加工食品中のアクリルアミドの測定・分析及びリスク評価等に関する研究

文献情報

文献番号
200200095A
報告書区分
総括
研究課題名
加工食品中のアクリルアミドの測定・分析及びリスク評価等に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成14(2002)年度
研究代表者(所属機関)
米谷 民雄(国立医薬品食品衛生研究所食品部)
研究分担者(所属機関)
  • 井上達(国立医薬品食品衛生研究所)
  • 広瀬雅雄(国立医薬品食品衛生研究所)
  • 菅野純(国立医薬品食品衛生研究所)
  • 林眞(国立医薬品食品衛生研究所)
  • 奥田晴宏(国立医薬品食品衛生研究所)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 行政政策研究分野 厚生労働科学特別研究
研究開始年度
平成14(2002)年度
研究終了予定年度
-
研究費
18,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
平成14年4月末に、スウェーデンの研究者が、ポテトチップス等の加工食品中に「ヒトでおそらく発がん性」と分類されているアクリルアミド(AA)が含まれていると発表した。この問題に対応すべく、本特別研究班が編成された。本研究では、①AAのGC/MS及びLC/MSによる分析法を確立し、それらの方法を用いてわが国における加工食品中のAA含有量の実態調査を行うとともに、調理加工条件がAA生成に及ぼす影響について検討した。また、②食品中AAの生成機序に関する文献調査を行い、並びに、リスク評価のために、③AAの一般毒性に関する文献調査、及び、④変異原性に関する文献調査を実施した。さらに、⑤AAの神経毒性を抑制する物質を検索する目的で、候補化合物を用いた動物実験を行った。なお、⑥食品中AAへの曝露の日常性に鑑みて、一般社会のこのものに対する認知、理解が必要であることから、この面からの、リスクコミュニケーションの方途についても検討を行った。
研究方法
①GC/MS及びLC/MSによる食品中AAの分析法を開発し、それを用いて各種食品179試料につき、AA含有量の実態調査を行った。さらに、モデル試料等を用いて、加熱調理によるAA生成について、加熱温度等の因子の影響を検討した。
②データベースとしてPubMed、Chemical Abstract、Googleを用い、食品中AAの生成機構及びその制御に関する論文等を収集し考察した。
③国際機関や政府機関で行われたAAの健康リスク評価報告書及び直近の論文までを収集し、AAの毒性研究の現状を調査した。
④遺伝毒性試験に関する学術論文をMedlineで検索し収集した。又、IARC、USNTPデータベース、Toxlineも利用し、遺伝毒性の情報を収集し、レビューし、評価を行った。⑤雄ラットにAA 200ppm(飲水投与)と、N-acetylcystein (NAC, 10000ppm)、2-phenethyl isothiocyanate (PEITC, 500 ppm)、1-O-hexyl-2,3,5-trimethylhydroquinone (HTHQ, 1000ppm)を各々単独又はAAと併用で28日間投与した。投与期間中、神経症状(Gait score)を週1回モニターした。
⑥上の結果を統合して、リスク管理の方策等を導き出し、必要なリスクコミュニケーションの展望を明らかにした。
結果と考察
①食品中AAの分析法として,安定同位体を内標とし、臭素誘導体化後GC/MSで測定する方法、及び誘導体化せずにカラムスイッチング使用のLC/MSで測定する方法を確立できた。検出限界は各々9 ng/gであった。
市販食品中のAAを測定した結果、スナック、菓子、ほうじ茶等の加工食品から最高3544 ng/gのAAを検出した。水分が高い植物性食品及び魚、卵、肉製品のAA濃度は低かった。食品中AAは世界中で分析されており、本研究の結果はそれらと同レベルであった。又、日本固有の食品で特に高濃度のものはないことから、日本人のAA摂取量が世界的に見て特に高くはないと推定される。
アスパラギンを加えたデンプンを140℃以上に加熱するとAAが生成した。もやし、じゃがいも、アスパラガス、かぼちゃなどの生鮮農産物を220℃で加熱するとAAが生成した。アスパラギン含量が高いじゃがいも、アスパラガス、もやし等でAA生成量が多かったことは、報告されたAAの生成機構を裏付けるものである。
②加熱調理食品中のAAは主に食品中のアスパラギンと糖とのメイラード反応に起因することを、2002年に3グループが独自に明らかにした。現時点ではAA生成の最重要因子は加熱温度と加熱時間であり、170-185℃、10-20分程度の処理でAAが効率に生成する。生成抑制の研究は実施途上であるが、AAの生成機構がわかったことから、生成抑制には、加熱温度や時間を検討する、炭水化物やアスパラギンを除去する、又は適当な添加物を用いる等の方策が考えられている。
③AAのトキシコキネティクス、急性毒性、長期毒性、発癌性、神経毒性、生殖毒性、発生毒性、疫学について、現在までに考えられている作用機序をまとめた。重要な毒性は発癌性、神経毒性、生殖発生毒性であるが、最も低用量で認められるのは神経毒性であった。いずれの毒性も共通の作用機構としてAAあるいはその代謝物グリシダミドとDNAあるいは蛋白との付加体形成が示唆されている。発癌性は、ラットで陰嚢、甲状腺、副腎、乳腺、中枢神経、甲状腺、子宮等の種々の臓器に腫瘍が、マウスで肺腫瘍が報告されている。一方、ヒトでの疫学調査でAAとヒトの発癌を示すデータの報告はなく、又、スウェーデンの最近の疫学調査からヒトでのAA摂取量と大腸癌、膀胱癌、腎臓癌の発生率に相関は無いことが報告されている。よって、日常摂取レベルでのAAがヒトへの発癌を誘導する可能性は高くないことが示唆されるが、今後、詳細な暴露量を踏まえた疫学データの報告が待たれる。
④バクテリアを用いた遺伝子突然変異試験(エームス試験)ではすべて陰性なのに対し、真核生物を用いた殆どの試験系ではin vitro、in vivo試験とも陽性結果が得られている。特に、染色体異常誘発性、DNA損傷性が明らかなことから、AAは染色体異常誘発物質と言える。特筆すべき点は、生殖細胞に対する染色体異常誘発性であり、がん原性と共に後世代への遺伝的影響に関しても注意が必要である。AAの遺伝毒性は、点突然変異のような小さな遺伝子損傷ではなく、DNAの欠失や転座を伴う比較的大きな染色体レベルの損傷が主と考えられ、放射線等によるDNA2本鎖切断に由来する遺伝子損傷と極めて類似している。
⑤Gait scoreは、投与3週目までAA投与各群間で明らかな差はなかったが、AA+HTHQ群でスコアの低値傾向を認め、4週目ではこの群で対照群に比べ明らかな低値を示した。病理組織学的検索の結果、AA投与各群で末梢神経の軸索、脊髄背索の変性、三叉神経のニューロンの色質融解を認めたものの、その程度に群間の明らかな差はなかった。精巣ではAA投与各群で精細管の精上皮細胞の脱落ないresidual body様の構造が管腔内に認められ、その程度は、AA単独に比べ、AA+PEITCとAA+HTHQ群で明らかに弱かった。また、精巣上体ではAA投与各群で細胞残屑が認められたが、その程度はAA 単独に比べ、AA+PEITC群で明らかに弱かった。これらの化学物質が、代謝活性化あるいは解毒酵素の誘導に影響を及ぼしている可能性が示唆された。
⑥上記の成果を総合すると、毒性発現はAAそのものと代謝物グリシダミドによって惹起され、皮膚・眼粘膜の刺激性、末梢神経の変性を伴う神経毒性の他、精巣毒性が指摘されている。また遺伝毒性試験で無閾値性の発がん性リスクが認められ、これに対応して齧歯類を用いた発がん性試験で1-2 mg/kg体重/日程度の投与量で腫瘍発生の増加が観察されている。
結論
①食品中AA含有量が高い食品は、高温で加熱加工され、且つ水分が少ない植物性食品であった。実態調査及びモデル試料等の加熱実験の結果から、AA生成を抑制するには、植物性食品の製造方法、特に加熱温度と加熱時間を見直す必要がある。また、AA前駆体成分は農産物の種類及び個体による差が大きいことから、食材の選択、加熱前の前処理によって前駆体を減らし、生成を抑えることも必要である。生鮮野菜を加熱した場合もAAが生成することから、家庭における調理も含めて、食材の過度な加熱は避けることが賢明であろう。
②AAの生成はアスパラギンが関与するメイラード反応に起因することが明らかとなった。現時点ではAAの生成を抑制する有効な具体的方策は研究開発途上である。
③AAの重要な毒性は発癌性、神経毒性、生殖発生毒性であるが、最も低用量で神経毒性が認められる。いずれの毒性も作用機構としてAAあるいは代謝物グリシダミドとDNAあるいは蛋白との付加体形成が示唆されている。現時点でヒトへの発癌性を示す疫学的データは報告されていない。
④AAはエームス試験ではすべて陰性なのに対し、真核生物を用いた殆どの試験系ではin vitro、in vivo試験とも陽性である。特に、染色体異常誘発性、DNA損傷性が明らかなことからAAは染色体異常誘発物質(Clastogen)と言える。今後メカニズムの解明や、ヒトに対する正しいリスク評価が必要である。
⑤AAによる神経障害に関しては、Gait scoreではHTHQが部分的に神経症状を改善したが、病理組織学的検索では抑制効果は明らかでなかった。一方、精巣障害に対しては、PEITC、HTHQが部分的に障害を抑制する事が明らかとなった。
⑥AA曝露の日常性に鑑みて、曝露の完全回避は困難であり、従って、実効的な安全域の面からの沈着な理解と、がん抑制効果の期待される食品の研究と相俟っての食生活そのものの改善への注意喚起の、二面から考えることが重要である。

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