個票データを利用した医療・介護サービスの需給に関する研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200200067A
報告書区分
総括
研究課題名
個票データを利用した医療・介護サービスの需給に関する研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成14(2002)年度
研究代表者(所属機関)
植村 尚史(国立社会保障・人口問題研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 松本勝明(国立社会保障・人口問題研究所)
  • 江口隆裕(筑波大学)
  • 原田啓一郎(駒沢大学)
  • 山田篤裕(慶応大学)
  • 金子能宏(国立社会保障・人口問題研究所)
  • 泉田信行(国立社会保障・人口問題研究所)
  • 佐藤雅代(国立社会保障・人口問題研究所)
  • 宮里尚三(国立社会保障・人口問題研究所)
  • 山本克也(国立社会保障・人口問題研究所)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 行政政策研究分野 政策科学推進研究
研究開始年度
平成13(2001)年度
研究終了予定年度
平成15(2003)年度
研究費
34,900,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
本研究は、医療の需給両面を同時に分析することにより、医療費の決定要因等について総合的、包括的な検討を行うものである。医療・介護サービス供給サイドの個票データを使用することにより、地域の医療、介護資源がどのような施設、事業に投入されているか、そのことが、患者、医療機関、介護事業者等の行動にどのように反映しているか等の実態を把握するとともに、政府管掌健康保険のレセプト・データを再集計し、診療行為の詳細な情報、医療機関属性に関する詳細な情報、市場環境に関する情報を得て、医療費の増大要因が患者受診行動によるのか、医療機関の診療行為選択によるのか、市場的な要因によるのか等を解明することを目的としている。医療費を適正に管理することは医療保険制度の健全な運営にとって欠くべからざることであり、患者の受診行動や医療費受給構造と医療機関の行っている診療行為についての情報を分析し、医療費支出の状況を的確に把握することは、医療制度改革を考える基盤といってもよい。本研究により、医療機関が選択する診療行為によって医療費がどの程度異なるか、その選択に市場環境や他の要因がどのように影響を与えているかを知ることが可能となり、その背景にある地域における医療・介護サービス提供者の資本装備・労働投入などの状況とサービスのアウトカム指標との関係や、それが医療費や介護給付費に与える影響も実証的に明らかにすることができる。こうした情報は、効率的で効果的な医療制度構築のための政策的選択肢の幅をひろげることに役立つものと考えられる。
研究方法
平成14年度は、①社会医療診療行為別調査報告、②人口動態統計調査社会経済面調査、③医師・歯科医師・薬剤師調査、④医療施設調査及び病院報告の個票データに加え、⑤政府管掌健康保険のレセプト・データを利用した研究を実施した。また、諸外国が、個票データ等を用いて診療内容を分析することにより、医療制度の改革にどのように結びつけているかを明らかにするため、ドイツおよびフランスにおける医療制度改革の動向について調査した。
結果と考察
①政府管掌健康保険レセプト・データの分析  埼玉県、千葉県、神奈川県、大阪府、福岡県の1府4県のレセプト・データ、約3億件について分析を行った。その結果、受診者数は女性で多いのに対し平均医療費は男性の方が多いことがわかった。また、受診者、平均医療費は、年齢が高くなるほど高くなるが、女性では15~39歳で受診率が最も高いという結果がでた。逆に、平均医療費は15~39歳で男性が30万円程度高くなっている。最近の政府管掌健康保険の都道府県分割論に関して、自県、他県の医療費の違いを医療施設規模別に分析したが、かなり大きなばらつきがあり、都道府県域で完結できるかどうかについては疑問が残る結果となった。次年度は、さらに具体的な診療行為について詳細な分析を行うこととしている。②社会的入院の要因分析  65歳以上で入院期間が180日以上の患者を社会的入院と呼ぶことが多いが、同じ入院期間の患者であっても医療費の高い患者は医学的な治療が必要と考えられることから、入院期間でなく医療費がある基準より低いかどうかで社会的入院の定量的な検討を行った。この結果、65歳以上で180日入院している患者の間でも1日当たり医療費には大きな差
があり、従来の社会的入院の基準では、平成6年以降は徐々に値が低下しているが、1日当たり医療費の平均値やメディアンを用いると社会的入院が低下しているとは言えないなど、従来の社会的入院の水準と1日当たり医療費の平均値やメディアンの基準値を用いた社会的入院の水準との乖離がここ数年開いていることが確認された。特に180日以内の入院患者であっても、1日当たり医療費の平均値やメディアンの基準で算出すると社会的入院といえる患者が増加しており、社会的入院を単に入院期間だけで判断することは、現状の認識を誤る可能性があることがわかった。③MRI、医療費、診療報酬に関する実証分析  医療費の増高要因の一つとして、技術進歩があげられるが、医療の技術進歩の例としてMRIを取り上げ、MRIが医療費をどの程度引き上げているかを検証した。また、診療報酬の改定がMRIによってもたらされる医療費の増加やMRIの使用回数にどのように影響を与えるのかについても検証を行ったこの結果、MRIを使用することで、入院では1日当たり4800円程度、入院外では1万4千円程度引き上げること、MRI使用に対する診療報酬改定は入院に関して影響は見られないが、入院外では影響が見られること、MRI使用に対する診療報酬の引き下げ改定の効果は半分程度にとどまること等が確認された。MRIのような医療の技術進歩が及ぼす医療費の増高に対して、診療報酬の改定でこれを抑制することは難しいということができる。④設備投資から見た医療費の分析  社会医療診療行為別調査の個票を用いて、病院規模と医療内容の関係についての分析を行った。この結果、患者の大病院志向的な行動が、病院の無駄な設備投資や診療日数の引き伸ばし等の非効率的な医療サービスを助長していること、それが病院の機能分化による医療サービスの効率的な供給を妨げていることが明らかになった。これを防ぐためには診療機関の規模などにより診療行為や診療機器の保有制限を施すことも必要と思われる。⑤病院の倒産確率の分析  医療施設調査の個票を用いてバイノミナルロジットモデルによる病院の倒産確率について非財務的なアプローチを試みた。これによると公的病院よりも私的病院の方が経営悪化傾向が強く(ダミー係数4.423)、一定の診察等による収入源があるにもかかわらず、ハイパーサーミア(ダミー係数4.232)やリニアック・ベータトロン(ダミー係数3.120)などの高額医療機器の導入が経営悪化により高い影響を与えていることがわかった。このような過剰設備を防ぐためには診療機関の規模などにより診療機器の保有制限を施すことも必要と思われる。⑥入院期間と医療資源使用の分析  社会医療診療行為別調査のデータを用いて、虫垂切除術を例に、医療セクターの生産性向上が起こっているかについて統計的に検討した。昭和63年から平成12年までの、虫垂切除術の施行が診療行為に含まれているデータを抽出し、在院日数と総点数から診療1日当たりの点数を計算した。それにより入院が1日継続するごとの医療費の累積分を計算することが可能になる。医師が入院日数と平均診療密度を決定すると考える実証モデルを構築し、分析を行った。その結果、入院日数の短縮の効果が見られるものの、平均診療密度の増大によって医療費節減効果が相殺されることがわかった。入院日数の短縮の効果も、平均診療密度の増大も、診療報酬による誘導の効果であり、診療報酬による生産性向上の誘導には限界があると考えられる。⑦医療供給と患者数・平均在院日数・手術数の関係病床数の過剰が医療費増嵩の一因とされているが、病床数過剰が直接に医療費増に結びつくかどうかは医療機関の診療行動との関係で検討する必要がある。そこで、医療施設(静態)調査のデータ(昭和63年、平成2年、平成5年、平成8年、平成11年)を用いて、二次医療圏ごとに医療供給体制の特徴、病床数・患者数・手術数を再集計することにより、地域別の医療供給体制の特徴付けを行った。その上で個別の病院のデータと再度リンケージを行うことにより、病床数を各医療機関が直面する市場環境変数として捉え直した。そして各医療機関が行
う診療行為(手術)及び患者数に対して市場環境が与える効果が医療機関属性によって異なるのかを実証的に確認した。その結果、市場が競争的であるほど(病床数が多いほど)手術の実施件数は多く、また、市場の競争環境が医療機関に与える影響は医療機関の属性によって異なることも明らかとなった。医療機関は非営利を原則としているが、私企業と同様の行動原則が医療機関にも当てはまる。医療機関の診療行動を誘導するためには利潤動機を刺激するのと同等の効果を持つ施策が必要であり、設備の過剰供給に対応する場合についてもその点を踏まえることが必要であろう。⑧所得階層と生活自立不能および要介助リスクおよび在宅期間に関する分析平成7年度人口動態社会経済面調査(高齢者死亡)の個票を用いて、生活自立不能になるリスク、生活自立不能になってから死亡するまでの期間(=寝たきり期間)、要介助になるリスク、要介助になってから死亡するまでの期間(=要介助期間)が所得階層で相違しているかどうかについて分析した。また、死亡前3年間の在宅期間の差異がどのように生じるのかについて、個人属性とともに地域における施設配置との関連からも分析した。分析の結果、①さまざまな所得指標を用いても、所得階級と、生活自立不能リスクおよびその期間と要介助リスクおよびその期間に系統的な関係はないが、②「生活自立不能」あるいは「要介助」に陥りやすい所得階層は、そうした状況に陥った場合には「生活自立不能」や「要介助」期間が短くなるという関係があることが明らかになった。また、③脳卒中、転倒・骨折は死亡前3年間の「在宅期間」を短くする要因となっている。特に後者については、人為的に減らすことが可能であり、バリアフリー対策等が在宅期間を延ばす上で効果を発揮できることを示唆している。さらに、④生前に自宅での死亡を明示的に希望していることも、在宅期間を2ヶ月ほど延ばすので、人々の意識の変化も、今後在宅期間の伸びに大きな影響を与えるものと考えられる⑨院外処方の実態について 平成3~12年の社会医療診療行為別調査を用いて、診療報酬点数の改定により、院外処方が影響を受けているか否かを分析した。 院外処方率については、92~00年で、方回数は12.4%から37.9%に、枚数は13.1%から39.5%にそれぞれ約25%ポイントほど上昇していることがわかった。これは、診療行為単位でみた12.6%から38.1%とほぼ同レベルの数値である。また、処方回数が少ないほうが、院外処方率が高いことがわかった。診療実日数より処方回数が少ない場合も、同様であった。処方1回あたり点数は、各年とも多剤投与減額されていない固定点数とほぼ同じになっており、診療報酬点数が薬剤処方に影響を与えている可能性がある。今後、患者属性や医療機関属性等を詳細に分析し、診療報酬と薬剤処方との関係を明らかにしていきたい。なお、2002年には、薬剤投与期間等に係る規制の見直しが行われており、処方回数がどのように変化したかについても分析していくこととしている。⑩過小医療供給地域における医療・介護の実態調査  現在の医療制度改革は医療需要が増大している都市部の実態に対する対応策として実施されている側面があるが、施策は全国一律に実施されるため、医療供給が過小な地域(いわゆる医療過疎地域)では、都市部とは異なる影響が発生する可能性がある。そこで、医療過疎地域である福島県南会津郡及び高知県に立地する諸機関を訪問し、担当者にヒアリングを行って実態把握を行った。その結果、医療過疎地域では医療費ベースでは効率的な医療提供体制となっているが、実際には防げる死亡等が発生しているため、アウトカムを調整すると非効率的な提供体制になっている可能性があることがわかった。また、介護サービス供給も過小になりがちで、入院医療サービスを提供する病院も存在しないため、在宅で過ごす状況となっている。このような地域では入院・施設介護を受ける習慣が無いと言われるが、単にそれらを利用する機会が存在しないためにそのような習慣が形成されたに過ぎない可能性もある。国全体の医療費の適正化を目指す医師
数のコントロールや医療費適正化策は、このような過小供給地域の問題を更に悪化させる可能性がある。⑪ドイツにおける外来診療の需給に関する分析  ドイツにおける外来診療の費用は、保険者(疾病金庫)と供給者(保険医協会)との合意で決められる。近年、医療費の増嵩に対応するため、保険医数のコントロール、予算制の強化などの措置がとられ、一定の効果を上げている。しかし、外来診療と入院療養の連携不足など、最適な医療供給という面からの不満が高まっている。このような中で、保険者や個々の保険医の裁量を拡大することで、直接の当事者による医療供給プロセスを作り出す試みなど、新たな改革が進められている。こうした改革が、医療の質と効率性の確保に有効かどうかについては、我が国の改革にも影響を与えることから、注目していく必要があると考えられる。⑫医療情報に関するフランスの医療制度改革の動向  フランスにおける病理診断コード(CPD)及びICカード利用に関する現状と、同一疾病分類(GHM)と医療情報化計画(PMSI)に関する現状について調査した。疾病保険償還請求用紙の電子化による事務手続きの簡素化と償還の正確性・迅速性の向上を図るため、病理診断コードとICカードが導入されているが、患者カードの記載内容が個人情報保護の観点から制約があるため、医療機関による医療内容の違い、医療内容と予後の経過の関係などを分析し、医療費の適正化と質の向上に寄与することに利用するには課題が多いことが明らかになった。一方、地方病院庁による病院医療予算配分に当たっては、GHMの作成とPMSI導入により、医療内容の透明化が計られている。GHMの利用は、PMSIに基づいた情報を用いて総枠予算額を決定する際に用いられ、病院医療予算の策定と配分が合理的に行われることになった。いわば、フランス版DRG(診断群別分類)であるが、DRG/PPSの機能は有していない。
結論
医療費の増大は先進諸国共通の悩みである。欧米各国は、医療供給の量的抑制、供給側のコスト抑制の促進、費用負担者である保険者の権限、機能の強化などにより、医療の質を維持しつつ、費用を抑えるという対策を進めている。日本では、医療保険の財政問題に議論が集中し、医療の効率化についての具体的な分析・検討が十分になされてこなかった。これは、レセプトが電子化されていないため大量データの分析が行えなかったことも一因である。本研究では、部分的ではあるが、レセプト・データ等を分析することにより、医療費の非効率的部分明らかにすることができた。最新の医療機器や大病院に対する医者や患者の指向が非効率の要因であり、社会的入院の現状やその解消方策についても一定の方向性を見いだすことができた。また、診療報酬改定が必ずしも医療の効率化に結びついていないこともわかった。その一方で、医療・介護サービス供給が過小な地域では、投入される費用は少ないが、要介護状態の改善や寿命の伸長など効果の面で、かえって非効率となっている事実も確認できた。保険者間の財政調整や患者負担の変更で効率的な医療が実現できるわけではない。診療報酬による誘導効果にも限界がある。当研究のような地道な研究により、効率的で効果的な医療への道筋を明らかにし、それを実現するための制度のあり方を検討することが必要なのではないだろうか。

公開日・更新日

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