保健医療分野における電子署名の実用化に関する研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200101224A
報告書区分
総括
研究課題名
保健医療分野における電子署名の実用化に関する研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成13(2001)年度
研究代表者(所属機関)
坂本 憲広(九州大学)
研究分担者(所属機関)
  • 山本隆一(大阪医科大学)
  • 下川俊彦(九州大学)
研究区分
厚生科学研究費補助金 健康安全確保総合研究分野 医療技術評価総合研究事業
研究開始年度
平成13(2001)年度
研究終了予定年度
平成16(2004)年度
研究費
3,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
診療録等の電子保存を認める厚生省通知により、電子カルテが保健医療の現場に普及しつつある。しかしながら、処方箋を始めとして、いくつかの保健医療文書は署名もしくは記名捺印が法的に要請されているため、電子カルテを活用している保健医療施設においても、それらを紙に印刷し、そこへ署名もしくは記名捺印を行っている。こうした現状は、情報技術の導入による事務作業の合理化を阻害していると同時に、電子化された情報を複数の保健医療施設間で共有することによる、高品質の医療の実現にとって大きな障害となっている。
一方、インターネットを利用した電子商取引は、教育、金融、医療等、多くの業界に及んでおり、それらを安全に行うために、政府(所管省庁:総務省、経済産業省、法務省)は、2000年5月の第147回国会で成立した電子署名法(正式名称:電子署名及び認証業務に関する法律)において、電子署名や電子認証を行う業務に一定のルールを課し、手書きの署名や押印と同様な法的位置付けを行った。
本研究は、この電子署名を保健医療分野において実用化するための技術を研究、開発しようとするものであり、電子カルテの普及、患者サービスの向上を実現する上においての基盤を提供しようとするものである。
電子署名の実用化に関する研究は様々な分野において行われているが、他分野の電子署名技術をそのまま保健
医療分野に応用することはできない。例えば、一般の電子商取引における電子署名は、その電子文書が発信者のものであり、通信路の途中で改竄されていないことを証明するものである。しかし、例えば、電子署名を付加した処方箋では、その内容の真正性とともに、その処方箋が一度しか利用されないこと(単用性)が保証されなければならない。従って、保健医療分野において独自の研究を進める必要性がある。
本研究においては、署名もしくは記名捺印の必要な保健医療文書のうち、最も利用が多いと考えられる、処方箋と診療情報提供書を主たる対象とする。例えば、電子処方箋が実用化されれば、薬剤の二重投与や同時服用禁忌などの問題が解決され、個人の健康に資するとともに、薬剤の副作用情報などを全国的に集計しやすくなり、公衆衛生的なメリットも大きい。
初年度は、電子署名の法的および技術的サーベイを行うとともに、電子署名を付加した保健医療文書のモデル化を行い、その流通性を確保し、真正性や単用性を担保するためのプロトコルを研究開発する。
この研究により、電子カルテの利便性、安全性が大きく向上すると期待される。
研究方法
本研究は、1) 他分野での電子署名の実用化に関するサーベイ、 2) 保健医療文書の電子署名付加に際しての諸問題に関するサーベイ、 3) 保健医療文書への電子署名導入モデルの研究開発、 4) 電子署名プロトコルの研究開発、5) 提案システムのプロトタイプ開発、6) 提案システムの実用化に関する研究開発、の6つの課題からなる。
本年度は主として、1) 他分野での電子署名の実用化に関するサーベイ、 2) 保健医療文書の電子署名付加に際しての諸問題に関するサーベイ、 3) 保健医療文書への電子署名導入モデルの研究開発、 4) 電子署名プロトコルの研究開発、を行う。
1) 他分野での電子署名の実用化に関するサーベイ: 既に電子署名を利用した商取引を行っている、金融業界や小売業界の実例をサーベイし、その実現方法および問題点について明らかにし、保健医療分野への応用の可能性について研究を行う。本研究の法的側面に関しては山本が主として行い、技術的側面に関しては山本、下川が主として行う。
2) 保健医療文書の電子署名付加に際しての諸問題に関するサーベイ: 署名あるいは記名捺印を必要とする保健医療文書を洗い出し、それを電子文書化する際、および、その電子文書に電子署名を施す際に発生する諸問題を明らかにする。発生する問題は、法的問題、技術的問題、実用性の問題に大別されると考えている。法的問題は主として山本が担当する。技術的問題は、ICカードなどを利用した利用者の認証技術と関連すると考えられ、主として坂本が担当する。実用性の問題は、ユーザインターフェイスおよびインターネットに関連すると考えられ、主として下川が担当する。
3) 保健医療文書への電子署名導入モデルの研究開発: 例えば、診療情報提供書のような保健医療文書では、検査結果や病理診断などの別の医療文書を参照し、その情報に基づいて作成した情報に対して署名することが多い。従って、保健医療文書へ電子署名を導入する際には、他の分野とは異なり、こうした外部参照に対しての真正性も担保するようなモデルを研究開発する必要がある。本研究は主として坂本が行う。
4) 電子署名プロトコルの研究開発: 処方箋の例のように、保健医療文書では、単に情報内容の真正性を保証するだけではなく、単用性などの性質も保証しなければならない。これを実現するためには、単純に電子署名を施すだけではなく、特別の署名プロトコルを研究開発する必要がある。本研究は主として坂本が行う。
結果と考察
平成13年度は基礎的な事項の調査研究が目的であった。
最初に、公開鍵基盤の現状および医療における適応に関して一般的なサーベイを行った(坂本)。さらには保健医療において、電子署名や公開鍵基盤が利用される場面についてユースケース分析を行った。そして、その結果を用いて、電子署名を付加すべき情報の通信モデルを作成した。
次に、国際動向についてサーベイを行った(山本)。PKIはITU-T X.509を基本にIETFのpkixで各種の標準が作成されているが、これらはすべて汎用の標準案であり、比較的自由度が高い。すなわち適応分野の特性に応じて詳細を取り決めなければ互換性のある運用は難しい。本研究では保健医療福祉分野にPKIを応用する場合の要件を抽出し、国際的な標準化の動向等を調査し、わが国の医療分野で用いる場合のガイドラインを作成し、評価することを行った。
また、国内における他の分野におけるPKIの利用方法についてサーベイを行った(下川)。その結果、保健医療分野のように横断的にPKIや電子署名を利用している例はあまり見受けられなかった。
以上の研究結果を基に、来年度はより詳細な実用化研究を行う予定である。
結論
今年度に得られた成果はいずれも基礎的なものであり、直接活用したり、提供したりする性格のものではないが、十分に発展性のあるものと考えられる。
下川の研究により、電子商取引など他分野における電子署名関連技術をそのままでは医療分野に持ち込むことは非常に難しいことが明確となった。そのため、医療分野における電子署名の実用化に関しては本研究で行うべきであるという実証が得られたこととなる。
さらに、山本の研究により、諸外国においても電子署名を用いた電子カルテや処方箋への署名がさまざまに検討されており、本研究が対象としている公開鍵基盤を用いる方法が主流であることが明確となった。一方で、そのような方向性で進んでいるにも関わらず、どの組織においてもまだ検討段階であり、本研究のように具体的な分析や設計を行っているものが少ないことが判明した。すなわち、本研究は着眼、および手法において海外の研究をリードしているものと考えられる。
また、坂本の研究により、処方箋等を電子的に交換する際のプロトコルおよび情報形式が明確となり、電子書名の付加方法が同定された。
本研究の成果を次年度以降利用することにより、確実に電子署名を用いた安全な情報交換が実現可能であると考えられる。

公開日・更新日

公開日
-
更新日
-