気候・地勢および温冷刺激の保養効果の自律神経指標による評価に関する研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200101009A
報告書区分
総括
研究課題名
気候・地勢および温冷刺激の保養効果の自律神経指標による評価に関する研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成13(2001)年度
研究代表者(所属機関)
鏡森 定信(富山医科薬科大学)
研究分担者(所属機関)
  • 本橋豊(秋田大学)
  • 関根道和(富山医科薬科大学)
  • 中川秀昭(金沢医科大学)
  • 鏡森定信(富山医科薬科大学)
研究区分
厚生科学研究費補助金 健康安全確保総合研究分野 健康科学総合研究事業
研究開始年度
平成13(2001)年度
研究終了予定年度
平成14(2002)年度
研究費
8,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
3年目の最終年度にあたり、温浴の健康影響を評価するための心理・生理学的指標を総括的に提示すること、および保養地の環境面からの評価として気象・気候・地勢の要因についても具体的にそれを評価する方法を提示し保養地の総合的評価に資することを目的とした。さらに、温浴を利用した保養行動がどのように国民の健康のみならず生活の質に関連しているかを地域集団を対象に調査し、この種の保養の健康増進施策における意義に言及した。
研究方法
1.温浴(温熱刺激)の効果を評価する心理・生理学的指標について
最終年度では、初年度と2年度で探索的に実施・検討した指標の有用性の点検を行なった。それらの項目(指標)は以下のごとくである。
1)心理学的な指標.......Profile of Mode Scale(POMS;気分・感情状態調査)
2)生理学的な指標........鼓膜温、皮膚温(サーモグラフィ)、皮膚発汗(末梢交感神経活動)、皮膚水分量、皮膚弾力性、筋肉・脳血流量(近赤外線酸素モニター)、血圧、心拍変動(心臓自律神経活動)、唾液中のNa,K, Na/K比、
3)睡眠の指標........OSA睡眠調査票、脳波
2.保養地の気候および地勢などの環境指 標からみた効果判定について
1)保養地の環境条件がヒトの感覚系に及ぼす影響
実験室内で高原保養地の清涼感を想定した24℃、相対湿度50%の条件とやや蒸し暑い条件(28℃、相対湿度70%)における保養地で経験する森林の緑、夕日、青空と白い雲などの映像に対する感覚を主観的指標(覚醒度および快適度)と客観的指標(脳波によるアフファー波出現度)から比較検討した。
2)保養の安全性の視点からの気象条件(野外気温・相対湿度・気圧)と脳卒中発生の関連性に関する疫学的検討
富山県の1991~1998年の7年間の日々の脳卒中発生数(富山県脳卒中情報システム)及びおなじく日々の気象条件(富山気象台)の記録から、Poisson回帰分析法により両者の関連を検討した。
3.温泉利用(保養行動)と健康および生活の質の関連について
富山県J町の40歳以上の全住民約6000人を対象に、健康状態、生活習慣およびWHOの生活の質に関するアンケート調査を実施した。生活習慣のなかには温泉利用(保養行動)についての設問もふくまれており、男女別に温泉利用状況と健康状態や生活の質について比較検討した。
4.中国における伝統的療養法にもとづく現代の保養地におけるメニューについて
中国の保養関連の資料を収集し、伝統にもとづく療養法を取り入れた保養がどのように実践されているかを主要な保養地をとりあげ要約した。
結果と考察
1.温浴(温熱刺激)の効果を評価する指標について
1)心理・生理学的および睡眠に関する指標
心理面からの効果判定については、気分・感情のスコア化(POMSアンケート調査)を、緊張、不安感(T-A)、抑うつ(D)、いかり・敵意感(A-H)、活気(V),疲労感(F)の5つのカテゴリーについて行い、温浴前後で比較した。その結果温浴後に各カテゴリーでその改善がみられた。
生理学的な面からの温浴効果判定では、鼓膜温、皮膚温、皮膚発汗、皮膚水分量、皮膚弾力性などの体温・皮膚関連指標、また心拍変動や血漿中の心房性ナトリウム利尿ホルモン(但し、浮遊浴)などの循環機能に関連する指標が有用であった。
睡眠と関連する指標としてはOSA睡眠調査により、5つの因子のスコア化を行い、睡眠中の心拍変動や睡眠中脳波(睡眠深度および熟睡)との関連を検討したところ、温浴により寝つきの良さと睡眠中の心臓副交感神経活動との間に正の相関がみられた。また温浴による気分・感情状態(POMS)の改善、なかでも活気(V)のそれと睡眠中脳波による睡眠効率との間に関連がみられた。
2.保養地の気候および地勢などの環境条件
1)保養地の擬似的環境条件の感覚的効用
清涼的気象条件(24℃、相対湿度50%)のもとで、森林(緑)の動画や青い空と白い雲あるいは夕日などの景観に由来する視覚的刺激は、蒸し暑い気象条件(28℃、相対湿度70%)に比較して、脳波のアルファ-波の出現を増加させた。
2)外気温、相対湿度、気圧などの気象条件と脳卒中発生
年間を通して、冬、特に脳出血と脳梗塞では2月、くも膜下出血では1月に最高の発生率を示した。また、各病型とも、月別にみた発生の危険度は、同じく月別の平均気温と強い相関係数(0.7~0.8)を示した。一日の時間帯別では、脳出血と脳梗塞は発生前日の夜(17~24時)の平均気温、くも膜下出血では発生当日の午前(1~4時)の平均気温が、他の気象因子(相対湿度と気圧)を補正しても最大のリスクを示した。
3.温泉利用(保養行動)と健康および生活の質との関連について
受療状況をみると60歳未満の男女で温泉利用者(年2回以上)に通院が多く、また、入院では60歳以上の男性の温泉利用者でそれが少なかった。60歳未満の男性で、運動は60歳未満および以上の男女で温泉利用者の方が良好な状況にあり、一方飲酒では60歳以上の男性で温泉利用者の方が多かった。
WHOの生活の質については、60歳以上の男女で温泉利用者のQOLスコアが温泉利用が年1回以下の対照に比較して高値を示した。
4.中国の主要な保養地の療養メニュー
中国における主要な療養法は、以下の10項目にわたっており、保養地の位置する気候や地勢条件を勘案して、その特徴を生かすような工夫がなされていた。
1)伝統的リハビリテーション訓練法、2)自然療養法(温浴、砂浴、地形療養などを含む)3)物理療法 4)運動療法 5)新療法 6)娯楽療法 7)気候療法 8)鍼灸療法 9)薬物療法 10)マッサージ療法
本研究では、初年度以来の世界的に標準化された調査票を使用して、温熱刺激前後の結果を比較して検討した。本年度の研究で使用したPOMS調査表では、気分や感情を、緊張・不安感、抑うつ、怒り・敵意感、活気、疲労感の5つのカテゴリーに分けてスコア化できることから、温熱刺激による健康面からの評価をより詳細に検討できる点で特徴がある。実際、本年度の食塩泉温浴による効果の評価においても、POMS調査票を使用して妥当な結果が得られた。
温熱刺激の効果を判定するための生理学的な指標としては、皮膚への直接的作用に関連するものとして、今年度は皮膚温に加えて皮膚水分量および皮膚弾力性を追加し検討した。この皮膚の水分量や弾力性は温浴浸漬後20分程度でいずれも温浴前の測定値に戻った。したがって今回の機器で測定した温浴への浸漬終了後の皮膚水分量の時間的変化は、浸漬後に清拭した皮膚表面に残っていた水分の蒸散過程を示すものと推測された。また、皮膚の弾力性は、皮膚の水分量により影響を受けるが、この弾力性も水分量と同じく浸漬終了後20分あたりで温浴前の測定値に戻ったことから、皮膚水分量の反映と考えられた。なお、皮膚の電気刺激により誘発した、事象電流である皮膚発汗は、温熱刺激の生体反応の程度を潜時と電位から定量化できるが、今回の濃縮海洋深層水と非濃縮深層水の間とも妥当な差異を検知できた。皮膚を介した直接的および全身的は生体反応として筋肉、脳血流量測定を本年度は検討した。今回使用した近赤外線酸素モニターによる測定では、中枢における反応を前頭葉の脳表面(表面から4~5 cm)血流量をも観察できる。各種刺激による前頭葉の脳表面血流量の変化は例えばリラックスで減少し、暗算などの指標的ストレスでは増加するとされている(宮崎、2001)。
今回の温浴では、リラックス効果と温熱刺激による興奮がそれぞれ脳表面血流量に反対方向に作用したためなのか、はっきりした傾向を把握することができなかった。
温浴の全身的反応として、温水浮遊浴により、心房性ナトリウム利尿ホルモンの増加を確認できた。しかしながら、これらの検査では、減塩や水分制限などの条件設定が必要であり、現場での利用は困難である。
保養地においては、高原の清涼的気候あるいは森林や海沿などの景観によるリラックス効果(総合的生体調整機能)を求めて滞在する者も多い。清涼と蒸し暑い気象条件のもとで景観による視覚反応が脳波のアルファ-波の出現にどのように影響しているかを検討した。その結果、清涼的な気象条件下では夕日がアルファ-波誘発に作用すること、気象条件に余り影響されず、青い空と白い雲や森林の緑に同様の作用があることが明らかになり、気候と地勢を組み合わせた保養効果の今後の検討に一定の途筋をつけることができた。一方、保養中の安全性保持の面から、日本人の高齢者において頻度の高い、脳卒中と気候の関連を検討し、野外気温の重要性、特に冬期だけでなく季節をとわず夜間や早朝の気温低下がその後の脳卒中発生の危険因子になっていることを明らかにした。
また、温泉を利用した保養行動が、特に60歳以上の男女の健康および生活の質と統計的に有意に関連していることを示し、保養行動の今日的意義を明らかにした。
結論
1.保養地における気候・地勢および温冷刺激の医学的効果の評価のためには以下の指標を特に有用と考えた。
1)心理面からの指標として
①気分・感情状態に関するPOMS質問票
2)生理学的な面からの指標として、
①鼓膜温(深部体温)
②皮膚発汗(末梢交感神経活動)
③心拍変動(心臓自律神経活動)
3)睡眠に関連する指標として
①OSA睡眠質問票
②睡眠中心拍変動(心臓自律神経活動)
③起床時尿中クレアチニン補正成長ホルモン濃度。
2.保養地の気候・地勢および温冷刺激として以下のものを検討し、その有用性を示した。
1)清涼な気候条件
2)緑、青、赤、などの視覚刺激との関連した景観
3)不快指数による保養地の評価
4)外気温と脳卒中発生の関連の例示による保養の安全管理
3.今後の保養普及に関する施策の展開のための調査を行なった。
1)住民調査による温泉を利用した保養行動と健康および生活の質との相互関連の提示
2)中国の主要な保養地における療養法の要約

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