情報技術を応用した老人リハビリテーション計画評価書に基づくアウトカムデータベースの構築の研究開発(総括・分担研究報告書)

文献情報

文献番号
200101226A
報告書区分
総括
研究課題名
情報技術を応用した老人リハビリテーション計画評価書に基づくアウトカムデータベースの構築の研究開発(総括・分担研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成13(2001)年度
研究代表者(所属機関)
太田 久彦(日本医科大学)
研究分担者(所属機関)
  • 伊藤高司(日本医科大学)
研究区分
厚生科学研究費補助金 健康安全確保総合研究分野 医療技術評価総合研究事業
研究開始年度
平成13(2001)年度
研究終了予定年度
平成16(2004)年度
研究費
8,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
わが国の病院の診療の現場では、診療データのデータベースは作られていないといっても過言ではない。近年の(財)日本医療機能評価機構による病院審査の普及により、退院時病名のICD-10による統一的な記載が、個々の病院内で何とか進んでいるというのが、精一杯の現状である。
リハビリテーションの現場においては、リハビリテーション医師、理学療法士・作業療法士・言語聴覚士(以下、療法士)、及びリハビリテーション看護職者は、患者の初期評価を行い、その評価結果に基づいて治療計画を立て、計画に即した治療を行い、次の評価時期には改めて患者の機能評価を行うことで、計画通りの成果が達成されているかどうかを検証し、その再評価結果に基づいて、新しい治療計画を立てて治療を行うという作業が日常的に行われている。診療の現場で[患者評価→治療計画立案→治療施行→再評価→治療計画の見直し]という作業が定期的に行われるのは、リハビリテーション医療だけである。また、このような評価の重要性が認識されていることの証左として、診療報酬の老人リハビリテーションにおいて、『老人リハビリテーション総合計画評価料(480点/月)』と『老人リハビリテーション計画評価料(150点/月)』が認められている。また、平成12年4月の診療報酬改定では、回復期リハビリテーション病棟入院料(1,700点/日)が新設され、この中で『リハビリテーション総合実施計画書』の記載が義務付けられた。このような計画書は、上記の[患者評価→治療計画→治療→再評価→治療計画の見直し]の確実な励行をリハビリテーション専門職者に求めるものである。
リハビリテーション診療に携わる療法士は、評価の重要性を十分に認識しているものの、診療記録上の療法士による患者の機能評価の記載は不十分なものである。このような不十分な状態で活用されないままになってしまっている現状を改善し、活用できるデータをデータベース化することで、リハビリテーション診療を支援し、患者の機能回復に役立たせるためのシステムを構築することが可能である。このような『リハビリテーション治療情報管理・診療支援システム』を構築するために本研究開発は開始された。
本研究の申請時、主任研究者太田は、脳卒中リハビリテーションのアウトカム評価の研究事業に共同研究者として参加していたため、アウトカムデータベースの構築を計画していたが、研究開発過程の検討の結果、データベースはアウトカムデータだけでなく、診療プロセス全体をカバーするデータベースにするべきであることが判明した。また、データベース開発だけを目指すものではなくシステムを開発するものとなり、研究開発の目的が拡大した。
研究方法
1) パイロットスタディー
本研究のパイロットスタディーとして、一般病院における脳卒中リハビリテーションの診療記録閲覧調査が主任研究者太田により行われた。当該病院を太田が訪問して、脳卒中で入院リハビリテーション治療を受けた患者の診療記録(医師、看護職者、療法士)を閲覧し、記録内容の検討を行った。
2) 『リハビリテーション治療情報管理・診療支援システム』の研究開発
パイロットスタディーの調査結果を受けて、『リハビリテーション治療情報管理・診療支援システム』開発のための研究開発グループが組織された。研究開発グループは、以下の構成メンバーからなる:太田久彦主任研究者(日本医科大学医療管理学)、伊藤高司分担研究者(日本医科大学情報科学センター)、木村哲彦(日本医科大学医療管理学)、小林順子(医療の質に関する研究会)、大成 尚(早稲田大学理工学部経営システム工学科)、浜田利満(那須大学都市経済学部)、後藤正幸(東京大学大学院工学系)、陶山哲夫(埼玉医科大学総合医療センターリハビリテーション科)、草野修輔(同リハビリテーション科)、高橋邦泰(国際医療福祉大学リハビリテーション科)、丸山博史(日立マイクロソフトウェアシステムズ)、橋谷美智子(日本リハビリテーション専門学校)、比留間ちづ子(日本作業療法士協会)、羽生耀子(日本福祉専門学校)、大久保寛基(早稲田大学大学院博士課程)、桑原正臣(早稲田大学大学院修士課程)。上記研究開発グループによる検討が行われた。
(倫理面への配慮)
『リハビリテーション治療情報管理・診療支援システム』は、患者の個人情報をデータベースにするため個人情報の保護に格別の配慮を要する。
(1) 各病院内で構築されるデータベースに関しては、次の指針を原則とする。
① 患者のデータの入力・閲覧ができるのは、アクセス権限を持った患者の担当である医師・看護職者・療法士とする。これらの担当医療職者は固有のID番号とパスワードを持つ。患者のIDと担当者のIDとの間の照合に関する病院内の管理者を決めておく。患者IDと担当医療職者IDとの間にアクセス許可の関連付けのできている者だけがシステムにアクセスできるものとする。
② 患者個人を特定できる氏名やIDをはずし非連結匿名性が確保できた情報は、個人情報ではないので、各病院内でのデータの分析や加工は自由に行うことができる。しかし、患者の個人情報から照合キーをはずし、患者情報の非連結匿名化を行える患者担当の医療職者に限定される。
(2) 病院間のデータを統合するデータサーバでの患者情報の取り扱い
『リハビリテーション治療情報管理・診療支援システム』に参加している病院のデータベースを統合するデータサーバを日本医科大学医療管理学教室に置く。この統合的データサーバでは十分なセキュリティーの確保を設定する。本サーバに集められるデータは、患者個人を特定する情報をすべて捨てた非連結匿名性のデータだけとする。この統合データサーバのデータでは、統計的な分析のみを行うものとする。
結果と考察
1) パイロットスタディー
調査員による病院の訪問調査の対象となったのは、『医療の質に関する研究会』に施設会員として参加している一般病院4病院である:O病院(東京都、市町村立、病床数502)、K病院(東京都、医療法人、病床数315)、K病院(千葉県、医療法人、病床数784)、H病院(茨城県、医療法人、病床数485)。上記病院での脳卒中患者のリハビリテーションの診療記録を閲覧した結果、以下のような傾向が明らかとなった。
(1) 脳卒中の患者のリハビリテーションにおいて、どの病院においても療法士による患者の初期評価と治療計画の立案が行われていた。しかし、初期評価の評価項目は療法士によって記載されている内容にばらつきが目立ち、未記入のままになっている評価項目も少なくなかった。また、リハビリテーションに関与する医師に記録は不十分なものが多く、特に脳外科医師の診療記録の中には記載の不十分なものが少なくなく、記録からは患者の病状が把握できないものが散見された。
(2) 治療開始後、カンファレンスでの検討内容が記録されているが、評価内容と治療計画等に関して不十分な記録が多かった。
(3) 日常生活動作(活動) Activity of Daily Living (ADL)の評価は入院時と退院時の2回の評価だけにとどまるものが殆どであった。入院期間が3ヶ月以上に亘る場合に、中間評価が行われていることがあったが、中間評価の時期はさまざまであった。
(4) 対象病院ではいずれも急性期のリハビリテーションが行われていたが、いずれの病院においても『リハビリテーション総合実施計画書』に沿った評価がなされていなかった。
2) 『リハビリテーション治療情報管理・診療支援システム』の研究開発
パイロットスタディーで得られた診療記録に関する知見と平成13年度の研究開発において協力を得た病院(医療法人天翁会天本病院、医療法人一成会木村病院、医療法人慶成会青梅慶友病院)のリハビリテーションスタッフとのディスカッション及び研究開発グループ内での検討の結果により、『リハビリテーション治療情報管理・診療支援システム』の基本概念の確立とデータベースの基本設計を行った。その結果、データベースの構成要件として、次の事項が取り上げられた:
<データベースの構成要件>
(1) データベースは次のデータから構成される:初期評価で完了するデータ、治療の過程で継続評価されるデータ、(短期・長期)治療目標データ、治療計画データ、治療内容データ、社会環境データ、退院時評価データ、退院後(在宅)評価データ。
(2) 初期評価で完了するデータは、次のデータから構成される:入院時の患者の一般的身体所見、神経・筋・骨格に関する身体所見、合併症に関するデータ、一般検査データ。
(3) 継続評価されるデータは、治療に伴って変化する患者の心身機能に関するデータであり、次のデータから構成される:基本的な身体機能(関節可動域、筋力、感覚、バランス、協調運動、高次脳機能)、姿勢・動作分析、日常生活動作、心理、健康関連QOL。
(4) (短期・長期)治療目標データ:予後予測に基づいて立てられた短期治療目標と長期治療目標。
(5) 治療計画データ:短期治療目標と長期治療目標に基づいて立てられた治療計画。
(6) 治療内容データ:療法士により日々提供される具体的な治療内容と治療手技
(7) 社会環境データ:患者を取り巻く家族環境、家屋環境、地域資源のデータ。
(8) 退院時評価データ:患者の退院時の心身データ、退院後の転帰、退院先データ。
(9) 退院後(在宅)評価データ:在宅での療養に移った患者の退院後の心身機能評価データ。
以上の(1)~(9)のデータが入力されるには、入力を容易にする工夫と支援が不可欠である。
<データベースへの入力支援>
(1) 数値データについて。関節可動域ROMや徒手筋力検査MMTのような数値データについては、数値データであるだけでなく、記入する項目が膨大である。そのため、パイロットスタディーの診療記録調査では、関節可動域と徒手筋力検査のデータが評価された診療記録は殆どなかった。この2つの評価データを記録するため、次のような工夫を行う。初期評価は全項目について診察・評価を行う。この際の診察・評価はすべての関節・筋肉の計測を意味するものではない。短時間内での評価ができる手順で診察し、その結果正常と見なされるものは、「みなし正常」として記載する。第2回目以降の評価では、数値の変化のあった項目のみデータの更新を行い、全項目の入力は不要とする。
入力を容易にするため、更に、次のようなグラフィカルな入力画面の工夫を加える。人体図を画面表示し、関節可動域と徒手筋力検査で正常となった関節に関して人体図の該当個所を範囲指定すると、該当範囲のデータが正常として入力される。
感覚障害の入力画面においては、デルマトーム表示と神経支配図のない2つの人体図を用意し、いずれかの人体図に感覚のデータを正常・鈍麻・脱失・過敏の段階で図示入力する。
(2) 数値以外のデータ。数値では表されないデータに関してはカテゴリー化し、入力は該当カテゴリーをチェックするようにすることで、入力を容易にする。
(3) ハードウェアの開発。現場で入力が出来るようなハードウェアを開発することで、療法士や看護職者が患者の日常生活活動(ADL)の状況を把握して記録することができる。このような記録機器として携帯端末PDAを開発する。ただし、ハードウェアの開発は多額の開発費用を要するものであるので、本研究とは別に開発計画を立てなければならない。このようなハードウェアの開発はデータベースの情報の種類と量を格段に向上させるものであるが、この点に関しては、分担研究報告書を参照のこと。
<動作分析と動作データの構造化に関する検討>
データベースの基本部分となるのは、患者の身体の障害程度を示す「身体機能」、「基本動作」、及び「日常生活動作」のデータである。これらの動作を分析し、相互関連を明らかにし、動作データを構造化することで、データベースに集積されたデータの分析が容易になる。そのための動作分析とデータの構造化に関する検討が作業班にて進行している。作業班は、研究グループのメンバーの内、太田久彦、後藤正幸、小林順子、大久保寛基、桑原正臣により構成され、作業が進められている。
<『リハビリテーション治療情報管理・診療支援システム』による診療支援>
『リハビリテーション治療情報管理・診療支援システム』は上記のデータベースを基に、リハビリテーション診療を支援を行うことで、患者の機能回復を促進するためのシステムである。
『リハビリテーション治療情報管理・診療支援システム』では、次のような診療スタッフへの支援と診療スタッフ及び患者への情報提供サービスが行われることになる:
(1) リハビリテーション治療では、適切な動機付けによる患者自身の治療への積極的な取り組みが求められる。「モチベーション」はリハビリテーションの成否を握る重要な要因である。データベースの情報から、患者本人に対して当人の治療経過がグラフィカルな視覚に訴える形式で患者へ提供されることで、患者の治療参加への動機付けがなされ、積極的な治療への参加が誘導される。
(2) 療法士にとって、患者の身体機能の回復状況が把握しやすくなるとともに、治療計画との差が把握されることで治療計画の見直しが容易になり、再評価後の治療計画立案が容易になる。
(3)『リハビリテーション総合実施計画書』に限らず、患者の評価に関して、これまで療法士による記録が十分になされていなかったのが現実であった。従来の患者評価の記録は、初診時の初期評価での身体機能の全般的な評価を除くと、その後の評価はADLの評価値を記録することにとどまっていた。そのADL評価も初期評価の次には、退院時の評価の2点評価のみが行われる病院が殆どである。今回のデータベースにより、患者評価データが容易に記録されるようになると、ADL以外の身体機能の評価も定期的に記録されるようになる。こうしてリハビリテーション治療によりもたらされる身体機能の変化のデータベースから、治療による患者の身体機能の回復に関する予後予測が可能となる。このような予後予測は、治療計画立案の重要な情報となる。
各病院のデータは日本医科大学医療管理学に設置されるデータサーバ上に統合される。こうして構築される複数病院によるデータベースからは、予後予測に関するより精緻なアルゴリスムが導かれることになる。
(4) 診療情報の共有化による患者の診療の支援。
リハビリテーション治療を受ける患者の中には、病院でのリハビリテーション治療だけで治療が完了しないで、引き続き、老人保健施設や回復リハビリテーション病棟に移ってのリハビリテーションの継続や、更には在宅ケアが必要になる場合も少なくない。そのため、本データベースシステムを各施設で共通に使用することで、どの場所においても担当の医療職者は担当患者の病状をその経過を含めて把握できるようになる。
(5) 療法士の治療内容に関する検討
各療法士の治療内容を日常的に記録して、データベース化する。そして、患者の身体機能の改善と治療内容の関連を分析する。治療内容と身体機能の改善に関する利用可能な既存のデータがあれば、そのようなデータを元にデータベースを作り、分析を行う。どのような障害に対して、いかなる治療を加えるかについて、教科書的な標準的治療法は当然存在している訳であるが、既存の標準的治療法を超えた新しい治療方法が、このようなデータベースから導き出される。症例の蓄積と治療内容の適切な変数化と多変量の変数を処理できる分析手法の3者が相俟って、これまで明らかにされなかった新しい治療が提案できるようになる。これは将に、各療法士の診療を支援することになる。
<病院のアウトカム評価と診療の改善>
医療の質(Quality of Health Care)を評価するアプローチの一つにアウトカム評価がある。特に治療成績を指標としたアウトカム評価(リスク要因による統計処理を行ったアウトカム評価)は、患者にとって最も重要な情報であると共に、病院にとっては、アウトカム評価が低かった場合に診療の問題点を検討することのきっかけとなる重要な情報源である。日本医科大学の統合的データサーバに集積されたデータベースから、病院間のアウトカム評価を行うことが可能となる。アウトカム評価後に各病院は診療の改善に向けた原因分析と対策策定・実行を行うことで、PDCAサイクルが動き始めることになる。
上記のような『リハビリテーション治療情報管理・診療支援システム』の基本概念とデータベースの基本設計の上に、現在、データベースソフトのプロトタイプの製作が開始されている。
結論
当初、本研究は診療報酬に規定されている「老人リハビリテーション(総合)計画評価料」で求められている、患者評価と治療計画立案で作られるデータを元にデータベースを構築し、患者の機能的回復をアウトカム指標とした病院のアウトカム評価を目指したものであった。これまでわが国においては、病院のアウトカム評価のためのデータベースが皆無だった現実を考えると、アウトカム評価のためのデータベースは極めて価値のあるものである。この件の詳細に関しては、厚生科学研究医療技術総合評価事業『アウトカムによるリハビリテーション病院の機能評価に関する研究開発』(木村哲彦主任研究、太田久彦共同研究)の平成13年度報告書を参照のこと。
しかし、研究開発グループでの検討の結果、『リハビリテーション総合実施計画書』の中で求められている評価項目に加えて患者の病状に関する基本的な情報を盛り込んだデータベースを構築し、このデータベースに基づいた『リハビリテーション治療情報管理システム』を構築することで、アウトカム評価だけでなく、リハビリテーションの診療を支援するためのシステムとすることが出来ることが判明した。データベースに取り込むデータ項目が確定し、基本構想にもとづいたプロトタイプの開発が着手された。データベースの開発と同時に動作データの構造化に関する検討が進行している。
『リハビリテーション治療情報管理システム』は、療法士による患者評価データの入力を容易にすることで、患者の身体機能データ、ADLデータ等が構造化された形でデータベースとなる。このデータベースから得られる情報は、療法士の治療計画立案、治療計画の評価に際して利用され診療を支援するだけでなく、患者に対しては治療への積極的な参加を促がす動機付けを付与することができる。

公開日・更新日

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