • 横野浩一(神戸大学医学部老年医学講座)
  • 梅垣宏行(名古屋大学医学部老年科)
  • 三浦久幸(国立中部病院・長寿医療センター内科)
  • 大庭建三(日本医科大学老人科)
  • 荒木厚(東京都老人医療センター内分泌科)
  • 神崎恒一(東京大学大学院医学系研究科加齢医学講座)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 長寿科学総合研究
研究開始年度
平成12(2000)年度
研究終了予定年度
平成14(2002)年度
研究費
23,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
日本には約700万人の糖尿病が存在し、そのうち40%(260万人)は65歳以上と推定されている。このような高齢者糖尿病に対し、どのような治療を、どの程度に実施することが、血管合併症の発症予防や健康寿命の延長に有効であるのかを検討した大規模臨床介入試験は、世界的にみても全くない。その事実が高齢者糖尿病の治療や治療目標に関するコンセンサスが形成されない大きな原因となっている。そこで、高齢者糖尿病を無作為に強化治療群と通常治療群に分け治療を実施し、両群における糖尿病性細小血管症、動脈硬化性血管障害、死亡、ADL、認知機能、うつ状態、糖尿病負担度の推移などを比較検討することにより、高齢者糖尿病における治療の有効性と妥当な治療のあり方を明らかにすることとした。
研究方法
HbA1Cが7.5%以上、あるいは血圧、血清脂質、体重の少なくとも1つが強化治療群における管理目標に達していないHbA1Cが7.0―7.5%の65歳以上の症例を登録する。登録後、1月以内に、年齢、性、糖尿病治療法、HbA1C、血清脂質(総コレステロール、トリグリセライドおよびHDL-コレステロール)、血圧、糖尿病性細小血管症および動脈硬化性血管障害の有無、高脂血症および高血圧の有無および施設を割り付け因子として症例を通常治療群と強化治療群の2群に分ける。強化治療群においては、体重はBMI:25kg/m2、HbA1C:6.5%、血圧:130/85mmHg、血清総コレステロール:冠動脈疾患(-)例では200mg/dl、冠動脈疾患(+)例では180mg/dl、LDLコレステロール:冠動脈疾患(-)例120mg/dl、冠動脈疾患(+)例では100mg/dl、トリグリセライド:150 mg/dl以下、HDLコレステロール:40mg/dl以上を目標とした治療を行ない、一方通常治療群では現行の治療を継続する。これら2群を前向きに追跡し、両群における糖尿病性細小血管症、動脈硬化性血管障害の発症、進展の有無、死亡、死因、ADL, 認知機能、うつ状態、糖尿病負担度の推移を比較検討する。このような検討から、高齢者糖尿病における治療の有効性、妥当な治療法、治療目標を明らかにする。尚、ADL、認知機能、うつ状態、糖尿病負担度の測定には、それぞれ老研式活動スケール、ミニメンタルテスト、老年者うつ病スケール(GDS)、糖尿病負担度スケールを用いる。尚、対象は文書での同意を得た症例とし、同意の撤回は追跡中いつの時点でも可能とした。また、1年毎に中間集計し、2群間の血管障害、死亡などに大きな差異が認められるなど1群に大きなデメリットが生じた場合は、研究を中止することとしている。試験中止の決定は、本研究に参加していない第3者を主体にして構成されるモニタリング委員会が決定権をもつこととしている。
結果と考察
平成12年4月から12月にかけ、プロトコール、調査表、質問票、群割り付けおよびデータ管理システムを作成。平成13年3月から平成14年2月に症例登録を行い、全国39施設より1,173症例が登録された。
登録1,173症例中585症例は強化治療群に、588症例は通常治療群に割り付けられた。両群における年齢、性、HbA1C、血清総コレステロール、トリグリセライド、HDL-コレステロール、血圧、糖尿病治療法、糖尿病性網膜症、腎症、虚血性心疾患、脳血管障害、高脂血症、高血圧の頻度等にに有意差は認めず、均等な割付に成功した。
本年度は、平均追跡期間1年に相当する平成14年9月末までの生死、死因、動脈硬化性血管障害の発症の有無、糖尿病性細小血管症の発症・進展の有無および諸検査値の推移につき調査した。平成15年2月までに回収できた783例(回収率67%)のデータを解析したところ、累積脱落は16例、1.4%と極めて低頻度であった。追跡期間中、致死的エンドポイント9件、非致死的エンドポイント17件の計26件の主要なエンドポイントが発生した。そのうち、心筋梗塞、狭心症、突然死、冠動脈インターベンションが合計13件、脳血管障害が7件、入院を要する心不全が1件と心血管イベントが多発した。イベントは強化治療群で17件、通常治療群で9件と、強化治療群でむしろ多発する傾向にあるという興味深い結果であった。検査値に関しては、追跡開始時8.0%であった強化治療群のHbA1Cは7.5%に低下したものの、通常治療群においても8.1%から7.6%に低下した。一方、血清脂質、血圧などの推移については強化治療群でより顕著な改善を認め、強化治療の効果が出てきつつあると考えられた。このような検査値の変化とイベントの発生率の群間の差異がどのように結びつくかは現時点では不明である。
また、上記共同研究に加え、高齢者糖尿病の栄養摂取状況(井藤)、血管障害(柏木)および血糖コントロ-ル(山田)と年齢の関係、内皮機能障害(神崎)、認知機能障害(梅垣、三浦)、動脈硬化の危険因子(大庭、荒木)および臨床統計法(大橋)に関する研究を、各班員が個別研究として行った。
糖尿病に関する大規模臨床試験は、1型糖尿病を対象とした米国のDCCT (Diabetes Control and Complication)研究、2型糖尿病を対象としたUKPDS(United Kingdom Prospective Diabetes Study)研究、熊本(Kumamoto Study)研究がある。しかし、高齢者糖尿病を対象とした大規模臨床介入試験の報告は皆無である。本研究班で実施している研究は、1)世界で始めての高齢者2型糖尿病を対象とした大規模臨床介入試験である。2)血糖管理のみならず体重、血圧および血清脂質という3要因を管理し、それぞれの管理の重要性を比較検討する、3)高齢者に特有な問題であるADL,認知機能、うつ状態、糖尿病負担度低下の危険因子を検討するなど他の研究では全く検討していない項目が多く、極めて独創性の高い研究と考えられる。しかし、治療介入効果を明らかにする目的で中等度以上の耐糖能低下をもつことを症例選択基準としたために登録にかなりの時間を要した。しかし、その後の経過は順調で、介入開始後1年目における追跡率はこの種の研究としては極めて高く信頼性の高い追跡が行われている。
このように、平均追跡期間が1年間という限られたものであったが、すでに26件の重大なイベントが観察されている。約2/3の調査票の回収率の時点での解析であることから、登録症例1,173症例全体では40件前後のイベントが発生しているものと推定される。今後さらに3-4年追跡すれば危険因子や治療方針の作成に十分な科学的根拠を提供しうるイベント数に達すると考えられる。
強化治療群と通常治療群における検査値の比較において,両群における顕著なHbA1Cの変化と共に、強化治療群で血清脂質、血圧などについて通常治療群より顕著な改善を認めた。したがって、強化治療の効果が出現しつつあるといえるが、改善の程度は極めて僅少であり、臨床的な意義付けは難しい状態にある。今後、さらに強化治療群において、種々の指標が治療目標値に達するように工夫を加える必要があろう。しかし、イベント発生において、むしろ強化治療群に多いという興味ある結果が得られている。追跡1年で判断を下すことは危険であり、今後何らかの方法で追跡を継続し、さらに詳細な検討を行うことにより、今後の高齢者糖尿病治療指針に有用なデータが得られると考えられた。
結論
高齢者2型糖尿病を対象とした大規模臨床介入試験を開始した。プロトコール、調査票、研究協力施設の確保、調査データの集積、解析のためのシステムずくり、症例登録、追跡1年後の調査が順調に行われた。強化治療群にいては検査値が、僅少ではあるが通常治療群より改善したにかかわらず、イベント発生が多い傾向にあるという興味深い結果が得られらた。しかし、結論的なことを言うには追跡期間が短すぎると考えられた。何らかの方法で追跡を継続することが必要である。また、分担研究も、各分担研究者により順調に進められた。

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