WHIPを中心にしたWerner症候群の早期老化の分子機構の研究

文献情報

文献番号
200200214A
報告書区分
総括
研究課題名
WHIPを中心にしたWerner症候群の早期老化の分子機構の研究
課題番号
-
研究年度
平成14(2002)年度
研究代表者(所属機関)
榎本 武美(東北大学大学院薬学研究科)
研究分担者(所属機関)
  • 多田周右(東北大学大学院薬学研究科)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 長寿科学総合研究
研究開始年度
平成13(2001)年度
研究終了予定年度
平成15(2003)年度
研究費
9,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
ウェルナー症候群(WS)は早老症の代表的疾患で、若年期より、白髪、動脈硬化、糖尿病、骨粗鬆症など老化に関連した種々の症状を発症し、平均寿命は約46才である。その死因の主なものは癌、脳血管障害などで、健常人と変わらず、ウェルナー症候群では神経症状を除く種々の老化現象が加速されていると考えられる。このウェルナー症候群は一つの遺伝子の変異で引き起こされることがわかっており、老化のメカニズムを分子レベルで研究するための非常によいモデルとなると考えられる。ウェルナー症候群の原因遺伝子は1996年に同定され、大腸菌のRecQに相同性の高いタンパク質をコードすることが明らかにされたが、この遺伝子産物(WRN)がどのような過程で、どのような機能を果たすのかは依然不明のままである。本研究は、我々が発見したWRNに結合するWHIPを解析の中心に据え、WRNが機能する過程を同定し、WRN、WHIPの機能を解明することにより、ウェルナー症候群患者由来の細胞で観察される染色体の不安定化の原因を分子レベルで明らかにすることを目的にしている。
研究方法
1) 出芽酵母のDNA polymeraseδの温度感受性変異株のWHIP、RAD18、MMS2を破壊し、増殖の温度感受性や、DNA傷害剤に対する感受性を調べることにより、DNA polymeraseδとyWHIP、Rad18、Mms2との機能的関連を解析した。
2) DT40 細胞を用いて、WHIP、WRN遺伝子破壊株や、これらの遺伝子とDNAの複製、修復、組換えに関わるタンパク質をコードする遺伝子との二重破壊株を作製し、それぞれの遺伝子の単独破壊株の増殖や、種々のDNA傷害剤に対する感受性、SCEの頻度等を比較することにより、これらの遺伝子によりコードされるタンパク質相互の機能的関連を解析した。
3) 昨年度確立したアフリカツメガエル卵抽出液を用いたDNA複製・修復系の性状解析を更に進めるとともに、この系を用いてWHIPやWRNの機能を生化学的に解析するための基盤の確立を試みた。
結果と考察
1) 酵母を用いたWHIPの解析
DNA複製酵素であるDNA polymeraseδのサブユニットの変異株を用いて、DNA polymeraseδとyWHIPとの機能的を調べた。DNA polymeraseδのサブユニットをコードする遺伝子POL31、POL32の温度感受性変異株は、許容温度で、ヒドロキシウレア(HU)に感受性を示すが、yWHIP遺伝子を破壊することによりこの感受性が抑制された。さらに、pol32変異株の増殖の温度感受性が、yWHIP遺伝子を破壊することにより部分的に抑制されたことから、DNA polymeraseδとyWHIPとの機能的関連が一層明確になった。一方、pol32変異株の増殖の温度感受性やHU感受性は、複製後修復に関与するRAD18、MMS2遺伝子を破壊することによっても抑制されることがわかった。
2) WHIPとWRN及びRAD18との関係
DT40 細胞を用いてWHIP単独破壊株、WHIP/WRN二重変異株を含め種々の遺伝子破壊株を作製して解析を行った。その結果、DNA 傷害の修復やSCE 形成においては、WHIPは WRN とは異なる経路で機能していることが明らかになった。
1)項で述べた酵母を用いた解析から、WHIPとRad18の両者がDNA polymeraseδ と機能的関連をもつことが示唆され、他の研究者により、酵母ではyWHIPとRAD18を同時に欠損すると致死になることが報告された。そこでRAD18/WHIP 二重変異株を作製した。現在までの解析の結果、少なくとも脊椎動物細胞においては RAD18 と WHIP を同時に欠損させても細胞は致死にならないことが判明した。
3) WRN とDSB 修復との関係
DNA 二重鎖に生じた切断(double strand breaks, DSB)は修復が行われないと細胞は致死となる。この DSB を修復する修復系として、相同組換え経路 (homologous recombination; HR) と非相同組換え経路 (non-homologous end joining; NHEJ) が存在する。これまでに WRNがHR、NHEJ の両方の経路と何らかの関係があることを示唆する報告がなされた。そこで、WRNとKU70 (NHEJ)あるいは XRCC3 (HR) との二重変異株WRN/KU70、WRN/XRCC3を作製し、WRNとNHEJ及びHR との関係を解析した。その結果、WRN はHRの経路では機能せず、KU70 の下流で、KU70 の DSB を認識する能力に依存して働くことが示唆された。しかしこのことはWRNがNHEJ 経路で機能していることを必ずしも意味するものではない。NHEJ 経路で働く他のタンパク質 DNA-PKcs, DNA ligase IV と WRN との二重変異株を作製して解析すれば、WRN が NHEJ 経路で機能しているか否か結論をだすことは可能になる。そこで本年度は更にWRN/DNA-PKcs, WR-/DNA-ligase IV 二重破壊株を樹立した。
4) WRN と 複製後修復との関係
RAD18遺伝子破壊株を親株としてWRN 遺伝子を破壊し RAD18/WRN二重変異株を作製した。このRAD18/WRN 二重変異株の示す DNA 傷害剤に対する感受性はRAD18単独破壊株のそれと同程度であった。この結果は、WRN が RAD18 の関わる DNA 複製後修復経路で働くことを意味している。この結果は、誰も予想しなかったもので、WRN の DNA 修復機能を知る上で、極めて重要な発見をしたことになる。次年度は様々な角度から解析し、この事実の検証を行う。
5) WRN の姉妹染色分体交換 (SCE) 反応における役割
WRN、RAD18 、BLM遺伝子単独破壊株、RAD18/WRN、BLM/WRN二重破壊株における SCE 頻度及び、マイトマイシン C処理により誘導したSCEの頻度を測定することにより、「WRN は BLM欠損による SCE 亢進には関わるが、 RAD18 欠損によって生じる SCE の形成には関わらない」という結論を得た。現在BLMの機能として、 DNA 複製フォークが停止した際に、新生鎖同士のアニーリングによって形成される十字架構造 (Holliday junction; HJ) を、元の複製フォークに戻すモデルが提唱されている。このモデルでは、 BLM の欠損により蓄積した HJ が切断されて相同組換え経路で複製フォークが再生されることにより SCE が亢進する。従って、このモデルに従えば「WRN は複製フォークが停止した際に、新生鎖同士のアニーリングを促進する。あるいは BLM 欠損で蓄積した HJ の切断に関わる」等の機能をもつことが考えられる。
6)アフリカツメガエル卵抽出液を用いた cell-free系による解析
昨年度に構築したDNA傷害認識・修復のcell-free実験系の性状解析をさらに進めた結果、DNA二本鎖切断に応じたDNA組換え修復過程が誘導され、DNAポリメラーゼα、δ、εのいずれかを介して修復合成が進行することがわかった。また、この実験系によるWRN、WHIPの機能解析を行うために、アフリカツメガエルの WRN、WHIPに対する抗体を作製した。
結論
酵母のDNA polymeraseδの温度感受性変異株を用いた解析から、WHIPがDNA polymeraseδに結合するだけでなく機能的な関連をもつことが一層明確になった。また、DT40細胞の種々の遺伝子破壊株を用いた解析から、DNAの傷害の修復やSCEの形成に関しては、WHIPとWRNはそれぞれ別の経路で機能していることが明らかになった。特に、RAD18が含まれるDNA複製後修復経路でWRNは機能するが、WHIPはこの経路では機能しないことが示唆された。RAD18が含まれるDNA複製後修復系でWRNが機能することを示す報告はどこにもなく、この結果をさらに確認できれば、WRN の DNA 修復における機能を知る上で、決定的な発見をしたことになる。また、WRNはKU70の下流で機能することが明らかになり、WRNがNHEJの経路で機能するかどうかは今後の検討課題であるが、少なくとも、WRNはKU70によりDNAの傷害部位へリクルートされる可能性が示唆された。さらに、SCEの形成を解析することにより、「WRN は複製フォークが停止した際に、新生鎖同士のアニーリングを促進する、あるいは アニーリングして形成されたHJ の切断に関わる」機能をもつことが示唆された。以上のような本年度の研究成果により、WRNの機能に関する20年来の謎「WRNがどのように複製に関与しているのか、あるいは複製中に遭遇した傷害の修復にどのように関与しているのか?」の解明にむけ、大きく前進することができた。

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