薬物依存・中毒の予防、医療およびアフターケアのモデル化に関する研究

文献情報

文献番号
200101001A
報告書区分
総括
研究課題名
薬物依存・中毒の予防、医療およびアフターケアのモデル化に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成13(2001)年度
研究代表者(所属機関)
内村 英幸(国立肥前療養所)
研究分担者(所属機関)
  • 村上優(国立肥前療養所)
  • 下野正健(福岡県精神保健福祉センター)
  • 近藤恒夫(日本ダルク本部)
  • 松本俊彦(横浜市立大学医学部精神医学教室)
  • 平井愼二(国立下総療養所)
  • 鈴木健二(国立療養所久里浜病院)
  • 石塚伸一(龍谷大学法学部)
  • 中谷陽二(筑波大学社会医学系精神衛生学)
  • 八尋八郎(八尋弁護士事務所)
  • 上岡陽江(東京ダルク女性ハウス)
  • 山野尚美(皇學館大学社会福祉学部)
研究区分
厚生科学研究費補助金 健康安全確保総合研究分野 医薬安全総合研究事業
研究開始年度
平成13(2001)年度
研究終了予定年度
平成14(2002)年度
研究費
12,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
薬物依存に対する援助が高度の専門医療機関や一部の関係者のみにとどまって、一般的な精神医療・保健・福祉領域には広がらなかった。そこで本研究は薬物依存・中毒者に対する治療介入体制の拡大を目的に1)薬物依存・中毒者に対する包括的な援助システムをモデル化し具体的なプログラムを提示する、2)将来にわたる薬物依存への介入・治療・処遇に関して具体的な提案を行う、3)治療効果を評価する体制を整えることにある。
研究方法
薬物乱用・依存に対する専門的な精神保健・医療・福祉について、以下のような分担研究課題に区分し、各種の調査研究を行い、実証的な成果を総合的に検討する方法をとる。
1)薬物乱用・依存・中毒者の自然経過と疾病概念に関する研究では、薬物依存症の自然経過を症例の類型化を通して記述し、疾病概念を考察する。対象は、1997年6月~2000年3月に神奈川県立精神医療センターせりがや病院を初診した外来患者のうち、DSM-IVの物質使用障害の「依存」または「乱用」の基準を満たした174例である。
2)薬物依存者の治療予後調査体制の確立と再発防止に関する研究では薬物依存者の治療サービスを比較的多く行っている精神科医療施設の協力を得て、多施設においてインフォームドコンセントに基づく予後の前向き調査体制を確立し、再発の要因、治療プログラムの有効性、アフターケアの在り方との検討を行う。
3)法律サイドよりみた薬物依存・中毒者の処遇に関する研究と医療サイドよりみた薬物依存・中毒者の処遇に関する法律モデルに関する研究では、薬物関連法規、違法薬物に関する司法・矯正施設の運用の現状分析と、現在司法モデル、医療モデルに加えて福祉モデルでの処遇について検討を行う。保護観察制度に着目し保護観察官の調査を行う。また司法と医療の相方向からの連携について具体的な方法論、運用上の課題、必要があれば法の見直しについて検討を行う。
4)若年薬物乱用者に対するダイバージョン・プログラムの整備に関する研究では、薬物乱用者の回復の援助を考える際には、処罰モデルから治療モデルへの移行(ダイバージョン)を検討を行う。特に少年審判での試験観察制度に着目し、付添人である弁護士との連携・協力を試みた。福岡弁護士会は少年身柄事件の全件付添人制度を発足させ、2001年4月1日から8月20日の期間の扶助付添件数全223件中、薬物自己使用事件は21件(9%)を占めていた。この21件の少年薬物自己使用事件の付添人を担当した弁護士にアンケート調査を行った。回答の中から興味深い5ケースを選び、担当弁護士を招いてケース研究会を行った。
5)薬物依存専門治療施設のモデル化に関する研究では、我が国で行われている薬物関連精神障害の専門治療プログラム、システムについて比較検討して類型化し治療システムのモデル化を提示した。このために国立3施設、公立3施設、民間1施設の病院を調査した。
6)薬物乱用・依存に対する精神保健福祉センターの業務に関する研究からは、全国で薬物乱用・依存についてプログラムを積極的に業務として展開している精神保健福祉センターについて、啓発、相談、地域ネットワークについて比較検討した。
7)薬物依存・中毒者の社会復帰施設に関する研究からは、ダルクを社会資源として必要としている医療福祉のニーズを評価する。またダルクが現在行っている回復援助の多様性と課題を評価した。
8)女性薬物依存症者の回復の在り方に関する研究からは、薬物依存に伴って生じる家族問題を女性薬物依存症者について調査する。症例の個別とグループ研究を通して、世代伝播、子供の置かれている危機について分析し、介入や援助の方法について検討した。
9)薬物関連問題に対するソーシャルワークに関する研究では、個別援助、集団援助、地域援助、社会福祉調査、社会福祉運営管理、社会計画、ソーシャルアクション等専門的援助技術について検討を行う。また、家族を対象とした援助について、その方法を類型化した。
10)薬物乱用ハイリスクのグループの介入に関する研究では、養護教諭に対し薬物乱用の2次予防のニーズを評価するために、神奈川県と佐賀県の小・中・高校の養護教諭に対して、薬物関連問題に対する初期介入の経験と今後の方策についてアンケート調査を行なった。
結果と考察
1)薬物乱用・依存・中毒者の自然経過と疾病概念に関する研究からは、調査対象は174例(男性66.7%、女性33.3%)であり、全体の初診年齢の平均は27.2歳(SD9.0)、男性28.4歳(SD8.9)、女性24.8歳(SD8.8)で、女性の方が有意に若年であった(p<0.05)。主乱用薬物の内訳は、覚せい剤が圧倒的に多く全体の59.2%を占め、続いて、トルエン(20.7%)、市販鎮咳感冒薬(8.6%)、ブタンガス(3.4%)の順で多かった。主乱用物質の使用開始年齢は20.9歳(SD6.9)、その使用期間は6.3年(SD6.0)であり、主乱用薬物に限らない薬物の初使用年齢は17.2歳(SD4.7)であり、平均して薬物初使用から約10.2年後に医療機関受診となっていた。
物質関連障害以外でのDSM-IVにおけるI軸診断では、気分障害(男性14.7%、 女性43.1%、 p<0.001)、摂食障害(男性7.8%、 女性32.8%、 p<0.001)、不安障害(男性9.5%、 女性22.4%、 p<0.05)は女性に多く認められたが、一方、精神病性障害は男性に多く認められた(男性35.3%、 女性20.7%、 p<0.05)。II軸に人格障害の診断がなされた症例は、全体の32.2%であった。
薬物依存者の自然経過と疾病概念を研究する端緒として、まずは、わが国の現状に見合った、十分に精神医学化され、治療にも有用な疾患類型を作ることを目指した。重要な臨床的事項を抽出することにより、薬物依存者の類型化を試みた。その結果、「物質使用障害単独型」「衝動制御障害型」「精神病性障害型」という3類型を提示することになった。
2) 治療転帰に関する多施設共同研究の予備的研究では、入院した薬物依存患者を対象にして、インフォームド・コンセントを本人ないし家族より得ることが出来た症例について、退院後5年間にわたって毎年1回(11月)に薬物使用状況、生活状況調査をおこなう。今回は多施設共同研究であるためにICD-10を用いた標準データベースに作成し、転帰調査体制を整えた。将来は再発要因の検討、治療プログラムや薬物療法など各種療法の効果判定EBMへも発展させる。
3)精神障害を処罰の対象「リーガル・モデル(司法モデル)」と見るのか、それとも、治療の対象「メデイカル・モデル(医療モデル)」と見るのかに加えて、近年、第3のモデルとして、「ウエルフェアー・モデル(福祉モデル)」が台頭してきている。このモデルは、「治療共同体」構想に基づき、回復者自身の自己決定と自助集団のグループダイナミクスを重視する。
表1 精神障害対策の3つのモデル
司法モデル(LM)
治療モデル(MM)
福祉モデル(WM)
処遇の契機
犯     罪
病      気
依   存  症
介入の正当化
行為に対する責任
病 気 の 治 療
回 復 の 意 思
処分決定機関
国 家 機 関
医 療 機 関
民 間 機 関
処遇の場面
刑 事 施 設
医 療 機 関
治 療 共 同 体
判断の主体
刑 事 施 設 長
担 当 医 師
依 存 症 者
運営の原理
規律秩序の維持
治療の適切性
自己決定と自治
主たる関心事
処 罰 と 保 安
治 療 と 保 護
回 復 と 支 援
周囲の役割
非 難 と 監 視
憐 憫 と 介 護
分別ある隣人
現在、一部の矯正施設では、覚せい剤受刑者の処遇類型別指導の中で、回復者を篤志面接委員として受け入れで、施設内でミーティングを開催している。保護観察所においても、シンナーや覚せい剤の依存症者にダルクを紹介し、社会内処遇に役立ててようと試みている。裁判所においては、アパリ(APARI)の企画するプログラムに参加することが保釈の条件とされたり、ダルクの回復者が執行猶予を求める際の情状証人に採用されことなどもある。弁護士会の薬物弁護マニュアルでは、自助グループへの参加を促すことを勧めている。アメリカでは、より積極的に自助グループが刑事施設の内外で、民間主導のプログラムを展開しており、日本でも、その活動が注目されている。いまだに自己使用を処罰の対象としているが、一定の条件の下で、公務員の捜査機関への通報義務を緩和し、医療機関への引き継ぎを優先させることができるような法整備を考えるべきである。
保護観察官の調査からは保健医療、自助グループにアクセスするための情報提供、医療機関の保護観察対象者の積極受け入れの改善を要望している。
4)少年薬物自己使用事件の付添人(弁護士)に対する調査から、薬物依存の治療について気軽に相談できる医療機関の窓口や、ダルク・NAの連絡先リスト、環境調整の一環として家族への対応を行う窓口、ケース研究に基づく薬物事件弁護マニュアルなどを必要と考えていること。少年の薬物自己使用のケースの弁護方針として、ほとんどが社会内処遇がよいと考えていることである。また、少年のプロフィールに関するアンケート調査やケース研究を通しては、薬物自己使用を行った非行少年本人に「加害者性」よりもむしろ家庭環境や社会環境の被害者としての側面が大きいことが浮き彫りになった。そのことからも薬物自己使用少年に対しては処罰モデルではなく治療モデル・福祉モデルによって援助的介入を行うことが重要となることが明らかとなった。
5)薬物依存専門治療施設は生物学的治療モデル、治療環境(専門病棟)モデル、専門病棟集団療法プログラム(DRP)モデル、急性期(離脱・解毒)治療モデル、薬物治療プログラムモデルの5類型に分けることができた。
生物学的治療モデル(国立武蔵病院)は行動薬理的視点から遷延性退薬徴候に注目した治療システムである。これは行動薬理的な仮説を前提としている。国立武蔵病院は閉鎖病棟で治療困難なものを対象にしている。
治療環境(専門病棟)モデル(国立下総療養所)は入院期間を提示して閉鎖病棟という構造によって、確実に依存対象の精神作用物質から隔離・禁断をはかることを説明し、本人からのインフォームド・コンセントを得た後に任意入院として閉鎖病棟にて隔離・禁断を支援する。外来では条件契約療法(尿中の薬物検査を前提とした治療契約)を施行している。
専門病棟集団療法プログラム(DRP)モデル(国立肥前療養所、埼玉精神保健総合センター、せりがや病院)は集団療法プログラム(DRP)と自助グループとの連携に力点を置いた治療システムである。システムの中心はアルコール・リハビリテーション・プログラムARPと構造は同一であるが、この中で病棟環境(開放・閉鎖病棟)、入院期間、DRPのプログラムの差などに各施設の特徴がある。外来でのカウンセリングや自助グループへの参加が高く、回復途上者との仲間意識による治療への動機付けを重視している。
急性期(離脱・解毒)治療モデルは薬物誘発性精神病状態の治療に限定している。茨城県立友部病院では茨城ダルクとの連携により、主に薬物解毒から精神病状態の急性期治療のみを2週間、閉鎖病棟で行う。その後多くのケースは茨城ダルクに入寮する。
6)薬物関連問題に対する精神保健福祉センターの役割を明確化し今後の取り組みの方向性を示した。薬物関連問題の予算化と取り組みが進んでいる。社会資源には地域格差があるも、工夫して取り組みがなされている。社会資源が充実している地域のセンターでは1次予防に重点を置き、センターが2次、3次予防に重点が置く地域もある。具体的な取り組みは薬物相談室を開き、家族教室を実施しており、今後も特定相談、家族のグループ、専門職員研修、ダルク支援、自助グループ支援、地域レベルのネットワーク会議を進めてゆく。
7)薬物事犯の刑事裁判において、初犯の薬物自己使用犯は執行猶予付き判決が下されるだけで再発防止に向けた教育は公的な刑事司法制度の中では何もなされていない。アパリの薬物研修プログラムを受講した12名の刑事被告人は、その後の調査で再犯者がゼロであった。これらは保釈プログラムと称されミーティングを主体としたリハビリ施設で共同生活をさせるものである。ダルクの活動の多様化を示している。
8)「回復していくなかでの養育の負担」を、女性薬物依存者の約80%が感じており、母子介入にあたって養育の負担をどのように軽減していくかを検討する必要性がある。「回復のために必要だと思う援助」では、ミーティングの参加を行ないやすくする支援と母子ともにケアが受けられる治療・リハビリ施設が求められており、母子ともにサポートできる回復支援の環境作りの必要性が示唆された。
9)薬物関連問題に対するソーシャルワークの展開過程は薬物使用者の近親者が直面している社会生活上の問題を踏まえて、薬物関連問題に対するソーシャルワークの展開過程を示した(表2)。薬物使用者の受療状況に応じて援助過程を3段階に分け、薬物使用者とその近親者に対して求められる援助内容についてそれぞれ示した。
表2 薬物関連問題に対するソーシャルワークの展開過程
・ 段階 薬物使用者の受療以前
薬物使用者への援助
近親者への援助
1.薬物依存に関する知識提供
1.治療・援助の導入支援
2.薬物使用者への対応の助言
3.近親者の社会生活上の困難
4.ピアサポートへの導入改善支援
・ 段階 薬物使用者の受療期間中
薬物使用者への援助
近親者への援助
1.疾病の受容支援
1.認知と行動のギャップへの対処支援
2.近親者の社会生活上の困難支援
3.ピアサポートへの導入の改善支援
・ 段階 薬物使用者の受療期間終了後
薬物使用者への援助
近親者への援助
1.断薬中の社会生活上の困難改善支援
1.ピアサポートグループ支援
2.再使用時の受診・受療導入支援
3.社会生活上の困難支援
10)小学校169、中学校108、高校196、その他の学校9名の合計479名の養護教諭から回答があった。養護教諭が生徒の喫煙・飲酒・違法薬物問題の現場にいちばん近い専門家である ことが確かめられた。従来からの薬物問題への第2次予防は、教師による生徒への生活指導の一環として、発見・処罰・反省という方策と、警察による検挙・補導・処罰という方策があり、いずれも規則違反・法律違反ということに根拠を置いていた。今回の調査結果は、生徒の健康管理・健康相談の責任者である養護教諭が、すでに小学校においても、健康相談、あるいはメンタルヘルス相談として生徒の薬物関連問題の相談に応じている姿が明らかになり、また養護教諭は専門家による相談体制の必要性を回答していた。この結果から、学校におけるハイリスクグループへの薬物問題カウンセリングが、従来からの生徒指導と警察による取締りとは違うもうひとつの第2次予防のチャンネルとして必要性があることが立証された。
結論
1)薬物依存を「物質使用障害単独型」「衝動制御障害型」「精神病性障害型」という3類型を提唱した。この薬物依存者の類型は、薬物依存症治療の細分化に関する検討と精神医学的な疾病論的位置づけに意義あると考えた。
2)薬物関連問題を専門的に扱う多施設共同の転帰調査を行う体制を整えた。
3)処遇における福祉モデルの台頭にあわせて薬物自己使用犯に関する法整備を再検討する時期に来た。また司法矯正制度の中で保護観察制度を活用し、保護観察官を教育して医療との連携に当たらせる。
4)少年の薬物自己使用犯の処遇について弁護士の付添人活動、並びに家庭裁判所による試験観察制度の活用により、医療ないし福祉化する方向でダイバージョンをすすめるよう提案した。
5)薬物依存専門治療施設は生物学的治療モデル、治療環境モデル、専門病棟集団療法プログラムモデル、急性期治療モデル、薬物治療プログラムモデルの5類型をそれぞれの治療対象、施設特異性にあわせてモデル化した。
6)精神保健福祉センターの薬物関連事業に関して特定相談、家族のグループ、専門職員研修、ダルク支援、自助グループ支援、地域レベルのネットワーク会議を具体化した。
7)民間回復者施設ダルクの福祉的な評価をし、またそこで行われている保釈中の刑事被告人に対する薬物研修プログラムが有効性を示した。
8)子供を持つ女性薬物依存者への援助として、子供も共に入所できる回復者施設を提案した。
9)薬物依存当事者とその家族を援助するソーシャルワークの方法論を具体的に提示した。
10)養護教諭が薬物乱用に対する初期介入をおこなう上での方法論を示した。

公開日・更新日

公開日
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更新日
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