食中毒予防対策のあり方に関する研究

文献情報

文献番号
200100940A
報告書区分
総括
研究課題名
食中毒予防対策のあり方に関する研究
研究課題名(英字)
-
課題番号
-
研究年度
平成13(2001)年度
研究代表者(所属機関)
玉木 武(社団法人日本食品衛生協会)
研究分担者(所属機関)
研究区分
厚生科学研究費補助金 健康安全確保総合研究分野 生活安全総合研究事業
研究開始年度
平成11(1999)年度
研究終了予定年度
平成13(2001)年度
研究費
23,400,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
主任研究者:近年、わが国の食の取り巻く環境は大きく変化している。食生活の多様化に伴い食品の流通はグローバル化した。この結果、輸入国と輸出国との間で食品の安全基準や品質規格の違いが生じ、自由な国際貿易の妨げとなる非関税障壁として問題となってきた。この問題を解決するためFAO/WHOが共同で国際的統一基準(コーデックス規格)を設定することになった。その後、1995年に世界貿易機関(WTO)が設立されると、参加各国はコーデックス規格との整合性が求められた。このため、コーデックス規格は、WTO体制化で国際基準として位置づけられた。わが国の食料自給率は戦後大きく低下し、現在はカロリーベースで4割程度しかなく、海外の食品への依存度が非常に高くなってきている。したがってわが国における食生活を考えるうえで、国際基準との整合性をはかりながらわが国の食品の安全性を確保、推進していくことはますます重要な課題となっている。消費者、生産・流通業者、行政にとってWTO協定やSPS協定、コーデックス食品規格については十分に理解し、この対応を国民の健康益としてとらえ積極的に考える必要がある。分担研究1:Clostridium difficileが高齢者食中毒起因菌の1つとなり得るかどうかを明らかとする目的から、わが国における集団施設のClostridium difficile感染状況について検討を行った。分担研究2:前年度に引き続きクリプトスポリジウム集団発生時のシミュレーションを行った。又、実験的感染動物におけるクリプトスポリジウムの抗体価の検討及び、赤痢アメーバ症に対するdot-ELISA法の検討を行った。更に、米国におけるHIV/AIDS患者のクリプトスポリジウム症の疫学調査を行った。分担研究3:食中毒の多くは予見しがたい。従って、食中毒を予防し発生後の対策を合理的に進めるためには少なくとも簡易な検査法と必要十分な関連情報が必須である。前者によって日常の検査が能率的に行われ、前者及び後者によって中毒発生時にその実態の迅速な把握と合理的な対策に役立つと考えられるからである。更に、食中毒に関する個々の知見がカード化され、食中毒の全体像が視覚的に把握できることが望ましい。分担研究4:食品製造における高度衛生管理手法としてHACCPシステムが開発されている。わが国においても平成8年食品衛生法の一部改正においてHACCPの概念を導入し、総合衛生管理製造過程として厚生労働大臣の承認で運用している。その中でも危害分析は導入する際に必須の事項であるが、これまでその方法に関して詳しく記されたものはなかった。また、導入に際して、製造業者の種々の疑問を解決する必要があった。本研究ではこれらの問題を解決するため、総合衛生管理製造過程の対象品目およびそれ以外の品目について漏れのない危害分析の手順書とHACCPシステム導入の手順書を作成し、さらに、その際でてくる質問に対する回答集を作成することを目的とした。分担研究5:小児では食中毒の重篤化を引き起こし、その原因として腸管免疫の未熟性が挙げられる.さらに、昨今、食物アレルギー児の増加により、腸管免疫の破綻とも考えられる食物アレルギーがあるような人では食中毒になりやすいのかの検討も重要である。そこで、本研究では、以下の項目について検討した。①フラクトオリゴ糖の腸管への影響②昨年度に引き続き、腸内細菌叢に及ぼすアレルギー性疾患の影響を解析する。分担研究6:わが国の近年の食中毒の発生は、厚生労働省の「食中毒統計」を見る限り、年間3~4万人とほぼ横這いの状態にあるとされている。しかし、平成8年の腸管出血性大腸菌(O‐157)による集団食中毒の各地での発生のように、発生件数や患者数が格段に増加する年もあり、一概に発生件数が沈静化し
ているとは言えず、さらに、腸炎ビブリオ、カンピロバクター、サルモネラなどによる細菌性食中毒や小型球形ウイルスによる食中毒など、新興・再興感染症による発生増加も見逃せない。また、こうした集団発生を中心として届け出された食中毒だけではなく、医療機関で治療を受けたものの単発発症のために未届けのままになっているもの、あるいは、軽症のために治療も受けないままに未届けになっている食中毒を考慮すると、実際の食中毒発生件数は数倍にもなると予想されるが、わが国においては、そうした実態はほとんど把握されていない。また、未届け、未受診あるいは軽症を含む食中毒は、届け出される食中毒と原因となった菌、食品、施設、食品の流通経路等が異なっている可能性も考慮される。さらに、これらの食中毒での休業等による経済的損失は大きいと推測される。こうした状況の中で、本研究では、昨年度、未届け、未受診の食中毒の実態を把握するための調査方法の文献的研究を行った。本年度は昨年度の研究に基づいて小規模集団を対象としたパイロットスタディを実施し、食中毒の実態調査方法を確立する。次年度以降に、確立した方法により実際に調査を実施し、未届け、未受診を含む全ての食中毒の実態を把握し、その原因となった食内容、施設、流通経路などを明らかにすることによって、わが国の食中毒発生の予防対策に貢献することを目的とする。
研究方法
主任研究者:本研究は、今後ますますその重要性が高まるコーデックス委員会(CAC)への我が国の対応及び対処方針を考察することを目的とし、現在までのわが国のコーデックス対応についての経過、問題点を調査研究した。これまでアドバイザーとして実際に継続して部会に出席し、国内外の対応について経験したことに基づき、わが国の対応についての問題提起をし、今後、具体的になすべき対応について提案した。分担研究1:Clostridium difficileについて、通常の方法により腸管から菌を分離、培養および毒素型同定を行った。PCR法等によるタイピングも行った。分担研究2:1)クリプトスポリジウム症集団発生時のシミュレーションは水耕栽培野菜を介したものと想定して行った。シミュレーションは奈良県健康局健康対策課感染症係と同局生活衛生課食品獣疫係、奈良県桜井保健所地域保健課、奈良県衛生研究所、奈良県農業技術センターの感染症および食中毒担当係員とそれぞれ別個に聞き取り調査を行い、参考資料の提供を得た上で作成した。2)クリプトスポリジウム感染時の防禦免疫における抗体価の役割を検討すべく、同種オーシストをラットに感染させて、その排泄と抗体価の推移を蛍光抗体法にて測定した。3)赤痢アメーバの診断法としてのdot-ELISA法の検討を初年度の感受性に引き続き特異性及び本法使用のニトロセルロース膜の温度耐用性に関して検討した。4)全米でもHIV/AIDSの頻度の高いルイジアナ州においてHIV/AIDS患者に於けるクリプトスポリジウム症の関連を1989~1998年の同州のHIV/AIDSサーベイランスを軸に疫学調査を行った。分担研究3:(1)真菌汚染頻度の高い食品と真菌との関係を既知の報告の中より検索し表形式にまとめる。更に真菌群を3群に分け、真菌群同定法のチャートを作成する。 (2)輸入食品や国産食品に往々にして検出される約15種かび毒の最新の簡易検査法を検索し当該かび毒に関する情報を整理する。 (3)生菌数及び大腸菌群数検査用の簡易キットを用い500以上の食材を検査しキットの有用性について評価を行う。 (4)平成12年度に収集整理した各種食中毒起因菌の検査法及び関連情報を視覚的に把握できるようにカード化を試みる。又、O157を含むいくつかの菌について市販検査キットの有用性を評価し、問題点を指摘する。分担研究4:危害分析の手順を示し、加熱食肉製品、洋生菓子、めん類、惣菜類について危害分析を行った。さらに、それに基づきHACCPシステムの構築モデルを作成した。また、HACCP講習会において出された質問をとりまとめ回答集を作成した。分担研究5:正常児およびアレルギー児を対象とし、常在細菌叢を構成する代表的な菌種E.coliに対しELISA法を用いて、血清中
のこれらに対する特異的IgA抗体を測定した。結果については平均±標準誤差で表し、t検定(p=0.05)を用いて統計学的処理を行った。さらに、6週齢のNC/Jicマウスを、ovalbumin(OVA)で感作し(この感作1週間前よりフラクトオリゴ糖(FOS)を5%含む飼料を摂取する群と対照群とに分けた)、その後OVAを経口投与し、3時間後の腸管および肝臓の変化を検討する。また、肥満細胞の組織浸潤、糞便中の有機酸の解析を行った。分担研究6:未届け、未受診を含む食中毒の発生状況を把握するための調査方法を開発することを目的に、食中毒様症状の実態調査のパイロット・スタディを実施した。任意抽出した者に、調査内容等について文書で説明し、調査協力の了承の得られた者を対象とした。対象者に1週間単位で毎日の下痢の有無、下痢があった場合には、下痢等の症状、臥床、欠勤・欠席、医療機関受診の有無、同一食事摂取で下痢をした人の有無、原因として思い当たる食品の有無について聞いた。調査は郵送法で実施した。
結果と考察
主任研究者:コーデックス委員会の各部会へ継続して出席している経験及びわが国と諸外国のコーデックス対応との比較により、わが国のコーデックス対応の問題点(対国内、対国外)、要点が明らかになった。今後、我が国が国際交渉の場で、国際基準との整合性をはかりながら国民の総意として国民の利益を反映させるために、これらの要点を参考として検討、活用されるように働きかけが必要である。分担研究1:Clostridium difficile陽性者の割合は、健常成人とほぼ同じであること、トキシンA-B+タイプもわが国ではその存在がまれではないこと、今回はClostridium difficileに起因する下痢は認められなかったこと等が明らかとなった。また、分子生物学的手法により、同一施設内で同一のタイピングを呈する場合も認められた。分担研究2:水系感染症は時として、大規模な集団発生を起こしうるものとして知られ、行政の対応が、その流行拡大または阻止を左右する可能性があり、行政における手腕が問われるものである。これに対し行政側は定期的人事異動、また、発生の頻度が比較的少なく散発例では臨床的にも公衆衛生学的にもインパクトが低いところから迅速的確な対応が遅れ易い。1)今回、われわれは水耕栽培食品により、集団発生を起こしたクリプトスポリジウムの事例を奈良県の行政、特に保健所の対応を中心にシミュレーションし訓練の一環とするとともに対応マニュアル作成の一助とした。2)クリプトスポリジウム感染ラットよりオーシストの排泄は感染2日後からみられ4日目にピークをむかえ、それ以後18日目まで断続的に排泄され、その後検出されなくなった。血清中のIFA抗体は、感染1週間後でIgMが、2週間後からIgGおよびIgA抗体が検出された。2週間後から4週間後までのIgM、IgGおよびIgAの血清抗体価の経時的変化には有意な差が認められなかった。3)dot-ELISA法の結果赤痢アメーバ症血清では全例が陽性反応を示し、他方、肝蛭症、ランブル鞭毛虫症、ウェステルマン肺吸虫症、宮崎肺吸虫症、イヌ回虫症、ネコ回虫症の血清は赤痢アメーバ抗原に対しては陰性であり、本法の特異性が確認された。また、本法に用いたニトロセルロース膜は25℃では4ヶ月間保存すると陽性反応が低下したが、4℃および-20℃では12ヶ月間保存しても陽性反応の低下は認められなかった。4)米ルイジアナ州におけるHIV/AIDS患者サーベイの結果本調査の対象となった6,913人のHIV感染者のうち239人(3.5%)が43ヶ月間の追跡調査期間にクリプトスポリジウム症を発症。その発生は殆ど3~5月で3月が最も高く48人が記録されている。分担研究3:(1)真菌・食品相関が明らかになった。又、食品汚染真菌の系統的同定法を作成した。上記両成果は本研究において初めて達成された。(2)かび毒の最新の簡易分析法を図式化し中毒関連情報を収集整理した。(3)生菌数及び大腸菌群数検査用キットとして下記キットが推奨された。生菌数:ぺトリフィルムAC及びサニ太くん(従来の検査時間;2日間、本法の検査時間;1日間)。大腸菌群数:VRB寒天混釈法(国際的整合性のうえから本法が望ましい)、ぺトリフィルムCC及び発
色酵素基質寒天培地混釈法(従来法;最終判定まで4日間、本法;1日間)(4)11種類の食中毒起因菌検査法、PCR法手順及び関連情報をカード化した。O157(改良したBD CHROMagarTMO157)及び黄色ブドウ球菌検査キット(3MぺトリフィルムTMRSA)の実用性を検証した。検出率及び検査菌の選択性の上からも検査の能率化が見込まれた。更に、腸管出血性大腸菌O157及びヴェロ毒素検出用の各種キットと細菌を含む種種の要素との反応性を調べた結果O157及びヴェロ毒素以外の要素で陽性を示す場合があることが判明した。これは検査に市販キットを用いる場合の留意点の一つである。分担研究4:危害分析は工程および工程内の全ての手順について行いもれなく実行できることが明らかとなった。Q&A集は約300の質問と回答で構成されており、HACCP全般に関することから12手順に沿って全ての手順を含んでいた。これらを利用することにより、効率的にかつ有効な危害分析が行え、HACCP導入推進に役立つものと考えられた。分担研究5:E.coli(p<0.009)に対し、アレルギー児では特異的IgA抗体の産生に有意な差を認めた。人の腸管には様々な腸内細菌が常在する。しかしながら、年齢により腸内細菌叢に差異が認められる。一方、腸管は出生後より様々な刺激を受けることになる。こうした中で腸内細菌叢が腸管免疫の成熟に影響することがいわれている。今回、アレルギー児では腸内細菌叢に変化を認め、常在細菌と考えられるE.coliに対し、アレルギー児では有意なこれらに対するIgA抗体の産生を認めた。今回の結果により、ヒトにおいて正常児とアレルギー児との間で、腸内細菌に対しての抗体産生の差をみとめており、アレルギーの発症と腸内細菌叢の間に何らかの関与があるのではないかと考えられた。さらに、マウスモデルでFOS投与群では、繊毛の萎縮、腸管の浮腫、脱落が対象と比較すると軽減されていた。また、肥満細胞の数では、FOS投与群ではその数が対象と比べて少なかった。さらに、有機酸の解析では、FOS投与群ではその量が多く認められた。また、肝臓における炎症細胞の出現数を比較すると、感作群では、炎症細胞の増加が見られたが、FOS投与群では、非感作群と同程度であった。FOSは腸管におけるアレルギー反応を抑制していると考えられた。FOSといったオリゴ糖は腸管免疫の破綻と考えられる食物アレルギーの改善効果があると考えられた。分担研究6:調査総数は5,572人日、15.27人年であった。この間に163件の下痢が発生していた。これは平均で1人あたり年間10.68回下痢を発症していることになる。また、同一食を食べ同様に下痢を発症した人が存在する例は163件中3件認められた。下痢発症の原因としての食品をあげた例は19件認められたが、推測原因食品及び症状と合わせて検討した結果、食中毒と明確に判断される例は認められなかった。今回の対象者は成人に限定されており、また無作為抽出ではないため、今回の結果を日本人全体に適用することには無理がある。しかし敢えて適用すると、日本全体で年間13億6千万件の下痢が発生していると推定され、この内1.81%(163件中同一食による下痢発症3件の割合)が食物起因であるとすると、日本全体で年間2,500万件の食中毒が発生していることになり、また全下痢の内0.1%が食物起因と仮定すると約140万件の食中毒が発生していることになる。これらの推計方法は日本全体の食中毒の発生数の推計にはなっていないが、発生している食中毒の最低限の見込み値の推計にはなっていると考えられる。
結論
主任研究者:本研究を通してコーデックスに関する集約的な情報の収集、分析、提供の必要性が明らかになったので、今後、コーデックスと国内を結ぶことが必要である。分担研究1:今後は、高齢者の食中毒起因菌としてのClostridium difficileの可能性についても考慮する必要が有ると思われた。分担研究2:1)保健所を含む行政関係部門(水道行政担当、感染症担当、食中毒担当)、更に水道事業者等はクリプトスポリジウム症の発生・流行に対して応急に対応すべく予めマニュアルを策定しそれに備える必要がある。2)クリプトスポリジウムの感染防禦に関するIgAの役
割を更に追求する必要がある。3)赤痢アメーバ法の診断としてdot-ELISA法は感受性のみでなく、特異性に関しても優れていることが確認された。また本法に用いたニトロセルロース膜の比較的安定した温度耐用性より抗原性の安定したニトロセルロース膜を各地の施設に供給できれば、統一した術式の基に赤痢アメーバ症の免疫学的診断法の実施が可能であると思われた。4)米ルイジアナ州における調査結果より本州に於てはHIV/AIDSに於けるクリプトスポリジウム症は増加の傾向にあることが判明した。分担研究3:かび毒の検査法及び関連情報の図式化に関しては更に工夫改良が望まれる。11種の食中毒起因菌検査法及びPCR法の手順等のカード化ほぼ完成したと思われる。ただし、新しい知見は絶えず追加しカードの改良に勤めることが必要である。分担研究4:危害分析を全行程全手順について行うことが可能となり、一般的衛生管理を含めて漏れのない危害分析が可能となった。また、回答集はHACCPシステム導入推進に役立つものと考えられた。分担研究5:アレルギー児において、E.coliに対する抗体産生に有意差を認めた。一方L.gasseriについては有意差は認められなかった.アレルギーの発症と腸内細菌との間に、何らかの関与の可能性があることが示唆された。さらに、FOSはアレルギー反応を抑制すると考えられた。分担研究6:標本抽出を無作為化すること及び調査票の食中毒推定項目を改良することにより、今回用いた方法で、未届け、未受診を含む食中毒の最低限の発生頻度を推計することが可能と思われる。

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