高齢者の機能性消化管障害に対する漢方薬の効果(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200200237A
報告書区分
総括
研究課題名
高齢者の機能性消化管障害に対する漢方薬の効果(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成14(2002)年度
研究代表者(所属機関)
福土 審(東北大学大学院医学系研究科人間行動学分野教授)
研究分担者(所属機関)
  • 鹿野 理子(東北大学大学院医学系研究科人間行動学分野助手)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 長寿科学総合研究
研究開始年度
平成13(2001)年度
研究終了予定年度
平成15(2003)年度
研究費
4,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
欧米では消化管機能の基礎的検討と機能性消化管障害の病態研究は極めて重視されている。機能性消化管障害とは、器質的疾患によらずに、消化器症状が慢性に持続する疾患群であって、その頻度は全人口の10-15%を占め、罹患者のQOLを著しく障害し、有効な治療手段に乏しく、医療費に与える損害も甚大である。主要先進国が急速に高齢化しつつあることから、高齢者の機能性消化管障害が増加し、その重要性が認識され始めているが、その克服法は未だ十分には開発されていない。急速に高齢化しつつあるわが国において、いかに簡便にかつ低いコストで高齢者のQOLを高め、介護者の負担を軽減させるかは、重要な問題である。これには、高齢者の摂食と排泄の問題が特にあてはまる。高齢者の摂食・排便コントロールは、中枢神経機能と機能性消化管障害の有無によって左右される。しかし、高齢者の機能性消化管障害が正面から研究されたことはこれまでほとんどなかった。一方、高齢者は、薬物代謝機能が低下しており、長期にわたり安全に服用できる薬剤が必要である。上記を満足する治療法として、漢方薬の科学的研究が急務である。
バロスタット法は、ヒト消化管にポリエチレンバッグを挿入し、コンピュータ制御によって、消化管内圧を自由自在に変化させ、消化管壁緊張・消化管運動・消化管知覚を検出する方法である。一方、六君子湯は、高齢者に多い食欲不振、食後腹部膨満、悪心、嘔吐などの上部消化管機能障害に対する二重盲検法で偽薬に勝る改善効果が証明された漢方薬である。
本研究の目的は、第一に高齢者における機能性消化管障害の発生因子としてストレス病態としての抑うつがあると仮説づけ、これを検証することである。第二に、わが国ではいまだ確立されていない消化管機能検査法であるバロスタット法を確立することである。第三に、ストレスによる機能性消化管障害の病態をバロスタット法によって抽出し、これを漢方薬で改善させうると仮説づけ、これを検証することである。
研究方法
対象は仙台市に在住する70歳以上の高齢者1,179名である。面談で消化器症状を分析するRome II Modular Questionnaire (RIIMQ)ならびに抑うつを分析するGeriatric Depression Scale (GDS)に対する回答を求め、有効回答を得た1,071名を分析対象とした。RIIMQにより、健常者、機能性腸障害(functional bowel disorder: FBD)、過敏性腸症候群(irritable bowel syndrome: IBS)を判定した。ついで、柔らかな合成樹脂のバロスタットバッグを消化管に挿入し、バッグの容積(V)、圧力(P)、コンプライアンス(V/P)をコンピュータにより制御し、観察した。さらに、消化管機能に対する六君子湯の効果を健常者9名を対象に検討した。六君子湯は、ツムラ六君子湯エキス顆粒剤(TJ43)を用いた。同薬を1回2.5g毎食前に3回、適量の水とともに被験者に服用させ、1日の用量を7.5gとし、2週間連続投与し、投与下と2週間間隔を置いた非投与下の2条件の順序を無作為に割り付けた。胃機能検査はバロスタット法により施行した。X線透視下において、カテーテルに連結したバロスタット用ポリエチレンバッグを、胃の近位まで経口挿入した。カテーテル末端をバロスタット本体Synectics Visceral Stimulator(Synectics Medical)に連結し、バロスタット本体に接続したコンピューターならびにソフトウエア(Polygram for Windows SVS module;Synectics Medical)を介して胃内バッグに送気し、バッグの圧力ならびに容量を制御した。バッグの圧力と容量はコンピューターのハードディスク内に12Hzの頻度で記録・保存した。胃機能検査は、当日朝から絶食状態とした。胃の知覚閾値を2回測定し、15分の休息時間を置き、胃壁緊張測定(狭義のバロスタットモード)を行った。30分間の安静期の後、ストレスを10分間負荷し、その後30分間の回復期を置いた。その後さらに10分の休息時間を置き、再度知覚閾値を2回、間に5分の休息時間を置いて測定した。この間、ordinate scaleを被験者に記入させ、内臓知覚と情動を測定した。胃壁緊張測定中は、Head Mount Display (HMD)を被験者に装着して映像を見せた。安静期と回復期の映像は、自然豊かな環境映像とした。ストレスは、3次元映像でジェットコースター乗車体感ビデオ映像を見せた。検査開始から終了まで、被験者の前胸部にホルター心電計を装着し、心電図を記録導出した。
(倫理面への配慮)
本研究は東北大学倫理委員会の審査を受け、承認された。全ての被験者に対して、検査前に十分な説明を口頭および文章で行い、文書でインフォームドコンセントを得た。
結果と考察
一般住民対象に占める健常者、FBD、IBSの割合はそれぞれ54.0 %、37.0 %、ならびに9.0 %であった。これらの比率に性差は見られなかった。平均GDS得点は、健常者 7.9、FBD 10.6、IBS 11.1であり、FBD群とIBS群がいずれも有意な高値を示した(p<0.001)。FBD群とIBS群のGDS得点には有意差はなかった。GDS得点の低得点群のIBS対健常者のORを1とした場合、GDS中等度得点群のIBS対健常者のOR (95% 信頼区間)は1.97 (1.16 - 3.30)であり、GDS高得点群のIBS対健常者のOR (95% 信頼区間)は3.35 (1.89 - 5.84)で、有意なOR増加が認められた(p < 0.001)。GDS得点の低得点群のFBD対健常者のORを1とした場合、GDS中等度得点群のFBD対健常者のOR (95% 信頼区間)は1.79 (1.31 - 2.46)であり、GDS高得点群のFBD対健常者のOR (95% 信頼区間)は3.03 (95% CI, 2.11 - 4.37)で、有意なOR増加が認められた(p < 0.001)。バロスタットポンプとコンピュータはバッグ内圧が0.25-0.5mmHg以上増減した時にこれを感知し、内圧を一定にすることができ、かつ、知覚検査のために約40ml/secの最大速度でバッグ内に空気を注入できるシステムでなくてはならないことが判った。知覚測定のための刺激方法は、一つの刺激の持続時間は30-60秒、刺激間隔の時間は30-60秒が望ましいことが判った。胃知覚閾値圧はストレス後では前に比して有意に閾値圧が低下した。しかし、TJ43(+)とTJ43(-)の有意差は認められなかった。最初に内臓知覚を自覚する時、TJ43(-)においては、ストレス後の平均容量がストレス前の平均容量から減少したのに対し、TJ43(+)ではストレス前後で変化がなく、有意にストレスの悪影響を抑制した。TJ43(+)とTJ43(-)の両状態ともに、ストレス負荷を契機として、回復期にかけて安静期に比した有意な胃容量増加が見られた。胃伸展刺激を加えた時に生じる不安感のordinate scaleは、TJ43(-)ではストレス負荷により上昇したのに対し、TJ43(+)では低下し、両状態の有意な差が認められた。
結論
平成14年度厚生科学研究費により、以下の成果を得た。すなわち、1) 高齢者における機能性消化管障害の罹患率はきわめて高く、抑うつと関連することが明らかになった。2) 消化管運動ならびに知覚機能検査法としてのバロスタット法を確立することができた。3) 漢方薬の六君子湯がストレスによる胃機能障害を改善するという結果を得た。5) 本研究に関し、健康危機管理を要する問題は生じていない、ということが明らかになった。
以上の成果より、漢方薬による高齢者の機能性消化管障害の改善効果を検証する基盤が作られた。高齢者の機能性消化管障害の病態を解明して、それを克服することは、わが国の高齢者医療の福利厚生に繋がるものと考えられる。

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