食品中内分泌かく乱物質等の発がん修飾作用に関する実験的研究

文献情報

文献番号
200100946A
報告書区分
総括
研究課題名
食品中内分泌かく乱物質等の発がん修飾作用に関する実験的研究
課題番号
-
研究年度
平成13(2001)年度
研究代表者(所属機関)
西川 秋佳(国立医薬品食品衛生研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 広瀬雅雄(国立医薬品食品衛生研究所)
  • 津田洋幸(国立がんセンター研究所)
  • 三森国敏(東京農工大学農学部)
  • 今井田克己(香川医科大学医学部)
  • 田中卓二(金沢医科大学)
  • 鰐渕英機(大阪市立大学医学部)
  • 藤本成明(広島大学原爆放射能医学研究所)
  • 酒井敏行(京都府立医科大学)
研究区分
厚生科学研究費補助金 健康安全確保総合研究分野 生活安全総合研究事業
研究開始年度
平成11(1999)年度
研究終了予定年度
平成13(2001)年度
研究費
40,500,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
食品中の内分泌かく乱物質による内分泌器官その他の臓器に対する発がん修飾作用を比較検討し、その修飾機構がホルモン作用に基づくものか、あるいはそれ以外の作用によるものかを究明し、ヒト発がんに対するリスク評価を行うことを目的とした。平成13年度には、食品中に存在する内分泌かく乱物質として、前年度までの植物エストロゲンgenisteinと界面活性剤分解生成物nonylphenolに加えて、有機塩素系除草剤atrazineおよびリグナン類arctiinに焦点を当て、甲状腺、乳腺、子宮、前立腺、卵巣ないし多臓器における発がん修飾作用について各種実験モデルを用いて検討した。また、内分泌かく乱物質による発がん修飾機構を細胞生物学的、分子生物学的にさらに追究した。
研究方法
【西川】甲状腺発がんに及ぼす内分泌かく乱物質の影響を検討した。性腺摘除または非摘除のF344ラットにN-bis(2-hydroxypropyl)nitrosamine (DHPN) を皮下投与し、1週後よりatrazine (5、50および500 ppm) を反復投与またはβ-estradiol 3-benzoate (EB)を皮下埋植した。実験開始24~32週後に剖検し、甲状腺を含む主要臓器について病理組織学的に検索した。【広瀬】乳腺発がんに及ぼす内分泌かく乱物質の影響を検討した。雌のSD ラットに7,12-dimethylbenz(a)anthracene (DMBA) を強制経口投与し、19週後まで観察した時点で全例の卵巣を摘出した。乳腺腫瘍の発生が見られたラットと見られなかったラットの2群に分け、各群に5、50および500 ppmのatrazineを混餌投与した。53週で全動物を屠殺し、乳腺腫瘍の発生頻度、個数および大きさについて検索した。同様の実験系で、40、200および1000 ppmのarctiin投与の影響を検討した。【津田】乳腺発がんに及ぼす影響を乳腺発がん高感受性ヒトプロト型c-Ha-rasトランスジェニックラット(Tg)を用いて検討した。50日齢時にDMBAを胃内投与し、翌日よりnonylphenolを25、250 ppm、atrazineを5、50、500 ppm、arctiinを40、200、1000 ppmの用量でそれぞれ基礎食中に加えて、雌は8週、雄は20週まで投与した。同様の実験系で、40、200および1000 ppmのarctiin投与の影響を検討した。【三森】子宮発がんに及ぼす内分泌かく乱物質の影響を検討した。ICR系雌マウスにN-ethyl-N-nitrosourea (ENU) を経膣的に単回子宮腔内投与し、1週後よりatrazine (5、50、500 ppm)、ethinylestradiol(25 ppm)またはarctiin(40、200、1000 ppm)を26週間混餌投与した。【今井田】前立腺発がんに及ぼす内分泌かく乱物質の影響を検討するため、3,2'-dimethyl-4-aminobiphenyl (DMAB)投与ラットを用いて、nonylphenolおよびgenisteinの40週間投与実験を行った。また、2-amino-1-methyl-6-phenylimidazo[4,5-b]pyridine (PhIP)投与ラットを用いて、atrazineの影響を検討した。【田中】卵巣発がんに及ぼす内分泌かく乱物質の影響を検討した。雌性SDラットを使用し、実験期間は51週とした。卵巣がんはオリーブ油に懸濁したDMBAを左卵巣内に注入して誘発し、atrazineをDMBA投与の1週後から50週間、5、50ないし500 ppmの濃度で混餌投与した。【鰐淵】諸臓器の発がんに及ぼす影響を、5種類の発がん物質によるラット多臓器中期発がん性試験法を用いて検討した。【藤本】下垂体腫瘍モデルにおいて、atrazineの影響を検討した。リグナン類3物質(arctiin、sesaminおよびnordihydroguaiaretic acid)について、エストロゲ
ン応答性増殖アッセイ、エストロゲン依存性転写レポーターアッセイおよびエストロゲン受容体に対する結合アッセイを実施した。また、前立腺での発がん修飾に関与すると考えられるエストロゲン受容体発現を解析した。【酒井】genisteinによる発がん修飾を細胞増殖制御機構の観点からin vitroの実験系で分子生物学的に検討した。
結果と考察
【西川】atrazineの投与は甲状腺の重量および組織変化に影響を及ぼさなかった。一方、EB処置により、雌では甲状腺濾胞腺腫が0.1 mg群のみに観察されたが、雄では明らかな用量相関性はないものの甲状腺濾胞腺癌が0.004 mg群の一例に観察された。このことから、低用量の外因性エストロゲンの長期曝露は、性腺機能の未発達なあるいは低下した個体の甲状腺発がんを促進する可能性が示唆された。【広瀬】atrazine の50および500 ppm群では乳腺腫瘍の発生および増殖が促進された。しかし、atrazineによる乳腺腫瘍の発生促進はラットに特異性が高く、ヒトでのリスク評価に適用できない可能性が高いと考えられた。arctiinの実験は継続中である。【津田】Tgにおける乳腺腫瘍の発生に関して、雌の10 ppm nonylphenol群で腺腫 + 腺癌の増加傾向、雄の25 ppm nonylphenol群で乳腺部肉腫の有意な増加、雌の10 ppm atrazine群で腺腫 + 腺癌の増加傾向、雄の25 ppm atrazine群で乳腺部肉腫の有意な増加がみられ、両物質ともに低用量域で促進する可能性が示された。しかし、性腺摘除が施されていないので、内分泌かく乱作用とは関連しないものと考えられた。arctiinの実験については組織標本作製中である。【三森】全てのatrazine投与群において、ENU単独群に比べて子宮増殖性病変の発生頻度は増加しなかった。一方、ethinylestradiol群では、子宮内膜の腺癌および異型過形成の発生が有意に増加した。【今井田】nonylphenolおよびgenisteinはともに、DMAB誘発ラット前立腺発がんを修飾しなかった。atrazineの影響を検討する長期実験は病理組織学的に検索中である。【田中】実験終了時の卵巣腫瘍(腺癌)の発生頻度には群間差がみられなかったことから、atrazineはDMBA誘発ラット卵巣発がんに対して何ら影響を示さないことが明らかとなった。【鰐淵】イニシエーション各群の諸臓器に腫瘍の発生を認めたが、発生頻度に群間差は認められなかった。しかし、肝前がん病変である胎盤型glutathione S-transferase (GST-P)陽性細胞巣の数および面積がatrazineの用量依存性に増加する傾向がみられ、atrazine 500 ppm群ではその単位面積あたりの数が対照群に比較し有意に増加した。したがって、atrazineは弱い肝発がん促進作用を有することが示されたが、内分泌かく乱作用と関連しない影響と考えられた。【藤本】下垂体腫瘍モデルにおいて、in vitroおよびin vivoともにatrazineによる発癌修飾作用はみられなかった。リグナン類のうち、nordihydroguaiaretic acidは10-6 Mで有意なエストロゲン活性を示した。また、前立腺発がん過程では、エストロゲンがテストステロンに対して相乗作用を示すが、それにエストロゲン受容体αの発現増強が関与している可能性が示された。【酒井】genisteinは癌細胞の増殖をG2/M期で停止させることが明らかとなった。また、G2/M期停止、アポトーシス誘導やDNA修復に関与することが報告されているgadd45遺伝子がgenistein処理により誘導されることを見出し、その誘導はgadd45のプロモーター領域を介するものであることを明らかにした。
結論
食品中に存在する天然および合成の内分泌かく乱物質として、genistein、nonylphenol、atrazineおよびarctiinに注目し、甲状腺、乳腺、子宮、前立腺、卵巣ないし多臓器における発がん修飾作用を検討した。その結果、atrazineおよびnonylphenolはc-Ha-ras導入または非導入ラットにおける乳腺発がんを促進し、atrazineはラット多臓器中期発がん性試験法において弱い肝発がん促進作用を示した。しかし、それらはラットに特異的であるか内分泌かく乱作用とは関連しない影響と考えられた。その他に、低用量エストロゲンの長期曝露は性腺機能の未発達なあるいは低下した個体の甲状腺発がん
を促進する可能性、リグナン類nordihydroguaiaretic acidには有意なエストロゲン活性があること、前立腺発がん過程でテストステロンがエストロゲン受容体αの発現増強を介して相乗作用を示す可能性、genisteinはG2/M期停止、アポトーシス誘導やDNA修復に関与するgadd45遺伝子を誘導することなどを明らかにした。

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