老化に伴う嗅覚障害に対する治療法の開発に関する研究

文献情報

文献番号
200200222A
報告書区分
総括
研究課題名
老化に伴う嗅覚障害に対する治療法の開発に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成14(2002)年度
研究代表者(所属機関)
丹生 健一(神戸大学大学院医学系研究科器官治療医学講座)
研究分担者(所属機関)
  • 石田春彦(神戸大学大学院)
  • 森憲作(東京大学大学院)
  • 竹内直信(東京大学大学院)
  • 太田康(自治医科大学)
  • 石橋敏夫(社会保険中央病院)
  • 阪上雅史(兵庫医科大学)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 長寿科学総合研究
研究開始年度
平成13(2001)年度
研究終了予定年度
平成15(2003)年度
研究費
14,500,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
嗅覚は栄養摂取、衛生管理、安全確保、QOLなどの様々な面で重要な役割を果たしている。特に高齢者においては嗅覚障害の与える影響は大きく、これからの高齢化社会において解決すべき重要な問題である。しかしながら、現時点ではステロイドの点鼻以外に有効な治療法はなく、治癒率も思わしくない。こうした背景から、本研究は高齢者の嗅覚障害に対する新たな治療法の開発を目指して計画された。本年度は、昨年度に引き続き高齢者の嗅覚障害の実体調査、嗅覚系の老化モデルマウスの開発を行うとともに、本来の機能として繰り返し再生する機能を持つ嗅神経細胞の発生、分化、アポトーシスの分子機構、嗅覚の一次中枢である嗅球の機能解明、また、現在用いられている唯一の治療薬であるステロイド剤の作用機序や褥創治療薬として市販化された成長因子:bFGFの嗅覚障害治療薬としての効果の検討、について研究を行った。
研究方法
1.(老人性嗅覚障害の実体調査)本年度は、兵庫医科大学耳鼻咽喉科阪上雅史教授を新たに分担研究者として迎え、同耳鼻咽喉科嗅覚外来ならびに東京大学耳鼻咽喉科嗅覚外来における高齢者の嗅覚障害患者の病態と治療効果について、嗅覚機能検査、内視鏡検査、画像診断、鼻腔通気度検査などにより検討した。 2.(マウス老化モデル)昨年度一年間に採取した老化促進モデルマウスSAM1ならびにSAM1のback groundであるAKRマウスの標本を用いて、嗅上皮の老化における変化を検討した。3.(マウス嗅上皮における嗅神経細胞のアポトーシスと再生の分子機構の解明)マウス嗅球を除去することにより嗅神経細胞にアポトーシスと引き続く神経再生を誘導し、1176個のラット遺伝子のcDNAがスポットされたcDNA microarrayを用いて、嗅球除去後のラット嗅覚上皮とコントロール粘膜における各種遺伝子の発現パターンの比較を行った。4.(老化に伴う嗅球の変化に関する検討)正常ラットならびにSemaphorin3Aノックアウトマウスを用いて、構造が異なる200種類のにおい刺激による内因性信号を光学的測定法により記録し、嗅球外側の「におい地図」を作成した。5.(嗅上皮の発生・分化・増殖のメカニズムに関する検討)胎勢期から生後9週までのマウス嗅上皮標本を用い、研究協力者が新規に同定した遺伝子を含め、神経の発生、分化、増殖に関与する遺伝子群の発現を検討した。6.(ステロイドの嗅上皮に与える影響についての検討)現在唯一の治療薬として用いられているステロイドの作用機序は明らかではない。そこで正常マウスにステロイドを全身投与し、嗅神経細胞に与える影響を検討した。7.(bFGFの嗅神経細胞再生への治療効果の検討)昨年、代表的growth factorの一つであるbFGFの局所投与薬が褥創治療薬として市販化された。嗅糸切断による嗅上皮障害モデルに、このbFGFを局所投与を行い、その効果を検討した。
結果と考察
1.(老人性嗅覚障害の実体調査)平成7年から平成14年までに兵庫医科大学耳鼻咽喉科嗅覚外来を受診した嗅覚障害患者は552例で、内、60歳代136例、70歳代80例、80歳以上が14例であった。若年者では慢性副鼻腔炎、頭部外傷後嗅覚障害が多く、中高年者では感冒罹患後嗅覚障害が増加している。さらに60歳以上では原因不明例の割合が増加していた。また東京大学嗅覚外来での検討では高齢者の場合、重症例が多く、治療に対して抵抗する症例が多かった。平成15年度は更に症例を集めて検討する予定である。2.(マウス老化モデル)老化促進モデルマウスSAM1は正常マウスAKRに比べ、生後3ヶ月頃より、嗅
神経細胞の増殖能が低下する傾向がみられ、嗅上皮の老化モデルとして有用であると考えられた。3.(マウス嗅上皮における嗅神経細胞のアポトーシスと再生のメカニズムの解明)嗅球除去後3日目、7日目の遺伝子の発現をAtlas rat cDNA expression arraysによって解析した結果を別紙に示す。コントロールのシグナルと1.7倍以上の増強あるいは減衰したものをリストアップしている。平成15年度はこれらの遺伝子についてその意義を解析する予定である。4.(老化に伴う嗅球の変化に関する検討)個々の糸球は分子構造の類似した1群のにおい分子により活性化されること、におい分子応答が似ている糸球群は嗅球外側の特定の領域に集合し、糸球クラスターを形成していること、これらの配置は一定で個体間で保存されていること、が判明した。また、軸索ガイダンス分子の一つであるSemaphorin3Aが欠損したマウスでは、こうした「におい地図」の構造が大きく変動していることも見いだした。現在、嗅糸切断モデルならびに高齢ラットを持ちいて「におい地図」の変化を検討している。5.(嗅上皮の発生・分化・増殖のメカニズムに関する検討)神経幹細胞の未分化な性質の維持に関与すると考えられているNotchシグナル伝達系のうち、Notch1は胎勢12日頃から16日ごろまでは嗅上皮周囲の間葉組織に発現がみられ、生後は14日頃まで嗅上皮の基底膜に発現がみられた。Notch3は胎勢期には嗅上皮全体に淡い発現しか認められず、生後は第1日目より4週頃まで発現が認められた。Notch2の発現は認められなかった。このことより嗅上皮の発達にはNotchシグナルを介した抑制型bHLH転写因子が関与していることが示唆された。一方、我々の研究協力者が新規に同定した嗅上皮に投特異的に発現する遺伝子ONSGについて、その発現を検討したところ、胎勢期には嗅上皮全体に発現がみられたが、生後は徐徐に基底層付近の細胞に発現が限局することが明らかとなった。現在、このONSGの機能を解明するためノックアウトマウスを作成中である。6.(ステロイドの嗅上皮に与える影響についての検討)TUNEL法により嗅上皮のアポトーシスを検討したところ、ステロイド非投与群ではアポトーシスは全く認められなかったが、ステロイド投与群では嗅上皮基底層にアポトーシスが認められた。すなわち嗅覚障害の治療に用いられているステロイド剤が、実は、嗅神経細胞のアポトーシスを誘導していることが判明した。恐らく、ステロイド剤は嗅上皮周辺の炎症を押させることにより、嗅神経細胞の再生を間接的に助けているものと考えられた。7.(bFGFの嗅神経細胞再生への治療効果の検討)現在摘出標本を処理中のため、平成15年度にその結果を検討する予定である。
結論
1.この2年間の実体調査から高齢者の嗅覚障害は明らかな原因疾患がないものが多いことが判明した。マウスおよびラットを用いた嗅上皮の加齢に伴う変性と考え合わせると、老化に伴う嗅覚障害は加齢による嗅上皮の機能低下が原因であるものが、主であると考えられた。2.本年度で嗅覚の一次中枢である嗅球の「におい地図」がほぼ完成した。この糸球の地図形成には軸索ガイダンス分子の一つであるSemaphorinが必要であることが判明した。3.嗅上皮の発生・発達には神経分化促進型bHLH転写因子のみならず、抑制型のbHLH転写因子も重要な役割をもっていると考えられた。4.現在、唯一の嗅覚障害治療薬として用いられているステロイド剤は、直接的にはむしろ嗅神経細胞の増殖を抑制しアポトーシスを誘導することが明らかとなった。このことよりステロイドは嗅上皮周辺の炎症を抑えることにより間接的に嗅神経細胞の再生が行われ易い環境を提供しているに過ぎないと考えられ、直接的に嗅神経細胞の再生を誘導する治療薬の登場が望まれる。5.本研究の最終年度にあたる平成15年度は、1)市販化されたbFGFをはじめ、種々の成長因子の治療効果をin vivoで検討する、2)アデノウイルスベクターならびにエレクトロポレーション法による神経成長因子遺伝子の導入法の効果を検討する、3)新規に同定した嗅神経細胞特的遺伝子ONSGの役割をノックアウトマウスを作成して検討する、4)嗅
球の老化に伴う変化 を中心に研究を行う予定である。

公開日・更新日

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