社会経済変化に対応する公的年金制度のあり方に関する実証研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200200044A
報告書区分
総括
研究課題名
社会経済変化に対応する公的年金制度のあり方に関する実証研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成14(2002)年度
研究代表者(所属機関)
府川 哲夫(国立社会保障・人口問題研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 阿部彩(国立社会保障・人口問題研究所)
  • 大石亜希子(国立社会保障・人口問題研究所)
  • 白波瀬佐和子(国立社会保障・人口問題研究所)
  • 山本克也(国立社会保障・人口問題研究所)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 行政政策研究分野 政策科学推進研究
研究開始年度
平成13(2001)年度
研究終了予定年度
平成14(2002)年度
研究費
6,600,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
本研究は、就労形態の変化や家族構造の変化といった社会経済環境の変化が公的年金制度にもたらしている影響の実態把握を行うとともに、その要因を分析し、今後の政策対応のための基盤となることを目的とする。具体的には、ライフスタイルや就労形態の選択により女性の年金額がどのように異なるのか、支給開始年齢の引き上げや給付水準の切り下げといった制度改革により高齢者の就労率がどのように変化するのか、またそれらの制度改革が年金財政やマクロ経済にどのような影響を及ぼすのか、そして未納や未加入が増加している背景にある社会経済的要因を明らかにする。
研究方法
本年度の具体的な研究課題は次の5つである:①「年金財政のシミュレーション分析」、②「女性のライフスタイルの変化に対応した社会保険制度のあり方に関する研究」」、③「公的年金が労働供給に及ぼす影響と所得保障のあり方に関する研究」、④「未納・未加入と無年金との関係に関する研究」、⑤「就労形態の変化に対応した社会保険制度設計のための実情把握と分析」。
結果と考察
(1)年金財政のシミュレーション分析:研究成果を以下の3つの論文にとりまとめた。「Financial Implications of Social Security Reform in Japan」(大石・小塩論文)では、制度改革が高齢者の引退行動の変化を通じて年金財政に及ぼす影響を、分配面への影響を含めてマイクロ・シミュレーション・モデルで分析した。その結果、①支給開始年齢の引き上げによって高齢期の就業は促進されるものの、それが年金財政に及ぼすプラス効果は限定的であり、むしろ給付水準切り下げの効果が大きい、②2000年の年金改革が完全に実施された場合、厚生年金被保険者に関しては、低所得層における年金額の減額が一層厳しいこと、などが明らかになった。「年金財政収支から見た短時間労働者と第3号被保険者問題」(山本論文)では、公的年金の第3号被保険者の問題を年金財政収支から考察した。年金財政収支モデルでの試算では、改革案が実行された場合、保険料収入が10%から20%増加し、給付の増加分を差し引いても年金財政収支は好転することが示された。ただし長期的には給付の増加にもつながる可能性もある。年金給付を算定する平均標準報酬の下限は現行では98,000円であるが、それより低い報酬のものが多数年金制度に加入した場合、保険料に見合わない給付を支出することになる。試算では、この"過剰給付"を差し引いても年金財政収支は好転したが、第3号被保険者の賃金の分布によってはこの結果が維持されるとは限らないことに留意すべきであろう。「人口予測の不確実性と年金財政への影響:モンテカルロ・シミュレーションを用いた人口予測の信頼区間の算出」(鈴木論文)では、経済的要因を考慮した人口予測の信頼性とその年金財政に与える影響について試算をした。小椋・ディークル(1992)による出生率の推定を、国立社会保障・人口問題研究所予測を再現したコホート要因法の人口予測に取り込み、モンテカルロ・シミュレーションを用いた信頼区間の評価を行うと、95%の信頼区間で2025年の人口予測の幅は、111,875人から130,594人となった。次に、年金財政を予測するOSUモデルを人口予測モデルに組み込んで、再度、モンテカルロ・シミュレーションを行うと、最終保険料率は95%信頼区間の最悪のシナリオで現在よりも4.3%程度高くなるというものになった。逆にいえば、最終保険料率が4.3%以上高くなるという可能性は5%以下ということである。(2)女性の
ライフスタイルの変化に対応した社会保険制度のあり方に関する研究:平成14年度は、これまで十分に検討されてこなかった高齢女性の単身世帯に着目し、その社会経済的状況を実証的に検討する論文「高齢女性単身世帯の社会経済的地位に関する一考察」をとりまとめた。従来、我が国では家族の生活保障機能が重視されており、高齢者の生活保障においても家族の果たす役割が大きい。実際、高齢者は若い世代との同居を通して社会的、経済的なwell-being(厚生)を獲得するケースが多くみられた。しかし、世帯構造において単身世帯、夫婦のみ世帯が増加し、これまでのような家族による生活保障を期待することが難しくなっている。1980年代以降、高齢女性単身世帯における年金収入が世帯収入に占める割合は上昇傾向にあり、社会保障との関係がより密接な層であることを確認することができた。(3)公的年金が労働供給に及ぼす影響と所得保障のあり方に関する研究:平成14年度は、『平成10年国民生活基礎調査』(厚生労働省)、『平成10年公的年金加入状況等調査』(社会保険庁)のデータに基づき、夫の公的年金上の地位によって有配偶女性の労働時間や稼働所得がどのように異なるかを実証的に把握した。いわゆる103万円の壁や被用者保険に加入する際の労働時間要件、第3号被保険者制度が有配偶女性の労働供給に有意な影響を及ぼしていることを確認した。(4)未納・未加入と無年金との関係に関する研究:平成14年度は、本研究事業の一環として行われた『女性のライフスタイルと年金に関する調査』と厚生労働省『平成10年公的年金加入状況等調査』のデータを使用して実証分析を行った。女性の疑似パネルデータによる未加入の分析の結果によると、加入者が未加入となる要因には年齢効果と共にコホート効果も検証することができた。(5)就労形態の変化に対応した社会保険制度設計のための実情把握と分析:平成14年度は、「就労形態多様化への対応に関する企業実態調査」を実施した。年金改革案でも検討されている、短時間労働者(パート)への厚生年金保険の適用案について、企業の反応は1)パートを積極的に雇用しつづける、2)パートではない非正規雇用(派遣、契約)にシフトする、という二つの大きな流れがあることがわかった。
結論
シミュレーション分析からは、所得分配に及ぼす影響や、就労形態多様化への対応という点で2000年の改革でも課題が残ることが明らかになった。また、女性のライフスタイルの変化や就労形態の多様化により、当初の制度が想定していなかったさまざまな状況が生じている。例えば従来の社会保障制度は伝統的な家族像を前提としており、女性が高齢期に単身で生活する状況を十分には考慮してこなかったとみられる。日本の高齢単身女性が年金収入に依存する比率は高く、高齢単身女性の経済状態を改善する上で年金制度の果たしうる役割は大きい。高齢期の生活保障を充実させる上では、現役時代における就労が重要であるが、本年度の分析では第3号被保険者制度が女性の就労を抑制する実態が明らかになった。現在検討されている短時間労働者への厚生年金適用など制度変更によって、女性の働き方が大きく変わる可能性は高い。ただし、厚生年金に報酬が低い雇用者が大量に加入することによる年金財政上のインパクトを考慮することも必要である。さらに、企業の採用方針や賃金政策が制度変更に応じて変わることも考えられる。本年度の分析ではまた、女性が結婚や出産、就職などライフイベントとの関連で未加入になることが多いことが明らかになった。

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