D-アミノ酸含有蛋白質に起因する疾病の病態解明とその特異的な分解酵素による治療法の開発に関する研究

文献情報

文献番号
200200245A
報告書区分
総括
研究課題名
D-アミノ酸含有蛋白質に起因する疾病の病態解明とその特異的な分解酵素による治療法の開発に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成14(2002)年度
研究代表者(所属機関)
香川 靖雄(女子栄養大学医化学教室)
研究分担者(所属機関)
  • 浜本敏郎(自治医科大学)
  • 木野内忠稔(自治医科大学)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 長寿科学総合研究
研究開始年度
平成12(2000)年度
研究終了予定年度
平成14(2002)年度
研究費
7,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
私たち哺乳動物において、その生体組織や体液を構成する蛋白質は、従来L型のアミノ酸からのみ構成されると考えられていた。ところが近年、加齢とともに、遊離のD型アスパラギン酸(D-Asp)やD-Asp含有蛋白質が、体内で生じることが明らかになり、D-Asp含有蛋白質は、白内障や動脈硬化、プリオン病などの疾病との関連が指摘されている。特に興味深いのは、アルツハイマー病(AD)の原因蛋白質であるβアミロイド蛋白質(Aβ)においてD-Aspを含むAβ(D-Aβ)が、AD患者脳の老人斑の構成成分として発見されたことである。それらはいずれも自己凝集し、その結果、神経毒性を持つことが、in vitroで確認されており、発症や症状の進行に深く関係しているものと考えられている。しかし一方で、AD患者の脳では、遊離のD-Aspは健常脳に比較し、減少していることも報告されている。これら一見、矛盾する結果に対し、我々は以下のような仮説を立てた。即ち、我々の体内には、防御システムとして、D-Asp含有蛋白質に対する特異的な分解酵素が存在しており、ADでは、その酵素活性が著しく減退した結果、遊離のD-Asp量が減少し、D-Aβがいっそう蓄積して、ADの進行を促進しているのではないか、と言うものである。そこで、D-Asp含有蛋白質分解酵素の探索方法を開発し、分離・同定を行った。その結果、特異的なエンド型分解酵素の精製に成功し、この酵素をD-Aspartyl Endopeptidase(DAEP)と名付けた。従って、本酵素の性質や作用機序を解明することによって、ADを始めD-Asp含有蛋白質に起因する疾病とDAEP遺伝子との関連を遺伝子レベルで明らかにする。そして、これらの疾病の発症前診断や、症状の経過を予測する方法を開発することが本研究の目的である。
研究方法
MALDI-TOF-MSによる解析用サンプルの調製法:電気泳動法により分離した蛋白質をPVDF膜へ転写後、目的のスポットを切り出し、1.5 mlチューブ中で還元用緩衝液(8 Mグアニジン、0.5 M Tris-HCl、0.3% EDTA、5%アセトニトリル、10 mM DTT、pH 8.5)200 μlとともに25℃、1時間保温した。その後、3 mgのモノヨード酢酸を加え、遮光して15分間撹拌した。200 μlの滅菌水、2%アセトニトリル、0.1% SDS 200 μlで各々5分間、撹拌洗浄した後、0.5%ポリビニルピロリドン-40、5 mg/mlメチオニン、100mM酢酸を含む緩衝液200 μlにPVDF膜を移し、25℃で30分間保温した。その後、PVDF膜を200 μlの10%アセトニトリル、トリプシン消化用緩衝液(50 mM重炭酸アンモニウム、5%アセトニトリルを含む)で洗浄した後、実際にトリプシンを含むトリプシン消化用緩衝液100 μlに移し、37℃で保温した。15時間後、PVDF膜を取り出して、残った消化用緩衝液を減圧下で~10 μlになるまで容量を減少させ、ZipTipC18を用いて断片化ペプチドを吸着し、10 mg/ml α-cyano-4-hydroxycinnamic acid (α-CHCA)を含む50%アセトニトリル・0.1%TFA、5 μlでサンプルプレート上に溶出し、MALDI-TOF-MS(アプライド・バイオシステムズ社:Voyager DE-STR)による解析用サンプルとした。
結果と考察
DAEPの一次及び高次構造解析とD-Asp含有蛋白質のスクリーニング法の開発のために、以下の順に研究を実施した。
(1)ビオチン化DAEP阻害剤を用いたDAEP活性中心サブユニットのMALDI-TOF-MSによる同定:精製したDAEPに対して、基質誘導体であるDAEP阻害剤をビオチン化したものを作用させ、その活性中心を特異的に標識し、MALDI-TOF-MSによって解析することを試みた。その結果、30k、60k、75kDaの分子量を持つ蛋白質が検出され、それぞれの分子は、75kDa:glucose-regulated protein 75(GRP75)、コハク酸デヒドロゲナーゼ(subunit A, flavoprotein (Fp))、60kDa:グルタミン酸デヒドロゲナーゼ、30kDa:コハク酸デヒドロゲナーゼ(subunit B, iron sulfer (Ip))であることが強く示唆された。
(2)DAEPを構成する各成分のMALDI-TOF-MSによる同定:次に、DAEPを構成する他のサブユニットを同定するために、一次元目に非変性ポリアクリルアミドゲルを用いた活性染色による選別を行い、二次元目にSDS-PAGEを用いた分子量による選別を行って得られたバンドをMALDI-TOF-MSによって解析した。その結果、Very-long-chain acyl-CoA dehydrogenase、Diaphorase 1、ATP synthase F1 β subunit、Propionyl Co A-carboxylase α-subunit、Propionyl Co A-carboxylase β-subunit、Acetyl-Co A synthetase 1(Fatty acid Coenzyme A ligase, long chain 2)が同定された。
(3)免疫沈降法によるDAEP構成成分の同定:以上の結果から、DAEPはその活性の局在と矛盾せずミトコンドリア内膜に局在する蛋白質から構成される高分子複合体であることが示唆された。しかしながら、MALDI-TOF-MSで得られた情報は、あくまでもデータベースに依存しているため、ペプチドシーケンサーによる解析等に比べると信頼性に欠ける点がある。従って、これまでに得られた結果を確かめるためにDAEP活性画分に対して、(1)および(2)で同定された蛋白質に対する抗体を用いて免疫沈降を行い、DAEP活性が変化するか否かについて検討を行った。その結果、抗グルタミン酸デヒドロゲナーゼ抗体、抗GRP75抗体、そして抗ATP synthase抗体において濃度依存的にDAEP活性は減少した。従って、グルタミン酸デヒドロゲナーゼ、GRP75、そしてATP synthaseは、DAEPを構成するサブユニットとして実際に生理的条件下で相互作用する分子であることが強く示唆された。
(4)原子間力顕微鏡によるDAEP高次構造の観察:これまでに研究されている高分子複合体型の蛋白質・ペプチド分解酵素のうち、プロテアソームやLonはリング型の高次構造を持つことが知られている。DAEPもこれらの酵素とほぼ同様の分子量を持つ複合体であり、その高次構造が分かれば、基質認識機構などの機能を推測する上で大きな知見になる。そこで原子間力顕微鏡を用いてその立体構造を観察した。観察の結果、花弁状にコンポーネントが配置された直径40nmの構造物が観察された。従って、DAEPも他の高分子複合体型の蛋白質分解酵素と同様にリング型の高次構造を持つことが示唆された。
(4)内在性のDAEPを利用したD-Asp含有蛋白質のスクリーニング法の開発:東京都老人総合研究所との共同研究により、ヒト脳におけるD-Asp含有蛋白質の動態を調査する許可を得られたので、それに先立ち、脳におけるD-Asp含有蛋白質を検出する方法として、二次元電気泳動を応用したスクリーニング法を開発した。120週齡のマウス脳を用いて解析した結果、チューブリン関連蛋白質がラセミ化していることが示唆された。
結論
以上の結果から、これまで全く不明であった哺乳類におけるD-Asp含有蛋白質の動態が分解酵素の視点から明らかになった。従来、非脊椎動物にのみ存在が知られていたD-Asp含有蛋白質に対する代謝機構であったが、哺乳類においてはその活性がミトコンドリア内膜に局在し、酸化ストレスにより生まれてくるラセミ化蛋白質を排除することによって、ミトコンドリア自体を保護する役割を持っていることが示唆された。このような保護機構を持つに至った理由としては、哺乳類の寿命の長さによるものと考えられる。即ち、紫外線や活性酸素と言った老化ストレスのたぐいは、加齢とともに様々な組織・細胞内において遺伝子の変異や蛋白質の修飾・変性を引き起こし蓄積していく。生物が進化の過程でこうした有害化した蛋白質の排除機構としてDAEPを得たのは必然ではなかろうか。今回DAEP構成因子として同定された蛋白質が、いずれもミトコンドリアに局在するエネルギー代謝系のものであったことは、それ自身が非常に酸化ストレスにさらされる立場にあるものなので、少なからず驚きであった。従って、生理的な環境下では、シャペロンであるGRP75と協調しながら、場合によっては自分自身に発生したラセミ化を認識し、自ら分解することによって正常な機能を持った新規の蛋白質合成を促し、ミトコンドリアの機能を保護していることが考えられた。

公開日・更新日

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